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第16話 夏休み納涼”へろへろ女”生け捕り作戦19

姉と妹、それぞれの心。そして、二人を支えようとする気持ちが、湖の周りに満ちる。

 ※不快を感じられる単語があるかもしれません。ご注意下さい。

◆布テープは万能◆

 レイラは、昨夜ベッドに入ってからずっと考えていたことがあった。

 眠りについても半眠の状態で、夢と現実の現実の狭間でその難問が付き纏っていた。


 そして、朝を迎えて、

(そうだわ!ガムテープよ)

 昨夜、寝るときから考えていた難問にようやく結論が出た。

 昨日の疲れきった体も何のその、思い立ったら即行動だ。


 レイラは人並外れた身体能力で、ベッドから飛び起きた。

 着地は、片膝を床に付け、両手を水平に伸ばす一番安定感があると言われているテレマーク姿勢。


(よし!)

 掛け声が胸の奥から口を突こうとするが、それを敢えて冷静に再び胸に納める。

(大人の行動をとらなきゃ!)

 まだ、真希未ちゃんと、靖子ちゃんはまだ寝ているのだ。騒いではいけない。


 レイラは二階の寝室を静かに出ると、リビングへ通じる階段をゆっくりと降り始めたのだが、名案に踊った心は止められない。半ば辺りからは、歩く速度が一気加速した。


 リビングとキッチンは繋がっている。キッチンでは和美と緒湖羅、それに早寝をした澄子ちゃんの3人が穏やかに全員の朝食の準備をしていた。

 そこに、今日は大人に成り損ねたレイラが階段をドタバタと降りて来たのだ


「和美さ~ん、ガムテープないかしら。それと、黒の極太のマジック。マッキーなんか最高なんですけどー」

 いきなりの前置きの無い言葉にも、和美は冷静に対応した。


「あら、レイラさん。お早うございます。どうしたんですか」

 朝食のサラダ用のキャベツを刻んでいた手を止め、和美が振り向いた。


 それに、レイラも慌てて挨拶をする。

「お、お早うございます」


 レイラの慌てように、食器を配置していた緒湖羅と、サラダのドレッシングを混ぜていた澄子ちゃんも驚いて手を止めた。

「お早うございます。どうしたんですかレイラさん」


「そ、そうなの、ガムテープないかしら。紙のじゃないのよ。紙のは直ぐに破けるし、水に弱いから。布がいいの、布だったら、きっと静かに歩けばなんとか持つかもしれないから」


 自分よがりな歯抜けの説明を捲くし立てるので、朝食を準備していた3人には全く理解不能である。

 普段の落ち着いた雰囲気が信じられないせっかちさだ。


 和美はレイラの言動に急かされる様に、直ぐ様要望に答えた。

「そう、そうそう、ガムテープだったらもしかすると車の中にあるかもしれないわ」


「ホントですか!良かった」

 パッと、心の中に花が咲いた。


「ええ、多分」

 レイラの真剣な表情におされて、慌ててポケットの中から車のキーを取り出すと、レイラに渡した。

 緒湖羅と澄子ちゃんの目は点になって、見慣れない動物を見る様に、レイラの動きを追うだけである。


 車のキーを握り締めたレイラは、急いで玄関に飛び出した。

 飛び出したのだが、車に辿り着く前に驚いた。


「ない~!ない、ない、ない~!!」

 叫んだ。


 レイラの黒のパンプスが何処にもないのである。あちこちと顔を近づけて探すが、探す範囲は凄く狭い。一目見て見つからなければ、無いと言って間違いがない。


「どうしましょう。汚いから捨てられちゃったのかしら。そうよね、あんなボロボロの靴じゃ、ゴミと間違うわよねー。あ~ショック・・・」


 誰も履いて来た靴を勝手に捨てる訳がない。しかし、慌てたレイラの思考は時として幼児なみになる。

 折角の名案にも、肝心のパンプスがないのだ。涙が出てくる。


 余りの騒がしさに心配をした緒湖羅と澄子ちゃんが、肩を落としたレイラの元にやって来た。

「レイラさん、どうしたんですか?」

 諸湖羅が尋ねた。


「ないの、無いの・・・。パンプスが何処にもないの」

 可愛そうな位に沈んでいる。


 それに、緒湖羅がレイラの見たことのない一足の黒いシューズを指差した。

「ん・・・?」

 確か、昨日は無かったシューズである。


「これって、ウォーキングシューズ?・・・誰の?」

 現物を見るのは初めてであるが、レイラの記憶ではそういう名前であったはずだ。しかも、新品である。


「これ、履いて下さい」

「えっ?」

「帯人と庄蔵くんと私からのプレゼントです。高田町フェスティバルの時にご迷惑をお掛けしたお詫びです。山歩きはこっちの方がいいかなと思って・・・」

 そう言って、レイラの顔色を伺う。


 黒のシンプルなパンプスしか履かないレイラには、何かこだわりがあるのかもしれない。

 緒湖羅は気に入ってもらえるかどうか凄く心配であった。


「本当は、もっと早くお渡ししようと思っていたんですけど・・・」

 諸湖羅は再びレイラの顔色を伺うが、レイラの表情は人形の様に動こうとはしない。


「やっぱり、気に入りませんか・・・?そうですよね。

 だから、拘りのある黒いパンプスにした方が良いっていったのに。帯人が・・・こっちにしようって」


 そこで、レイラは固まった表情のままで、噛みしめる様にゆっくりと首を左右に振り、言葉を発した。

「う、うん、そうじゃないの。有り難う・・・ございます」


 緒湖羅の言葉に首を横に振り否定がするが、初めての現物の前に固まったままである。

「やっぱり、嫌いですか?」

 諸湖羅は勘が良くない。

 

「ううん」

 一応、再度首を横に振って否定はするが、体は微動だにしない。ウォーキングシューズと睨めっこをする。


 澄子ちゃんは、レイラの様子を見て直ぐに気付いた。

 触ったことの無いシューズを前に、緊張して動けないのだと。


 見かねた澄子ちゃんが、レイラの背中に手を当て、小声で言った。

「レイラさん座って」

 レイラは子供の様に小さく頷いた。

    

 澄子ちゃんはレイラを玄関に座らせると、子供相手の様にウォーキングシューズを履かせてあげた。

 両足の紐を縛り終えると、レイラは生まれたたての小鹿の様に恐る恐る立ち上がった。


 そして、ゆっくりと足を持ち上げる。


「軽っ!」

 驚く位に軽くて動きやすい。

 

 その衝撃が、自ら縛り付けていた体を自由にした。


 その場で腿上げを鋭く数回行う。

「凄っ!」

 さらに高速で数回繰り返す。

 すると、緊張が解け出し、顔の筋肉が緩みだすと顔が綻んでくる。


「諸湖羅さん、本当にもらっていいんですか?」

「も、もちろんです!」


 緒湖羅は腿上げの速さに、ちょっと驚いたが、レイラに対しては既に驚き慣れをしている。

 敢えて、言葉にする様な面倒なことはしない。何でも有りだ。


 そこに、

「もしかして、レイラさん。ガムテープでパンプスを直そうとしたの?」

 和美が、いつの間にか呆れ顔でレイラの元にやって来ていた。


「まともなパンプスを簡単に壊してしまうのに、ガムテープで止めても無理よ。それに、マジックで色を塗ろうと思ったんでしょ。ハハハ」


 和美は、昨日の冷静なレイラとのアンバランスが可笑しくてしょうがない。


「でも、和美さん布のテープって、凄く丈夫なのよ。それに、マジックで色を塗ればそんなに目立たないし」

 せっかくの名案簡単に否定されては、ちょっと不服である。


「丈夫でも無理よ。レイラさんの脚じゃね。しかも。ハハハ」


「そ、そんなことは・・・。静かに歩けば・・・」

  

 壊し屋の様に言われて抵抗をしたかったのだが、

「無理だよ」

 澄子ちゃんにまで言われると、返す言葉もなかった。


 諸湖羅だって今の腿上げの激しさを見た後ではレイラに助け船も入れられない。


「そうそう、そんなことより誰か朝ごはんだから、男の子達ともえちゃんを読んで来てくれないかしら」

 和美は、すっかりレイラの様子に要件を忘れるところであった。


 レイラは否定されたままで終えるのはちょっと不服であったが、和美の要請に遊歩道の終点の広場に向った。

 そこに、何人かの気配を感じていたからだ。 


◆子供に鉄板の二つの単語◆

 やっぱり、もえちゃんは遊歩道の終着地点の広場にいた。

 こんな時、じっとしていることが出来ない性格であることはレイラも良く知っている。

 レイラの思った通りであった。


 そこには、雄大くんと愛ちゃんも一緒であった。


 レイラは新しいシューズで軽快に駆けて行きたかったが、何分初めての事に対しては極度のあがり症である。それに関しては、相手が物であっても同じである。

 ウォーキングシューズの様子を伺いながら、靴底以外は汚さない様に、静かにもえちゃん達に近づいて行った。


 高原の朝の空気は、真夏でも爽やかに軽かった、それは、新しいシューズのせいかもしれない。

 しかし、3人の様子がそんな朝の爽やかさと異なっている事ぐらい、レイラには直ぐに理解が出来る。

 最初の一声をどう発するか、頭の中では廻っていた。


「みんな、お早う」

 レイラは、取り敢えず挨拶は元気に発してみた。

 しかし、選択は場違いであった。・・・かもしれない。


「ああ、レイラちゃんお早う、朝から無駄に元気がいいね」

 もえちゃんは、ちょっと前に自分の取った行動は既に棚に上げている。


「レイラさん、お早うござます」


「おはよう・・・」

 嫌味なもえちゃんと、雄大くんの後に聞こえてきた声には元気が無かった。


 レイラはその元気のない声に優しい笑顔を向ける。

 そして、愛ちゃんの前に進むと、姿勢を低くして目線を合わせた。


「愛ちゃん、大丈夫よ。お姉さんには少し考える時間が必要なの。少しそっとしてあげてね」


 いきなりノー天気の様に現れたと思ったら、何の前振りも無く愛ちゃんの考えていることに応えを出した。愛ちゃんは、驚いて言葉も出ない。


 そして、レイラが愛ちゃんの頭に触れると、レイラの手が青い光に包まれる。

 もちろん、これはもえちゃんにしか見えていない。雄大くんと愛ちゃんには見えてはいない光だ。


 レイラは一瞬で、愛ちゃんの未来の変化を確認した。


「明日になれば、”むかし”のお姉ちゃんに戻ってるわよ」

 自信に満ちた言葉で、そう言った。


「なんで・・・(分るの)?」

 愛ちゃんは、さらに驚いた。


 自分の考えていることを先読みされただけではない。姉の麗美のことまで当たっているかどうかは分らないが、自信満々に応えてくれた。

 信じないわけにはいなかい気にになって来てしまう。


「うん、それはね。それが、お、お、お姉さんのお仕事なの」

 言い慣れない”お姉さん”と言う言葉に言葉が詰まってしまったが、愛ちゃんは気にしなかった。


「お仕事って?予報士さんだから?」

 

「う~ん、まあ、そう言うことかな」


 嘘でもないが、本当は・・・


 ・・・

 本当のレイラの仕事は、遠い昔遺伝子を継いだもの、レイラの世界の血を引いてしまって偶然能力を持って生まれてしまった人が、世界の常識と秩序を乱さないこと。

 そして、彼らが人しての生活が出来る様に、守り導くことである。


 レイラは、その為に”この世界”に派遣されて来たのだから。

 でも、愛ちゃんに取っても、もえちゃんや雄大くんにとっても高田町商店街の予報士さんで十分である。だから・・・。

 ・・・


 それを聞いていたもえちゃんが、ニタニタ笑っている。

「へ~レイラちゃん、お姉さんなんだ。お姉さんね~。お姉さんか~、ふ~ん。」


 もえちゃんが、レイラが言い慣れない”お姉さん”と言う言葉を使った時に噛んでしまった事を見逃す訳が無い。

 直ぐ様突っ込みを入れた。


 レイラは初めて自分を”お姉さん”と言ってしまうことに緊張してしまっていた。


「あら、お、お姉さんじゃなかったら何んなの?もえちゃん」

 と言うが、色白なので顔が赤くなると直ぐに分ってしまう。

 

「う~ん」

 レイラの反撃に少し考えたもえちゃんは、

「く、黒?う~ん、黒~い人かな?」

 真剣に首を傾げ考えた挙げ句に出た言葉にしては、大した答えではない。


「黒い人?」

「うん、黒い人」

 確かにいつも全身黒尽くめの洋服を着ているが、それで黒い人では全く芸が無い。


「もえちゃん、全然ノープラン。面白くないわね~行き当たりばったりって感じ」

 レイラに勝ち誇って指摘されたが、それにもえちゃんは、ニヤッと笑って言った。


「黒くて、硬くて、濃い人」

「濃い?何それ?」

 ”黒”くて、”硬い”までは、分らないでもないが、”濃い”ってなんだろう?レイラは思う。


 もえちゃんは、一気に跳んだ!

「お腹の中で長~く詰まって、硬くて黒くなった”う●こ”人間」

 レイラから叩かれる振りをして頭を抑えながら、愛ちゃんの様子を横目で伺う。


 愛ちゃんは初め澄ましていたが、堪え切れずに、

「ぷっ」

 吹き出した。

 

 心配はいらなかった。切れ味は抜群であった。

 もえちゃんの 飛び道具は愛ちゃんに通じていたのだ。


 愛ちゃんは、吹き出してしまったのをきっかけに大声で笑い出した。


 危なくウケナイのかと思って、言った本人のもえちゃんが顔を赤くすることろだったが、予想通りの結果を得ることが出来た、地味に拳を握ってガッツポーズをした。


 どうしても、暗い表情の愛ちゃんを笑わせたかったもえちゃんは、小学生は低学年に行くほど、”う●こ”と”ち●ち○”を言っとけば十中八九は笑いが取れると言う常識を、4年生の愛ちゃんに対して勝負に出てみた。


(よし!いける!!)


 着ている者が黒いだけで、色白でスタイルも良い絶世の美女を、何とよりによって”う●こ”と言い切る大胆さに、愛ちゃんは笑い出してしまったのだ。


「もえちゃん、もう~。汚いんだから」

 レイラは人生初めての汚れの例えに、顔が真っ赤になるが、もえちゃんのガッツポーズを見てしまった以上、もえちゃんの意図が分ってしまい余り怒ることもできない。


「レイラちゃん、トイレに行ったの見たことないしさ。

 きっとお腹で熟成されつくして黒くなった”う●こ”が、固まってコルク栓みたいにお尻を塞いでるんだ。

 だから同じ色の黒いものばかり、身に付けるんだよ」


「そんなことないわよ。黒く、黒くなんかないわよ」

 こじ付けの理屈に対応が出来ていない。

「でも、お腹で熟成されてるからね」


「これから、朝ごはんなのに・・・」

「でも、熟成されてるからね」


「熟成、熟成って、全然関係ないじゃない、もえちゃん」


「おはよ~う! 今日は快便か~い、レイラちゃ~ん!」

 今度は、湖に向って関係ない雄たけびをあげる。


「黒くって、有難うございま~す!」

 スイッチの入ったもえちゃんは止まらない。


 レイラは慌てて、もえちゃんの口を手で塞いだが、もえちゃんはその手をぺろりと舐めた。

 レイラは、驚いてつい口から手を放してしまった。


 その隙にもう一度叫ぶ。


「レイラちゃんの”う●こ”はまっ黒けっけ~!!」

 もちろん、雄大くんも”う●こ”は大好きだ。絵を描くところではない、芝の上で転がって笑っている。


 終にレイラも怒って、つい口にしてしまった。 

「もう、”う●こ”って言わないでよ、もえちゃん」


「えっ?」

 レイラはついうっかり生まれて初めて人前で”う●こ”と言ってしまった。

 

 レイラが顔を赤くする前に、今度はもえちゃんと雄大くんが、レイラの意外な言葉に固まるのだった。


◆麗美1◆

 もえちゃんが湖に向って叫んでいた頃、麗美は湖畔を歩いていた。

 変な雄叫びは麗美の耳にまでは届いてはいなかった。


 麗美はいつも辛い時、寂しい時、悩んだ時は湖畔道沿いの芝地にある大きな木の所に行くのであるが、今日は何となく避けてしまう。

 それは、昨日の出来事から、自分への嫌悪感を感じていたからかもしれない。


 そうなると、一人になりたいと、家を出たものの他に行くところはない。

 麗美は行く宛てもなく、湖畔道を大きな木のある芝地や、コテージとは反対の両親の働いているホテルの方に向って歩いていた。


 後ろには、一匹のウサタヌキが見慣れない景色にキョロキョロしながらお伴をしている。


(そう言えば、こっちに来るのは、何年振りだろう)

 麗美は村や学校が湖に沈んでから、人が大勢集まる所を自然と避けていた。

 何か大勢の力に恐怖を感じていた。


 それで、両親の働いている大きなホテルでアルバイトをすることを避け、ペンションでアルバイトをすることに決めた。

 

 ホテルを越えてしまうと、自宅からそんなに離れてはいないのに別の世界に来た様な気がする。それだけ、この辺りに来ることが暫くなかったからだ。


 麗美は昨日、家に戻ってから色々なことを考えて、ずっと寝むれなった。寝ようと考える事さえ忘れていた。

 そして、今ここに来る間もずっと考えていた。


 自分の思っていたこと、行っていたことの意味するところが分らなくなってしまったからだ。


 確かに、最初自分は大切なものを守ると言う目的のはずだった。

 最初はそれだけだった。と思う。


 しかし、しかし今はそれだけだろうか?

 いや、もしかすると、最初からそれだけだったのだろうか?

 それも、今考えると曖昧である。


 妹のまなの事故のぶつけ先を作ることによって、自分の気持ちを楽にさせようとしていたのではないのだろうか?

 もしかすると、心の底では彼等が来ることを待ってたのではないだろうか?

 仕返し、いや、能力で抑えることを楽しんでいたのでは・・・。

 

 いや、そんなことは、そんなことはない。

 麗美は大きく首を振る。

 そんなことは、認めたくない。


 憎しみ?

 仕返しの喜び?

(そんなんじゃない!守リたかっただけ)

 心で叫んでも、でも、でも何か違うと、心の更に奥から自分をとがめようとする何かが動いてくる。


(何?この気持ちは何なんだろう)

 

 そうだ。この気持ちはあの時に生まれた。

 あの時、一瞬しまったと思った瞬間に生まれて来た。


 バットを、角材をかわすことは出来なかったのか。

 いや、出来ていた。今の自分であれば楽に出来たはずだ。


 しかし、掴んで一瞬、少しだけ力を入れてしまった。

 それは、否定しようがない事実だ。


 麗美は昨年ここが荒らされてから、ずっと彼らを待っていた気がする。

 自分の能力がこの一年で格段に上がっているのが分っていた。だから、誰が来ても平気だった。


 でも認めたくない。

(あの時にはそんなことを考える余裕が無かった)

 そう思いたい。そんな自分ではいたくない。


 もし、彼女がいなかったら、どうなっていたか?

 分らない。考えたくない。

 いや、分っている取り返しのつかない事故になっていた。


 彼女は、ペンションで昼食を取った時に落としたグラスを瞬時に捕まえた。

 麗美よりも早く小銭入れを掴んでいた。

 今、コテージに宿泊しているひと、彼女に間違いないはずだ。


 あの能力に、あの威圧感。あの青い光の大きさ。

 それは麗美よりも遥かに大きな力である。


(誰なんだろう。偶然ここに?、それとも、目的が?)


 あのひとは、彼らに避難の目を向けながらも彼らを救っていた。

 感情を抑えて、能力の使い方を制御していた。


(自分と、自分と心が違うの?人間の大きさが違うと言うの?)

 そんなことは無い。そんなことは無いと言いたい。思いたい。


 彼女が怖い。

 本当は、大きな木のある芝地へ行けなかったのは、自分への嫌悪感ではない。彼女への後ろめたさが恐れになっていたのかもしれない。

 彼女と自分の違いに・・・。


 麗美は疲れて、湖の辺に腰を掛けた。


 ゆっくりと呼吸をして心を休めると、楽しかった小学校の思い出が、嫌な思いに上書きしていく。

 楽しかった。

 毎日、今日が惜しくて、明日が楽しみだった。


 もう子供の頃の様な楽しい生活には辿りつけないのだろうか。

 ここを離れて、新しい別の生活に踏みこんで見たい。

 まーくんや賢くんと都会の大学に通いたい。


 考えても、考えてもどうするべきか回答がでない。


 ふと見ると、ピンクの草花が散在していた。

(こんな花咲いてるんだ)

 今、目の前の見慣れない景色が別世界への興味をそそって来る。


 麗美は湖畔に座り、心を休めているうちに眠ってしまった。


◆将来は芸術家◆

 レイラの失言で暫しの沈黙はあったが、散々笑った愛ちゃんは、元気がすっかり戻っていた。


 愛ちゃんもみんなの優しさは感じていた。

 それに応えたかったが、気持ちがそれについていかなかった。しかし、もえちゃんの飛び道具で、気持ちが応えることが出来た。

 笑顔を見せることが出来た。


 今はどんな気持ちであっても、自分の出来ることは、レイラを始めみんなを信じて時を待つしかないのだから。

 

 レイラは、雄大くんが笑い転げて手放した絵を芝生の上から拾い上げた。

 鉛筆による書き始めの下絵だけれども、絵が下手なレイラが見ても可也上手いことが分る。


「雄大くんは、凄く絵が上手いのね」

「あははは、えっ? 絵?」

 雄大くんは笑いを止めてレイラを見つめた。


「うん、この絵は学校に提出するの?」

「夏休みの自由研究の一つにしようと思ってるんだ」


「きっと、凄い評判になるわね」

「ホント?それって、予報なの」


「ううん、感想よ。この絵、明日まで仕上げること出来るかな」

「レイラさんがそう言うなら、頑張るよ」


「ありがとう、雄大くん」

 レイラにお礼を言われると、俄然がぜんやる気になってしまう。直ぐにでも描き上げたくなってしまう。

 それに、評判になると言ったのは感想でも、それとは別に明日までに仕上げなければならない大切な理由があるはずなのだ。

 雄大くんは、自分にしか出来ない役目をレイラから与えられたと思うと、凄く嬉しくなってきた。


「ねえ、レイラさん。本当はもえちゃんも絵、凄く上手いんだよ。でも、いつも真面目に描かないんだよ」

「そうなの」


「もえちゃん絵を描くの早いから、余った時間で自分の絵に悪戯するうんだ。馬の絵に手を描いたり、お母さんの絵を描いた時は、ピンクのナース服を着せたりするんだ。

「ホントなの、もえちゃん」


「ほら、お母さんは、スナックで年に一度やるコスプレの日は、それを着るんだよ」

 もえちゃんは、事実を描いたと言いたげである。


「もえちゃん、真面目に描かないと先生に怒られるよ」

 さっきから遊び過ぎのもえちゃんに、ちょっとだけ苦言を呈してみた。


「じゃあ、今度、まじめに熟成されたお姉さん描いてみるよ」

 そう、鋭い笑顔をレイラに返して来た。


(それって、う●このこと?)そう思ったレイラは、

「もえちゃん、それは、描いちゃ駄目」

 直ちに否定したが、本当に描きそうでレイラはもえちゃんの笑顔に恐怖を感じるのであった。

 

 雄大くんの話では、それでも先生は怒らないそうである。先生はもえちゃんの独創的な発想が気に入って何を描くか楽しみにしているそうなのだ。


 

 この後、レイラは愛ちゃんを朝食に誘った。

 そして、コテージに戻ると、皆一緒の楽しい朝食になった。朝食の後には、和美から今日の予定が発表された。

 和美の考えた予定は、午前は湖畔に流れる小川探検と、今日のメインは昼食のバーベキューである。

 そして、午後からは湖に・・・。


 ただ、探検の後にレイラからの提案で、大きな木の所に行って写真を撮ることになった。


 まずは、その前に愛ちゃんも一緒に行ける様に、愛ちゃんの家によってお母さんの承諾を貰に行くことからである。


 <つづく>

相応しくない単語を使用したことを深くお詫び致します。

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