第16話 夏休み納涼”へろへろ女”生け捕り作戦18
旅行の二日目朝、みんな昨日の出来事が気になっている。
◆早起き◆
旅行2日目の日曜日早朝。
「あら、もう誰か起きてるのかしら」
子供達よりも先に起きようと頑張って午前7時に起きた和美であったが、二階の寝室からリビングへ降りる階段へ向かう途中で、鼻歌が耳に届いた。
結局、昨夜は3時間も寝ていなかった。だが、和美は体力には自信がある。若い頃は一日や二日は平気で徹夜で夜中じゅう遊んでいたものだった。
でも、
(もう、徹夜はきついかもね~)
和美は時の流れを感じてしまう。
(こうして、次第に子供達の時代になっていくのかな。なんて・・・)
階段はリビングへと繋がっている。
和美がリビングに降りると、昨日のレイラとの会話が脳裏に蘇ってきた。一夜明けると、何だか照れくさく感じてきてしまい、顔が赤らんでくる。
(まあ、今更言ってしまったことに、恥しがってもしょうがないわね)
そんなことを思いながら、辺りを見回すと、昨日寝る前の記憶とは違い妙に綺麗である。
昨日の片付け残しを思い浮かべてテーブルの上を見ると、レイラ達と冷たい紅茶を飲んだグラスも片付けられている。
キッチンにも多少の洗い残しの食器があったはずだが、それも綺麗に洗われている。
テーブルや椅子の位置も整っていれば、掃除もされている気がする。
当然、この状況を作り上げたのは、鼻歌の主としか考えられない。
鼻歌は玄関の方から聞こえてくる。
(諸湖羅さんかしら?)
それにしては、可愛いらしい声である。
ここで自分の次に年長者であるレイラだと思わないのは、既に、家事には向かない人間と和美が捉えていない証拠である。
和美はそのまま鼻歌につられ玄関に行くと、鼻歌の主は大きな箒を使って、玄関の掃き掃除をしていた。
改めて見直すと箒が大きいのではない。体が小さいのであった。
一瞬(誰れかしら?)と思ったが、それはもえちゃんであった。
(こんなに、小さかったかしら)
小さいと認識している自分の子、陽太よりも明らかに小さい。
「あっ、おばさん。おはよう」
和美がもえちゃんに見とれている間に、もえちゃんが和美に気付いて顔を向けた。
「あら、もえちゃん。おはよう。早いのね」
「うん、もえはいつも6時前に起きるんだ」
「昨日は遅かったからもっと寝てればいいのに。掃除だったらおばさんがやるわよ」
「でも、掃除はもえの仕事なんだ」
「もえちゃんの?」
「そう。トイレも、お風呂も全部やっといたから」
和美はいつも家で掃除をしているのだと気付いた。
「梢も厳しいわね」
和美ともえちゃんの母の梢は、たった1年間ではあったが同じ高校の同級生で、和美が中退した後も梢は色々と世話を焼いてくれた。
今でも和美は一方ならぬ恩を感じている。
「いや、お母さんは何にも言わないんだけど、これはもえの仕事って自分で決めたんだ」
そう、言いながらも手は休めない。手際が良く、本当に毎日やっていることが伺える。
「もえちゃん、偉いわね~、帰ったら陽太にも何かさせないとね」
そう言って和美が笑うと、もえちゃんも嬉しそうに照れ笑いを返して来た。
和美はすっかり眠気も覚め、爽やかに朝を迎えることが出来た。
箒がレイラのパンプスに近づくと、もえちゃんが掃除の手を止め、心配そう顔で和美を見上げた。
「ねえ、おばさん。レイラちゃんの靴がさあ、ボロボロなんだ」
和美はもえちゃんが昨日、窓越しにレイラと顔を合わせて無事を確認していることを知らない。
体のことを心配しているのだと思い、まずは無事に帰って来たことを伝えることにした。
「うん、でもレイラさん体は何ともないし。元気で帰って来たから大丈夫よ」
「でも、レイラちゃんこれじゃ。外に出れないよ」
もえちゃんが残念そうにレイラのパンプスを眺める。
もえちゃんは折角思井沢まで旅行に来て、外に出られないレイラのことを思うと、苦しくなってしまう。
「そうよね~、どうしましょう」
言われてみればその通り、和美にとっても残念なことである。
そこに、眠たげな足音がゆっくりと近づいてきた。
普段は良く寝る諸湖羅だが、無理をして頑張って早起きをして来たのだった。
「はあ~」
欠伸をしながら大きく伸びをした。その仕草が子供の様に愛らしい。
「おはようございます。お二人さん早いですね。一番先に起きようと思ってたのに」
「あら、おはよう緒湖羅さん。お休みなんだから無理しないで、もうちょっと寝ててもいいのに」
諸湖羅の顔は口元だけは笑っているが、眼は半分も開いていない。和美は笑いを堪え様とするが、つい、顔がほころんでくる。
「おはよう」
もえちゃんもレイラのパンプスから諸湖羅へと視線を移すと、一転、笑いが込み上げて来る。
「でも、朝食の準備手伝わないと。ねえ、もえちゃん」
掃除をしているもえちゃんを見て、自分の役目は食事の準備とばかりに張り切って見せているが、半分眠っている眼を見てしまうと、もえちゃんは苦笑いをするしかない。
「あら~、みんな良い子なのね」
「和美さん、私はこれでも大人ですから」
緒湖羅は憤慨すると血の廻りが良くなり、目も少し覚めてきた。
「そうだったわね。ハハハ。ごめんなさい」
緒湖羅は子供扱いされてちょっと膨れながらも、昨日から気になっていた二人が眺めていたレイラのパンプスに手を伸ばした。
緒湖羅はレイラのボロボロのパンプスを手に取り、
「その前に、レイラさんの靴を取って来ないとね」
そう言って、もえちゃんの顔を二コリと見つめた。(大丈夫よ!)と言わんばかりに。
それに、もえちゃんの目が輝いた。
「くつを取って来るって、どこへ?」
期待の言葉が、口をついて出た。
「フフフ、もえちゃん一緒に取りに行きましょうか」
「ホンと!うん。いくいく」
もえちゃんがワクワクしながら緒湖羅の後に付いて行くと、諸湖羅は男性陣の宿泊している隣のコテージに入って行った。そして、慣れた動作でパンツ一丁の帯人を手荒く叩き起こした。
緒湖羅が寝ぼけ眼の帯人に、レイラの無事とパンプスの件を耳の側で簡単に告げると、帯人は張り切って飛び起き、脱ぎ捨てたジーンズのポケットから車のキーを取り出した。
もえちゃんは緒湖羅の対応に(慣れたもんだ)と言いそうになったが、口を動かすだけで声に出すのは止めておいた。
(無粋かナ・・・)
パンツ一丁で、慌てて服を着る帯人は放っておいて、もえちゃんと諸湖羅は帯人の車に向い、トランクを開けた。
中には、何と新品の真っ黒のウォーキングシューズがあった。
「これこれ。ね、いいでしょ」
意外にも結構高そうなシューズにもえちゃんは驚いた。
「うん、いいね」
嬉しくなって体がむずむずしてくる。
「これ、どうしたの?」
「ほら、14話でレイラさんのパンプスが盗まれたでしょ。あの時の借りを返さないとって、帯人さんと庄蔵さんの3人で買って来たの。パンプスで山歩きは?と思って」
「へ~、凄いね(いいとこあるじゃん)」
もえちゃんは、初めて大学生3人に感心した。それと同時に(大学生って、お金持ってんだあ!)と感心し、これからちょっと扱い方を変えようかと思うのだった。
この後、諸湖羅は朝食の準備に、もえちゃんは湖畔道を渡って遊歩道の終着地点、愛ちゃんの家が昔あった広場に向った。
もえちゃんは朝の爽やかな気候と、楽しかった昨日を思うと、嬉しくてコテージの中にはいられなかった。
もえちゃんが広場に着くと、そこには既に先客が来ていた。二人と一匹だ。
◆一日経って◆
「あっ、もう誰かいる」
もえちゃんは、自分以外にもきっと広場に誰から来ると思っていた。来て欲しかった。
しかし、まさか先に二人も来ているとは思ってもいなくて、体がむずむずとしてくるのを感じる。
しかも、一人は車椅子でお供に白い犬を連れている。愛ちゃんと、それに介助犬の”しゅけ介”である。
「あはっ、愛ちゃんとすゅけ介だ!」
嬉しくなったもえちゃんは、まっしぐらに広場に向かった。
しかし、何か引っ掛るものを感じる。愛ちゃんがこんなに早い時間から来ているのが気になってしまう。
(誰もいないかもしれないのに、こんな朝早くにどうして?)
そう、走りながら考えていると、自然、心配になって次第に心が重くなってくる。
昨日のことを頭の中でもう一度整理をしてみた。
もえちゃんが、二人と一匹に近づくと、やっぱり朝の空気に似合わない雰囲気が流れていた。
それでも、もえちゃんは昨日のテンションのままに、愛ちゃんの横に行儀良く座るしゅけ介に元気に飛びついてみた。
首にぶら下がり、アハアハと喜ぶもえちゃんにもしゅけ介は、首だけは重たげに下げているが、姿勢は保とうと必死に堪えている。
そんな身勝手な姿に、大概は何かしら反応があって良いはずである。
昨日の愛ちゃんなら、そんな身勝手なもえちゃんの行動を喜んでくれるそうな気がする。
しかし、何も反応がない。
明らかに昨日とは様子が違っている。
(あれ?やっぱり重~いみたい・・・)
パフォーマンスは、ただしゅけ介に迷惑を掛けの空振りに終わってしまった。
もえちゃんは、恐る恐る二人の顔を覗きこむようにゆっくりと顔を上げてみた。すると、もえちゃんの意思が分ったかの様に、にしゅけ介も同じ表情でゆっくりと一緒に顔を上げる。
3人と一匹の目が会う。
3人と一匹の大きな瞳の瞬きが同期したが、愛ちゃんだけが直ぐに顔を伏せてしまった。
「愛ちゃん、どうしたの」
もえちゃんは、しゅけ介の首から手を離し立ち上がると、先に愛ちゃんの話を聞いていた雄大くんが、替わりもえちゃんに伝えてくれた。
芸術家肌の雄大君は、画板を首からぶら下げている。夏休みの自由研究に思井沢の絵を提出しようと、この旅行にもスケッチブックを持参していた。
日中はみんなと遊びたいので、早朝から絵を描いており、そこに愛ちゃんがやって来たのである。
「あのさ~、もえちゃん。昨日麗美さんが・・・」
雄大くんの話は、もちろん途中まではみんが知っている内容である。昨日レイラが助けに行ったことは周知のことなのだから。
それでも、雄大くんは初めて知ったかの様にもえちゃんに告げて来た。それに、もえちゃんも初めての様にその話しを聞いた。そして、雄大くんの話は、もえちゃんも知らないその後の出来事に移っていく・・・。
◆深夜の帰宅◆
姉の麗美は深夜に帰宅した。それは毎年何度かあることであり、愛ちゃんはその時はいつも姉の気持ちが高ぶっているのを感じていた。
しかし、今日は帰って来てからの様子がいつもとは全く違っていた。
昨日は、両親がホテルの仕事で泊まりであった。愛ちゃんは、いつもより早い時間に麗美に寝かされていた。
愛ちゃんには、そのことで毎年起きることが、今日これから起きるのだと言うことを理解した。
だから、何も言えなかった。
「まだ、起きていたい」なんて言えなかった。
昨日の愛ちゃんは、もえちゃん達みんなに会って、嬉しくて楽しくて、凄く高揚していた。
本当に親しい友達になれそうな、初めて見た瞬間からそんな予感がしていた。
そのみんなは、今コテージの前で花火をしている。
外からは、微かに花火の音が聞こえて来ている様な気がしてくる。
「花火したいな~」
そう思いながら溜息を一つついた。
愛ちゃんを寝かせた麗美はそれから少しして、思った通りに家をこっそりと抜け出して行った。
「やっぱりお姉ちゃん、行っちゃった。大丈夫だよね」
自分に言い聞かせるように、そう呟いた。
今までにも何度もあったこととは言え、心配である。
愛ちゃんはお姉ちゃんが無事で帰って来る事を祈った。
外からは次第にエンジン音が大きく響いて来ていた。
愛ちゃんは二段ベッドの下で、眠れずに姉の麗美の帰りを待ち続けた。
しかし、昨日は何時もより帰りが遅かった。
待ち続けているうちに、いつの間にか寝むりについてしまった。
(寝ちゃった!)
ハッと目を開け慌てて部屋を見回すと、姉の麗美の姿は直ぐに見つかった。気付かぬうちに帰って来ていたのだ。
麗美は自分の机に両肘を尽き、椅子に腰を掛けたままボッと壁を眺めている。
(よかったぁ、お姉ちゃん帰って来てる)
最初はそう思い安心したのだったが、暫く経ってもそのまま姉の麗美は動かないのである。
(どうしたんだろう、何考えてるんだろう?)
ずっと、そうしているのである。
愛ちゃんは暫くの間、声も掛けられずにベッドの上からそっと覗いていたのだが、知らず知らずの内にまた眠ってしまっていた。
そして、朝。
気付いた時には、既に姉はいなかった。
ホテルの泊まりから帰って来ていたお母さんに尋ねると、お母さんが帰って来ると直ぐに、「ペンションのバイトに行く」と言って、早くに家を出たとのことだった。
心配になった愛ちゃんはしゅけ介を連れて直ぐにバイト先のペンションに向った。ペンションではご主人が愛ちゃんの対応をしてくれた。
「おじさぁん、お姉ちゃん来てる?」
「ああ、愛ちゃん。お早う」
ご主人はいつもと変わらないのんびりとした笑顔を愛ちゃんに向けて来た。
「お早う、おじさん」
愛は心配のあまりに挨拶もしなかったことに気付き、慌てて挨拶を返した。
「やあ、まだ早いからもう少ししてから来るんじゃないかな。麗美ちゃんどうかしたのかい?」
ご主人は、愛ちゃんに心配させないように、言葉を選んでそう言った。
ご主人は麗美が家に帰ったことは、早朝に鉄鎖から聞いて既に知っている。現在、鉄鎖が麗美を影から見守っていてくれていると言う見当もついている。
「ううん、起きたらもう出掛けてたの。ペンションに来てるかと思ったんだけど」
愛ちゃんはがっかりした顔付きで俯いてしまった。
「そう言えば、今日は何処だかに寄って来るって行ってたっけ。歳を取ると忘れっぽくってね」
ご主人は少し失敗したという顔つきで、慌てて訂正をいれた。
愛ちゃんには、ご主人が自分を心配させないようにと、嘘をついていることに気付いてしまう。
「いったい、何処に行ったんだろう?」
そして、不安が解決されないままどうしていいか分からず、みんなに会いたくて、このコテージの直ぐ側にある遊歩道の終着地点の広場に来たのであった。
◆大丈夫◆
雄大くんは、もえちゃんに助けを求める様に話しを続けた。
「昨日、レイラさんが愛ちゃんの予報をした時に”明後日まで待って”って言ってたからさ、愛ちゃんにはもう一日待てば大丈夫だって言ったんだけどさー」
普段聞き役の多い雄大くんが、昨日の肝試しで自分が麗美のことで知ったことを話さずに、一生懸命レイラの予報に間違いなことを伝えようとしたのだと言うことが、もえちゃんには分った。
レイラが予報をしたのである。
それだけで、もえちゃんには麗美が大丈夫なことは良く分っている。
しかし、レイラの凄さを良く分っているもえちゃんでさえも、昨日レイラが帰って来るまでは、レイラのことが心配であった。
レイラの予報の凄さを知らない愛ちゃんには、不安で一杯なのは当然のことである。
深夜にレイラが帰って来た様子から麗美が大丈夫である。なんて言うことを伝える訳にもいかない。
そんなことを言えば、愛ちゃんは返って心配をしてしまう。
何とか安心させる良い方法はないか、もえちゃんは考えた。
そして、
「そっか~、愛ちゃん。お姉ちゃんは、昨日愛ちゃんをベッドに寝かせてから出かけたんでしょ。そして、お母さんが帰ってから、出掛けたんだよね」
それは、足の不自由な愛ちゃんのことを思ってのことなのは間違いない。
「だったらさ、愛ちゃんが困る様なことはしないよ。
きっと何か一人でさ、考えたいことがあって、お母さんが帰って来るまで待ってたんだよ。お母さんが仕事に行くまでに帰って来るよ」
愛ちゃんは、小さく頷くだけだ。
(励ませなかったかな?)
次に何んて言おう?そう考えていると、気がつくと、もえちゃんの足元に1匹のウサタヌキが寄り添っている。
そして、もう一匹がしゅけ介の足の間から顔を出している。
「あれ?もう来た」
すっかり、ウサタヌキはもえちゃんを監視しているかの様に、もえちゃんの行く先々に現れる様になっていた。
足元のウサタヌキが、何か伝えたげにもえちゃんに向って首を伸ばしてくる。
「ん?」
それに、もえちゃんは屈んで顔を突き合わした。
そして、
「ふんふん、ふん、わかった」
愛ちゃんに向って胸を張る。
「お姉ちゃん、一緒だってさ」
「えっ、誰と?」
愛ちゃんには、姉にそんな人がいるとは思えない。
もえちゃんは、ウサタヌキを指差して、
「仲間とだって」
ウサタヌキと一緒だと言うのだ。
「うそ~、何で分るの?」
「そう、言ってる(気がする)」
二人の少女と、一匹の白い介助犬。そして、ウサギの様なタヌキの様な奇妙な動物が2匹が、顔を突き合わせて会議をしているかの様に見える。
「そうだ!」
雄大くんは閃いた。
この姿を絵にしようと。
この姿を目蓋に焼き付けながら、慌てて鉛筆を取った。
いい絵が描けそうでワクワクして来る。
少し経って、そこにレイラがやって来た。
<つづく>
暫く間隔が空きましたが、これから結末までは間隔を空けずに投稿致しますので、
続きも読んでやって下さい。