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第16話 夏休み納涼”へろへろ女”生け捕り作戦15

麗美の将来を救う為にレイラは、湖畔道の大きな木のあるところに向った。

鉄鎖もそれを追いかける。


ついに3年に及ぶ因縁の対決が始まってしまった。


その時レイラは・・・。

◆対峙◆

 湖畔道の山側には、天然芝が広がる緩やかな斜面がある。

 その芝地は、幅は短いが、奥行きは湖を一望出来る高台まで続いており、斜面は途中から急激に傾斜角を増していく。


 一番傾斜の緩やかな湖畔道沿いは、ほぼ平地で、そこには陽の光を独り占めせんばかりに、一際大きく枝を広げた一本の大木がある。


 大木の枝は、この芝地の両側を挟む木々の幹程もあり、四方に陣地を拡げ、その様相は一つの森の様にも見える。


 中でも一番太い一本は、動物達の歩道橋であるかの様に、湖畔道を横切り反対側にまで達している。


 大木は、湖よりもこの辺り一帯のどの生命よりも先に生まれて来た。云わばこの場所の生き物にとっては主の様な存在である。


 だが、避暑地として有名に成りつつあるこの”思井沢高原”にあって不思議とその存在は、まだ人々には殆ど知られてはいない。


 知っているのは、その大木を愛する近くに住む少数の住人と、ホンのごく一部の人々だけである。

 しかし、このホンの一部の人々は、全くその大木を愛して等ははいなかった。

 むしろ憎しみへの象徴となっていた。



 時が深夜へと向かうその最中さなか、湖畔道を横切る大木の枝の上に、白いロングドレス姿の少女が姿勢よく立っていた。


 陽が落ちた今、暗い湖畔道で少女を照らすのは申し訳なさ程度で湖畔道に散在する遥か遠くのレトロな外灯と、今夜の綺麗な居待月いまちづきの木漏れた僅かな月明かりだけである・・・。


 ・・・の筈である。

 

 それは、普段の静かな湖畔であればのことである。


 しかし、その枝の上に立つ少女を照らしているのは、それだけでは無かった。

 湖畔道を少し離れた所から、彼女を鮮明に照らしている一団がいるのだ。


 その光源は、今にも少女に向って来そうな勢いで爆音を放っている。

 彼等は湖畔を大きく迂回してやって来た十数台の改造されたバイクに乗った若者達で、今、大きな木の100m程手前で停止をし、アイドリングを続けている。


 少女はそれを、木の上からじっと見つめている。


 そして、それを見つめるのは少女だけでは無い。少女の周りにも、それを見つめる10個瞳があった。


 10個の瞳は、夜光眼を光らせている5匹の小動物である。

 小動物の内、4匹は周囲の枝葉の陰から、そしてもう一匹は、少女の胸には抱きかかえられている。

 

 少女と十数台のバイクに乗った若者達は暫くの間、睨み合う様に対峙していたが、エンジン音が大きくなるのを確認して、少女が抱えていた一匹を枝の上にそっとおいた。


 動物は3本脚で器用に幹へと移動をして行く。


 少女は幹まで移動したのを確認すると、いきなりバイクに背を向け、そして、深緑色の光を放つ。

 もちろん、この光はバイクの若者達の目には映りはしない。彼女の力を現す特別な光である。


 少女は乗っている枝を、足の甲を中心に半回転すると、宙吊り状態になった。そして、再びバイクの若者達と向かい合った。


 少女は、宙吊りの状態で僅かな風になびいている。

 まるで木の葉の様に自然と同化しているかの様である。



 少女と対峙している若者達は、妹の愛の事故から毎年バイクで此処にやって来る。

 そして、昨年鉄鎖の扮した”へらへら女”に追い返された。

 あのヤンキーの奴らである。


 ヤンキー達は、躊躇う様に暫くその場から微動だにしなかった。


 毎年ここに来ては、追い返されているのだ。

 それも、逃げかえっていると言うのが正しい表現である。


 彼らは此処に来るまでの間、何度も頭の中に言いきかせ、シミュレーションもした。それでも本物を目の前にすると、怖さが先に立ってしまっていた。


 迂闊には手を出せないのだ。


 しかし、彼らにもプライドがある。このまま引き返すわけにはいかないのだ。

 暫しの沈黙を破り、意を決した様に先頭の2台が、エンジンを吹かし始めた。


 それは、今にも少女目掛けて発進する様に見えた。


◆先行したサブ◆

 鉄鎖の指示で先に来ていたサブは、少し前から藪の中に隠れて、両者の様子を伺っていた。


「まず〜、どなんしよう」

 サブは決意がつかない。 鉄鎖からは、自分とレイラの来るのが間に合わなかった場合、何とか時間を稼ぐ様に言われている。


 いや、言われなくても何とかしたい、出来れば・・・。

 サブだってそう思う。

 

 しかし、相手が悪い。多人数の上にバイクである。さらに、バットやら、角材やらを用意して見える。

 この手の人間に手加減は期待しない方が正解である。


「てっさん、なにしてんやろな~、早く来んかいなー」


 バイクは、未だ止まったままで動き出す気配はない。

 しかし、ずっとこのままとは思えない。

 それは、彼らが少女に対してそれなりの準備をしているからそう思うのではない。この日に対する鉄鎖の真剣さからである。


 サブは、どうやって時間を稼いだらいいのか、思考を廻らすが全く何も思いつかない。

「あかん、俺の頭じゃ無理や、ど・な・ん・しよー」


 その時である。エンジン音がいきなり高くなった。

 先頭の2台にバイクがエンジンを吹かしているのである。

 

 サブは、それを聞いた瞬間、後先のことを考えずに体が反応していた。

 サブの体から淡い微かな青緑色の光が暗闇の藪の中から零れ出る。


 その光は、少女のものと同じ様に誰にでも見えるわけではない。

 同じ光を放つ(特別の能力のある)少女であれば見える筈である。

 しかし、サブの放つものは、10数台のバイクのヘッドライトに比べれば光が弱すぎて、少女にも気付けない程度の微弱な光であった。


 それでも、それをただ一人感じていた者がいた。


「サブさんね?動かないで。大丈夫、そこに居て」

 女性の声が聞こえて来た。


 サブはその声に驚いて辺りを見回した。

 その声は直ぐ傍から語り掛ける様に聞こえて来たのである。

 しかし、近くには誰もいない筈である。


 気配に対しては通常の人の何倍も敏感である。その自信はある。

 それもサブの能力なのだから。


(誰や?)

 分からない。


 しかし、その女性の声を聞いた瞬間にサブの体は、反射的に指示に従っていた。

 凄く信用させる、安心させる声に体が勝手に反応していたのだ。


(まさか、この声がレイラさん?)

 いや、疑う余地はない。ここで、そんなことが出来るのは鉄鎖の言っていたレイラ以外に考えられない。


 サブはその声を信じた。そして、動き出したバイクをその場で見守ることに決めた。


◆1台目の接触◆

 先頭の2台のバイクの内、1台のバイクのエンジン音が急に高く鳴り響いた。

 ついに発進したのだ。


 そして、その様子を伺っていたもう一台も促される様に続けて発進した。


 2台のバイクは、数秒の間隔で宙吊りの少女目掛けて一直線に向かって行く。

 彼らは恐怖を振り払うかの様に次第にスピードを増して行くと、それにつれてけたたましいエンジン音が山間に響き渡る。


 普通であれば、そんなエンジン音でバイクが近づいて来れば、間違いなく恐怖を感じるはずである。

 だが、それにも少女は平然としている。

 むしろ目付きからは、待っていたかの様な闘志さえも伺える。


 一台目のバイクは少女と接触する手前でスピードを少しだけ落とすと、乗っている男が肩の後ろに左手を回し、背負っている金属バットのグリップを握りしめた。


 男はバイクを少女の僅か右に進路を合わせると、少女目掛け金属バットを肩の上に振りかぶった。


「おリャあー」

 そして、目線よりやや上の少女の胸元を目掛けて、躊躇いもなく振り抜いたのだ。


 風に靡く程度にしか動かない宙吊りの少女に対して振り上げた金属バットが当たらない訳がない。物体として存在していれば、間違いなく捕らえるはずである。


(当たった?)


 事実男は手応えを感じた。


 しかし、その手応えが瞬時に反発をする。

 金属バットを持っていた右手が押し返されたのだ。


 男は予想外の反発に対応が出来なく、体制を大きく崩してしまった。

 バイクの進路は湖畔道の右手、芝地を越えた奥の岩壁目掛けて一直線に進む。


 慌ててバットを放し、ブレーキを掛けるが間に合わない。

 男は咄嗟に思い切ってハンドルを左に切ろうとした。


 その時・・・。


◆2台目の接触◆

 立て続けに2台目のバイクが少女を襲う。

 今度は少女の左手に周り。右手に持った身長程ある角材を少女目掛け突き立てた。

 バイクの男から見て、相手は殆ど動いていない。

 スピードはそれ程出ていないが、交わすことも、避けることも出来ないはずである。


 それは、当然人間として実在をしていればではあるが・・・。


 しかし、角材の先は男の予想通り?に、少女をすり抜けた。

 男は、(やっぱ、本物!)と思ったが、その瞬間体が後ろに引っ張られた。手にした角材の後ろを掴まれていたのだ。


(やばい!)

 男は慌てて手を放すが既に遅い。体が後ろに仰け反った。瞬時に掛けたブレーキのせいもあって、車体を傾けていく。

 バイクは丁度スライディングをする格好となり、前方投げ出されて行く。

 体と地面が接触しかけた。


 その時・・・。


◆圧倒的な力の差1◆

 その時、1台目のバイクの目の前で、突然と青い稲妻の様な光が発生した。

 丁度、少女が2台目のバイクの男の角材を握った時であった。


 もちろんこの光は男には見ることも出来なければ感じることも出来ない。しかし、宙吊りの少女は、後ろ向きのままでも、この光の強さに圧倒的な威圧を感じた。

(えっ!)


 その恐怖に身動きをすることも忘れ、男から奪い取った角材を握り締めたまま、一時茫然とする。


 しかし、直ぐに記憶が少女を正気に戻した。


(この感覚は!)

 この感覚を感じた覚えがある。それも今日のことだ。

 力の強さは違えど、そっくりである。


(まさか?)

 少女は、圧倒的な力に当てられて、この三年間自分に掛けていた催眠から目が覚めた気分であった。


◆恐怖◆

 1台目のバイクは正面の岩壁まではまだ、距離がある筈なのに、いきなりその手前で停止をした。

 それも、急激に止まった割には、乗っている男にはそれ程の衝撃も与えることは無かった。


 誰かが止めてくれた。そんな感じがするのである。

 それでも、急に止まったのである。体が前方に投げ出されそうになった。

 しかし、その体までもが、支えるように一瞬だけ男の肩に何かが触れたのだ。


 それは人間の手の様な優しさと、暖かさをを感じた。

 

 男は危く岩壁に衝突することろであった。

 心臓の鼓動が脳天まで響いてくる。

 早く酸素を取り入れなければ頭蓋骨が破裂しそうに感じ、男は荒い呼吸を繰り返す。


 全身からは訳のわからない汗が噴出し、背筋には真夏なのに冷たさを感じる。

 手足の先まで神経が通っている気がしない。


 男はただただ、助かったと思うだけで、今はもう動く気力もない。

 それでも、奇跡の出来事への不信感が、何んとか正面の事実にだけは顔を向けようとしていた。


 そこには・・・


 暗闇の中、全身黒尽くめの女性が岩壁への衝突から守る様に、ハンドルの中央をしっかりと握っている。


(まさか・・・、この女性が・・・)

 男はまさかとは思ったが、選択肢は一つしかない。まさかが事実である。


 女性だと分ったのは、ハンドルを握っているほっそりとした手の甲と、俯いてはいたが黒い広つば帽子の影から僅かに見えた、口元と細面の輪郭からだけである。


 あとは男の視界には入らなかった。

 恐らくその口元があまりにも印象的だったからかもしれない。


 帽子の影から見えた女性の口元は微笑んでいた。男の見間違いでなければ、女性は冷静に、そして冷たく微笑んでいた。

 その微笑みは、僅かしか見えないのだけれど、とても美しく見えるのだ。


 だが男は、たった今簡単に返り討ちにあった実在も不明な宙吊りの少女よりも、助けられたにも関わらずこの目の前で微笑んでいる女性の方に、遥かに大きな恐怖を覚えた。

 理由等は無い。直感である。


 そこに、2台目のバイクのけたたましい道路とタイヤの摩擦音が響いた。

 慌てて1台目の男が振り向くと、もう一台の仲間のバイクがスライディングをするように両輪を滑らせ向かって来ている。


 もう、目の前だ。

(ぶつかる!!)

 男は、反射的にバイクに乗ったまま思わず身を屈めたが、その意味は無かった。


 仲間の2台目のバイクは計算でれていたかの様に、自分のバイクにはぶつからず、すぐ横を掠める様に一直線に女性に向って行った。


(あっつ!)

 思わず一台目の男は目の前の出来事から目を背けた。

 完全に目の前の女性と仲間のバイクがぶつかったと思った。だが、


(あれっ?) 

 タイヤと道路のの摩擦音が消え、後にはゴムの溶けた異臭だけが残るが、何も起こった様な気配が感じられない。


 恐る恐る目を向けると、目の前の女性が意図も簡単に仲間のバイクを止めてしまっていたのだ。

 2台目のバイクに乗った仲間は、自分と同じ様にでハンドルを掴れて止められ、唖然として口を開けたままである。

 

 女性は前輪に右足の黒のパンプスの踵をつっかえ棒の如く当て行く手を止めると、慣性の法則に従い面白いように起き上がって来た車体のハンドルを、空いている左手で一本で止めてしまったのである。


 女性は平然と顔上げると、乗っている男を見つめ、初めて言葉を放った。


「大丈夫ね」

 感情の事務的な言葉である。


 2台目の男はその声に素直に頷いていた。


◆退散◆

 全身黒に包まれた女性の顔は、目元までは見えなかったが、やはり怖い位に美しかった。


 女性は彫刻の氷の像の様に滑らかで透明な肌に、細面の輪郭に鼻筋がとおっていた。

 言葉を放った口の開き方にさえも美しかった。


 二人の男は、女性に対し恐怖に脅えながらも目を奪われていたが、女性の放った言葉に目が覚めた。

 女性は二人の男に呟く様な声で言った。


「永遠にここから去りなさい!」


 男達は、その言葉に怯えながら頷くと、エンジンをかけ直し、逃げる様にバイクを走らせた。

 二台のバイクはこのまま走り去るはずでたった。


 だが、1台目のバイクが1mも進まない所で、先に進まなくなった。

(何でだ!)

 2台目のバイクは、走り去ってしまう。1台目の男はそれを見て焦りだす。

「待ってくれ!」


 幾らエンジンを吹かしても、タイヤの空回りする音が聞こえるだけだ。

 一行に前に進まない。


(まさか?)と思った男は女性の行動が気になって後を振り向いた。

 すると、女性が後部シートを掴んでいるのだ。


(うそだろ)

 そう思うが、紛れもない事実だ。片手でバイクを止めたのである。不思議な事ではないのだ。


「なんで、何んで止めるんだよ~」

 そう、泣きそうに叫ぶ。


 それは、女性が瞬時に二人の男の三年前からの過去を覗き、未来を予報した為である。

 女性には、一台目のバイクのリーダー格の男が、ほとぼりが覚めた頃に、また此処にやって来る未来が見えたのである。


 だから、女性は圧倒的な力を男に見せ付ける必要があった。

 つまらない考えを永遠に起こさない様に、トラウマとなるべく強い印象を植え付けなければならないのだ。

 見せ掛けの力や、度胸等では到底埋まりっこない力の差をだ。


 女性は後部座席を捕まえると、左手一本でバイクを引きずり戻した。


 もう、二度と力を持つことに憧れない様に、些細なプライドを保とうとしない様に。徹底的に力の差を見せ付けてやる。


 バイクを伝わった青い光が、彼を金縛りにする。

 瞳以外は全く動くことが出来ない。バイクが立っていることが不思議な位に足にも力が入らない。


 彼らの過去は既に知っている。過去を覗いたのだ。

 色んなところで、色んな受け入れがたい行動をしている。もちろんこの場所でもだ。


 しかし、言葉に怒りを込めはしない。顔を向けることすらせずに冷たく冷静に問いただす。


 それは、自分の小ささを知らしめさせる為にだ。

 彼が声を荒げるまでに値しないと見せる為だ。


「また、ここに来るつもり?」

 男は、それに返事も出来ない。声が出ないのだ。

 首を横に振る。振ったつもりである。

 だが、それでも意思は伝わっている。


「本当?」

 女性は再確認をする。

 それに男は肯く。肯いたつもりである。


 バイクは左右に揺れて倒れそうである。しかし、支えることが出来ない。足に感覚がないのだ。

 バイクが倒れる恐怖も襲ってくる。

 額の滴が目に入る。背中には冷たい滴が流れ落ちるのを感じる。


「一生来ないわね」

 男はまた肯く。肯いたつもりである。


「そう、まだ生きられそうね」

 男は自分の返事が正しかったことにホッとして肩を下ろす。下ろしたつもりになる。


「帰りたい?」

「は、はい」

 初めて小さな声になった。体の自由が戻って来る。


 女性は、その返事を聞くと、手を後部座席から放した。

 男は自由になった体をフルに使い一目散にバイクを走らせ、湖畔道を駆け抜けて行った。



 続けて、女性は100m近く離れている前方で待機している十数人の残りの仲間達に、声を投げ掛けた。

 声を聞いた、男達は周りを見回し、さらに仲間と確認をしあう様に見詰め合った。


 その声は、耳元で話された様に、バイクの大きなエンジン音をもろともせず、はっきりと聞こえて来たのである。

 男達には、誰の声なのか全く分からない。しかし、同じ現象をみんなが共有しているのが、互いの様子から伺えてしまう。


 全員が声の主の姿を探すが、どこにもいないのだ。

 もし居るとすれば、声の聞こえ方からして、耳元に居るはずである。

 耳元に人がいないこと等は、既に分っている。


 それでも人間の行動として、願望として誰かが居る事を願って、声の主を探さない訳にはいかない。

 探した末に全員が見つめるのは、宙吊りの少女とその向こう。急に現れ、2台のバイクの前に現れて見えた人影にである。


 その時、再び声が聞こえて来た。同じ声だ。

 その声に全員が恐怖で震えながらも、声に耳を傾けてしまう。


「一生、去りなさい。明日が必要ならば」


 声の主の正体は分らない。

 目の前で起こった事も、離れていたのではっきりとは分からなかい。

 それでも凡そは見当がついている。

 二人の仲間が、既に猛スピードで逃げてしまったのだから。


 それで充分であった。彼らが、今直ぐここから去る理由に他には何も必要はなかった。


◆エリート◆

 麗美の強烈な炎の様な深緑の光。しかし、その後ろから稲妻の様に一瞬だけ光り輝いた青い光はそれを遥かにしのいでいた。

 2台のバイクを麗美が交わした直後に現れた光だ。


「て、てっさん以上や・・・」

 サブはレイラの能力を目の当たりにして、動くことも忘れていた。隠れていたことも忘れて、その場で呆然と立っていた。


「なっ、凄いやろ」

 後ろから声が掛けられ、背中を引っ張られた。


「あっ、てっさん。驚いたわ~」

 気づかぬ内にサブの後ろには鉄鎖が来ていた。それだけサブは圧倒されていた。


「あれが、まあ~、エリートの力ってやつやな。しかし、凄いな~腕一本でまあ、簡単に止めよった」

 鉄鎖も想像以上の力に驚きである。


「あれが、レイラさんですか」

「そや、レイラさんや」

 鉄鎖はお手上げのポーズを取る。


「凄いですね」

「凄過ぎやろ。簡単にみんなを追い返してしまったは。多分、もう彼らは来ないやろな」


「そうですね」

 サブは圧倒的な力に加え、手際の良さにすっかり惚れてしまった。


「無理やで」

「な、何のことですか」

「惚れてもや」

 すっかり鉄鎖に見透かされて、怯んだでしまったサブであったが、

(こんなの見せつけられたら誰でも惚れるやろう)と思ったサブは、開き直り

「いや、惚れてしまいました」

 そう応えた。


「でも、惚れるのはこれからや。ここまでやったら俺でも出来るんや。この先をどうするかが見ものやな」

 鉄鎖には、この後のレイラの行動が楽しみであった。

 自分が1年も解決出来なかった事を、たかだか2泊3日の旅行で解決出来ると簡単に言ってのけた”おっさん”の言葉がこれから分かるのである。


◆圧倒的な力の差2◆

 バイクの音が去って行こうとする中で、後ろの女性との圧倒的な力の差に冷静を取り戻した麗美は、自分の行った事に後悔を感じていた。


 自分が二人のバイクの男にふるった圧倒的な力の差。その差が今、後ろの女性と自分の間にはっきりと存在しているのである。


 麗美は二人の男に対して、楽しむかの様にその力の差を使ってしまった。


 もし、後の女性が助けなければ、二人の男はどうなっていたか分からないのである。

 それを考えると、急に恐怖に変わっていた。


 そこに、後から足音が近づいて来た。

 二人のバイクの男に与えた威圧が今度は自分の中に襲って来る。


 後の女性が今ここに現れた理由、それが分からない。

 後ろの女性も自分に対して圧倒的な力を使うのだろうか?

 そう考えると、麗美は直観的に(逃げなければ)そう思った。

 

 麗美はハッとそれに気が付き、木の枝から飛び降りると、森の中に向って逃げ出した。


「待って!」

 レイラは麗美を追いかけ様としたが、自分のパンプスに躓いた。

 見ると、見るも無残にぼろぼろである。そのはずである。全速力で走った上に、滑り迫るバイクを左足のパンプス一つで止めたのである。


「あ~あ。ぼろぼろ・・・」

 涙が出そうになる。それでも、麗美を追いかけ様としたが、余りの速さに追いかけるのを断念した。いくらレイラでも、このぼろぼろのパンプスでは、麗美を追いかけるのは無理である。


「早~い。まあ、明日でもいいわね」


 レイラは少し先のサブのいる辺りに目を向けた。今は、光の欠片も見えないが若干の気配が感じられる。

 レイラは少しそこを見つめて口をパクパクと動かし、耳を傾けていたが、気配が消えたのを感じてコテージに向けて歩き始めた。


「あ~、明日からどうしよう。靴の替え何て持って来なかったのに~」

 

◆了解◆

 鉄鎖はレイラの依頼に応えようとするサブに対し、人さし指を口に当てそれを制した。

 そして、戻ることを促した。


「てっさん、レイラさんの依頼に応えなくて良かったんですか」

「いいんや、応えてたら、面倒なことになるやろ」

「面倒なこっとて?」

 サブにはその意味が分らない。


「色々聞かれるやろ」

「まずいんですか」


「俺も分らんけどな、そう言う命令やからな」

「命令って、あの?」

 鉄鎖に命令出来る人なんて、サブには一人しか思いつかない。


「そう、おっさんからや」

「そうですか~」


 鉄鎖とサブには、レイラからの依頼の声が聞こえていた。しかし、それに応えはしなかった。

 応える必要も無かった。レイラには、そこまで分っているはずであるのだ。


 今の麗美の精神状態であれば、簡単に予報が出来た筈だからである。


<つづく>

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