第16話 夏休み納涼”へろへろ女”生け捕り作戦13
ペンションのご主人と、麗美、それに鉄鎖との関係は・・・。
◆ご主人の話◆
麗美のところに向ったレイラと鉄鎖を見送った一同は、レイラの言葉通りに湖畔道を戻り、コテージに向った。
その途中、ご主人は3年前から今に至る麗美との出来事について話し始めた。
先頭にはご主人と和美が並び、その後ろの他の面々は、話を聞き洩らさないように二人を囲むように固まって歩いている。
ご主人が改めて、
「今日は、本当に申し訳ありませんでした」
再び和美に向って深々と頭を下げると、振り返り、後ろに向ってもう一度頭を下げた。それに、後に続く子供達や帯人達3人に、弘史と昌史も恐縮そうに頭を下げる。
「いいんですよ、何か私が一人で大騒ぎしたみたいで返ってお恥ずかしいです。レイラさんに鉄鎖さん、
それに子供達にもそれぞれの筋書きがあったみたいで・・・。それに何にも気付かないなんて・・・」
和美が恥しそうにそう言い、振り返ると子供達銘々が、和美の視線を外すように辺りを見回している。
「そう言って、いただけると・・・。私も鉄鎖さんが、みなさんの前に現れようとした時におかしいとは思ったのです。
いつもなら、皆さんみたいな方々を驚かすことはしないのです。そんな意味がありませんから。
ただ、今日は麗美ちゃんの様子から、特別な何かがあるとは思っていました。
いつも大きな木の所に向う時の様子よりも、さらに落ち着かない様子でしたので・・・」
「それで、昼食の時も」
和美がつい、本音を漏らした。
「ああ、あれは・・・。
お客様には大変失礼しました。いつもはもう少し明るい子なんです。でも、その時は多分」
と言い、ご主人はちらっと、弘史と昌史に目を向けた。それに二人は子供達の様に視線を反らした。
「ああ、そうでしたか」
和美が苦笑いを浮かべたのを見てから、ご主人は話を元に戻した。
「それで、鉄鎖さんは皆さんをこれ以上奥に近づけない様にしようとしているのかと思っていました。
多分、お二人のバイクのパンクも・・・。いえ、これは確かではないので後程に」
弘史と昌史は、とてもその言葉が気になったのだが、雰囲気的に水を差せない感じがしたので、二人共暗黙のうちに、ご主人の言うとおり(まあ、後程でいいか)そう思った。
「鉄鎖さんは、最初は皆さんを奥に近づかない様にしているのだと思っていたのですが、途中からどうも、みなさんを一カ所に集めようとしているとしか思えない行動を始めたので、可笑しいなとは思ったのです。
すると、思った通りでした。皆さんが一か所に集まることになりました。
きっと、鉄鎖さんは最初っからレイラさんや皆さんに、麗美ちゃんを助ける何かを感じていたのではないかと思うのです。
そして、敢えてそんな行動を取ったのだと思います。
恐らく、いや、私はきっと皆さんに私の知っている”範囲”のことについて説明をする役目なのでしょう」
ご主人の言い回しが、和美には神がかり的なものを信じているようで奇妙に思われた。
しかし、ふとすぐ後ろのもえちゃんと、我が子の陽太を見ると、不思議にすんなりと、当たり前の様に受け止めている。
和美は(レイラさんと一緒に居ると、こういう事、普通なのかしら?)
そんな風に思ってしまった。
「恐らく、レイラさんは麗美ちゃんや鉄鎖さんと同じ力をお持ちなのですね」
ご主人の言葉に澄ました顔で、直ぐ様もえちゃんが客観的な判断として訂正を入れた。
「同じ力かどうか知らないけど、レイラちゃんの方が凄いと思うよ」
「はあ、そうなのでしょうね。あの鉄鎖さんがああ言うくらいですから。後はレイラさんと鉄鎖さんにお任せするしか無いようです。
こんな信じられない力を持った人が3人も集まるなんて、絶対に何かの縁で繋がれているとしか考えられないですから」
ご主人は信じられない様子であるが、それは皆が思っていることでもあった。
きっと、何か運命的な出会いなのだと。
それが、本当は”一人の人物の思惑”とは、此処にいる面々はまだ誰も知らないのだから。
「私が麗美ちゃんの力に気付いたのは昨年のことなんです。いえ、本当はその前からおかしいとは思っていたのです。
しかし、妻はまだ気付いていないので、このことは黙っていて下さい」
奥さんにさえも麗美ちゃんの事を黙っている。そのご主人が、行きがかり上とは言え見ず知らずの自分達にそんなことを話そうとしている事に、和美は引き締まった気持ちになっていった。
「はい、もちろんです。一体、麗美さんに何が起こっているのですか」
正義感と情に厚い和美は真剣な眼差しをご主人に向けた。
「先ほど申し上げた通り、麗美ちゃんには不思議な力があります。超能力と言うのでしょうか。動かなくなった時計が直ったり、スプーンを曲げたり等テレビで観る様なものではないのですが、レイラさんにも凄い力がお有りの様ですから、信じて頂けると思います。
例えば、車に乗って出発しようとしたお客さんの車の中に、来たときに持って来ていた鞄が無いのに気づいたりとか、お客さんの帰ってくる時間を予測して、それに合わせて対応したりするのです。
あまり妻や私には見せないようにするのですが、どうしても忙しい時には、優しい子なので、ついみんなの為に使ってしまうのでしょうね。
妻は麗美ちゃんを勘の良い頭の良い子と言っていますが、気にしてしまうとそれだけでは到底理解不可能なことが沢山ありました。
しかし、何故かそのことについて喋ったり関ったりしてはいけない様な気がして、本人にも知人にも、それに麗美ちゃんのご両親にさえも黙っておりました。
しかし、どうしてもある事が気になってしまい、深く関わってしまいました。
それが一年前の7月のことでした」
この後、何処から話しを初め様かと迷って少し間を置いたご主人は、いきなり核心を告げることを決意して、再び話し始めた。
「実は、この私達がたった今装っていた白いドレスの女ですが、元々は私と鉄鎖さんが始めたことではないのです」
和美を初め、全員がご主人の話に固唾を飲んだ。
和美は、他に誰かが居ると言うこと驚いた。しかし、そうすると話の流れから考えると・・・。
そう思うと、確信の無いままに思わず口にしていた。
「それって、もしかして、まさか、それが麗美さんってこと何ですか?」
和美がご主人に詰めよった。
ご主人は、躊躇った様に僅かに時間をおいていたが、
「はい、その通りです」
そう一言応えた。
一同は驚くだけで、言葉も出せなかった。
ただただ、その後のご主人言葉が、良くない事で無いこと願うだけである。
「何か特別な理由があるんですね」
ご主人の顔を伺いながら和美が代表してご主人に理由を促すと、
「はい、実は・・・」
ご主人は、一度過去を振り返る様に目を閉じた。そして、再び目を開くと話を始めた。
「麗美ちゃんはいつも私達を気遣ってくれます。アルバイトで手伝いに来てくれている時も、仕事が残っていれば、帰りの時間が過ぎても、私達がいくら”帰ってもいいよ”と言っても、自分の仕事を終えないとなかなか帰ろうとはしないのです。
しかし、そんな麗美ちゃんが何故か慌てた様子で、自分から帰らせて欲しいとお願いをしてくることが、3年位前から毎年何回かあったのです。それが殆ど夏にのみなのです。
ある時です。ふとその事と、ある事が結びついてしましました。
それは、麗美ちゃんが早く帰る時に限って、夜に宙吊りの白いドレスを着た女が出たと言う噂が、レストハウスやホテルで起こるのです。
最初は本当に偶然だと思っておりました。
しかし、その噂がいつもヤンキー達のバイクの音が、湖畔に響き渡ると言うことに気付いた時点で、少し嫌なもの感じました。
昨年の7月初めの日曜日だったと思います。
私は、麗美ちゃんがペンションの夕食の少し前からそわそわし始め、そして、早く仕事を終わらせようと、あからさまに急いでいるのに気付きました。
多分、「早退したい」と、申し出があると思っていました。
すると、私の予想通り一時間もすると意を決した様に「早く帰らして下さい」と言うお願いがありました。
もちろん、私達はいつも一所懸命に働いてくれる真面目な麗美ちゃんが言うことなので了解をしました。
やはり、その日も既に数台バイクが騒音を上げていました。
私は、まさかとは思ったのですが、いえ、まさかと思った時点で疑っていたことになるかもしれません。確かめたいと言う衝動に駆られてしまいました。
まだ、その日はペンションを離れることが出来なかった私は、忙しい最中だったのですが麗美ちゃんがペンションを出る姿を、良くないとは思いながらも3階の倉庫の窓から追いました。
麗美ちゃんは凄い早さで走り、自宅に戻って行きました。
しかし、そこまでであれば、まだ一般の女性として可能な速さだったのですが、その後のことです。
私は自分の目を疑いました。
麗美ちゃんは自宅から紙袋を一つ持ち出し、誰もいないのを確認すると、湖畔道から山側の森に入り、コテージの方向って物凄い速さで走り出しました。
その走る速さが人間の速さではありませんでした。
窓からでは木立の影で直ぐに見えなくなってしまいましたが、幾ら麗美ちゃんに能力があると思っていた私でも、その速さには驚きのあまり目を疑いました。
それを見て、何かあると思うと気になってしまい、じっとしておれませんでした。
私はお客さんの夕食がまだ終えてもいないのに、妻を一人置いてスクーターで後を追いました。
湖畔の奥で麗美ちゃんの行きそうなところは一か所しか知りません」
ご主人の話に誰も声を出さずに聞き入っていたのだったが、
もえちゃんが平然とその答えを口にした。
「それって、芝生の奇麗な大きな木があるバラ線の張ったところでしょ」
「何でそれを?」
それにはご主人が驚いた。
「ここに来る途中で、高台から見たよ。変わったところがあるなって思ってたんだ。
昼食の時にペンションで、小母さんが言っていた宙吊りの女が現れると言った大きな木って、その木のことなんでしょ」
もえちゃんは、(やっとあの場所の意味が分った)と既に一人だけ納得顔であるが、他の子供達は全く意味が分らず驚いた表情でもえちゃんを見つめた。
もえちゃんには、他のみんな、ご主人でさえも知らない情報をウサタヌキから得ていたのである。
それは、もえちゃんの前に何度も現れるウサタヌキの意識の表現の中に、バラ線の張った大きな木の場所と、麗美が何度か垣間見えたからである。
「その通りです。高台から見えるんですね。
実はそのバラ線は麗美ちゃんと、私、それに鉄鎖さんで。昨年張ったものなのです」
もえちゃんが話に加わったことで、途中からご主人の話を聞き入っていた和美も疑問を口にした。
「しかし、どうして、そんな必要が・・・」
「はい。それは、あの場所を守らなければならなかったのです」
「守るって?」
「それは・・・」
ご主人は話を続けた。
「ペンションをバイクで出た私が大きな木のところに行くと、麗美ちゃんは一人で泣いていました。
いつも綺麗な芝には、バイクが掘り返す様に走り回った跡が沢山ありました。
故意に荒されたとしか、とても思えませんでした。
そして、今は一本だけが一番森寄りにあって目立ちませんが、あのバラ線の中には大きな木の他に3本の細い木が等間隔にあったのです」
「後の2本はどうしたの?」
陽太くんが心配そうに初めて声をあげた。
「その時に、折られました。
一本の成長の遅い木は胸の高さ位で折られ、もう一本は根元の方で半分鋸で切った後に折った様です。 さらに、あの大きな木にも鋸の刃を入れた跡がありました。
いったい、何の目的なのか・・・。
折られた木は、麗美ちゃんの小学校が湖に沈む時に、仲の良かった同級生の3人で植樹したものなのです。
麗美ちゃんが、大事に大事に育てていたものらしいのです」
「えっー、折られちゃったの」
「可愛そう」
黙って聞いていた子供達の心の痛みが、言葉となってこぼれ出た。
諸湖羅の顔も歪んでしまう。
「何でそんなことを・・・。
ただの悪ふざけなんですか?それとも、ワザと麗美さんに対してなんですか?
恨みを持っていても、その場所を荒らす意味など無いと思いますが・・・」
和美には全く納得がいなかい。確かに、バイクで野山を走ったりする人はいる。しかし、そこそこの高さのある木を、わざと折る様な面倒なことを楽しむ人間がいるだろうか?
麗美には多少愛想の悪いところは確かにあったが、ご主人の話からでは、そんな訳も分からない八つ当たり的な仕打ちをされるとは思えない。
「さあ、そこまでは、麗美ちゃんに聞けませんでした。ただ、大きな木まで、切り倒そうとして、鋸切りまで用意しているところをみると、突発的な悪戯とは思えません。
何か前からの因縁みたいなものがありそうな気がします。
ただ、その大きな木のところで、麗美ちゃんが白いドレスの女として現れたのが、3年前の愛ちゃんが事故に巻き込まれた後のことです。
そして、2年前には妻から昼食の時にお聞きになった様に、夜中にその場所でバイクの事故がありました。
妻は大した事故で無い様に言ってましたが、バイクが1台廃車になり、乗っていた男も、手を骨折したと私は聞いています。
これは、私の想像なので確かではないのですが、全てが関係があるのではないかと・・・」
「愛ちゃんの・・・」
和美は自分でも気づかない内に足を止め、目を閉じていた。そして、体が重く感じていた。
ご主人は「はい」と、言いかけた言葉を飲みこんで、
「それは分りませんが、愛ちゃんの事故の時、騒音で後続の車の音が聞こえなかった事は確かです。
でも、それだけで、麗美ちゃんがそんなことをするとは思えません。
麗美ちゃんは事故に対しては自分を責めていたのですから。
ただ、何にせよ麗美ちゃんには人並み外れた能力があります。私はこの後の麗美ちゃんが心配なのです」
「どうして?凄い能力があれば、誰にだって負けないんじゃないのかな~?」
陽太くんが小声で疑問を口にした、麗美にレイラ的な強さを想像しているのだ。
それに、帯人がご主人に代って陽太くんに優しく説明をした。
「うんん、ご主人はそれが心配なんだよ。麗美ちゃんが、相手に怪我をさせてしまうんじゃないかってね。それがどう言うことになるかは、陽太くんわかるよね」
「うん、そっか~」
強ければ良いと言う訳ではないと言う難しさに、陽太くんも考え込んでしまう。
今度は、それを聞いて靖子ちゃんが
「どうして、麗美さんヘロヘロ女に化けたんだろう?」
帯人に疑問を投げて来た。
それにも帯人が優しく応えた。
「麗美ちゃんはヘロヘロ女になったつもりじゃないと思うよ。
ただ単に実在しない人物の方が良かったんじゃないのかな。
ほら、特定の人物とわかると普段の生活でも何をされるか分からないしね、周りの人までも巻きこんじゃう可能性だってあるよね。
きっと、麗美ちゃんは脅すだけが目的だったんじゃないのかな。
もしかすると、昨年の前、3年前からその場所を守りたかっただけなのかもしれないね」
そうは言ってみたものの、帯人にも何故3年前からその場所を守らなければならない事になってしまったのかさっぱり解らない。
それはご主人も同じであった。
ご主人は、帯人の説明をが自分の考えと同じであると言わんばかりに、説明を終えるのを待ってから話を続けた。
「そこで、まずその場所をこれ以上荒らされないように守るろうと、バラ線を張ることを麗美ちゃんに提案しました。
そして、翌日から芝の手入れとバラ線張りを始めたのですが、何分この歳です。その最中に腰を痛めてしまい・・・」
ご主人が、昨年のその時のことを振り返った。
◆てっさん◆
夕方、麗美が学校から戻り、大きな木の所に行ってみると、間もなくご主人がどこから用意して来たのか、トラック一杯の杭を運んで来た。
「麗美ちゃん、お待たせ。これだけあれば、この辺一帯が囲めるさ。ねぇ」
麗美を元気づけようと、務めて大きな声で話すご主人に麗美は心をうたれた。
「はい、ありがとうございます。でも、こんなに沢山どこから持って来たんですか?」
「それは幾ら麗美ちゃんでも、もったいなくて教えられないね。ハハハ」
冗談で、そんなことを言っているが、こんなに沢山の立派な杭を無料で用意出来るはずがない。恐らく何処かから買って来たとしか思えない。
そう思うと、麗美は申し訳ない気持ちで一杯になった。
その日は二人で杭をトラックから降ろし、芝の手入れを少しすると、杭打ちは翌日から作業をすることにして、ペンションの仕事に戻った。
翌日、学校が休みの麗美と、夫人に上手い理由を告げ、ペンションの仕事を押し付けたご主人は朝早くから作業に取り掛かることになった。
「いいんですか?」
「大丈夫、大丈夫。ほら、お客さん少ないから家内に任せちゃおうよ。それより、今日は頑張って、前面だけでも終わらしたいね。そうすれば、麗美ちゃんも安心だ」
「すみません」
「なにも謝ることはないさ、こんな綺麗なところをめちゃくちゃにする奴等がおかしいのさ」
そう言って、ご主人は自分の頭を指さして、怒りの顔を作って見せた。
真夏に下穴を堀り、太い杭打ちを二人で1時間も作業をすると、汗だくである。
「少し休もうか」
麗美は、もう早?と思ったが、
「はい」
麗美はご主人が腰が痛そうであることに気付き、一緒に休むことにした。
作業は殆どご主人がやってくれるのであるが、はっきり言って麗美の能力の方が遥かに上である。
麗美はご主人を見ていると何とか自分で作業をしようと思うのだが、せっかくの好意である。自分からはなかなか言い辛かった。
しかし、
「おじさん、後は私がやりますから、おじさんは・・・」
そう言ってみた。
「な~に、まだまだ大丈夫さ。ん~、でもちょっとだけ手伝ってもらおうかな」
ご主人も麗美の能力の程度は知らないが、ある程度のことは知ってる。しかし、知らないふりをしなければならない。
やはり、自分が主でやらなければと思う。しかし、思った以上にきつい。腰が痛くなって来た。
二人が休憩を終え、作業を再開しようと立ち上がろうとした時だ。
「あたたた・・・」
ご主人は腰を押さえたまま下を向いて動くことが出来ない。
「おじさん大丈夫ですか」
麗美の言葉に、ご主人は返事をするどころか、顔をしかめたまま頷くことも出来ない。
(どうしよう)
麗美は全くどうして良いのか分らない。焦るだけで手の差し伸べ方すらも分らない。
麗美は誰も通るわけのないと分っていながらも、助けを求める様に辺りを見回してみた。
(誰も通るわけ無いか・・・どうしよう)
すると丁度そこに、二人の若い男が普段、滅多に人の通らない湖畔の道路を通り掛かった。
(あれ?ちょっとさっきまで誰もいなかったのに)
そう思いながらも、どうやって声を掛けようかと、はらはらしながら背延びをして見ていると、男の方から声を掛けられた。
二人とも陽に焼けた浅黒い色をしており、中背で爽やかな感じが好印象であった。
二人ともジーパンにTシャツのラフな姿で、若干背の高い男の方は麦わら帽子を被っている。
「ねーちゃん、どうかしたんかいな?」
麦わら帽子を被った方の男が尋ねてきた。
「すみません。おじさんが、腰が痛くて動けないんです」
「そらあ、やっかいやなあー」
そう言うと、湖畔道と芝地の間の境にある背の高い雑草を乗り越え、緩やかな傾斜を登って、麗美の所までやって来た。
二人は、ご主人を大きな木の木陰ま運ぶと、ご主人をそっと休ませ、麗美に話し掛けて来た。
「杭打ちしてたんか?」
「はい」
「そりゃあ、腰も傷めるはなぁ。よし、俺達が手伝ってやるからなぁ、安心していいで。なあサブ」
麦わら帽子の男が、もう一人の男にそう言うと、
「はい」
もう一人の男が、嬉しそうに返事をした。
麦わら帽子を被っている男の方が年上で、主導権を握っていることが、麗美にも直ぐに理解出来た。
二人は杭打ちからバラ線張りまでを手伝ってくれた。
その作業が、物凄く手際良く、そして手早い。
麗美は二人の一所懸命さと作業の速さに、女の子としての作業では申し訳なくなり、つい普通の女子高生とは思えない力を出して、一般男性並みの作業を一緒に行ってしまった。
普通なら驚いてもいいはずである。
しかし、それに対して二人は何も触れずに、常に冗談を飛ばしながら楽しそうに作業をしている。
麗美も気さくな二人にの人柄に、真夏の辛いはずの作業が楽しくさえ感じられた。
3人は、見る見る間に作業が進み。結局昼過ぎには見事にバラ線を張り終えてしまった。
そして、サブがトラックの運転をし、少し状態の良くなったご主人をペンションまで送って行った。
別れ際、 麗美とご主人は、深々と頭を下げると、
「明日から、レストハウスの前を借りて店を出しますので、面倒みてやって下さい」
そう言うと、二人は笑って帰って行った。
二人は麦わら帽子を被った主導権を持っている方が鉄鎖と言い、もう一人は三郎と言った。
ロータリーにあるレストハウスの店先を借りてお土産販売の仕事をするとのことで、昨日来たとのことであった。
無事作業も終えホッとしてから、二週間後の夏休み初日のことである。
その日は、朝から雲一つ無い猛暑を予感させる陽気の良さであった。
その頃には、すっかりご主人の腰の調子も良くなり、夏の繁忙期の初日に備え万全であった。
しかし、その陽気の良さが返ってご主人の気持ちに、3年前を思わせる嫌な予感を感じさせていた。
<つづく>