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第16話 夏休み納涼”へろへろ女”生け捕り作戦12

ついに、”へろへろ女が”捕まった?その正体は?

しかし、それで終わりでは無かった。

◆肝試し 第1グループ◆

 女は長身で、胸まである乱れた黒髪を不気味に前方に垂らしている。

 乱れた白いドレスは地面を引きずる程に長く、近づいてくる様はまるで地面を滑る様で、歩行の様ではない。


 小さな懐中電灯の明かりでも、次第に近づいて来る女の表情は、はっきりと捉えることが出来てきた。 

 その女は、何とお化けの常識を打ち破る”へらへら”とした笑顔を浮かべているのである。冷静に見ることが出来るのであれば、やけに愛嬌がある。

 しかし、女の表情を見た和美は硬直していた体を震わせ、思わずゴクリと固唾を飲んだ。


 今の和美にとっては、それはそれで薄気味が悪かった。


「だめ〜、こ、来ないでー!」

 若干ハスキーボイスの和美の声は、さらに擦れて声にならない。

 もう、和美達と女との距離は3mもない。


 背毛は真冬の様に凍り付き、膝は爆笑中で力が入らない。

(もう、だめ!!!)

 と思った時であった。


 急に冷たいものが和美の右脇の隙間を通リ抜け、目の前に出て来た。

 凍り付いた和美の背毛よりも、確実に物理的に冷たい。その出現に一瞬我に帰る。

(なんなの?)


 和美は視線を下に向けた。

 それは、銀色の缶に星のマーク。特に夏になると和美とは親しい仲の 

「えっ?えっ? ビール?」

 小さい手が和美の後ろから懸命に伸ばされている。

 その手に掴まれた缶ビールは、まるで救世主の様に目の前の女に向けて、燦然と躍り出た。


 女はこちこちに固まる和美の目の前で、口を大きく横に広げ微笑むと、小さな手から、そーっと缶ビールを受け取った。


 その動きが”いかにも”で、和美を恐怖の底に落とすのだが、何故か驚いたことに微かな喜びの声が背中を伝って聞こえて来たのである。その声は間違い無く澄子ちゃんのものだ。


(へ? なに? 澄子ちゃん。どうして)


 思考しか動かない和美の前を、何もせずに呆気なく通り過ぎた女は、缶を口に当てると大きく夜空を見上げた。

 それを和美はホットひと安心して、じっと見据える。


 女は「ゴク、ゴク、ゴク」と、喉を鳴らして一気にそれを飲み干した。

 そして、缶を口から離すと「アー」と、溜息をつく。

 さらに、「ゲフ」げっぷのおまけ付きである。


 「ゴク」「ハァー」「ゲフ」美味しいビールの三段活用が繰り広げられた?


(美味しそう)

 その様子を見て、和美は純粋にそう思った。

 と、言うことは?

「んっ?」


 停止していた和美の思考が目まぐるしく動き出す。

(あれ?ゲップ・・・し、したわよね?)

 それに、ビールを飲んでいた時の動きは、それまでと違い滑らかでは無い。


 和美は女の後姿を良~く見ると、白いドレスの裾から、若干スニーカーらしき靴が透けて見える。


(足がある?)

 和美の後ろから澄子ちゃんが冷静に女の足下?を懐中電灯で照らしているのだ。


(人?多分、人よね?そうよ、人に決まってるじゃない!お化け何ているわけないじゃないの)

 そう思うと、次第に平静を取り戻して来た。


 和美の顔には血行が戻り、次第に赤みをおび、膝は笑いを止め、抜けた足腰に力が蘇って来る。男らしい和美本来の姿が次第に戻って来る。

 すると、僅かに出来た余裕が怒りを呼び寄せ、腹が立って来た。腹が立って来ると和美の性格から何もしないなんてことは出来ない。


「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

 和美は気がつくと声を上げていた。まだ若干声が震えている。


 しかし、そんな声でも女はビックと一瞬肩を動かした。そこで和美は確信した。


(この~てめー、お前は誰だ! このやろう、私をなめんじゃないよー!!)


 そう思った瞬間和美は走り出していた。暗闇をものともせず、女に向って猛然とスパートした。

 それに驚き、女もドレスの裾を持ち上げ、ヘラヘラと逃げ出す。足がある。


「まて、このやろうー」


 和美は、澄子ちゃん、諸湖羅それに弘史達二人のことを忘れ、鬼の形相で全力で追い掛けた。しかし、多少足には自信がある和美もなかなか追いつかない。

 追いつかないどころか、次第に離されて行く。


 さすがに世間をにぎわした”ヘラヘラ女”であった。真剣に走ってるようには到底見えないのだが、噂どおり本当に足は早かった。

 それでも、和美は懸命に追い掛けた。


◆さらに第2グループ◆

「あれ、今何か声がしなかった?」

 帯人の後ろでは、靖子ちゃんと真希未ちゃんが、仲よく二人で腕を組んで寄り添っている。その真希未ちゃんが耳を澄ましながら足を止めた。当然靖子ちゃんも足を止める。


「真希未ちゃん、止めようよ。そう言うのは・・・」

 帯人が若干冷たい震えを覚えながらそう言い返した時、確かに再び女性の叫び声が帯人の耳にも届いて来た。

(うそ・・・)

 しかし、何と言っているかまでは、分らない。


「出たのかなあ?」

 靖子ちゃんは、帯人があまり聞きたくない言葉を少し不安げに口にした。


「まさか」

 帯人は子供達の手前、苦笑いしているが、そう応えるので精一杯である。


「上手くいったかなあ」

 靖子ちゃんは真希未ちゃんの耳元で囁いた。それに、

「どうだろう」

 真希未ちゃんは首を傾げる。


(勘弁してくれよー)

 そう願う帯人であったが、前からは足音が確実に近づいて来るのがはっきりと聞き取れる。それも物凄い勢いだ。全力疾走に近い足音である。


「うっそ~」

 一応、帯人は二人の女の子の前に立ち塞がり両手を広げるが、有事の際に守れる自信は殆どない。


「大丈夫。絶対に大丈夫なはず。いや大丈夫。先生が予報したんだから何も起こるはずがないんだ」

 自分に言い聞かせる様にそう言うが、声が上ずっている。

 (帯人は、尊敬するレイラのことを”先生”と呼んでいる)

 

 そう呟く帯人の声を、靖子ちゃんが聞いていた。

「レイラさん何も起こらないとは言って無かったよ」


(そんなはずは)

 と思うが、確かに何も出ないとは言っていない。しかし、危険を予報していれば、肝試し等をするはずがないのも事実である。


「ははは、大丈夫だよ、靖子ちゃん(絶対に?)」

 と、帯人が言い掛けた時だった。前から白い者が走って来るのを、申し訳程度に点いている外灯が微かに捕らえてしまった。帯人はそれを見てしまった。


「うそ~、で、出た、出たあ!!」

 帯人はそう叫ぶと、大きく開けた口を塞ぐのも忘れ、口をぽっかりと開けたまま立ち尽くした。


 女の姿は次第にはっきりと見えてくる。裾を引きずる位に長い白いドレスに、胸まである長い黒髪だ。

「へろへろ女だ!」

 靖子ちゃんの声は、戦闘態勢に入っている。


(だ、だ、駄目だ動けない。足が動かない)

 それでも、女の子二人を守る様に前に塞がることだけは最低限行っている。しかし、とっても守れる精神状態ではない。


 さらに女が近づいてくる。ドレスを着ているのに、まるで短距離の選手の様に速い。

「靖子ちゃん」

 真希未ちゃんの声は帯人に反して落ち付いている。

「うん、分ってる」

 靖子ちゃんも同じである。


 そして、帯人の後ろで”シュポッ””パカッ”二つの音が同時にした。その後で二人が何か相談しているのは分るが、目を向ける余裕は帯人に全くはない。

 ただ、地面に水を零した音だけが聞き取れた。


 もう数メートル先である。懐中電灯を女に当てる度胸もない。

(もう駄目だ!)

 と思いながら、それでも、暗闇の中で次第にはっきりとしてきた女の顔を、怖いもの見たさで恐々と覗いて見ると?

 以外と、ヘラヘラしており愛嬌がある。


(うむ?もしかして、大丈夫かも・・・)

 と、思った時だ。帯人の脇から靖子ちゃんが顔を出した。そして、女に手を差し出すのだが、その手には、

「えっ、缶ビール?」


 女はそれをマラソンの給水ポイントの様に靖子ちゃんの手から受け取ると、そのまま帯人の前を通り過ぎ、その缶を口に当て、飲み始めた。


 呆気に取られている帯人は身動きが出来ない。無事過ぎて行った者に触れない方が無難であると言う気持ちが体を押さえつけているのである。


 帯人の後ろでは、真希未ちゃんが、

 「あれ、顔がへらへらしてる。やっぱり”へらへら女”なのかなぁ?」

 と靖子ちゃんに語っている。

 真希未ちゃんには、まるで余裕が感じられる。強い女だ。


 帯人は女に気を取られていると、後から肩を叩かれた。

「帯人さん、また来たよ!」

 真希未ちゃんが、もう一つ近づいて来る足音を聞きつけた。


「えっ、また?」

 (勘弁してくれ~)と思いながら、帯人が目をこらして見てみると、見えて来た影の走りは、どう見ても足がもつている。その姿には、今度は帯人も安心出来る。


 それに向って、靖子ちゃんが叫ぶ。

「だ~れー?」

 その叫びに応える様に近づいてきた影が叫んでいた。


「帯人さ~ん、そいつを捕まえて~」

 この声は聞き覚えがある。

 間違いない。間違いなく和美の声である。


 帯人が懐中電灯の明かりを照らすと、暗がりから出て来たのはバテバテの和美であった。


 和美は3人の前に近づくと、まず初めに無事であるかを確認した。

「はあ、はあ、みんな大丈夫?怪我はない? はあ」

 普段運動をしていない和美は息も絶え絶えである。


「うん。大丈夫」

 真希未ちゃんと、靖子ちゃんが嬉しそうに応えた。


 それに安心した和美は、

「行くわよ!」

 帯人の袖を掴むと、強引に帯人を巻き込んで再び女を追いかけ始めた。


「和美さん、あれは何ですか?」

 走り始めた帯人は一応、正体を確認して見た。

 

「大丈夫、ただの変質者みたい!帯人さん、先に行って」

 足があると分れば和美は強い。


(ただの変質者って)帯人にとっては、ただの変質者でも充分過ぎるのだが、ここは一応

「分かりました」

 そう言わざるを得ない。


 今度は帯人が勇気を振り絞って和美の前に出て女を追いかけた。だが、決して一人で飛びかかろう等と言う気持ちは盲等ない。

 後の庄蔵と出くわすタイミングに合わせるつもりである。都合よく女の脚は結構速い。


 しかし、何か様子が変わって来た様な気がする。

(少し走りがヨレて来たぞ)



 その頃後続では、和美の後を追いかけて来た弘史、昌史を含む澄子ちゃん達1グループが、真希未ちゃんと澄子ちゃんの2グループに合流すると、子供達はわくわくと心を躍らせながら、和美と帯人の後に続いて走り出した。


 靖子ちゃんの手には、半分残ったワンカップの日本酒が残っている。


◆そして第3グループ◆


「何か来たよ、もえちゃん、陽太くん。後に隠れててね」

 庄蔵は前から来る気配に気付いたが、いたって落ち付いている。


「うん」

「わかった」

 庄蔵の前を歩いていた二人は庄蔵の後ろに回った。3人共、至って落ち着いている。


 暗闇の中、庄蔵の目つきが変わる。体は自然と攻撃姿勢に入る。次第にはっきりと浮かび上がって来る姿に対して庄蔵は備えたのだ。

 備えたのだったが、次第に近づいて来る影は庄蔵の警戒とは裏腹にヘロヘロとヨタついていて、今にも倒れそうな奇妙な女なのである。


 女は、裾を引きずる位に長い白いドレスに、胸まである長い黒髪で、まるで急性アルコール中毒の様に青白い顔をしている。


「何だ?」

 庄蔵は戦闘態勢を解くと、唖然としてその女の行動を興味本位で眺めていた。すると、安心したところに、突然後から物凄い叫び声がして心臓が飛び出る位に驚いた。

「うわっ」


 後ろを振り向くと、

「へ、へ、ヘロヘロ。へろへろ女だ。ウォー、ウオー~」

 もえちゃんが一人驚いて騒いでいる。それを必至に陽太くんがなだめている。

「もえちゃん、、もえちゃん大丈夫だよ。何か全然怖くないよ。庄蔵さんもいるし」


「ウオ、ウオ、~」

 もえちゃんはひきつけを起こした様に、口が上手く動かない。陽太くんは暴れ出しそうなもえちゃんを

必死で抑えてつけている。


「もえちゃん。全然危険じゃなさそうだから。ほら、面白いよ」

 庄蔵も振り向きながら、もえちゃんの頭を撫でる。しかし、全く冷静を失っていて聞く耳を持たない。


 女は一歩毎に、ふらふらと、今にも転びそうな足取りになっていく。


 もえちゃんが全く安全に見える女を見て、何をそんなに驚いているのか庄蔵と陽太くんには分らないが、こんなもえちゃんを見るのは全くの初めてである。


 二人には前でへろへろしている女よりも、よっぽどもえちゃんのひきつけの方が恐ろしかった。

 そこに、女の後ろの暗闇から、足下を気にしながら控え目に追いかけて来る人影に庄蔵が気が付いた。 帯人である。

「ほら、もえちゃん、帯人が後ろから追いかけて来たよ」


(ピクッ!)

 その庄蔵の”帯人”と言う言葉に、もえちゃんが反応した。

 反射的に帯人が走って来る方向に目を向けると、もえちゃんもその姿を視界に捕らえることが出来た。


(あれ?)

 帯人が追いかける位の”女”である。

 一瞬、もえちゃんの顔が”ぽかーん”と呆気に取られる。


(あれ?帯人より弱いの?)

 帯人が追いかけている姿で、もえちゃんも瞬時に状況を理解することが出来た。

(帯人以下?帯人でさえ、あの帯人でさえ追いかけている?)


 いきなり正気に戻ったもえちゃんは、自分のうろたえを思い出して恥しくなった。

 顔中がもえちゃんの常に赤い頬と同じく位に真っ赤である。


(まずい!)

 そう思ったもえちゃんは、瞬時に頭を働かせて次の行動をとっていた。

「ウオー、ウオー、へろへろ女・・・うぉーうぉー」

 と、もう一回控え目に暴れてみせる。


 それから少し間を置いて、

「なんてさ」

 いきなり素の顔に戻って見せた。


(これで、大丈夫かな~?)

 へろへろ女に驚いたふりの演技と言うことにして見たが、ちょっと不安である。


 それに、単純な陽太くんはあっさりと、

「何だもえちゃん、驚いたふりしてたのか~。もえちゃん演技が上手いな~」

 陽太くんは、もえちゃんを抑えていた手を離したて汗を拭いた。目の前に女より、隣のもえちゃんの対処に途方にくれていたのであったのだ。


(よかった。危なかったー。怖がりだってみんなに思われるところだった。陽太で良かった)

 もえちゃんはホッとして、何も無かったかの様に、いつもの涼しい顔で前の奇妙な女を見据えた。

 陽太くんも、もえちゃんに釣られて、女に視線を向けた。


 庄蔵はそんなもえちゃんが可笑しくて、大笑いしたい所だったが、顔を見られない様に笑いを浮かべるに留めて、安心して女に近づいた。

 もえちゃんのプライドに対する配慮である。


 女は帯人と庄蔵に挟まれる格好になり、そこで、へろへろになったの足を止め、両手を膝に当てると苦しそうに息を吐いた。


 まもなく、そこに和美も追いついた。


◆最後は4グループ◆

「さあ、健太くん、雄大くん。走るわよ」

「どうしたのレイラさん?」


 肝試しと言うことで、敢えて各グループの出発時間に間隔を取っていると言うのに、急にレイラに走ると言われて、健太くんにはさっぱり意味が分らない。


「早く行かないと、面白いところが見れないわよ」

「面白いって?」

 健太くんと雄大くんは、レイラを挟んで顔を見合せた。


「ほら、”へろへろ女”を捕まえるんでしょ」

 レイラは両サイドの二人に、交互に笑って見せた。


「えー”へろへろ女”って、何だ!レイラさん知ってたんだ」

「やっぱり、レイラさんにはわかっちゃうよ」

 健太くんも、雄大くんも苦笑いを浮かべながら、(やっぱり、レイラさんと一緒で良かった!)そう思うのだった。


 二人は肝試しの最後のグループになってしまい、(面白いところが見れなかったらどうしよう)とがっかりしていたのだったが、それでもヘロヘロ女のことは諦めながらもレイラと一緒に歩けると言うことを喜んでいたのだった。

 しかし、どうやらレイラと一緒のお陰で、面白い場面を見逃さないで済みそうである。


 レイラは二人の手を少し強く握り、3グループに向って走り出した。

 二人はレイラに手を引かれるだけで、何かわくわくとした喜びと興奮が湧きあがってきて、凄く楽しい気分になっていた。


 二人は、(へろへろ女見られなくてもいいから、ずっとこのまま走っていたい)

 そんな気持ちにさえなっていた。

 

 踊る様に走る二人を引連れて、レイラ達3人が3グループに追いついた時には、”へらへら女”は酒に酔い”へろへろ女”となり、庄蔵、帯人、それに和美の3人に囲まれたところであった。


 女は酒の酔いと、走った疲れで道路に座り込んでしまった。その前に和美が仁王立ちである。

「さ~て、どう言うことかしら」


 人騒がせな行動。何より和美は、親御さん達から預かった大切な子供達に危険な目に合わせてしまったと、身の細る思いをさせられたのだ。それに、自分の弱点をさらけ出してしまった。

 和美の怒りは頂点に達している。


 そこに、1グループと2グループもやって来て、全員が揃った。怒りの和美とは好対照に子供達は”へろへろ女生け捕り作戦”の成功に満足そうである。

 弘史と昌史も正体をカメラに納めようと準備万端である。


 レイラはその間に、こっそりと帯人と庄蔵の後に回り、一つお願いごとをしていた。二人は、その場をそっと、抜け出し走って行った。

 


 へろへろ女と対峙する今の和美は、先ほどまでの怯えた和美からは想像もつかない10数年前の”伝説の女総番の和美”を思わすオーラがすっかり戻っていた。

 後ろで、一人二人が居なくなったところで意に介さない。和美はさらにへろへろ女に詰め寄った。


 しかし、こんな状況下でも未だにへろへろ女は、ヘラヘラと愛想笑いを続けているだけである。

 和美はついに頭に来てしまい、一歩前に出ると女の毛髪を掴み上げた。すると、髪の毛がカパッと持ち上がった。


 その瞬間、

「へっ、うそ」

 和美は驚いて声をあげ、慌てて手を放した。持ち上がった髪の毛が少しずれて頭に戻る。

 カツラと言う物の存在がすっかり頭から抜けていた和美は、髪の毛が抜けたと勘違いし、慌てて後ずさりをした。


 そこに、怖いもの知らずの澄子ちゃんが、何かに気付いた様な顔つきでやって来ると、後ろからへろへろ女のカツラを持ち上げた。するとその顔は、

「てっさん!!」

 顔を青白く塗ってはいるが間違いない。靖子ちゃんが驚きの声を上げた。


何と、ヘロヘロになったヘラヘラ女の正体は、ロータリーのレストハウスの前で、朱真理湖のお土産としてペンダントやマグカップに記念の文字を掘って販売している、鈴音鉄鎖であった。


「なんだ。へろへろ女って男だったんだ」

 陽太くんが、がっかりとした声を出すも、男の子達は結果には概ね満足である。最大のイベントは期待通りの結果のなたのである。

 3人揃って、腕組をして首を縦に振っている。


 弘史と昌史は、カメラのシャッターを押すことも忘れ、この先の動向を見守っている。


 そこにレイラが後ろから進み出た。

「ご苦労さまです。あなたが”私達”をここに呼んだのですね。鉄鎖さん」

 場を鎮める様に静かな物腰でそう言った。


 丁度そこに帯人と庄蔵がもう一人、鉄鎖と同じ裾を引きずる位に長い白いドレスに、胸まである長い黒髪の女をもう一人連れて来た。

「レイラさん、言われる通りに丁重にお連れしました」

 帯人の口調からは、既に正体が判っている様で落ち着いたものである。


「えっ、二人いたの?」

 もう一人ヘロヘロ女が現れて和美は驚きであるが、最初にへろへろ女が現れた時の神出鬼没さを思うと、その方が納得がいく。


 帯人と庄蔵が連れて来た女は、申し訳なさそうに自らカツラを取った。

「お騒がせしてすみません」

 顔を殆ど覆い隠しているカツラの中から出て来た顔を見て一同は驚いた。


 それは、

「あら!ペンションのご主人」

 和美がまたもや奇声をあげる。今日は驚いてばかりである。


 鉄鎖は、バツが悪そうな顔をしているペンションのご主人に

「大丈夫です。レイラさんは最初から全て分ってくれてますから」

 そう声を掛けた。


 それに、

「最初からってレイラさん」

 和美が異議を唱える。


 レイラは余計なことを、とばかりに頬を膨らまして鉄鎖を見るが、鉄鎖はそれをヘラヘラと笑って流している。


「もう、レイラさん言ってくれれば・・・」

 今までのドキドキしたり心配したりしていたこに、全く意味がなかったと分ると、一瞬少しだけ怒った顔をレイラに向けたが、直ぐに一気に力が抜けて来た。


「ごめんなさい。それじゃ、みんがせっかく用意したことが無駄になっちゃうので」

 レイラは和美に申し訳なかったと、俯き加減で和美の顔色を窺い上目使いで続けた。


「でも、最初からじゃないのよ。ホント。ほらビールにお酒を混ぜるのは、花火の時に靖子ちゃんを見た時に分ったんだし、鉄鎖さんのことも昼食の後から分ったんだから」

 慌わてた口調で和美に弁解をする。


 それを聞いて、鉄鎖は納得がいった。

「そっか、靖子ちゃんのビール変な味だと思ったら、なんだお酒混じってたんや。ああ~気持ち悪う~」


 鉄鎖は、いくら自分がお酒に弱いからと言って、急に酔ったことにビールの中身を疑ってはいたのだ。 確かに味も変だとは思ったのだが、せっかくの演出を台無しにしない為に全部飲み干したのである。


「ごめんなさい。てっさんだと思わなかったから」

 その時、靖子ちゃんはこの案を教えてくれた”人”のことを思い出した。(もしかして・・・)

「ねえ、てっさん・・・」


 靖子ちゃんが、鉄鎖に尋ねようとした時だった。遠くから聞こえるバイクの音の存在位置が、鉄鎖にははっきりと掴めたのだ。

「まずい、逆から来た!」


 バイクの集団がみんなのいる場所を通らずに、湖の逆側を通り、”目的地”に向ったのであった。

 昨年、”辿りつけなかった”為に逆回りをしたのだ。


 それまで、一貫してへらへらしていた鉄鎖の表情が一気に強張る。


「レイラさん、あの木のところに一緒に来てほしい・・・」

 鉄鎖は真剣な顔で、鉄鎖の”本題”をレイラに告げようとしたが・・・。


 あの木とは、ウサタヌキが高台から、そしてレイラがウサタヌキの過去を覗いた時にウサタヌキ木の上から見ていたバラ線に囲まれた大きな一本の木。

 そして、ペンションで昼食を取った時に宙吊りの女が出ると言った場所である。


 レイラには、既に鉄鎖とご主人の目的も、これからの麗美のことも全てが分っている。


 ・・・レイラは、それを制する微笑みを鉄鎖に向けた。

(分ってるかー)

 鉄鎖は、そう思い途中で話を止めた。

(当然やな)

 鉄鎖の表情が元に戻る。

 そう、彼女にその位のことが分らない訳がないのだ。それを見込んでの行動だったのであるから。


 レイラは子供達に優しく、そして、真剣に話し出した。

「さて、”ヘロヘロ女生け捕り作戦”は、ここまででおしまいね。ここから、みんなはコテージに引き返してね」

「え~、レイラさん作戦名まで知ってたんだ」

 子供達が顔を見合わせる。

「そうだよね。それもさっき花火の時の予報で分ったんだよね」

 健太くんがレイラの代りに説明をした。


 この結末を分っていながら、子供達の肝試しに賛成してくれた。子供達はレイラに感謝した。

 ただ、レイラを知るもえちゃんだけは、それだけではなく、きっとみんながここまで来たことに何かの意味があると、そう思った。


「レイラちゃんは?」

 もえちゃんがレイラがこの先何をするのか心配になり、そう尋ねた。

「うん、これからちょっと、本物に会いに行ってくるから」

「本物って?」

 和美がそれに驚いた。


 そこに、誰からもはっきりと聞こえるバイクのエンジン音が山中に響き渡った。

 それに、ペンションのご主人が叫ぶ。

「てっさん。麗美ちゃんが」

「大丈夫、レイラさんが考えてくれてます」

「えっ、この女性が?」

「麗美ちゃんを遥かに凌ぐ力を持っています。それに、先にサブも行かせてあります少しは時間を稼いでくれるはずです」


 レイラは、ご主人に笑顔で頷いた。

 凄く安心できる、信頼出来る。そんな笑顔であった。ご主人も不思議と鉄鎖のその言葉が信頼出来てしまうのであった。もちろん、ご主人もある程度は、鉄鎖が人並み外れていることには分っている。

 その鉄鎖の言うことである。


「麗美さんがどうかしたの?」

 陽太がレイラに訪ねて来た。

「まさか・・・」

 和美が疑った様にレイラの顔見る。


 それに、

「そうね、後は・・・」

「私がご説明致します。レイラさん麗美ちゃんをお願いします」

 ご主人が名乗り出た。レイラはそれにゆっくりと頷いた。


「じゃあ、みんな、コテージに戻ってね。もえちゃん、いい?」

「わかった、れいらちゃん。みんな戻ろう」

 もえちゃんが一言掛けると、


「イー」

 それに、もえちゃん率いる”七面鳥レンジャー”の子供達が姿勢を正しくして応えた。

 統率が取れていることに和美は関心する。しかし、


(私は上手くのせられて”肝試し”になったのに、レイラさんの言うことは、直ぐ聞くのよね~)

 ちょっと納得のいかない気持ちだったが、

「和美さん、後はお願いします」

 そう、レイラに言われて

「わかりました。任せて下さい」

 ちょっと、いい気持ちになる自分がいる。


(やっぱり、何処か違うのよね。一生埋まらない何かがありそうね・・・)

 和美はあっさりと諦めることにした。


「レイラさん、急がないと・・・」

 鉄鎖がそう言い掛けたがレイラは頷いただけで、まだ落ち付いている。

(まさか、ここからまだ、7~800mはある。レイラさん急がなくて大丈夫なのだろうか?)


 鉄鎖は身体能力系が優れている。レイラはそちらの能力でないことは既に情報として聞いている。

 シラフの時の鉄鎖でさえも、もうそろそろ行かなければ間に合わないのだ。

「そうね、そろそろ行かないと」

 

「レイラさん気をつけて」

 帯人が声を掛ける。緒湖羅が心配そうな目付でレイラを見ている。


「レイラさん私も行きましょうか?」

 和美はまだ、レイラの本当の凄さを知らない。


「和美さん有難うございます。でも危険ですから、待っていて下さい」

「危険って、そんな。レイラさん」

 危険だから一人で行くなんて、和美の顔は一気に不安になっていった。


「おばさん大丈夫だよ。レイラちゃんが大丈夫って言ってるんだから」

 さっきまで、子供達の中で唯一へろへろ女に驚いていたもえちゃんが、安心しきった笑顔でそう言って来た。


「そうなの・・・」

 和美は心配であるが、庄蔵も何もしようとはしない。


(レイラさんって、そこまで凄い人なのだろうか?)

 和美のレイラに対する疑問は膨らんでいくが、自分よりレイラを知っている子供達や、帯人達、それに初対面のはずなのにレイラを信じ切っている鉄鎖の態度を見ていると、彼女に従うべきだと、そんな感じがしてきた。



 レイラは、もえちゃんと目を合わせると湖畔道の奥へと走りだした。

 そして、暗闇に入るとさらにもうスパートを掛ける。足音も立てずに、陸上の生き物最速の速さで。

(レイラちゃん・・・)

 もえちゃんは、声を出さずに見送った。


(レイラさん、本当に間に合うのだろうか)

 鉄鎖も、レイラの後を追いかけ様と立ち上がるが、直ぐに一回よろめいて転んだ。


 そこに、

「てっさん、大丈夫」

 靖子ちゃんの心配そうな声が飛んだ。


(あ~、まだ少し酔ってるな。まいったな~。でも、そんなこと言ってらんないよな!)


 鉄鎖は、振り向き様に靖子ちゃん右手を上げて応えると、と直ぐに立ちあがった。今度は素早くレイラの後を追ったがレイラの影も気配も残されてはいなかった。

(速い!)

 

 <つづく>

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