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第16話 夏休み納涼”へろへろ女”生け捕り作戦6

思井沢高原に到着したレイラ達は、昼食を取ったペンションのレストランで、湖とヘロヘロ女の話を聞くのであった。

◆ペンション”わらい茸”◆

「コテージにお泊りになる御手洗みたらしさんですね。みなさん、ようこそいらっしゃいました」

「『こんにちわ〜』」

 入口の外から、子供達の大きな声が、ペンションの中まで響き渡る。

 ペンション”わらい茸”のお迎えは、間もなく還暦を迎えそうな腰の低い夫婦である。


 レイラは、その夫婦の姿に高田町に来る前の1年弱の間、一緒に暮らしていたおじいさんと、おばあさんのことを思い出してしまった。

 全く知識でしか知らなかったこの世界に来てしまい、途方に暮れていたレイラを自宅に住まわせてくれ、馴染めずに戸惑っていレイラに対し、本当の肉親の様にお世話をしれくれたのである。

(どうしてるだろう。元気かしら?)

 最近手紙も書いていなかったことを思い出し、ちょっと後悔してしまう。

 

 レイラが感傷にふけている間に、和美がどんどん話しを進めてくれている。

 そんな自分に、まだまだ、だめだと反省してしまう。


「はい、すみません遅くなってしまって」

「いいんですよ、先にお電話頂いてましたから」

 和美は人数が2人増えることを伝えた時に、20〜30分遅れる旨を伝えてあったのである。


「おばさん、すご〜い。遅れるって伝えてあったんだ」

 澄子ちゃんが、凄く関心しているので、和美もちょっと気が引けてしまう。

「おばさんも、こう見えて普通の大人だから、その位の気配りはするのよ~」


 それに、陽太が、

「そうだよ、澄子ちゃん。こう見えても一応、母ちゃんも常識があるんだよ」

 腕を組んで頷いているところに、和美が陽太の頭を軽く叩いた。

「生意気言ってるんじゃないの。さあ、早く入って、後ろが支えてるんだから」「なんだよ~、褒めたのに・・・」

 ぶつぶつ文句を言いながら入って行く陽太に弘史が頷く。


「ホント和美さん、立派なお母さんになったんですね」

 感慨深げにそうに言う弘史のお尻に、陰から遠慮なく膝を入れた。

「いたたた・・・、和美さん酷いなあ、褒めたのに・・・」


 陽太と、弘史のレベルの近さにみんなの笑いが起こり、ペンションの夫婦にもみんな雰囲気が伝わったようである。

 しかし、楽しげな雰囲気の中、和美はまたやってしまったと反省で顔をしかめてしまう。


 どうも弘史達2人といると、若かりし頃の感覚がうっかり顔を覗かせてしまうのである。

 レイラが、そんな和美の背中に優しく手を当て、振り向いた和美に微笑みかけると、和美もそれに苦笑いを返す。そんな和美にレイラは少し安心してしまう。


 そこに靖子ちゃんが、

「おばさんと、弘史さんって漫才やってるみたいで面白~い」

 二人をを見上げて陽気に笑う姿が、和美は救われる気持ちになる。

「ありがとう、何か靖子ちゃんにそう言って貰えると、おばさん嬉しいわ。ね、弘史」

 と言った後に、また背中をど突きそうになった手を慌てて引っ込める。

 その姿に、またみんなの笑いが起こる。

 

 そんな温かく穏やかに流れる空気の中で、レイラは一人心地良くない強い感情があるのを感じ取ってしまっていた。

(奥の方から、誰かしら?)

 何かこの先に関係しそうな、いやな気持ちが脳裏を過ってしまう。


「レイラちゃん、さっきから時々怖い顔してどうしたの?」

 そんなレイラに気付いたもえちゃんが、心配になってレイラに声を掛けた。

「えっ、そんな顔してた?そんなことないのよ」

 咄嗟にごまかしたが、もえちゃんがそんなことで、ごまかされないことはレイラも分っている。

 でも、

「わかった、また慣れないことに緊張してるんでしょ」

 もえちゃんからはぐらかしてくれた。


 そのもえちゃんの声を聞いて、また笑いが起こる。

 みんなは、第一回高田町フェスティバルのステージを思い出しているのである。

 レイラも良く分っているので、自然と顔が赤くなってしまう。


 それを見てペンションの夫人が、

「皆さんの笑顔はとっても素敵。このペンションの名前は、遊んでいる時は”笑いだけでいい”と言うことから”わらいだけ”にしたんですよ。

 コンセプトにピッタリのお客さんにペンションの夫婦も嬉しそうである。


 変な名前のペンションだと思っていた帯人は、お洒落な命名とわかり、納得の表情で関心しきりである。元々理屈っぽい帯人は、そんな意味を持たせた言葉が結構好きなのである。


 レイラもペンションの名前の様に、あまり考え過ぎないように笑顔で楽しむことに勤めることにした。


◆レストラン◆

 宿泊するコテージは、このペンションのご夫婦が経営している。今回、ペンションに寄った目的は、チェックインと、ペンションにある予約専用のレストランでの昼食である。


 レイラ達がペンション内に入ると、ご主人は食事の準備に厨房に戻り、夫人の案内の元にレストランに通された。

 そこは真っ白なレースのカーテンを透しても陽の光が一杯に入り、室内とは思えない程に優しい光に包まれた眩しい部屋である。


 このペンション”わらい茸”は、外装は白い壁にえんじ色の三角屋根の3階建てで、3階は大きな屋根のトラスの中に造られるている構造である。

 さらに、湖に向って増築された細長い平屋がある。そこが今案内されたレストランである。


 レストランは天井は吹き抜けになっており、三角形の天井を組んでいるトラスがむき出しになっている。内装材にはレッドパイン材が用いられている。

 大きな3つの天窓からは、レースのカーテンを透して射し込む陽光が優しくテーブルを照らしている。


 腰壁と床もレッドパイン材が用いられており、白いクロスとよくマッチしている。

 両サイドには木枠の大きな窓があり、一番奥にあるウッドデッキに繋がるガラスドアからは、朱真理湖を青く覗かせている。


 テーブルは、ベビーブルーとパールホワイトのマーブル柄の4人掛けが4つ縦に並んでおり、はっきりと顔が映る位に磨かれている。椅子も大きめでゆったりとくつろげる大きさである。


 少しだけ開けている窓からは、通り抜ける風に、真っ白なレースのカーテンがなびいている。

 木目と白と水色の色調が14人を迎えてくれた。



 みんながレストランに入るなり感嘆の声を上げた。それは、女の子ばかりではない。男の子達も帯人や、庄蔵。それにヤンキーの弘史と昌史までもである。

 中でも一番感動しているのは建築を専攻している帯人と諸湖羅である。


「うわー奇麗」

 真希未ちゃんが第一声を上げると、みんなが口ぐちに賛辞を送った。


「凄く、奇麗です」

 諸湖羅がうっとりと夫人に声を掛けた。それに、夫人が嬉しそうに応える。

「有難うございます。とっても考えた末に、昨年作ったんですよ。私達のこだわりのレストランなんです。到着のお時間に合わせて、先ほどまで、部屋を冷やして置きました。暑くなったら言って下さい。窓を閉めて冷房に切り替えますから」


「ありがとうございます。でも、もったいないので多分、みんな少しくらい我慢すると思います」

 緒湖羅のもったいないのは、冷房代のことではなくて、自然と一体の雰囲気のことである。その位に外の景色とマッチしている。


 みんなが順次椅子に腰を掛けて行く中、諸湖羅が一人部屋の中を見つめ回している。


 そこに、高校生位の女の子が、氷の入ったグラスと水差しを持って現れた。

 肩よりも少し長いストレートの黒髪が綺麗な女の子である。

 彼女は、にこやかな表情を浮かべてはいるが、レイラは何処となく表情に硬さが見られるところが気になってしまう。

(さっき感じた強い感情は、彼女かしら?)

 そう思ったが、あまり詮索するのは止めることにした。ここは”わらいだけ”である。


 そんなレイラとは裏腹に弘史、昌史はただ単に見とれてしまっている。意外にも庄蔵までもだ。

 帯人でさえも、辛うじて今だ部屋中を見回している緒湖羅の手前、視線を逸らすことに意識を集中しなければならない有様である。


 緒湖羅が席につくと、夫人がこの自慢のレストランの説明を始めた。

「この部屋は、私達と麗美ちゃんの3人で考えたんですよ。と言っても内装は殆どあの子のデザインですけど」

 女の子は麗美と言う名前である。歳格好からいくと、ペンションの夫婦の子供と孫の間位になってしまう。緒湖羅は迷った末に、

「いいセンスされてます。お子さんですか?」

 無難な線でそう聞いてみた。緒湖羅は麗美に興味を持ってしまった。


「まさか、こんなお婆ちゃんなのに。近所の子で忙しい時にアルバイトで来てくれてるんですよ。もう、3年になるかしらね。良く働いてくれるいい子なんですよ」

 そんな褒め言葉にも照れた様子もなく、笑顔のまま淡々と仕事をこなしていく。

 緒湖羅は感心して聞いているが、レイラにはやっぱり、そんな様子が気になってしまう。


 夫人は話しを続けた。

「このレストランは昨年完成したんですよ。麗美ちゃんは、とってもセンスが良くて、将来は建築デザインの仕事を・・・」

 そう言い掛けたところで、麗美が夫人の話を止めた。

「おばさん、そのことは、もう・・・」

「ああ、そうだったわね。ごめんなさい」

 (いけないことなのかしら?)

 やはり、レイラには気になる子である。


 夫人は頭を下げると、麗美と厨房に戻って行った。二人が戻って来たと時には、美味しそうな香りの料理を乗せた2台のワゴンが一緒であった。


◆昼食◆ 

 昼食のメニューは、ここの予約を取った時に、澄子ちゃんの母の真理子が、予め子供達の好物を伝えており、その希望に合わせてのものであった。

 ここは、そう言うレストランなのである。


「うわ~いい匂い」

 男の子達の目が輝いている。その筈である。

 メニューは子供達の好物のハンバーグシチューとフルーツサラダ。それに、自家製のクロワッサンに、バターロールパンである。これに、近郊の牧場で今朝絞ったばかりの牛乳が加わる。


「美味しそう」

 女の子に混じって、レイラの心もすっかり躍っている。

 テーブルの中央には、3つのバスケットに分けて山積みにされているパンが置かれた。

 各自の前には、シチューとフルーツサラダが順に配られていく。

 

 子供達は待ちきれない衝動から、膝の上の手が何度もテーブルの上に伸びそうになる。

 レイラも、それぞれの香りに悩殺されてしまいそうだ。

 一通り配られたところで夫人からの

「お替わりもありますから、沢山召し上がって下さい。牛乳が駄目な方には、オレンジジュースもありますから、言ってくださいね」

 優しい気遣いが、準備の整った合図である。


「『は~い』」「『ありがとうございます』」

 子供達が一層元気な声で応える。


「お行儀が良いわね~。良い子達ね」

 夫人は、いつの間にかやって来たご主人と顔を見合わせている。


「さあ、いただきましょうか」

「『は~い』」

 和美の声に子供達が待ってましたとばかりに元気に応える。テーブルの上と睨めっこしたいたレイラも子供達の声に合わせて大きく頷いた。

 既に、レイラの意識は実物を始めて直視するハンバーグシチューの世界に取り込まれてしまっている。

 気掛かりなことも、すっかりシチューの中に溶けてしまった様にである。


「いただきま~す」

 100m競争のピストルの合図の様に、一斉に食事が始まった。


 わいわいと始まると思った食事が、レイラを除く全ての大人達の予想に反して、

「しーん・・・」

 静まりかえる。


 両サイドの窓を通して流れる微風が外のざわめきを微かに運んで来る。

 部屋に響くのは、陶器に触れるスプーンの音のみである。


「みんなどうしたの?かしこまって黙っちゃって。私たちだけ何だから、そんなに静かに食べなくてもいいのよ。ねえ、レイラさん」

「ゴホン・・」

 和美はレイラに同意を求めるが、レイラはすっかり食べることに夢中で全く状況に気付いていなかった。、いきなり振られた会話に驚いてむせてしまう。

「えっ?あ、あ、そ、そうよ。ねえ、もえちゃん。喋ってもいいのよ」

 自分の頼りなさに、汗が噴き出そうである。


 それを見ても今日のもえちゃんは、いつもの様にレイラに突っ込みを入れて遊ぶことはしない。

 そんな雰囲気を感じているのである。


「そっか、喋ってもいいんだ。みんな、喋ってもいいんだって」

 みんなが静かだったのは、もえちゃんから行儀良く静かにしようと言われていたからであった。


 外食と言えば、百貨店の大衆レストランや、近所の食堂しか知らないもえちゃんは、静かに食事をしなければならないと思っていたのである。


「な~んだ、良かった」

 お喋り好きの靖子ちゃんが、喋り出すのを合図に、子供達のかしこまった顔付きが一気に穏やかになる。

(さすが梢の子ね、もえちゃん中心に子供達が回ってるわ。ぐるんぐるんね)

 和美はもえちゃんの統率力に、高校の同級生だった、もえちゃんの母の梢を思い出すのである。

 彼女も常にクラスの中心人物であった。


 この後、楽しい食事と会話が続いた。

 子供達が楽しんでいる中、和美は思井沢高原が最近になって有名になったことについて、夫人に聞いてみたくなった。


◆湖とヘロヘロ女◆

「このペンションは、いつからやられているんですか?」

 和美の質問に夫人が丁寧に答えてくれた。

「4年前の5月ですから、今年で、早いもので5年目に入りました」

「もう、5年目になるんですか」

 和美は4年前には、まだ思井沢高原の存在すら知らなかったので、そんなに前からあるとは思ってもいなかった。


「ええ、始めた頃はあそこのホテルと、うちだけだったんですよ。この辺は全然有名じゃなかったですから。

 今じゃ、通り沿いにペンションもいくつか出来たし、別荘も結構ありますからね~。

 テニスコートや、グラウドもあるので、学生さん達も多く来られるようになりましたし・・・」

 夫人は窓越しに、ロータリーの向こうに見えるホテルを指さした。


「どうして、有名でなかったここで始められたのですか?」

 和美の言葉に、夫人は当時を振り返りながら続ける。

「5年前、あのホテルに偶然主人と泊まりに来たんですよ。それで、ここの景色に一目惚れちゃいまして・・・。

 主人は会社を経営していたんですが、丁度違った生活をしたかった見たいで、息子に会社を任せて、思い切って二人でこのペンション始めたんですよ」


 笑顔で話す夫人から、その思い切った行動が成功だったことが伺える。

 その話を、テーブルを挟んで和美の向い側で聞いていた帯人が、話しに加わって来た。


「この湖は、ダムによって出来たんですよね」

「そう、10年前に出来たんです」

 今度は、ご主人が帯人の質問に答えてくれた。


「この湖の下には、小さな村が一つ沈んでるんです」

 その言葉を聞いて、みんながご主人に注目をする。


「30戸以上の家と畑、それに7人の子供達が通う小学校が一つ沈んだそうです。麗美ちゃんが2年生になる9月だったそうなんです」

 

 その話に陽太くんが割り込んできた。

「学校に通っていた人はどうしたの?」

 驚きに、ちょっと大きな声になっている。

「ほら、ここに来る途中で国道から思井沢通りに曲がったところを覚えているかい」

「うん」

「そこにある町の小学校に転校したり、都会に引っ越したりしたらしいよ」

「そうなんだ・・・」

 自分のことの様に子供達が暗い顔つきになっていく。


「学校や家だけじゃなくてね、自分の育った近所の空地に畑、それに自然が無くなるなんて、凄く辛いことだろうに・・・」

 もえちゃんは、口をぽかんと開けて聞いている。

 もえちゃんには、高田町商店街がなくなってしまう様なものである。気が遠くなる位に信じられないことである。


「じゃあ、彼女も・・・」

 和美の言葉に、夫人が応える。

「ええ、2年生の4月に町の小学校に転校したそうです」

 夫人が厨房に下がった麗美の方を横目で見るが、話しが聞こえているはずの麗美は厨房の中で、淡々と片付けている様に見える。

 しかし、レイラには重苦しい麗美の感情が伝わって来る様に感じた。

 

「その頃は、この辺一帯も3件の農家が畑を持っていたんですよ。芝になっているところは全部畑とか、果樹園だったんですよ」

 今では、その頃の面影が感じられない。


「一軒はホテルの辺りから向こう側で、早くにあのホテルの一帯だけを売ってしまって、街に出たそうなんです。

 そして一軒は、ロータリーの入り口に小さなお店があったでしょ。そこが、このロータリー周辺から思井沢通りに沿って土地を持っていて、うちもそこから土地を買ったんですよ。

 もう一軒は麗美ちゃん家で、今日お泊りいただくコテージの辺りから、湖に注ぐ内の一本の川までの土地を持っていて、今も麗美ちゃん家が所有しているんです。

 後の湖の周囲の7割位は国有林らしいです」


 そこに弘史がヘロヘロ女のことを持ち出した。

「湖沿いの道に”ヘロヘロ女”が出るって本当ですか?」


 いきなりヘロヘロ女の話が弘史の口から飛び出し、

「ゴホゴホ」

 思わず靖子ちゃんはバターロールパンを喉に詰まらせてしまい、むせてしまった。

 隣の澄子ちゃんが

「大丈夫?」

 と、背中を叩く。


 レイラが表情の動いて見えたもえちゃんを見てみると、案の定「しまった」と言う顔付きで頭に両手を当てている。いかにも解り易いリアクションに、レイラはちょっと噴き出しそうに、

(それで、ここにしたのね)

 そう思ったが、視線がご主人に集中しているので、それに気付いたのはレイラだけであった。


 他の子共達は、ドキドキしながら夫婦の言葉をじっと待っている。

 最初に切り出したのは夫人であった。

「えー、ヘロヘロ女?何のことでしょうね~、あなた知ってますか?」

「ん~、聞いたことないんだが~」

 その言葉に、靖子ちゃんが不安そうな顔をになる。

 

 しかし、そこに夫人が何かを思い出した。

「あなた、あの事じゃないかしらね~」

 そして、夫人はここ数年に起こった出来事について話しを始めた。


「コテージから歩いて15分程行ったところに、湖畔の道路に覆いかぶさる様に大きな木があるのですけど、夜になるとそこに、白い服を着た黒髪の女の人が宙吊りになって出るて言う話があるんですよ。

 不思議なことに、宙づりなのに着物は捲れないらしいんです。

 何年前の話でしたっけ・・・。

 ああ、確かそこのレストハウスが出来た年だから、最初は3年位前の話だったと思いますよ。

 その時、ちょっと、とっぽいバイクに乗ったお兄さん達がそんなことを、そこのレストハウスで騒いでいたらしいんです。

 それから暫くは何もなかったんですが、翌夏にまた同じ場所に、その女の人が出たらしいんです。2年前は3回位そんな話があったかしらね~。

 その内の1回は1台のバイクが藪に突っ込んで、乗っていたとっぽいお兄さんが軽い怪我をして、バイクもちょっと壊れたとかで騒ぎになったんですよ」

 みんなの顔が夫人に大注目である。


「それが去年になって、ちょっと話が変わってきたんです。

 それまでの話を聞いて誰かが悪戯をしたのか、嘘の作った話なのかと思うんですけど、やはり白い服を着た女性が出ると言う噂が広まったんです。

 でも、今度はやたらと不気味に”へらへら”した笑顔の女性が出ると言うんです。それも、数回出たと言う話です。

 2年前まではバイクに乗ったとっぽいお兄さん達が対象で、大きな木の所だけの出来事だったのですけど、去年からはもう少し近い所に出るって言う話なんですよ。それも、普通に夜中に歩いている人の前にも出たりもするらしいんです。

 ただ、何の被害も無いので、やっぱり誰かのでまかせかもと思って、気にもしてなかったんですけどね。

 決まって夏になると起きる話ですから・・・ホホホ」


 それに、ご主人が思いついた様に、

「あ~、もしかしたらヘラヘラしているから、噂が曲がって”ヘロヘロ女”って言う話しになったのかもしれないね。ハハハ」

「ホント。ホホホ」


 お客の入りに関る話になるかもしれないのに、以外と二人は呑気なもので自分達の話に満足したように笑っている。


 聞いていた程の話ではない様であるが、一応変な女性が出ると言ことを聞いて、靖子ちゃんはひと安心である。


 それに反して、

「やっぱりホントの話なんだよ、昌史」

「そうだな、弘史」

 二人は顔を見合わせ、少し顔が引きつっている。二人はこれから写真を撮りに行かなければならないのである。

「あんた達、怖いんじゃないの」

 和美の言葉に、子供達から笑いが起こる。


「何行ってるんすか。そんなことないっすよー。ホント」

「そうですよ、和美さん俺らだって、もう直ぐ辞めるとは言っても、親宿じゃならした”虎餌門とらえもん”っすよ」

 ”虎餌門”は、昔和美も所属していたチームの名前で、弘史と昌史も現在そこのメンバーである。

「そうですよ」

 弘史の言葉に乗って、昌史も口を膨らませ抗議をする。


 いつの間にか、飲み物のお替わりを持った麗美が厨房からやって来ていた。

 みんのグラスにお水や牛乳を注いでまわ回っている。


「あら、あんた達やっぱり辞めるつもりだったのね」

 和美は安心をした。二人の姉の様な気分なのである。しかし、

「和美さんだけにはお話しますけど。内緒にしといて下さい。来年には過去の想い出になっていますよ。”昔は悪かった”ってね」


 悪かったことを肯定する言い方に、和美が二人を少しだけ叱ろうと思った。その時である。

「あっつ」

 昌史から声が漏れた。

 その瞬間、昌史がお水を注いでもらおうと麗美に出したグラスが、手から滑り落ちたのである。


 しかし、それはテーブル下には届かなかった。

 天板の少し下辺りで、素早く受け止めた手があったのである。もちろんグラスは割れず、半分近く入っていた水は一滴も零れなかった。


 その受け止めたのは昌史の隣に座っていたレイラであった。


「すんません。手が急に痺れて握力が無くなったんですよ。ホントっす。・・・どうしたんだろ」

 昌史は、感電した様な衝撃を感じたのである。驚いた顔付きが衝撃を物語っている。


「気をつけなさいよ。でも凄い、レイラさん素早いわね」

 和美は、弘史を見ていたとは言え、昌史も視界に入っていたのである。それなのに、レイラの緩やかな行動しか目に入らず、とっても素早くグラスを手に掴んだ様には見えなかったのである。


 しかし、レイラと同じ列の弘史や帯人、諸湖羅は分らないとしても向いに座っている小学生達は当然の様に見ているはずである。それも含めて和美には驚きであった。

(何で?みんなは何とも思わないのかしら)


 でも、本当はもえちゃんは驚いていた。それは別なことにである。

 昌史がグラスから手を離した瞬間に、うしろで水差しを持っていた麗美のもう一方の手が一瞬、緑色に光ったのである。レイラが予報の時に青く光る様にである。

(レイラちゃん、驚いていないけど、見えなかったのかな~)

 もえちゃんは、驚きを必至に抑える。それは、他の人には見えない光だからである。


 しかし、一番驚いたのは、レイラを一番近くで見ていた麗美であった。

「すみません。お水お願いします」

 レイラが何事もなかったかの様に笑顔で昌史のグラスを差し出してくるのである。


 麗美はレイラを怖く感じた。全てを見透かされている様なそんな怖さである。麗美は少し震えた手と、必至に抑える驚きの顔でレイラの持つグラスに水を注いだ。


「ありがとうございます」

 レイラは、麗美にお礼を言って昌史にグラスを渡した。

「はい、昌史さん」

「ありがとうございます。凄い反射神経っすね」

 昌史は完全に落として失敗したと思ったグラスを、レイラは手を離した直ぐ下で掴んでいるのである。


「あら、そんなことないのよ。丁度落とすのが目に入ったので、手を出したら手の中に入っちゃったのよ。ハハ」

 と、ごまかすがサービスエリアでの腕相撲の件もある。昌史にはレイラがただ者でないこと位は想像がつく。

(武道の達人だろうか?そんな仙人みたいな人って本当にいるんだなあ。こんなに奇麗で若い女性なのに、すげえ~)

 頼もしさに、何かファンになってしまいそうである。


 麗美が一回りして、飲み物をつぎ終わると、夫人が食事の状況を見て、思い出した様に麗美に告げた。

「あっ、そうそう麗美ちゃん。こっちはおばさんで大丈夫だから、コテージの冷房を入れて来てくれないかしら。きっと蒸し風呂になってるわ。それと帰りに、お買い物もお願いね」

「はい」

 未だ驚きを抑えられない麗美は、表情を抑える様に水差しを夫人に預けると、ペンションからコテージへと向かった。


◆すけすけ犬◆

 その後、みんなの食事も終わり掛けた時である。

 もえちゃんがしきりに外を気にしている。レイラが、もえちゃんに声を掛けようとした時に、もえちゃんが小声で叫んだ。


「あっ、”すけすゅけ犬”だ」

 舌足らずの言葉に、和美は思わず吹き出しそうになった。しかし、すんでの所で、回りのみんながもえちゃんの言葉を真剣に聞いているのに気付き、慌てて吹き出し掛けた息をのみ込んだ。

(拙いのかしら?)

 噴き出す前に周りを確認して良かった。良い勘だった。和美はそう自分に関心してしまう。

 

 レイラはもえちゃんに「レイラちゃん知らないの」と言われたくないので真剣であるが、子供達や帯人達は、もえちゃんを気遣っているのである。


 和美にはその姿が

(そうよね、それを笑ったりする様な仲間じゃないのよね)

 感心してしまう。


 そこにレイラが、

「もえちゃん、”すけすけ犬”が居たの?」

 と聞いた。”すけすけ犬”が何者であるかヒントが欲しかったのである。


 和美はそれで、”すけすゅけ犬”が取り敢えず、”すけすけ犬”であることがわかった。

(でも、すけすけ犬って何かしら?)


 もえちゃんが、ガラスのデッキドアを指した。

「うん、そこから見えたんだ。すけすゅけ犬ってさ、凄く賢いんだよね」


 もえちゃんを覗き込んだ和美の目には、離れた場所でも”すけすゅけ犬”と言った時に唾が飛んでいるのが分った。

 しかし、今度は吹き出さない覚悟が出来ている。

 和美も郷に従って”すけすけ犬”が何者であるか真剣に考えるが、既にもえちゃんの言葉でレイラは気づいた様である。

「もえちゃん。すけすけ犬って、もしかして”介助犬かいじょけん”とも言うのよね」

 決して読み間違いとは言わない。


「そっか、”かいじょけん”って読むんだ」

 もえちゃんは納得した様である。自分でも、”すけすけいぬ”と言うのは可笑しいと思っていたのである。

 みんなも納得して頷いている。


(さすが~レイラさん、頭の切れも凄いわ~漢字の読み違いかー、確かに”すけすけいぬ”って読めるわ。)

 和美は関心してしまう。


 もえちゃんは、新聞で介助犬の法律が出来たことを知っていたのであった。もちろん知らない漢字は飛ばしたり、適当に読んだので新聞の内容を全て理解出来た訳ではない。それでも、それなりに理解をしようと新聞を読んでいたのである。

 介助犬を”すけすけいぬ”と呼んだのもその為である。


 和美は介助犬の存在も知らなかったので、漢字の読み違いがあってもそれを知っているもえちゃんに関心してしまう。しかし、知らなかったことが恥ずかしかったので、黙っておくことにした。

(陽太は、まさか知らないわよね~)


「ごちそうさま。ねえ、食事終わったから、外に出てもいい?」

 もえちゃんは、介助犬の向こうにいる少女が気になっていた。


 <つづく>


前振りが終わりました。これから物語が展開します。

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