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第14話 レイラ商店街のイベントギャルになる(二つの四つ葉)

事件は解決。そして、14年前からの真理恵にとっての大事件も解決に。

◆土曜日◆

 今日も高田町は朝からよく晴れた心地良い天気である。

 商店会の願いは天候をも左右したかどうかは分らないが、”高田町フェスティバル”が始まって以来、雨は一日も降っていない。好天が続いている。


 今日のステージは午後2時から6時までの4時間で、”お笑い三昧”である。

 トリはもちろん、若手ではあるが、最近ちらほらとテレビにも出る様にもなった女性漫才師の”たらこすじこ”である。


 

 今日のレイラは、朝からちょっといい気分である。それは、最近お笑いに興味を持ち出したこともあって”たらこすじこ”の漫才を生で見られるのも勿論大変な楽しみなのであるが、それにも増して、これからステージの横で繰り広げられるリアルな出来事が、その何倍も嬉しいからである。


 レイラは真理恵の来る30分以上前の11時には、”高田町フェスティバル”の特設会場に到着するように自宅を出た。もちろん昨日真理恵の予報を行った時に、真理恵の来る時間は確認済みである。


 レイラもいつもより早く会場に向ったのだが、そのレイラよりも二足ふたあしは早く来て、今か今かとレイラを心待ちにしている3人組がいた。

 中稲畑大学予報研究会の帯人、緒湖羅、庄蔵の3人である。


「帯人くん」

「うん」

 緒湖羅の名前を呼ぶだけの問いかけに、帯人は返事のみを返した。今度は、

「庄蔵」

「ああ〜」

 帯人の問いかけに、やはり庄蔵も気のない返事のみを返した。

 思っていることは一つである。説明の言葉は無くても会話は成立しているのである。

 

 彼ら3人は、昨日予報研究会として初めてレイラからの依頼(お願い)を受け、自分達なりに誠意一杯に依頼に取り組んだのである。そして、達成したつもりなのである。しかし、その結果がレイラの期待に沿うものであったかが心配で心配で、早朝からじっとしていられないのである。


 そんなことで、3人は打ち合わせもしていなかったにも関わらず、揃いも揃って朝早くから会場に来てしまい、レイラがやって来る2時間前には3人が顔を合わせる格好となっていた。


「大丈夫よ、レイラさんは先まで見て私達に任せてくれたんだから」 緒湖羅が言う通り、レイラは予報で3人の結果までを見通している筈なので、心配をする必要が無いことは、みんな分ってはいる。

「うん、大丈夫だな。きっと」

 口数の少ない庄蔵も自分を納得させる様に頷いている。


 帯人も大丈夫だとは思う。でも、帯人は早くレイラの言葉が欲しかった。早く安心して、師と仰ぐレイラからねぎらいの言葉が欲しいのである。



 レイラが会場の入り口にやって来ると、真っ先に異様な雰囲気の3人の姿が目に入った。

 もちろん予報研究会の3人である。 

 会場の入り口の方をジッと見つめて麦踏の様に足をバタバタと動かしている3人が姿が異様に目立っているのである。やけに落ち着きがない。


(あら〜、みんな合格発表の直前のような顔してるわね)


 その動きが余りにもハードである。

(あれじゃあ、脚が疲れちゃうわね。もう少し早く来れば良かったかしら?)

 と、思いながらもレイラには3人の姿が微笑ましい。


 レイラは3人と目が合うと、早く安心させてあげようと、入り口から3人に向かって満面の笑みで手を振った。すると、不安げな3人の顔つきから笑顔が漏れて、3人も手を振り返して来る。


 レイラが3人の方に急ぎ足で向かうと、彼らは全速力でレイラの元にやって来た。

 3人はレイラの元まで来るなり、体育の授業の様に綺麗に横一列に並び、レイラの言葉を待っている。ごくりと生唾を飲む音までリアルに聞こえてくる。


「皆さん、昨日はご苦労様」

 レイラが目を細めて深々と頭を下げると、3人も同じように深々と頭を下げた。


「レイラさん?」

 帯人のちょっとしかめた、お伺いをするような顔つきの意味するところは、レイラにも痛い程分っている。


「本当に有難う。大丈夫よ、何も問題無いから安心して」

 それを聞いた3人は顔を見合せると、三様の喜び方を表現している。

 緒湖羅が嬉しそうに飛び跳ねて喜んでいる姿がとても可愛らしく、レイラには微笑ましかった。


「早速だけど、ちょっと見せてもらっていいかしら?」

「はい、もちろん」

 と元気良く応える緒湖羅に、帯人、庄蔵の二人も頷く。

 予報研究会の3人は、特設会場ステージ横のテントの中に入ると、レイラと向かい合わせに座った。  

 レイラは3人に集中すると、緒湖羅、帯人、庄蔵の順に昨日の真理恵を助けた時の状況を覗いて見た。


「うん、間違いないわね。緒湖羅さん、良~く見ていてくれてありがとう」

 これで、レイラは全ての状況を一つに結びつけることが出来た。

「はっ、はい!」

 緒湖羅はレイラの言葉に顔をほのかに赤くし、嬉しそうに応える。そして、恥ずかしげに頷きながら下を向いている。

 緒湖羅には、レイラの役に立てたことが堪らなく嬉しいのである。


 緒湖羅は、帯人と庄蔵がストーカーから真理恵を守っている。その為、自分の役目は状況全てをジッと見て、後でレイラに見てもらうことだと思っていた。

 それは、もえちゃんが「後で、レイラちゃんに見てもらう為に、良~く見るのが大事だよ」そう話していたのを聞いたことがあるからであった。


 レイラの言葉に、庄蔵がうらやましそうな顔をしていたのでレイラは続けた。

「庄蔵さんも、帯人さんも真理恵さんを守ってくれてありがとう」

 その言葉に庄蔵も、照れくさそうに俯いてしまった。帯人は、拳を握り締め感無量といったところである。


 3人は、「決して全てを教えて依頼してくれればいいのに」なんて事は絶対に言ったりはしない。レイラが一番結果が良い様に言葉を選んで頼んで来たと信じているからである。


◆視線の源◆

 今日も人気のステージである。会場は、土曜日と言うこともあって、開演1時間以上も前と言うのに、ステージ前には、100人近くの人が首を長くして待っている。

 その中には、もえちゃん率いる”七面鳥レンジャー”の中で一番のお笑い好きの靖子ちゃんも、逸早く陣取りをしている。当然付き合いで澄子ちゃんもである。

 

 今日の女性漫才師”たらこすじこ”の人気度が伺える。

 そんな盛り上がりを見せる中、真理恵が特設ステージ横のテントにやって来た。


 真理恵は帯人達3人を見つけると、昨日助けてくれたお礼にとに頭を下げたきた。真理恵は昨日助けてくれた4人が、みんな帯人達の仲間だと思っている。


 帯人達3人も真理恵に向かって会釈をし、レイラの様子を確かめようと振り返ると、さっきまで直ぐ傍にいたレイラの姿が見つからない。

「あれ?緒湖、レイラさんは?」

 帯人の問いに、

「あれ?何処に行っちゃったんだろ?」

 緒湖羅もレイラが何処に行ったのか全く気付かなかったのだ。

「庄蔵?」

 庄蔵も首を傾げている。

 いつの間にかレイラが消えてしまった。


 そこにいつの間にかやって来ていた、もえちゃんと真希未ちゃんが、3人に向ってレイラの居場所を無言で指し示した。

 指先を辿ると、テントとは反対側のステージの陰から少しだけレイラの姿が見えている。 


「いつの間に・・・」

 と言う帯人の声に、もえちゃんと真希未ちゃんは顔を見合わせて、まだまだ甘いと言う顔をするのであった。



 真理恵が会場に来るのと同時に、距離を置いて会場にやって来た、長身でがっちりとした体格の若い男がいる。

 その姿は真理恵の休んだ火曜日を除き、月曜日からずっと同じ位置で真理恵を見つめていた。

 男の名前は、高野隆康たかのたかやす真理恵と同じ年齢の大学生である。


 レイラは、静かに隆康の元に近づいた。 

 隆康はレイラが直ぐ後ろに来ていることに全然気が付いていない。


 レイラが隆康の背中にそっと右手を当てると、彼は一瞬ビックとしたが、直ぐに落ち着きを取り戻し振り返った。


 レイラは穏やかな声で隆康に話掛けた。

「隆康さん、一緒にテントまで来てもらえませんか?」


 隆康が振り向いた先には、いつもステージ上で見る綺麗な女性が微笑んでいた。

 彼は自分の背中にレイラの手が触れていると分ると、緊張で動けなくなってしまう。しかし、その緊張の中でもレイラの手から感じる温かさから、彼はレイラの意思が理解出来た気がした。


 少し考えて、

「え~ は、はい、でも・・・」

 当然の如く真理恵の側に行きたい、直接彼女と話したい。そう思うのであるが、根が奥ゆかしい。今まで隠れていて、今更出て行くのは気が引けてしまう。


「大丈夫、任せて下さい」

 彼は自分と真理恵のことを何も知らないであろうレイラの言葉に、何故か”任せたい”、”お願いしたい”そんな気持ちになって行くのを感じた。


「はい」 

 大きく彼は頷いた。


 彼がズボンのポケットに入れた右手は、自分のアパートの鍵をしっかりと握り締めている。その鍵には、所々銀メッキが剥がれた四つ葉のクローバーのキーホールダーがぶら下っている。


◆再開1◆

 今日のステージは、4時までがレイラの担当である。

 早くから来た真理恵であったが、今日は時間に余裕がある。真理恵は椅子に座っまま混み始めた会場をボッと眺めていた。


「真理恵さん」

 真理恵は自分を呼ぶその声に頭を上げると、そこにはレイラが立っていた。

 そして隣にもう一人・・・。


 レイラの横には長身で胸板の厚い、いかにもボディービルをやっていそうな見事な体つきの若い男性が立っている。真理恵は一目で、昨日自分をを助けてくれた人であることを理解した。


(昨日は、どうも)と愛想なく言ってしまいそうだったところを、思い直して居住まいを正した。

「昨日は、危ないところを有難うございました」

 真理恵は深々と頭を下げた。


「真理恵さん、彼が毎日あなたのナイトの任務についてくれてたんですよ。昔、あなたが彼を守ってあげたようにね」


「えっ?」

 真理恵は、直ぐにレイラの言っている意味を理解出来なかった。しかし、何となくその照れくさそうにしている引っ込み思案なところに、何故か懐かしさを感じる。


(だれ? えっ、昔? いつのこと?) 

 真理恵は、昔の記憶を辿りだすと次第に腹が立つのを押さえきれない気持ちになって来た。

 腹が立って、腹が立って、どうしようもなく腹が立つのだけれど、どうしても可愛くて、放って置けなくて。そんな感情が蘇ってくる。


 真理恵は、昨日のショーブ氏の”四葉のクローバーの「2」”のカードを思い出した。

(もしかして? でも、まさか、あの・・・?)

 目の前の男性は、真理恵の思い出の人とは違い過ぎている。

 ひ弱で、小さくて、泣き虫で・・・。


 真理恵はブローチにしていた二つの四葉のクローバーの内の一つをバッグから外して掌に載せて、祈るように目の前の長身の男性をじっと見つめた。上目使いの硬い目付きが鋭くなっている。


 そして、もう一つを長身の男性ががズボンのポケットから鍵を取り出した。キーホールダーになっている。

 

 それを見た真理恵の鋭かった目からは力が抜け、目尻が下がっていく。

 キーホールダーの先には、残りの一つの四葉のクローバーが付いていた。


 ずっと、ずっと子供の頃から張り詰めていた心が、力の入りっ放しの体が、一気に抜けた緊張感から崩れていく。

 椅子から崩れ落ちそうになった体を、隆康が大きくなった両の手で支えた。


 抱き起こされて下を向いたままの真理恵には、急に大きくなった隆康の足が映る。それがとても腹立たしい。

 自分が大きくなった過程をしらないことが無性に腹立たしい。


「今まで何やってたのよ。遅いじゃない」

「うん」

「住所の紙に番地がなかったんだけど」

「うん」

「手紙届かないじゃないの」

「うん」

 真理恵の声は次第に震えていく。


「一回くらい、遊びにこれなかったの」

「ごめん」

「うんって言ってよ。”うん”ばっかり言わないで何か言いなさいよって言おうと思ったのに」

「うん」

「ずっと、ずっと、ずっと、待って・・・ずっと、一人で寂しかった・・・」

 真理恵の声が次第にかすれていく。


「一緒前に小さくて泣き虫だたのに、こんなに、こんなに大きくなっちゃって・・・」

 

◆銀メッキの4つ葉のクローバー◆

「たかちゃん、もう泣かないの!」

 真理恵が慰める。

「う、うん」

 隆康は嗚咽で応える。

「泣いちゃだめ!ね。男の子なんだから」

 真理恵は、俯いた隆康の顔を覗き込む。



 真理恵と隆康の家は互いに背中合わせに接しており、気が付いた時にはいつも一緒に遊んでいた。

 お互いの家を行き来するのには公道を通る必要がなかった。互いの敷地を通ることで行き来が出来たのである。


 真理恵は幼少の時から、成長も早くおませであった。そんな真理恵には、小学1年生の頃には既に、真理恵に好意を持つ男の子が多かった。


 一方、内気で意思をはっきりと示せない隆康は、周りの子供達を苛立たせてしまう。

 生理的に嫌われてしまうことの結末は、苛めとなってしまっていた。

 体も小さく泣き虫であった隆康には、抵抗の手段が無い。苛めに会えば会うほど、苛めの対象の人間へとなっていく。

 隆康にとっては、幼い時からずっと見続けてくれた真理恵だけが唯一の理解者となっていた。


 真理恵は、そんな隆康に強くなってもらいたかった。だから真理恵は隆康を怒ってしまう。怒りながらっも庇う。

 強くなって、強くなって自分を守ってくれる人になって欲しいから。



 苛められて鳴いている隆康は、それでも嗚咽が止まらない。

「ぐすん。う、うん」


 真理恵は、隆康を苛めた男の子を睨み付け、怒鳴りつける。

「たかちゃんを苛めちゃ駄目!」

 可愛く背の高い真理恵に怒鳴られると、男の子達は黙り込んでしまうのが常であった。


 しかし、真理恵に好意を持っていたクラスで中心人物の男の子が、嫉妬の頂点から隆康を庇う真理恵に鉾先を向けてしまった。 

 身長も真理恵と同じくらいあり、喧嘩も強く、スポーツも出来、勉強も出来た。彼の一存でクラスの流れが変わってしまう子でもあった。

   

 その男の子は、隆康を庇うと真理恵を仲間外れにすると言って来た。

 真理恵はそれでも、迷うことはなかった。当然、隆康を選んだ。隆康と二人っきりでもいいと思った。

 真理恵は、きっぱりとその男の子に立ち向かった。


 しかし、実はその時には、隆康は父親の転勤で既に引っ越しが決まっていた。内気な隆康は真理恵が言い合いをしている最中に、そのことを言い出す勇気がなかった。


「真理恵ちゃん、ごめんなさい」

「なに、たかちゃん、何でも直ぐに謝らないの」

「ごめんなさい」

「ほら、またー」

「うん、で、でも~・・・僕・・・僕引越しちゃうんだ」

「えっ?」

「ごめんなさい。僕お父さんの転勤で引っ越すんだ。さっき、せっかく庇ってくれたのに言えなくて・・・その~・・・ごめんなさい」


 隆康は真理恵に前屈の様に頭を下げる。


「えっ、うそ~」

 真理恵は何も言えなくなってしまった。頭の中が真っ白になってしまった。


 そして3日後に隆康が転校した後、真理恵は一人きりになってしまった。

 それから、元々女の子の友達がいなかった真理恵の元には誰も寄り付かなくなっていった。

 それでも、真理恵は潔かった。強かった。平然としていることが出来た。

 心とは裏腹に・・・。


 少しして真理恵を気づかって近づいてくれる女の子がいた。しかし、真理恵は今更と素直に受け入れることが出来なかった。


 真理恵はそれから孤独だった。その後、中学校に行っても高校に行っても、人と打解けることが苦手になってしまった。

 それからずっと、友達付き合いなんかしたことがなかった。ただ、年を取るにつれて、言い寄って来る男を適当に自分本位に相手をするだけであった。


 もっぱら彼女の話相手は、商店街の人たちであった。それも、彼女が大人になっていき、言い寄ってくる男達を適当に相手をしている間に、いつからか商店街の人達とも上手く付き合うことが出来なくなっていた。



 心の支えは、隆康からの最初で最後になっていたプレゼント。

 いつか会えることを信じて。


 あの日、あの最後になった日・・・。



「真理恵ちゃん、ごめんなさい」

「もういいよ」

「ごめんなさい」

「もう、いいって!」

 隆康が唇をかみ締めているのをじっと見つめていると、今日の隆康の首には金属の鎖が下がっているのが、真理恵の瞳には印象的であった。


 隆康がその鎖を不器用な手つきで外しだした。

 その鎖の先には銀メッキの四つ葉が二つ付いている。


「これ、僕の宝物なんだ」

 そう言って、隆康はお詫びと今までのお礼にと、宝物の銀メッキの四つ葉が二つ付いているペンダントからクローバーを外して、1個を渡してくれた。そして、もう1個は自分の掌に乗せた。

 真理恵の掌と、隆康の掌の四つ葉のクローバーは、まだ新しくて銀色に光っている。


 隆康はポケットの中から用意してきた住所を書いた紙片を真理恵に渡した。

 下手くそな文字で書かれた住所の下には、

「あ・り・が・と・う」

 いう文字が躍っている。


 そして翌日、真理恵の元から隆康は去ってしまった。二人っきりになっても良いと思っていた真理恵は、一人っきりになってしまった。

 

 その後、真理恵は直ぐに隆康の元に手紙を書いたが、宛先不明で戻って来てしまった。

 真理恵もおかしいと思っていた。隆康のくれた住所には、番地が書いてなかったのだ。

 その後、いくら待っても、真理恵の元に隆康からの手紙は来なかった。


 隆康には手紙を書く勇気が無かったのだ。


 大きくなったら、いつか不意に遊びに来てくれるかと思っていた真理恵は、休日はあまり外出をしなかった。高校生になっても日曜日はいつもドキドキして隆康を待っていた。


 夕暮れはいつもあっという間にやって来た。冷たい夕日に向かって溜息をつくのが、真理恵の週の終わりを告げる合図になっていた。

 


◆再開2◆


「あれから、あれから、どんなに辛か・・・」


 後は声にならなかった。


「・・・」

 真理恵は涙を見られないように、隆康の厚い胸に顔を隠した。



 実は隆康も、高校に入ると何度かお茶屋さんである真理恵の家の前までは来ていた。そして、来る度に何回も店の前を通り過ぎた。真理恵に偶然に会えることを期待してだ。

 しかし、何年も経っている。心が変わっているかもしれない。そう思うと、玄関へ行くまでの勇気がなかった。

 結局、二人が会うことはなかったのだ。


 大学も真理恵の家から近い中稲畑大学なかてばただいがくに入る為に一生懸命に勉強をした。

 当然、真理恵の為に強くなる為に体も鍛えた。

 合格をすると、高田町商店街の直ぐ近くに住んだが、一人暮らしを始めた真理恵とはすれ違いであった。

 ところが、この”高田町フェスティバル”の初日に真理恵を偶然見つけることが出来た。

 真理恵が”ミス高田町コンテスト”に飛び入りをした時に、直ぐ横にいた人が「お茶屋の娘さんだ」と言ったからであった。


 隆康は、真理恵の変わりように驚いた。しかし、良~く見ると真理恵の面影が見てとれる。自信満々なところは変わっていなかった。

(すれ違っても分らないな)と隆康は思った。

 

 話し掛けるチャンスを伺って後を追うと、変な男が真理恵の後を付けるので、話しかけるタイミングを失ってしまった。隆康は以後その男から真理恵を守ることに必死になることで、真理恵と向き合うことから逃げてしまっていた。

 

◆ストーカーは・・・◆

「いいわねー、この感じ」

 レイラは、真理恵と隆康のシーンを胸一杯に吸い込んだ。


「さて、結末をつけないとね」

 レイラは二人の元を少し離れ、特設ステージ横テントの後ろの柱で、一人の若い男を待った。

 昼の休憩を終え、福引所に戻る一人の若者を待ち構えていたのである。

 男性は”高田町フェスティバル”の福引のアルバイトをしている男子大学生である。

  

 レイラは通り掛かったアルバイトの大学生の後ろに、そっと回ると背筋にそっと触れた。

 それだけで、学生は動けなくなる。金縛りにあった様に目だけが動く。

 レイラが青い光を放つと、学生の過去と未来がレイラの脳裏に刻まれていく。レイラは学生の過去を見ていると、ここ数日間に何度も驚く学生の表情に笑みがこぼれてしまった。


 そして、これから起こる出来事に自分がすることは何もないことが判ると、レイラはその場から少し離れた。

 レイラが手を離して、少し経つと学生は体が自由になった。


 学生は少し汗ばんでいるのを感じた。恐々と振り向いたがそこには誰もいない。手の感触だけが残っている。

 首を傾げながら向き直ると、正面から真理恵が自分に向かって歩いて来ていた。

 それを見た学生はビクビクと、また冷や汗が出てきた。


 学生は、ここ数日真理恵の後を付けた報いが来たと思った。

 怒鳴られると思った学生は、先手必勝とばかりに真っ先に深々と頭を下げた。

「すみません。後を付けてすみませんでした」

「えっ?」


 真理恵の驚きに早まったかとも思ったが、先ほどの恐怖体験(レイラの右手)が、自分への報いだと思った学生は、謝って許して貰う方にすがった。


「僕です。すみません」

「えっ、あのストーカー・・・」

 真理恵は驚いた。


「僕が後を付けてました。最初は後を付けるつもりじゃ無かったんだ。ふられた事が無くて・・・。もう一度、二人で話したかった。そしたら分ってもらえるかもしれない。そう思って追い掛けたんだけど、話し掛けるタイミングが無くて、気がつくとあんなところまで・・・」


 それを聞いた真理恵は一瞬顔を強張らせるが、敢えて自制をして冷静さに気を向けた。


「私もごめんなさい。あの時、侮辱するような事を言って」

 真理恵は、福引所で二人になった時の誘いを断った時の態度を謝った。 ストーカー的な行動を取った学生が100%悪いのを分った上で、まず自分の姿勢の誤りを正したのだ。


 それは、ここ数日の七面鳥達や帯人が、自分が悪いと思ったら躊躇なく謝る姿勢が目に焼き付いているからであった。

 

 いきなり謝られた学生は驚いた。てっきり、毎日後を付けたことがばれて激しく怒鳴りつけられるとばかり思っていた。

 学生は自分のストーカー染みた行動に対する反省が込み上がって来る。

 

「レイラさんの人気に嫉妬をしていたの、そこまで激しく言うつもりじゃなかったの。でも、イラついてつい怒鳴ってしまったの。そしたら、惰性がついてしまって・・・」

 学生は、言葉が見つからず無言のままで聞いている。


 真理恵は少し勇気を出してみた。

「私、15年前から彼氏がいるの。意外と一途なの。ごめんなさい」

 そう言って、少し離れている隆康に視線を向ける。 


 学生は思いも掛けない真理恵からの謝罪で驚いていたのだが、次第にその真理恵の行動から、自分の行動を振り返り、素直に見直すことが出来てきた。

 学生の顔には、反省の色が格段に増している。

 

「こちらこそ、ごめん。全くストーカーと一緒だ。電話も怒鳴られても当然なんだ。何でそんなことをしてしまったのか・・・。本当に申し訳ない」

 深々と頭を下げた。

 心からのお詫びだと真理恵にも伝わってきた。


 そこに、いつの間にか来たもえちゃんが、学生に教えてあげた。

「住所から電話帳で調べるのは、男として反則だよ」


「うん、ホントだ。言い訳がましいけど、冷静じゃなかった。ごめん」

 それで、二人の間に笑顔戻った。


 結局、今まで面と向かってふられた経験が無く戸惑っていた弱い男であった。

 彼も一つ経験を積んで強くなったと、レイラは思った。もちろん彼の未来を少し多めに覗いてしまったから分るのではあるが。


◆ごめん◆ 

「ごめん」

 真理恵と学生の話を聞いていた隆康は、戻って来た真理恵にまた頭を下げる。

「僕も、ストーカーだ」


 隆康は自分の行為もそれ程変わっていないと気付いたからである。

 偶々、自分が後から来たので助けた側になったが、もし、自分の方が先に真理恵の後を追っていたら、その逆も考えられるのである。


 恥ずかしそうに頭を下げる隆康に、真理恵は目を細める。(何処まで人がいいのだろう)そんな思いに心を擽られる。

 幼い頃、こんなところを好きになったんだろうか?そんな風に思う。でも、この男は何時勘違いしていなくなるか分らないそう思った真理恵は、


「あんたなんかストーカーだ何て認めないんだから」

 隆康は、顔を上げて真理恵を見つめる。

 真理恵は続け里る。

「あんたなんか、あんたなんか、ストーカーにもなれないんだから。悔しかったら、一生私のストーカーになって見るといんだわ」

「うん」

 隆康は真剣な顔で頷いた。


「追いかけて、追いかけて、一生追いかけて守り続ける」


「追いかけなかったら、許さないから!」


 特設ステージ横のテントの中で真理恵の声が響く。

 みんな見ない振りをしていたが、しっかりと聞いていた。


 昔から真理恵を知る商店会の人達の嬉しそうな知らんぷりに、もえちゃんと真希未ちゃんは、キョロキョロと色んな人の顔付きを確かめるのであった。 

 

◆未来の漫才師◆

 たらこすじこの漫才が始まると。会場は大盛況である。昨日のショーブ氏の”爆笑マジック”を凌ぐかの勢いである。

 大盛況の会場の中で誰よりも真剣な眼差しで漫才を見つめているのは、靖子ちゃんであった。


 目立ちたがり屋で、お笑い好きな靖子ちゃんは初めて見た生の漫才にすっかり虜になってしまった。

「私、絶対に漫才氏になるんだ。絶対に!」


 彼女は熱い目で、そう決意するのである。そして、彼女の熱い目は隣で単純に笑っている澄子ちゃんを獲物として捕らえている。

 この先10年掛けて天然ボケの澄子ちゃんに、計算でのボケを織り交ぜる手法を教えることに成功するのである。


 そんな、会場が沸き返る漫才を見て笑いながらも、他の事を器用に考えている子もいる。もえちゃんである。

 もえちゃんは笑いながらも、ずっと真理恵のことを考えていたのである。

 

「レイラちゃん、人ってさぁ、そこだけで判断したらお互いに損なんだね」

 もえちゃんが言う。

「んっ? あっ! そうよね」

 レイラは突然の言葉に、一瞬驚いたが平然を装って、そう応えた。


「でも、レイラちゃんみたく過去とか未来とか見れないからさあ、誤解もするよね」


 レイラは思った。自分は過去や未来が判るからこそ冷静に判断できるのだと。決して自分の判断が優れているわけではない。特別他人を理解出来るわけではない。

 そこを取り違えない様にしなければ、きっと人の気持ちなど判りはしない。そう思った。


「そうね~、時々少しだけ他人になってみようか、なんて・・・」

 レイラが、首を傾げてもえちゃんの顔を覗き込む。

「えっ、どうやって?」

 もえちゃんは、レイラが真剣に言っているのか冗談で言っているのか判断がつかない。


「なれる訳ないじゃん」

「そうよね」

 とレイラが応えると、もえちゃんは何を考えていたのか少し経って、

「そっか」

 一人で納得している。

「そうだ、そうだ」

 うんうんと頷いている。


 適当な事を言ったレイラは、もえちゃんに興味津々である。

「なになに、もえちゃん。何が分ったの」

 でも、もえちゃんは何も応えないで、一人で頷いて漫才を楽しんでいる。

 レイラも、漫才を楽しみながら、もえちゃんの心を想像してみる。



 ステージが終わった後、持っている引き換え券を集めて、レイラと七面鳥達小学4年生7人、それに予報研究会3人のみんなで福引を引いた。


 綺麗に全て外れたが、みんなは外れて良かったと思った。

 福引でこんなに外れを願ったのは初めてだった。

 きっと最初で最後だとみんなは思った。


 福引の外れで、みんなでミス高田町コンテストに投票をした。

 みんな無言で投票をしたが


 もちろん・・・に。

 


 今日の真理恵にとっての夕日は、とても温かい夕日だった。

 14年ぶりに、そう感じた・・・。


 <つづく>

次回が、14話の最終部になります。

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