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第14話 レイラ商店街のイベントギャルになる(マジックと予報)

 今日の高田町フェスティバルのステージは、”マジック三昧”である。そこで現れた謎のマジシャン”ショーブ出所でたとこ”氏、それに予報に来た平城ひらきサヤナは何者か?

 真理恵を狙う者は?そして、それを助ける者は?

◆金曜日◆

 今日のステージは、”爆笑 マジックショー”である。

 出演のマジシャンは、テレビ出演をしていないので余り有名な人物ではないのだが、ユニークなマジックに加え、笑いを交えたトークで出演をする度に大好評を得ている人物である。

 そのマジシャン、自称”日陰のマジシャン”のショーブ出所でたとこ氏は、直志商店(八百屋さん)のご主人、ノシさんからの紹介である。


 ”第1回高田町フェスティバル”のステージのゲストでは今日のショーブ出所氏と、明日の女性漫才師の”たらこすじこ”が2大呼び物となっている。

 本当は商店会としては、日曜日に行いたいステージではあったのだが、ショーブ氏のスケジュールの関係上それは叶わなかった。


 もっとも、どんなゲストが来ようが商店会としてのメインイベントはあくまでも”ミス高田町コンテスト”である。


 本日のステージも午後4:00~6:00までの2時間で、ショーブ氏の”爆笑マジックショー”の前には、高田町の一般素人による”手品ショー”もあり、今日はマジック三昧のプログラムとなっている。


 そんなことで、今日の会場は場所取り合戦が起こる位の超人気となっており、レイラが会場を訪れた午後3時には、既に数十人の人が前列の特等席を確保していた。 


 そんな中、真理恵の姿も、いつもの様にステージ横のテント内にあった。

 今日は、真理恵が一人でステージを担当することになっており、出演者全員との打ち合わせに忙しそうである。


 真理恵は時々辺りを見回しては、そわそわしていたが、レイラの姿を見つけてからは時々レイラの存在を確認をするかのように視線を向けてきていた。しかし、レイラが目を合わせようとすると、直ぐに視線を背けてしまう。

 

(真理恵さん、何か変ね~)

 レイラはそう思ったが、ステージの前の忙しい時なので敢えて自分から声を掛けることはしなかった。

 それは、昨日よりも幾らか元気そうな姿に見えたせいでもあった。


 それよりも、レイラは、ここのところ毎日真理恵を捉える視線の方が気になっていた。

(今日もいるわね~。ご苦労さまね~)

 それでも、視線が好意的であったので、本人達の問題であると、レイラは特に自分から何か行動を起こすことはしなかった。


 開演10分前になると、特設会場である空き地は溢れる程の混雑ぶりをみせた。

 その中には、当然もえちゃんを隊長とする”七面鳥レンジャー”の小学4年生7人と、帯人、緒湖羅の中稲畑大学予報研究会の(一人減った)3人も人混みに埋もれるようにして含まれている。


 一般素人の”手品ショーは、他愛もないものからプロが顔負けをする程のものまであり、失敗や成功の中で盛り上がりを見せた。レイラも、今日のステージは楽しみにしていたので、テントの前に出てステージを眺めていた。



 いよいよ、次は”爆笑マジックショー”である。

 これにはレイラも大注目である。


 レイラに種の分らないマジックは恐らくありはしない。レイラもそう思っている。それでも、巧妙な種や器用なテクニックを見ることには関心があった。さらに、今日のステージ名には”マジック”の前に”爆笑”が付いている。最近、お笑いの言葉遊びの巧みさに興味を持っていたレイラは、マジックとお笑いをどの様に結びつけるかを楽しみにしていたのである。


 ところが、さあ始まりと言う時であった。


 残念ながら、レイラにはお客さんがやって来てしまったのである。

 そのお客さんは、福引の特別賞である”レイラの予報引き換え券”の中央を二本指でつまみ、ひらひらと靡かせながら、ゆっくりとレイラに近づいて来た。

 

 年齢はレイラと同じか少し上位で、濃緑色のニッカポッカにべスト、そのベストの下には黄色のポロシャツを腕まくりしている。

 その上、タオルを頭に巻いている姿は鳶職そのままであるのだが、レイラの前に現れたその人は何と女性なのである。


 彼女は細身ではあるのだが、筋肉質で締まった体であることが着衣の上からでも容易に伺うことができた。一見、恰好からは男性っぽい顔付きを錯覚してしまうのだが、よく見ると彼女は細面の美しい顔立ちをしている。


 レイラが始めてみる女性の鳶職姿に珍しそうに見とれていると、澄ました一見キカナそうな顔付きが笑顔に変わった。

「そんなに珍しいかい?」

「いえ、そんなことは」

 レイラ両手を振って否定すると、彼女は嬉しそうに笑いだした。

「ハハハ、予報してもらってもいいかな?」

 彼女の笑顔は意外と優しそうに見える。


「は、はい」

 ステージが見れないのは残念ではあるがレイラに取っては仕事中である。お客さんであれば快く対応をしなければならない。レイラも慌てて笑顔を作り、

「どうぞこちらえ」

 と応えた。


 二人はテントの中に入り、向い合わせに椅子に座ると、レイラは予報を始めた。

 

◆ショーブ出所氏?◆

 ステージ上では、ショーブ出所氏の巧みなトークが炸裂し爆笑を呼んでいる。


 ショーブ氏の容姿はその芸風とは異なって、細身の長身に北欧人とのハーフを思わせる堀の深いをしており、一見クールに見えるのだが、笑顔が魅力的で古典的な格好のシルクハットと燕尾服が似合う30代半ばのなかなかの好中年である。

 その見た目とのギャップが、観客の笑いを誘っている要因でもある。

 

 ショーブ氏は”相棒”と呼んでいる蛙の縫ぐるみを肩に乗せ、マジックを行う。そのマジックの種を明かしたり、ちゃちゃを入れてくるのが蛙の縫ぐるみの役目である。

 ショーブ氏は、マジックを行いながら巧みに縫ぐるみを操っていく。観客の心はすっかりショーブ氏に釘付けである。

 もちろん、もえちゃん率いる”七面鳥レンジャー”の小学生7人、帯人、緒湖羅の中稲畑大学予報研究会の3人(くどい様だが一人減った)も、商店会の人達も全員がである。


 そんな中、恐らく二人だけがショーブ氏に注目をしていなかった。それは、現在予報をしているレイラと、レイラに予報を依頼している鳶職の格好をした女性のお客さんである。


 レイラは依頼者である女性の依頼内容”金運と男運”について、予報の結果を当たり障りなく話していた。実際金運に関しては、正直に話せば良かったのだが、男性運に関しては少し水増しをした。


 少しアドバイスをしようと、続きを話そうとした時である。

 強い力がレイラの脳に伝わってくるのを感じた。

(えっ!)

 レイラは、驚いて声を上げそうになったが、声は辛うじて止めることが出来た。しかし、体は少しだけビクッと反射的に動いてしまった。


「どうか、しました?」 

 お客の女性に気が付かれてしまい、声が返って来た。意外と丁寧な言葉使いである。


「いえ、すいません。何でもありません」

 と、目じりを下げて笑ってごまかすが、心臓の鼓動は止まらない。

 レイラは目の前の女性を見る振りをしながら、その後ろの会場を見渡す。


 間もなく、また一瞬であるが強い力が襲って来た。特に何かに影響を与える力ではないが、レイラとは異なるかなり強い能力をこの会場内で使っているのは間違いない。

(まさか、こんな能力の持ち主が・・・ここにいる?)


 レイラが、その能力を感じる方向を見ると、その先にはショーブ氏がマジックを披露している。

(彼が?)

 ショーブ氏のマジックに今日一番の拍手喝采が巻き起こっている。レイラはショーブ氏が気になってしょうがなかった。



 粗方の予報が終わったところで、続きを遮るかの様に、

「ありがと。私の聞きたいことは、もう十分だから」

 彼女はレイラにお礼を告げ立ち上がった。


あたしは、サヤナ。平城ひらきサヤナ。よろしく、レイラ」

「は、はい?(呼び捨てにされた・・・)」

 何故か、別れ際に自己紹介をして、レイラの元を去って行った。


「ヒラキサヤナ・・・」

 彼女の名前は、レイラの心に印象付けられた。


 彼女が帰って行ったのは、ショーブ氏が最後のマジックが終わろうとしている時であった。

 レイラが慌てて、ショーブ氏のマジックを注視すると、マジックそのものは単調なものであったが、僅かな時間とは言えレイラには、種が全く見えなかった。


 ショーブ氏の手先からは、抑えきれないで零れた極少量の黄色い炎の様な光が見え隠れしている。レイラはそれを見逃さなかった。

 

◆真理恵マジックの助手をする◆ 

 ショーブ氏は中盤に差し掛かったところで、真理恵を相手にマジックを行い始めていた。


「それでは、今日はちょっと変わった占いマジックを皆さんお見せ致します。そこの綺麗なお嬢さん。お手伝いして頂けませんか」


 ショーブ氏は真理恵を指さし、右手を広げステージの中央に来るように促した。

 真理恵も事前の打ち合わせが無かったので、少し驚いたのだがその辺の対応には慣れている。

 指示に従い、ステージ中央のショーブ氏の前までやって来た。


「綺麗なお嬢さん、お名前を教えていただけますか?」

「真理恵です」

「おー、真理恵さんですか」  

 既に打ち合わせの時に自己紹介は済んでいるのだが、ステージ向けの紹介だと言うのは真理恵にも察しがつく。初めての様に応答をした。


「それでは、これから真理恵さんの占いを始めますが、私は、この町の有名な”予報士さん”みたいには出来ませんので、カードを使って簡単な占いをしたいと思います。


 ショーブ氏は、手にしていた50数枚のカードを高々と空に向かって投げ上げた。

 ショーブ氏から放たれたカードはひらひらと普通に落ちて来るのだが、落ちながら、次第に一点に収束されて行く。なんと、そのカードの殆どが空中を舞いながら、投げ上げたショーブ氏の右手の中に向って戻って来るのである。

 観客からは、感嘆の声が漏れる。散乱した数枚のカードも、素早く手にしているカードに重ねる様に手際よくキャッチすると、全てのカードがショー部氏の右手に納まった。

 受け取ったカードをショーブ氏が扇型に広げると、広げた中央の辺りでクラブの2だけが逆を向いている。


「はい、これがあなたのラッキーカードとなります」

 ショーブ氏はそう告げるが、続きが無かった。技術の云々は別として、一見尻切れの占いの様に見える。

 だが、そのクラブは四つ葉であった。

「あっ!」真理恵は四つ葉であることに気付き驚いた。

 真理恵は直ぐに大切な幼い頃の思い出、今でもずっとカバンに付けている四つ葉のクローバーのブローチを思い出した。


 ステージの下でも何人かの人がそれに気付いていた。

「あれ、三つ葉じゃない」もえちゃんが、真希未ちゃんに言う。

「ホントだ、4つ葉だ。さっきのマジックの時は、確か三つ葉だったよ。」

 真希未ちゃんは、何も告げないお洒落なカードマジックに目を輝かせている。



 次に、真理恵が肩から下げている鞄から財布を出してもらう。

 小さなテーブルの上に財布を置き、その上に四つ葉の2のカードを置く。そして、ポケットから取り出した布を被せる。

 ショーブ氏が適当くさいおまじないを唱えて笑いを取り、布を取ると予報引き換え券がカードと四つ葉の2のカードとすり替わっていた。

 観客からどよめきが湧きあがる。


 真理恵は、驚いて財布を確認すると、中に入っていた予報引き換え券が無くなっている。

 真理恵の驚きに観客から拍手が湧く。


「”この予報引き換え券”はあなたの当たったものですね」

「はい」

 真理恵は真剣な顔付きで頷く。


「躊躇せずに、あなたの未来は予報士さんに見てもらって下さい」

 この、結局は自分で占わない、人任せの落ちに会場は爆笑になった。


 真理恵は、会場みんなに予報引き替え券を持っていることが分かられてしまた。

 あちこちから「いいな~」と声も上がっている。

 真理恵はレイラに予報をしてもらうことの躊躇いが薄れているのを感じた。

 

◆真理恵の予報◆

 驚きと、笑いと、興奮で大好評を博した”爆笑マジックショー”が終わり、平日にも関わらず、超満員となった特設会場のお客さん達が、引き潮の様に一気に帰路につ着き出す。

 その人ごみの中から、レイラの前に一人の女性が現れた。


 つい数分前まで、ステージでアシスタント役をこなしていた真理恵である。


 真理恵はショーブ氏のステージが終わると、真直ぐにレイラの元に小走りでやって来たのである。

 真理恵はレイラの視線をそらすように下を向いたまま”予報引き換え券”をレイラの前に差し出した。


 顔は俯いていても、真理恵の耳が真っ赤になっている。

(真理恵さん)

 いきなりの行動にレイラは嬉しい驚きを感じたが、口には出さなかった。 

 レイラには真理恵の”恥しさが”充分に伝わって来たからである。


「こちらにどうぞ」

 レイラは、恥ずかしそうにしている真理恵に気づかないふりをして、いつもの笑顔でテントの椅子に座る様に促した。

 真理恵が椅子に座ると、レイラもテーブルを挟んでその向い側に腰を掛けた。


「予報の内容は何でしょうか」

「あっ、は、はい」

 真理恵は緊張している気持ちを振り払い、俯いていた頭を上げ、レイラの目を見つめた。

「毎日、誰かに追い掛けられてます。決まってこの会場からの帰りです。助けて下さい」

 真理恵は真剣なすがる様な眼付で、レイラに迫ってくる。


 突然に真理恵に元気が無くなった理由がやっと分かったレイラは、もっと早く相談してくれれば良かったのにと思った。が、それと同時に今日相談してくれたことに嬉しさと安堵感を覚えた。


 真理恵は続けて具体的に、月曜日は誰かが助けてくれたことや、火曜日は無言電話あったこと、水曜日以降も、場所を少し変えては現れるのだが、走って逃げている途中でいなくなること等を詳しくレイラに説明をした。


「はい、分かりました」

 そう一言真理恵に告げるとレイラは、目を閉じた。

 

 その頃には、もえちゃん率いる七面鳥レンジャーの小学4年生の7人や、帯人、諸湖羅の中稲畑大学予報研究会の3人もテント下に来ていたが、真理恵の視界に入らない位置で少し距離を置いていた。

 それは、もえちゃんと、帯人の指示によるものである。


 レイラが数秒の間、無言で集中すると、青い光がレイラを包んだ。もっとも、この光はもえちゃん以外には見えてはいない。

 

 レイラの周りを静かな空気が流れる。真理恵は自分の心臓の鼓動を感じていた。


 そして、レイラは目を開けると、いつもは落ち着いた口調で淡々と予報の結果を話し出すのであるが、今日はいつになく驚いた様な瞬きを2度程行ってしまった。


 それは・・・、

 レイラは真理恵の男遍歴に驚いてしまったのである。真理恵は、色々な恨みを持たれても当然であったからであった。

 真理恵の行動は殆どが、他人を自分本位に利用をする、まさしく”魔女”そのものであった。それを見てしまったレイラは、幾ら集中をした後でも不覚にも平常心を保てなかったのである。


 そんな余りにも多人数の可能性がある状態では、レイラは過去から犯人までは絞り切れなかった。しかし、未来から手掛りを掴むことは出来るのである。

 レイラは、手掛りを掴むべく、真理恵に行動の指示を行った。


「今日も、いつも通り帰って下さい」

 真理恵は心配そうな顔をレイラに向けた。


「大丈夫、あなたのナイトさんが今日も助けてくれますよ。だから、安心して下さい」

「今日も、ナイト?」

「ええ、そして明日全てがはっきりします」


 真理恵はここ何日かレイラの予報へのお礼を見て来ている。それに、ショーブ氏のステージでの言葉からも既にレイラを信じ切っていた。

 レイラの言葉を疑うと言うことは、考えもしなかった。

 真理恵は恥しそうな仕草で、素直にレイラにお礼を言うとレイラの元を離れた。



(あの視線はそう言うことなのね)

 レイラは、いつも真理恵を見ている視線の意味も予報から分ったのであった。


 真理恵が去った後で、レイラは帯人達予報研究会の3人を呼んだ。

「お願いがあるんですけど」


「はい」

 呼ばれた帯人達は、小走りで喜んでレイラの元にやって来た。

「何でしょうか」

 おおせのままに従います、と言いたげな姿勢である。


「真理恵さんの後を追って欲しいの。誰にも追っていると気づかれないようにね」

 帯人、諸湖羅、庄蔵の顔つきが急に引き締まった。


「真理恵さんは地価鉄に乗って、一本義駅で降りると大通りから脇道に入って、もう一回曲がって次の十字路で、サングラスを掛けて帽子を被った細身の若い男に追いかけられるから、その場所で真理恵さんを助けて欲しいの」


 それを聞いた、諸湖羅の顔が心配そうな顔に曇っていく。それを見たレイラは

「大丈夫、危険は無いから」

 と付け加えた。


 それに帯人が応える。

「判ってます」

 帯人には、レイラが先まで見て自分達が安全なことを確認した上で頼んで来ていると言うことが、十分に理解出来ていた。

 帯人の強い言葉に諸湖羅も安心したのか、首を縦に振った。


 真理恵が会場を後にしたのを見ていた庄蔵が帯人を促すと、

「行って来ます」

 帯人が応えた。


「お願いします」

 レイラの言葉に予報研究会の3人は、真理恵の後を追った。


 レイラが、もえちゃん達を見て、

「もえちゃんは・・・」

「わかってる。予報の準備にノシさんのところに行くよ。ところで、レイラちゃん。あの人の予想の後で、何を驚いていたの?」

 もえちゃんは、レイラの瞬きを見逃さなかった。


「えっ、そんなことないわよ」

 レイラは、まさか気付かれたとは思っていなかったので驚いた。

「ホント?」

「も、もちろん。ホントよ」

「そうなの?」

 一応、納得した形は取ってくれたのでレイラは安心する。

 真理恵の個人の過去を教えることが出来ない以上に、小学4年生のもえちゃんに真理恵の男遍歴を口にすること等は、とっても恥ずかしくて、想像するだけでレイラは顔が赤くなるのであった。


 もえちゃんは、何で顔が赤いの?と、レイラに聞こうと思ったが止めとくことにした。

 これも、もえちゃんの勘である。


◆尾行◆

 地下鉄の一本義駅を出た帯人、諸湖羅、庄蔵の3人は真理恵から十分な距離を置いて、第三者を装って後を付けた。

 大通りは車の通りは多いのだが、それに反して午後7時過ぎにしては人通りは少ない。今のところ真理恵の後を追っているのは帯人達のみで、他に誰も付けている様子はない。


 駅から降りて直ぐに振り向いた諸湖羅が、通りの反対側から小走りで大通りを渡るがっちりとした長身の男性がいるのが目に入ったが、レイラの言う帽子とサングラスの男性ではないので、敢えて二人には何も言わなかった。


 真理恵は、三つ目の交差点を左に曲がり脇道に入った。

 脇道と言っても道路自体は細いが一応片側一車線で、歩道に防護柵もある。大学と公園に挟まれたその道は、街路樹が狭い間隔で植えられている為に、見通しが余り良くない。

 帯人達は真理恵とは通りの反対側を歩き、真理恵との距離を詰めた。


 真理恵がさらに右折をし、細い路地に入ったところで、今まで何処に居たのか向い側から長身でがっちりとした体格の若い男が、真理恵の曲がった路地に向って物凄い勢いで走って来た。


「来た!」

 帯人と庄蔵は路地の入り口でその男の前に立塞がろうと通りを急いで渡った。

 幾らレイラに危険が無いと言われたとは言え、こんな時に体格の良い庄蔵がいることは帯人にとってはとても心強い。


「何をしてる!」

 低い声でそう言った帯人の声に、男性は一歩後ずさりをして怯んだ。

 諸湖羅は、その様相から駅を出た時の男と直ぐに分った。しかし、彼の雰囲気は全く”人の好さそう”と言うのがそのまま当てはまる様に見えてしまう。


「いや・・・」

 男は焦ってはいるのだが、かと言って帯人達と押しのけてまで真理恵を追いかけ様としてくる様子はない。

 帯人は違和感を感じた。

 その違和感が、レイラの言葉を頭の中で復唱させた。

(・・・脇道に入って、もう一回曲がって次の十字路で、サングラスを掛けて帽子を被った細身の若い男に追いかけられるので・・・)


「違う」

 帯人の言葉に諸湖羅も後押しをした。

「うん」

 

 帯人は、もえちゃんの行動を思い出した。

(そうだ、レイラさんを信じているあの子だったら、絶対に疑うどころか見向きもしないはずだ)


 帯人は、真理恵の方に目を向けた。見ると間もなく十字路に差し掛かるところである。

「行こう」

 帯人、庄蔵は急いで真理恵を追いかけた。


 その足音に驚いて振り向いた真理恵の直ぐ後の十字路から現れた男がいた。サングラスを掛けて帽子を被った細身の若い男である。

 

「うしろ!」

 帯人の言葉に、

「キャー」

 正面に向き直ると、直ぐ前にサングラスの男が目に入った。それに驚いた真理恵が叫んだ。


 真理恵が叫んだ時には、いつの間にか帯人と庄蔵の二人を抜き去っていた人の良さそうな長身の男は、逸早く真理恵のところに飛ぶ様に向かっていた。


 その姿に、真理恵以上に驚いたのはサングラスの男の方であった。

 今日は、いつもより早めの場所で、真理恵に近づいたにも関わらず、いつも自分の邪魔をする男が、自分目掛けて物凄い勢いで走って来る。

 さらに、その後から2人の男(帯人と庄蔵)が追加で自分目掛けて走って来るのである。

 

 サングラスの男は慌てて逃げ出した。逃げ足は誰よりも速い。 

   

◆ショーブ氏と、サヤナ◆

 ステージが終わった後で、レイラが先に直志商店前に向かったもえちゃんの後を追っているところに、後から微かな圧力を感じた。

 レイラが振り向くと、そこには今日ステージにあがったマジシャン、ショーブ氏が立っていた。


 突然に会釈をするショーブ氏に対して、レイラも反射的に会釈をした。

「さすがですね」

 レイラが、敢えて微かに出していた自分の気配に気付いたことへの讃辞である。


「あなたは、ただのマジシャンでは無いですね」

 レイラが応える。レイラの表情は強張っていく。


 その言葉に、ショーブ氏は苦笑いをしながら言った。

「いや~あなたとは違って、ただのお笑いマジシャンですよ。それより、さすがにレイラさんですね選ばれただけのことはある」

「えっ!」

 レイラは驚いた(選ばれた?)。

 

(この男は何かしっている)そう思い、レイラが話掛けようとしたのだが、男に話の先手を取られた格好となった。

「それでは、いずれまたお会いすることがあるでしょう」

 彼は、そういい残すと、踵を返した。


「あっ、ちょっと待っ」

 レイラがそう言い掛けたところを、後ろから声を掛けられた。


「レイラちゃん。一緒に戻ろうか」

 とっても振り切ること何か出来ない、人の良い優しい声である。

 それは、会場から自分の店(八百屋の直志商店)に戻ろうとしているノシさんであった。


「あっ、はい」

 思わず、ノシさんの言葉に乗ってしまい、ショーブ氏を追い掛けることが出来なかった・・・。


 レイラにはショーブ氏への疑問と興味が大きく頭の中に残ってしまった。それに、何故かサヤナのことも頭からずっと離れないのである。


(まさか、あの人達・・・)

 レイラはそう呟いた。



 レイラが直志商店前で、先に行って予報屋さんの準備をしているもえちゃんと合流した頃に、商店街を抜け、並んで大通りを歩く二人の姿がある。


 一人は、大通りを歩くには似つかないシルクハットと燕尾服細身の長身で、30代半ばの紳士。そして、もう一人は20代半ばの中肉中背で鳶職姿の女性である。頭に巻いたタオルこそ外しているが、間違いない。

 ショーブ氏とサヤナである。


「合格ってとこね」

「あ~大したもんだよ。素質はね。確かに凄いけど、もう少しかかるかな」

「そうね。楽しみなんでしょ」

「ああ」

 ご満悦なショーブ氏と、内心の嬉しさを押し殺してすまし顔で歩くサヤナは、互いの心を覗くと、それだけの会話で別れた。


 平和な大通りのざわめきが、二人の心を躍らせていた。


 <つづく>

第14話はもう少し続きます。

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