第13話 ピンクのリップ2
満花ちゃんが、レイラに探して欲しいと依頼した”みりちゃんとは”?
◆お別れ◆
いつの間にか眠っていた。
目が覚めると、お姉ちゃんは帰って来ていた。
(良かった!)
満花ちゃんは、嬉しくなって、「お姉ちゃん!」って呼ぼうとしたが、
(あれ?)
お姉ちゃんは眠っていた。
満花ちゃんは、出かかった言葉を飲み込んでしまった。
満花ちゃんは、お姉ちゃんが眠っている姿を初めて見た。いつもは、お姉ちゃんが満花ちゃんを寝かせてくれるからだ。
いつもと違っている。
そう思った。
満花ちゃんは、お姉ちゃんが起きるのをずっとそばで待っていた。
それなのに、いつまで待ってもお姉ちゃんは起きない。
何度も起こそうと思ったのだが、何故か声が出ない。
何かいつもと違っている。
お父さんが帰って来た。
お姉ちゃんは目を覚まさない。
お母さんがずっと泣いている。
(お母さん何で泣いてるの?)
満花ちゃんには、どうして泣いているのか良く分らなかった。
だが、その意味は、満花ちゃんにも次第に分ってきた・・・。
お別れの日、木の箱の中に眠るお姉ちゃんの横には、新品のピンクのリップがあった。
近くのおばちゃん達が、お姉ちゃんはリップを握りしめていたと言っていた。
ピンクの唇のお姉ちゃんは奇麗だった・・・。
◆満花ちゃんの家◆
翌朝、高田町商店街が動き始めた頃、レイラは満花ちゃんの家を訪ねた。
昨日、満花ちゃんを予報した時に、もえちゃんの家の直ぐ近くに住んでいることが分っていたので、簡単に見つけることが出来た。
満花ちゃんの家は、こじんまりとしているが、北欧調の木を強調した作りで、温かさを感じさせる二階建の一軒家である。
今日は久しぶりに暖かな一日になりそうだ。レイラはそう思った。
レイラが玄関まで行きチャイムを鳴らすと、満花ちゃんのお母さんの返事が返ってきた。
表札に満里絵と書かれている。
「朝早くから、すいません。昨日の八百屋さんの前の予報士ですが」
レイラの声に、直ぐに扉が開いた。
レイラが早朝から訪れたのには、理由があった。
「はい?」
母の満里絵は、レイラの声が良く聞こえていなかったのか、扉を開ると全身黒尽くめの訪問者に驚いていたが、直ぐに誰であるのかを理解した。
「どうして・・・家が?」
満里絵は、自分の家が分ったことに驚きを隠せない。
「仕事がらですかね」
レイラは、他人事の様に応え、自分に対して呆れたかの様な笑みを浮かべながら続ける。
「これを、お届に参りました」
レイラは、熊の絵が描かれている”ピンクのお財布”を満里絵に差し出した。
満里絵はレイラがそれを持っていることに驚きながら受け取ると、それが自然の流れであるかの様に満里絵から見ず知らずのレイラを家の中に招いた。
家の中は外装からの印象通り、小ざっぱりとして奇麗に片付けられており、凄い温かさがレイラに伝わってくる。
「いいお家ですね」
レイラの言葉に、満里絵は照れながら、
「有難うございます。小さいですが、家族全員が大好きな家でした」
レイラには、その過去形の言い方が寂しく思えた。
居間に通されると、笑っている美里の写真が初めに目に入り、レイラの胸を苦しめる。
レイラは手を合わせ、暫し目を瞑る。
やがて、目を開けると満里絵に向かって話し出した。
「お姉さんの美里さんですね。表札を拝見しました」
表札を見たと言ったのは、満里絵を余り驚かし過ぎない様にという、レイラの気遣いである。
満里絵は声を少し詰まらせながら話し出した。
「はい、2か月前に交通事故で亡くなりました。このお財布をあの子に買ってあげたのが姉の美里です。昨日・・・」
と言い掛けたところで、満里絵はレイラの名前を知らないことに気付いた。
「すみません。お名前をお聞きしても宜しいですか」
「こちらこそすみません、申し遅れました。タカキレイラと申します。良ろしかったらレイラと呼んで下さい。その方が呼ばれ慣れているものですから・・・」
レイラの優しい声に、満里絵は頷くと静かな口調で続けた。
「昨日、レイラさんのところから帰って来て満花が財布を持っていない事に気付きました。
満花に、お財布は?
と聞いたのですが、黙ったままなのです。
いつも、絶対に肌身離さず持っているのにです。
お財布が無くなっても全然騒がないのいで、おかしいなとは思っていたのですが・・・」
「中を見て下さい」
レイラの言葉に、満里絵が財布を開けて中をみた。
四つ折りの千円札が1枚入っている。
「それを持って来ました。お姉さんが満花ちゃんに財布をプレゼントした時に、一緒に渡したみたいですね」
「あの子が・・・」
かみしめる様に俯く。
微かに満里絵の口元が震えている。
「満花は、このお金を持って一人でレイラさんのところに行ったのですね。今まで、一度も一人で家を出ることなんてなかったのに・・・」
「満花ちゃんから、みりちゃんを探して欲しいと頼まれました」
満里絵の目に、抑え切れない涙が溢れだした。
涙に言葉が詰まりながら、満花ちゃんのことをレイラに話し始めた。
レイラに聞いてもらいたい。そんな気持ちになったのだ。
「満花は、夜中にみりちゃんがいないと言っては、大泣きをして目を覚ますんです。
毎日です。
朝まで、朝まで泣き続けるんです・・・」
辛そうに満里絵は話続けた。
「泣きつかれて朝方になって、やっと眠りにつくんです
それが、1ヶ月半前の2月28日。
満花の誕生の日から急になんです。
それまでは、一度も泣くことは無かったんです。
満花が大丈夫か凄く心配していたので、内心は安心していたのですが・・・。
今になって、だんだん寂しくなってきたのかもしれません。
毎日、美里の夢を見るんですね。
母の私よりもお姉ちゃん子だったので。
今朝も。まだ隣の部屋で寝ています。
殆ど喋らないし、だんだん何も食べなくなってきて。
どうして良いか・・・」
満里絵は、毎日姉の夢を見て起きるのだと思っているのである。
母親の心配がレイラには痛いほど伝わってくる。
「そうなんですか」
レイラは一度頷いて、満里絵の気持ちを一度かみ締めてから、続けた。
「満里絵さん。満花ちゃんは昨日、探して欲しいのはお姉さんではないと言ってました。
恐らく、みりちゃんは美里さんとは違うんじゃないのかと思うのですが・・・」
レイラは、満里絵に問いかける。
「満花ちゃんは、お姉ちゃんと呼んでいませんでしたか?」
「は?い。確かにそうなんですが・・・」
満里絵もそこが不思議である。
確かに満花ちゃんは、お姉ちゃんとしか呼んだことがないのだ。
「でも、美里さんとは何かの関係があると思います。
宜しかったら、お姉さんのことも聞かせて頂かないですか」
満里絵も噂で聞いたことがある。レイラは、不思議な予報をすることがあると言うことを。
でも、信じてはいなかった。
噂が大きくなっただけだと思っていた。
しかし、現に家を探し当ててここに来ている。
さらに、今、満花ちゃんがずっと、お姉ちゃんと呼んでいたことも知っている。
レイラには、不思議な雰囲気も感じる。
満里絵は、レイラに頼ってしまいたい。
そんな気持ちになった。
「美里は、満花を凄く可愛がっていました。
夜、寝るときは一日も欠かさず美里が眠らせていました。
満花が物心付いた頃から、毎晩ずっとです。
満花も、美里が大好きで、美里が学校に行った後は、ずっと姉の帰りを待っていました。
そのせいもあったのか、人見知りで、近所の子や知り合いの子とは全然遊べなく、姉としか遊ぶことがなくなっていました。
美里もそれを、凄く気にしていました」
(毎日、美里さんが眠らせて・・・か)
レイラは、ちょっと気になった。
「満里絵さん。すみません。ちょっと見せて下さいませんか」
「えっ、何を ですか?」
「満里絵さんの中の美里さんを・・・。少しだけで結構です。お願いします」
「どうすれば良いでしょうか」
「そのまま座っていて頂ければ結構です」
「は、はい。」
満里絵は、レイラの言っている意味が良く分らなかったが、レイラに任よう。
そんな気になっていた。
◆満里絵さんと美里さん◆
レイラは、目を閉じ集中する。
満里絵の中の姉の美里に集中する。
満里絵の、美里に対する沢山の思い出がレイラの脳裏に刻まれる。
沢山の思い出から、幼い美里が強く印象づけられている場面を選択する。
--美里さんがまだ満花ちゃん位の時に、満里絵さんに寝かせてもらっている姿が見えてくる。
幼い美里さんを寝かせながら、お話を聞かせているのである。
その話が聞こえてくる。
真理絵さんが、熊のまりちゃんの話をしている。
(まりちゃん?真理絵さんの名前?)レイラは思う。
良い子で早く寝た子には夢の中でまりちゃんが遊んでくれると話している。
美里さんは、その話が好きなのが伺える。
(本当に?夢に見ている・・・)レイラにはそう見える。
レイラは気付いた。
(そうなのね。みりちゃんとは、夢の中の・・・)
◆美里さんと満花ちゃん◆
レイラは目を開けると立ち上がった。
「満里絵さん、満花ちゃんに合わせてもらってもいいですか」
「はあ、でもまだ、寝てるのですが」
「決して起こしません。寝たままで結構です。その方が・・・」
レイラと満里絵は、満花ちゃんの寝ている隣の部屋に移動した。
寝ている満花ちゃんの目尻には、涙の乾いた後がしっかりと付いている。
布団の半分も使っていない小さな姿に痛々しさを感じる。
レイラは、目を閉じると満花ちゃんに集中を始めた。
満花ちゃんと、美里の一番の思い出の時に・・・。
レイラの脳裏に美里が刻まれる。
--居間の写真と同じ姿の美里さんが、写真のままの笑顔のままで満花ちゃんの手を引いている。
美里さんは、満花ちゃんを寝室に寝かせると、お話を始めた。
満里絵さんが美里さんの幼い時に話していたのと同じ話しである。
美里さんにとっての幼い頃の思い出が込められている。
美里さんは、母の満里絵さんの様に自分の名前を取って、
「早く寝ると。熊の”みりちゃん”が遊んでくれるよ~」
そう話している。
すると、満花ちゃんは、みりちゃんに会う為に直ぐに目を閉じる。
満花ちゃんは、毎日寝る時間を楽しみにしているのが伺える。
そんな毎日の中、ある時、美里さんが・・・。
「5歳の誕生日になったらね、熊のみりちゃんはもう夢には出てこないの」
満花ちゃんは、驚いた顔で
「どうして?」
と聞いた。
「みりちゃんはね、小さな子としか遊べないの。
だからね5歳になったら、みりちゃんと遊んだことをみんなに教えて、沢山お友達を作るの。凄いね~」
「う~ん」
満花ちゃんは、寂しそうだ。
「お姉ちゃんも、お母さんも、そうしたんだよ。だから、満花ちゃんも出来るよね~、ねっ?」
「お姉ちゃんもそうしたの?」
「う~ん、もちろん。
だから一杯お友達が出来たんだよ。
満花ちゃんも一杯お友達が出来るよ。どうする~」
と、お腹をくすぐる。
満花ちゃんは笑いながら、
「毎日、色んな遊びをするの?」
「そう、満花ちゃんいいな~」
美里さんは、自分だけではなく、熊のみりちゃんにも頼ってしまい、友達を作らないと言うことを心配してそう言ったのだとレイラは思った。
自分の経験からなのだなと。
レイラは、そう思った。
次の日、
満花ちゃんは、夢の中で熊のみりちゃんがお別れにピンクのリップをプレゼントしてくれると約束した。
と、美里さんに喜んで話しているのである。
「お姉ちゃん見たく綺麗になるの」
満面の笑みでそう言う。
満花ちゃんの言葉から生まれた二人の笑顔に、レイラの心は強く打たれた。
レイラは、どうしても満花ちゃんの笑顔の続きが見たい。
そんな衝動に駆られた。
<つづく>