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第3話 ファン1号もえもえちゃん

予報士と言う仕事を始めたが、前途多難。そこに小学生の女の子が現れた。女の子の名前は「もえもえ」ちゃん。

◆萌もえちゃん◆

 高田町には駅が無い。

 高田町一番の繁華街である高田町商店街の真中には、線路が東西に走っている。しかし、そこには駅は無い。高田町商店街から徒歩で約10分と言う非常に近いところに、親宿駅しんじゅくえきがある為である。


 親宿駅北口には、百貨店が3つに大型電気店も2つあり、この地方最大の繁華街になっている。一方南口側は公共施設や一般企業が多く、オフィスビルが多数立ち並んでいる。

 この南口の正面には線路と平行に大通りが走っおり、この大通りを西に向い、親宿駅付近からのビル並がひと段落したところからが高田町になる。


 高田町からは一転して住宅地の景色になる。その高田町の中心である高田町商店街には、ビルは無く、木造2階建が中心の小さな一般的な商店街である。

 しかし、高田町商店街附近は、この地域一番の繁華街やオフィス街から最も近い住宅地であるため、結構遅い時間まで人通りが多い。


 レイラが予報士を始めた八百屋さん”直志商店”の店先はそんな商店街で、一番人通りの多いことろである。


 レイラが予報士を始めて2日目。

 レイラが直志商店に着いた時には、店主のノシさんはいつもの様に閉店の準備をしていた。軽快な動作に鼻歌が聞こえてきそうである。

 

 レイラは、物入れ小屋からテーブルと、折りたたみ式の椅子2脚を出し、店先に設置した。いざこの場所に来てみると、やっぱり昨日の様に気が重くなってしまう。


 レイラがノシさんに挨拶に行こうと、重い足取りで入り口の方に向いかけると、ノシさんがこちらを向いてウインクをしている。

 どうも、それが挨拶代わりらしい。レイラもつられて、ウインクをする。すると、ノシさんは悩殺されたポーズをとり、心臓を押さえて、崩れるように店の中に消えて行った。


 ノシさんって結構おちゃめだな。とレイラは思う。

 ノシさんって幾つ何だろう。独身ぽいけど・・・。ノシさんは白髪交じりでレイラの見た目では40代半ば位に見える。でも、気持ちはとても若々しかった。

 陽気に働くノシさんを見ていると、レイラはなんだか気持ちが少し晴れて来るような気がした。

 それが、ノシさんの気遣いであることも良くわかっている。

「ありがとう、ノシさん」レイラは嬉しかった。


 レイラは、”あなたの未来占います”と書いた筒状の厚紙と、浮気玉をデーブルの上に置き、椅子に腰を掛ける。

 すると、気が晴れたのは一瞬であることに気付いてしまう。また、直ぐに重い気分になり、昨日の孤独感の続きが押し寄せて来る。

(なんでだろう。)

 朝からずっと独りでいるのに今になって、なぜこんな気持ちになるのだろう?と思う。

 顔が次第に俯き加減になる。


 しかし、ここで俯いたままではいたくはない、そんな気持ちから意識的に顔を持ち上げた。

「重た~い。決して顔が大きいわけじゃないのよ。なんて、あはは」

 自作自演のお笑いは寂しいだけだった。


 レイラはそれでも無理やり顔を上げたまま、前を見つめる。

 行き交う人のほとんどとは、レイラを見向きもしない。たとえ振り向いたとしても、首を傾げ訝しげな表情をして通り過ぎていくだけである。


 圧迫されそうになり、気持ちを保つので精一杯である。

「あ~あ、ふ~」と、青息吐息の連続だ。背中がネコの様に丸まってくる。


 そんな時である。

 通りの反対側の電柱の陰から、小さな女の子がこちらを覗いているのに気がついた。


「あれ?・・・もしかして?昨日の女の子かしら」

 電柱の陰にすっぽり隠れたり、体を半分出してみたり。あたかも気付いて欲しいかの様に、電柱の後ろで、体の半分を出し入れしている。その見え隠れしている姿がとても微笑ましい。


 重々しかったレイラの顔から微笑みが少しこぼれてくる。ネコの様に丸まった背筋も犬位に少し伸びる。


 嬉しくなって、余りにもおもむろに見つめてしまったので、女の子は恥ずかしがって走って逃げてしまった。

「あ~~、行っちゃった」がっかりした気持ちが、また背中をネコの様に丸めてしまう。(ワン)


 外灯の明かりでも照らせない重い、重~い闇が静かに広がっていく。

 レイラは一言「暗い」と呟いていた。


 それでもレイラは今日も、午後10時までは頑張った。と言うよりも耐えた。午後10時と言うのが

彼女の意地の限界であったのかもしれない。


 レイラは帰り支度をし、テーブルと、折りたたみ椅子を片付けようと物入れ小屋を開けると、今日も昨日と同じ様に野菜の入った紙袋が置いてあった。

 『レイラちゃん、お疲れ様。半額市』のメモが、袋にセロハンテープで貼り付けてあった。中には、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎと、なんと豚肉まで入っている。


 レイラは暫し目を閉じて「ノシ栄養士さん有難う。・・・ポークカレーだ・・・」と呟き、50円玉を一つ財布から取り出した。

 

 - そんな日が3日続いた -


 女の子は場所を変えながら、毎日レイラの開店時間に見え隠れしている。何とか話かけようと試みたが、声をかけるきっかけがつかめないでいた。

 レイラは日に日に、汚れた直志商店のシャッターの色と保護色のように馴染んでいき、存在に誰も気づかないほど同化していった。


 夕方、レイラはカレーを食べながら考える。3日続けてカレーである。カレーの風味も抜けてきていたが、貧乏なレイラに取っては、カレーの色がしているだけで美味しかった。


 カレーを食べながら、よ~く考えて見る。まだ、お客さんどころか、誰とも会話一つ出来ていないのである。完全に予報の良し悪し以前の問題である。

 レイラは考えた末に一つの結論を出した。

「見た目に問題があるとしか思えない」

 テーブルを一つ叩く。


「若さのせいかしら。そうよね。歳を取っていた方が予報も当たりそうに見えるわよね」

 自分が若く見えることが問題と言う結論に達した。


 近くにあった手鏡を持ち、暫し鏡を睨みつけるような真剣な眼差しで見つめる。口をへの字にして見たり、眉間に皺を寄せてみたりしてみる。そして、思いついたようにおでこに皺を寄せて見た。

 その顔を保ちながら、そっとテーブルの上の鉛筆を右手に持ち、皺に沿って何度もなぞってみた。


 薄っすらと、それなりに線が入る。3本入れて見た。

「歳を取って見えるかしら」

 いや、線を額に引いた面白い人にしか見えないだろう。でも、レイラは納得した。


「これで、良しと」

 さらに服装もと思い、地味な洋服の中から、さらに地味な洋服を選んでみた。殆ど真っ黒だ。


 午後6時45分。洋服を着替え、ガラスに自分の体を映してして見た。

 自分の姿をじっくり見つめ、少し腰を曲げて見る。

 そして、納得するように頷き、重い足取りでアパートを出た。外は寒い。 

 

 今日もウインク好きの中年ノシさんは陽気だ。レイラに向ってウインクをしながらシャッターを閉める。レイラも目一杯の作り笑いをし、元気なところをアピールしてウインクを見せる。

 多分、”楽に頑張れ”と言ってくれている様な気がする。


 ノシさんが店の中に入ると、一気に重苦しくなってくる。

 ため息を一つ吐いて、開店の準備を始めた。


 テーブルと椅子二脚。テーブルの上には、”予報士 あなたの未来占います”と書いた厚紙と、四つ折りの白い布の上に浮玉だけと言う簡単な準備である。

 レイラは、テーブルの前に立ち、その準備を行う。


 その時である。小さな視線を感じる。


「いつもの女の子だな。今日はどこから覗いているのかしら」と思い、後を振り返ってみた。

「あれ?」

 いつもの女の子は、今日は斜向かいにあるポストの横に立っていて、全身がすっぽりと見えている。頭の先からつま先まで。どこも隠れていない。


「今日は隠れないんだ」レイラはちょっと驚いた。

 女の子は、肩まで伸びたさらさらヘアーを、赤いゴム紐で後ろに一つ結びをしている。

 厚着した体が丸っこくて可愛い。ほっぺも赤い。


 レイラは女の子に気がつくと、手を止め自然に声をかけていた。

「こんばんわ」

 レイラが声を掛けると、女の子はこちらに寄って来た。

「こんばんわ」

 小さく頭を下げて応えてくれる。レイラを見つめる瞳が愛くるしい。

 レイラに久し振りの心からの笑みが戻る。


「お家は近くなの?」

 女の子は肯く。

 黙ってレイラを見つめて、不思議そうな顔をしている。

 あれっ、どうしたんだろう。何か変かしら。そう思ったが、何か話かけなきゃと思い、

「あっ。そうそう。お名前教えてもらってもいい?」

 レイラの質問に、女の子はもじもじと照れていたが、小さな声で応えてくれた。


「モエモエ」レイラにはそう聞こえた。聞き間違いよね。きっと。と思い、もう一度聞いてみる。

「ごめんね。もう一度教えてくれる?」あまりしつこく聞くと逃げていってしまうかなと思ったので、これでもかと言う位の満面に派手な笑顔を作ってみた。


 その笑顔が可笑しかったのか、今度は笑いながら大きな声で応えてくれた。

「モエモエ」

 今度は間違いなく聞こえた。何だろ「モエモエ」って?

 考えていると、眉間に縦ジワが寄ってくる。明らかに鉛筆で描いた額の横ジワと合わなくなっている。そのレイラの顔を見ていた女の子は声を出して笑いだした。

 レイラはまさか、自分の顔が笑われているとは思わず、女の子と仲良くなれたと思えたことがうれしい。


 レイラは閃いた。あ~っそうか。あだ名がモエモエちゃんか。可愛いいものね。そこで、女の子に聞いてみた。

「モエモエちゃん?みんなからそう呼ばれてるんだ」


 名前を聞かれてあだ名で応える小学3年生は多分いないだろう。

 小学3年生はもっとしっかりしているのであるが、今のレイラは冷静に判断をする精神状態になっていない。

「みんなは”もえちゃん”って呼ぶよ」女の子は応える。

 レイラは分らなくなってきた。


 なんだ、なんだ、何でこんな簡単な会話が成立しないんだ。と、レイラは最近ほとんど会話をしていないので、会話のコツを忘れてしまったのかと不安に思う。


 その姿に女の子は気づいた様で、ニコニコしながら説明してくれた。

「苗字が”萌”で、名前が”もえ”」


「Oh!オーケー、アイシー、オーケー、おーけ。ウンうん」レイラは大きく肯いて納得した。


 <つづく> 

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