第12話 もえちゃんライバル出現(いざ、討ち入り)
レイラと帯人は、諸湖羅を奪還しにインチキ教祖のもとに向かった。
そこでは・・・あれ?
◆帯人、ピンク色に・・・◆
春を告げる使者が、淡いピンク色の衣を纏う僅かな時季。
使者は次第に色めき、三分の薄着を纏う。
人々は桜と言う使者が、ピンクの晴れ着を纏うことを心待ちにしていた。
だが・・・
その時である。
全く思いもかけない出来事が起こってしまった。
積乱雲と言う羊毛の様な塊が急激に発達し、春を告げる使者に覆いかぶさると、そこですくすくと育てられたヒョウと言う名の硬く冷たい塊は、その使者に向って一斉に攻撃を始めたのである。
哀れ、ピンクに染まりかけた使者は、無残にも次々に衣を剥ぎ取られ、衣は土に同化していった。
ピンクの衣は、壊滅したかの様に見えた。
が、しかし・・・。
今の帯人の心も、ピンクの薄着を一瞬にして剥ぎ取られ、裸の状態であった。
もう一度、ピンクの薄着を纏うことが出来るのであれば、そして、見事晴れ着と化すことが可能なのであれば、今までの行動を悔い改め、全てを”はは先生”に捧げよう。
帯人はそう思った。
そう心に決め、レイラの元に現れた。
そして、レイラに向かって深々と頭を下げた。
◆レイラと、帯人と、もえちゃん◆
それは、閉店20分前。最後のお客さんの予報を行っている時であった。
帯人は、深々と下げた頭をゆっくり上げると、直立不動のまま俯いている。
昨日の勢いは何処にも感じられない。
静かにレイラを待っている。
ただ、待っている。
レイラが最後のお客さんの予報を終えたと分ると、帯人は小走りでレイラの元にやって来た。
やってくるなり、
「すみません」
謝ることになれていない、不器用な仕草で大きく頭を下げる。
「本当にすみません」
帯人の言葉に、レイラは穏やかな表情で少し微笑んだ。
「いいのよ。分ってるから」
レイラには分っていることである。
そして、続ける。
「緒湖羅さんが帰らないのね」
「はい」
「告げなかったのね」
「えっ?」
帯人は一瞬何のことだか分らなかった。が、直ぐに思い出した。
帯人は頭を下げたまま、ハッとする。そして、頭を持ち上げた時には、真っ青な表情に変わっていた。
今頃になって、レイラから緒湖羅に告げるように言われていたことを思い出した。
”絶対に誰からも占ってはもらわない様に”と。
手が震えて来る。
(今まで、こんな大事なことを忘れていたなんて・・・。もっと早く先生のこと信用していれば、忘れるなんてことは絶対になかったんだ・・・)
浮かれて、不安になって、心配して、冷静さを欠いて大切なことを忘れていた自分に憤りを感じてしまう。
「は、はい。すみません。折角・・・」
くやしい。
ただ、くやしい。
自分の愚かさに唇を噛みしめる。
(もし、もし、”はは先生”の言う通り、別れ際にその言葉を告げていれば、こんなことにはならなかったんだ)
その言葉が、頭の中を反響する。
(僕の責任なんだ)
帯人は、立っていられない程に動揺していた。
レイラは、帯人を見つめる。
一つの恋により、別人かと思わせる様な変わり方を目の前にすると、レイラは微笑ましい気持になってくる。
しかし、そんな場合ではないのである。
「ちょっと、見せてもらうわね」
レイラは、帯人に集中する。
青い稲妻が現れる。
すると、一瞬にして昨日からの出来事が見えてくる。
そして、未来も少しだけ覗いてみる。
必要最小限だけを。
帯人の未来には、女の子との接触は見られない。
昨日からの経緯と重ねると、このままでは、恐らく彼女は元の生活に戻れない可能性が高い。
レイラはそう思った。
確かに帯人の未来に彼女の姿見えないのだ。
見えないのだが、でも何かちょっと違う。
なんだろう?
そう思っているところに、もえちゃんがパジャマ姿で走ってやって来た。
緑色の下地に、熊さんの絵が全体を埋め尽くしたパジャマである。
アパートの窓の隙間から見ていたもえちゃんが、帯人を見て、ノシさんの言葉を思い出したのである。
「レイラちゃ~ん」
もえちゃんは、大きなサンダルで走って来た。
「あれ、もえちゃん。どうしたの」
もえちゃんは、まず帯人を睨み付けるが、今の帯人は生まれたての小鹿同然である。
もえちゃんの鋭い眼差しをかわすことで精一杯だ。
「レイラちゃん。昨日の女の子・・・」
そこまで告げた時点で、帯人は顔を上げると、もえちゃんの肩に掴みかかる勢いで迫ろうとした。
が、それをレイラは、もえちゃんに見えない様に既に遮っている。
「・・・見たの。一軒家に住んでいるんだね」
さらに、尋常な表情で無い帯人の足をレイラが踏みつける。
「痛っ!」
レイラは、帯人を無視していつも通りの表情でもえちゃんに話しかける。
「もえちゃん、会ったんだ。丁度良かった。あのお姉ちゃんに、まだ予報の続きがあるの」
「やっぱりそうなんだ。ノシさんもそう言ってたんだ。大事なお客さんだもんね」
(えっ、ノシさんが・・・)
レイラは、心でそう思ったが口には出さなかった。
「もえちゃん、ちょっと見せてもらうね」
「うん。いいよ」
もえちゃんは、レイラの役に立って嬉しそうである。
レイラは、もえちゃんに集中する。
青い稲妻と共に、諸湖羅の居場所が見えた。
「もえちゃん、有難う。これからちょっと、予報の続きをしに行ってくるね」
そこで、再び帯人が、食らい付きそうな顔で迫ってきたので、軽く脛を蹴ってやった。
「痛っ!!」
勘の良いもえちゃんが、帯人の表情で事件を感じて一緒に行くと言わない様にである。
「・・・もえちゃん、気を付けて帰ってね」
脛をさすって痛がる帯人を不思議そうに見ながら、
「大丈夫だよ。直ぐそこだから」
もえちゃんは、熊の絵のついたパジャマをなびかせて、家に戻って行った。
(いつもありがとう、もえちゃん)
レイラは、不思議な勘を持っているもえちゃんに感謝をしながら見送る。
帯人も感謝をしている様に見える。
夜風に包まれた残った二人を、いつもの街灯が照らし出す。
帯人が、レイラの目を見つめ、唾をゴクリと飲み込んだ。
レイラの唇が微笑む様に横に広がる。
「じゃあ、青年行くよ!」
レイラの言葉に、帯人はすこし下がった眼鏡を直して応える。
「は、はい」
帯人の張詰めた声がレイラの心に響いてきた。
そして、レイラは足を踏み出そうとしたが、それを止めようとする気持ちが働いた。
(何!この気持ち?)
ふと後を見ると、テーブルと椅子二脚が残っていた。
「あら?すっかり片付けるの忘れてたわ」
二人は、素早くテーブルと椅子二脚を物入れ小屋に片付けると、
出陣した。
◆いざ!討ち入り◆
帯人は、レイラの横から一歩下がった位置で大通りを進む。
街の騒音が彼の熱き心を鼓舞し、邪念を退けていた。
今の帯人は一つの気持ちに支配されている。
一つの気持ち・・・
それは、絶対に諸湖羅を救うこと。
それは、緒湖羅を失わないこと。
それは、これから4年間諸湖羅と一緒に学生生活を送ること。
・・・緒湖羅一つに。
帯人は緒湖羅を失うことが怖かった。
それだけが怖かった。
その恐れが、全ての恐怖に打ち勝っていた。
それ以上のものは何も存在しなかった。
力ずくでも諸湖羅を連れて帰るんだ。
そう、決意していた。
張詰めた気持ちが、行き先に目隠しをしていた。
路地に入り、静寂に包まれるまでは・・・。
ところが、昼間は賑やかでも流石に夜10時にもなれば、一歩裏通りに入ると静寂に包まれる。
すると、帯人の心に雑念が過り出す。
周りの静けさと共に心も冷静を取り戻して来たのだ。
(この先、どうなるんだろう?)
力ずくの意味が映像として脳裏に浮かんでくる。
(どうした、怖いのか)
自分を叱咤するが、冷静に考えると正直言って怖い。
帯人は思う。
レイラは女性である。争いになった場合は、自分が前に出なければならないだろう。
口喧嘩以外の喧嘩なんてしたことがないのだ。
まして、腕っ節になんか全く自信がない。
相手がどんな奴か分からないのだ。
ナイフを持っていたらどうしよう。
次第に気持ちが、怯んでいく。
帯人が弱気になっていた時である。
勇壮な”コツコツ”と響き渡る音が耳に入ってきた。
帯人は、その音の発信先に目を向けたてみ。
黒いエナメルのパンプスを鳴らしたレイラが、悠然と歩いている。
何も臆しては見えない。
全く動じた様子が伺えない。
むしろ、凄いオーラが見えてくる様である。
実際には、かなりの怒りの青い炎の様な光が纏っているのだが、帯人には見えていない。
頼もしい。頼れる。
頼ってはいけないと思いながらも、頼ってしまう。
肩にもたれてしまいたい位に・・・。
帯人は再び思い直した。
絶対に緒湖羅は失いたくないのだ。
こうなれば、ヤケクソだ。
開き直って、拳に力を込める。
だが、心身のバランスがとれず、体が引き攣った様にぎこちない歩きになっている。
そこに、静寂を破る様に声が届いた。
「帯人さん、安心していいわ。大丈夫だから任せて」
商店街を出て、レイラが初めて声を掛けてきた。
後を振り向かないまま、帯人の様子が分ったかのようにである。
「は、ははい」
上ずった声を出してしまったことを帯人は後悔した。
気持ちが負けていることに後悔した。
だが、それ以上に気になることがあった。
帯人はレイラに名前を教えた記憶がないのだ。
一瞬、ドキッと心臓が止まりそうな位に驚いた。が、思う。
(何を、今更驚いているんだ。そのくらい当たり前じゃないか・・・。僕は、彼女を誰だと思っているんだ)
そうである。彼女は特別な人。
無鉄砲に行動をするような人ではないのだ。
自分には自分の出来る精一杯のことをすればいいんだ。
帯人は、そう思うと落ち着いてきた。
今までの自分ではない自分になれた気がして来る。
今、何かが変わって来ている。そんな気がした。
通りを左に曲がると、レイラの足取りが変わった。
一軒の平屋建ての家の前で、レイラが足を止める。
入口の横には、牛乳入れが設置してある。
「ここよ」
レイラから二言目が届いた。
もう、帯人に迷いはない。きっぱりと決意の返事が出来る。
「はい」
その声を合図に、レイラは敷地に入り、玄関の引き戸の前まで進むとチャイムを鳴らした。
帯人は、てっきり乗り込むとばかり思っていたので、冷静なレイラの行動にちょっと拍子抜けした。
が、内心安心をした。
◆あれ・・・?あれれ・・?あれれれ・?◆
「は~い。ちょっと待って下さい~」
チャイムに呼ばれて、中から女性の返事が聞こえてきた。
かなりアットホームな声である。
(あれ・・・? 何か、ちょっと雰囲気が違う)
レイラは拍子抜けしながら戸を開けた。
それと同時に奥から若い女性が現れて、笑顔で向えてくれる。
(あれれ・・?)
レイラは、躓きそうになるくらい拍子抜けをする。
「いらっしゃいませ」
礼儀正しく、背筋を伸ばし、足を揃えて礼をしてくる。
その女性は、見た目は二十歳前位なのだが、女の子と言う雰囲気である。
思わず彼女のペースに呑まれて、レイラも礼をしてしまう。
「お客様がいらっしゃいました~」
女の子は、奥に向かって大声を張り上げる。
礼儀正しい子供の様な対応が、いかにも可愛らしい。
すると、奥から年配の男が小走りでやって来た。
レイラと帯人は、顔を引き締める。
しかし、現れたのは江戸時代の商人を思わせる腰の低さと、嫌らしい揉み手をした男であった。
男は、レイラを見て、一瞬驚いた様に少し後ずさりをした。
この男にはレイラの青い炎の様な光が見えているのだ。
しかし、驚いたのはレイラも同じであった。
(この男、僅かだけど能力を持ってるわね)
レイラは、ほんの僅かな能力であるが、感じ取っていた。
「ようこそいらっしゃいました。大先生様」
男は、レイラの前に来るなり、いきなり土下座を始める。
額は完全に床を擦っている。
「あれれれ・?」
レイラは、思ってもいない男の行動に間抜けな顔で口をぽっかりと開け放ってしまう。
男は頭を下げたまま、女の子の袖を引っ張って座らせると、一緒に土下座をさせ、小声で説明をしている。
「・・・・・・。このお方は、大先生様である。頭が高い」
「はい」
「遥か頂上に君臨する・・・・」
「えっ?」
勿論、レイラにそんなことを言われる様な覚えは全くない。
驚いているのは、レイラの後ろにいる帯人も同じである。
いきなり訪れた先の悪党だと思っている男が、三つ葉青いの印籠も見せていなのに、レイラを見た瞬間、揉み手で土下座を始めたのである。
時代劇を見るような光景を目の前にして帯人は、レイラの凄さに驚いてしまう。
(きっと、きっとレイラさんは、その世界では凄いお方なんだ)
帯人は、一緒に行動している自分に感動さえ覚える。
そこに、次々に最初の女の子より少し年上の二人の女性が現れた。
「教祖様、この方は?」
と男に声を掛ける。
やはり、男は
「大先生様だ」
そう言うと、二人の女性もいきなり土下座を始めた。
予想外の状況に緊張をし冷静さを欠いていたレイラであったが、次第に気持ち良くなって来る。
それに伴って落ち着きを取り戻し、多少相手を見れる状態になってきた。
直ぐ様、集中をして4人の過去と未来を覗き込んだ。
いつもの集中が出来ない中でも、大まかな状況位は飲み込めた。
4人は、昨日秋多から引っ越して来ている。
男は、2年前に奥さんと離婚をしてから、彼の力である催眠術と巧みな話術で女性を騙しては、同居していたのだ。
つい3か月前までは、12人の女性と一緒に暮らしているのだが、何故か3人の女性を除き、皆、彼の元を離れてしまっている。
残ったのは、ここにいる3人だけである。
そして、今までは、女性に働かせて、教祖を気取り悠悠自適な暮らしをしていたが、男は既にこちらで仕事も決めている。
しかし、レイラが何度見直しても、3か月前には何も起こっては見えないのである。
ここだけが、見えてこない。
レイラは余り集中が出来ていないせいであるかと思い、次に移った。
奥にはこの中で一番年上の女性と、男の間に昨年生まれた子供がいた。
続いて未来を予報しようとした時に、奥から子供の鳴き声が聞こえて来た。
一番若い最初の女の子が、母親である後から来た女性を制して奥に戻って行った。
そこに、彼女といれ違いにさらに若い女の子が奥からやって来た。
それは・・・
それは
諸湖羅であった。
<つづく>
次回が12話の最後になります。