第12話 もえちゃんライバル出現(いんちき教祖の悪癖)
高田町商店街で予報を受けた、諸湖羅と帯人は帰り道に偶然出会い、仲良くなる。
二人は翌日に、来月入学する大学で会う約束をするが、それを妨げる出来事が起こった。
◆物想う春◆
春、3月・・・。
春という季節は、人の気持ちを顧みずに勝手に勢いよく右肩上がりに進んでしまう。
この時期、学生には1年の区切りを味わうブランク期間や、別れから新たな出会いへの待機期間が用意されている。
春休みである。
若く多感な頃は、この3月になると一年の反省を誘う、切ない大気に包まれてしまうことがある。
暖かさを取り戻し始める陽気に、自分だけが置いて行かれた様な気持ちになってしまい、その気持ちが、過ぎ去った一年間の後悔の念の後押しをしてくるからである。
こんな時、若さは多感なだけに、居た堪れない気持ちになり、かなりへこんでしまう。
だが、若き頃の回復力には、最後にアルファベットが付く栄養ドリンク等の援護は必要としない。
少しの気持ちを貰うことで特効薬となり、次の希望へとすり替えることが出来る。
偶に、ちょっとした気持ちの取り違いや錯覚でさえも、すり替わることもある。
一度、すり替わって上昇した気持ちの最終到達点は、圧倒的な身体能力を誇るキューバのバレーボール選手よりも高い。
今、18歳の青年の気持ちは、その最中であった。
◆将来は建築士◆
高田町商店街に程近い路地に二人の若い男女がいる。
共に、18歳の同じ年。
田舎から出てきたばかりで、友人がいないもの同士。
そして、高校時代にも周りのカップル達を横目で眺めるだけの彼氏も彼女もいなかった同士。
この4月から、同じ大学の同じ学部、さらに同じ学科に通う者同士。
・・・この時点ではお互い知らないが、将来目指すものまでが同じである。
気持ちが通ずるものがあった。
今、5階建てマンションの最上階のベランダから、頭上を襲って来た植木鉢の破片を肩を並べて拾い集めている。
二人の気持ちが、上昇気流に乗り高い位置で絡み合い、次第に二人を包む温かい雲を作り始めている。
春の日・・・
「あの~。すいません・・・。本当にすみませんでした」
「えっ、何がですか?」
控えめな女の子には、青年から誤られるようなことを受けた記憶はない。
「商店街で、あなたの予報の順番の邪魔をしちゃって・・・。楽しみにしていたみたいなのに・・・」
「ハハ、それだったら、いいんです。もう、充分に予報の成果がありましたから」
女の子は、立ち上がり、軽く体操をしてみせる。
「生きてます・・・。ね!」
首を横に傾げる。
その仕草が堪らなく可愛い。
「は、はい。間違いなく」
青年の心は一気に重症患者の様に熱を帯びてくる。声が少し上ずってくる。
青年は、話が切れない様にと思い咄嗟に思いついたことを口にする。
「確か、さっき今度大学に入学と言っていたと・・・。あっ、すみません。聞こえてしまいました」
「はい、そーなんです」
女の子は、隠すそぶりもなく嬉しそうに応えてくれる。
「もしかして、中稲畑大学ですか」
「はい」
「僕もです。来月中稲畑大学に入学します」
「はい」
おっとりとしているのだが、「はい」と言う返事だけは、言い慣れている様にハキハキとしている。
「”はい”って?」
「私も同じです。今度1年生です」
「ホントですか」
「はい、ホントです。偶然です」
意気揚々と田舎から出てきて、返り討ちにあったかの様に、少し孤独を味わっていたところだった二人は、一気に気持ちが盛り上がってくる。
「学部、聞いてもいいですか」
今度は、女の子から聞いて来た。
「工学部の建築学科です」
帯人が応える。
「はい」
はいと返事をしたと言うことは、さっきの流れから言うとまさか・・・。
「はいって、まさか同じと言うことですか?」
「はい、同じです。工学部建築学科です」
目と目が合ったまま話が続く。割れた植木鉢を拾っている手は、いつしか止まっていた。
「ホントですか」
「ホントです。偶然です」
「凄い偶然です」
二人の脳裏には、夢で見たような大学生活が頭の中を駆け巡り出した。
「名前・・・教えてもらっていいですか」
女の子から名前を聞かれるのは初めてであった。
帯人の心臓は胸が苦しい位にドキドキとしてきた。
「は、はい、伊知呉帯人と言います。あ、あの~お名前は」
「はい、加東緒湖羅です。”ガトーショコラ”って覚えて下さい」
「えっ?」
帯人は、雰囲気に似合わない積極性と、ちょっと変わった自己紹介に一瞬戸惑ってしまった。そして、
「プッ」
帯人はちょっと吹き出してしまった。それで、帯人の緊張も和らいできた。
「あっ、すいません。それって、ケーキのですか」
しかし、諸湖羅には全く気にした様子もなく、返って、ウケたのが嬉しそうである。
「はいそです。ケーキです。ケーキのガトーショコラです。帯人さんもイチゴタルトみたいで可愛い名前で・・・」
そう、緒湖羅は喋りながら帯人の顔色を伺い、途中で言葉を止めた。
「ごめんなさい」
諸湖羅は、帯人の顔を覗き込むように見上げる。
「なるほど、そうですね。ホントイチゴタルトに似てますね。初めて言われました。今まで気付きませんでした。ハハハハ」
帯人も気に等はしていない。ちょっと感心しただけである。
それよりも、常に人を気に掛けてくれる姿勢に、益々心は重症である。
その後も、お互いにその場から離れたくない気持からか、ゆっくりと割れた植木鉢を拾い集めながら幾つかの言葉を交わした。
「・・・」
「・・・」
慣れない初対面の形式ばった口調の会話で。
味わったことのない緊張感が新鮮に心に伝わる。
楽しい時間も、あっと言う間に落ちてきた植木鉢の破片の残数と共に、終わりを告げようとする。
1か所に纏めた破片は、後はマンションから降りて来た住人に任せた。
アパートの住人は、二人に怪我がないことに安心しながらも、しきりに謝っていた。
この後の帯人には、流石に今日直ぐのお誘いをする度胸もなければ、話術もない。
勇気を振り絞ってと言うか、このまま流れに任せて、連絡先を交換するのが精一杯の作業であった。
緒湖羅には、1週間前に田舎から出てきており、既に借りているアパートには電話があった。
帯人は、取り合えず、実家の電話番号を諸湖羅に伝えた。
二人は、明日、帯人がアパートを探した後に、諸湖羅に電話をして大学で落ち合う約束をして、その日は別れることになった。
帯人が何度後を振り向いても、緒湖羅は帯人に向かって手を振っている。
遠ざかる程に手の振りが大きくなり、最後には、両手を大きく振り出した。
帯人も後ろ歩きに大きく両手を振る。
いつもは、人目を気にする帯人であるが、不思議と誰に見られても恥ずかしくは無かった。
むしろ、みんなに見られることが嬉しかった。
◆悪癖◆
帯人と別れてからも諸湖羅の気持ちは、ポッカポッカのままだ。
自分が、世間の気温を3度位上げているかもしれない。そんな気持ちで、緒湖羅はアパートに向かっていた。
「あっ、マヨネーズを買うの忘れてた」
諸湖羅は、晩御飯の野菜サラダに使うマヨネーズを買い忘れてしまっているのに気づいた。
緒湖羅はマヨラーだ。野菜サラダにはどんなドレッシングよりもマヨネーズが一番だと思っている。
(どうしよう、今日は、野菜、炒めしちゃおうかな~。 あっ、そう言えば近くにコンビニがあったはず・・・)
緒湖羅は、高田町商店街とは反対方向で、さほど遠くないところに、コンビニエンスストアーがあることを思い出した。
”セブンイレポン”と言う全国で最も有名なコンビニエンスストアーである。
(確か、こっちの方にあったはずなんだけど。あれ?どこだっけな~)
ちょっと、広めの通りに出た所で、煌々と溢れでる光を発見した。
「あった!」
と喜んだ時だった、後ろから話掛けてくる初めての声音が聞こえて来た。
「高田町商店街を探しているのですが、教えてもらえませんかナ?」
振り返ると、そこには少し猫背で、繭尻の下がった清潔で優しそうな50歳位の男性が立っていた。
黒尽くめの服装がレイラと似ている。
「はい?」
ちょっと、驚いたが、諸湖羅は男性の雰囲気に安心をした。
「この近くと聞きましたのですが・・・」
「はい、ちょっと遠いですけど、この道を・・・」
緒湖羅は丁寧に道を教えてあげた。
「ご親切に、有難うございます。説明がお上手なので良く分りました。ありがとうございます」
ちょっと、考えた風に間をおいて、その男性は続けた。
「そこに、私の弟子の占い師がいるのですが、久しぶりに様子を見に行こうかと思たのですが、引っ越して来たばかりなもんで、まだ道が分らなくて・・・」
それを聞いて緒湖羅は絶対そうだと確信した。
「もしかしたら、”高田のはは”先生ですか」
レイラのことを尋ねられれ誇らしげな気持になる。
「ご存知ですかナ」
「勿論!今日予報して頂きました・・・」
「そうですか。頑張っているようで何よりです」
「あなたは、今年から、あそこの大学に入学ですか、若くて羨ましい」
男は、見た目から当てずっぽに言ってみた。雰囲気から、田舎から引っ越して来たばかりと判断しただけである。大学の名前も当ててはいない。
しかし、今日の緒湖羅はテンションが高い。
「凄い!流石。”たかだのはは”先生の師匠ですね!」
緒湖羅はすっかり信じ込んでしまった。
「良かったら、お礼に私も占ってあげましょう。弟子の所へは、明日行くことにしますから」
「ホントですか。嬉しいです!ありがとうございます」
男は、この瞬間の快感が堪らない。
自分の話術に次第に引き込まれて行き、そして、自分の手中に収まる。男はこの過程に異様なまでの興奮を覚えるのである。
男は、受注にハマった諸湖羅に心の中の感情を見せないようにしながら、真剣な目付を装い、諸湖羅の瞳を見つめる。
その仕草は、何度もやり慣れた行動の様に熟練されている。
緒湖羅は、引き込まれるような錯覚と、軽い眠気を誘われ、次第に気持ちを奪われていく。
(どうしたんだろう?何か変な感じ・・・)
男は少し難しい顔をしながら話しを始めた。
生と死後の話。人間の一番弱い部分を攻めるのである。
「あなたは、今の生活を続けていると残念ですが、死後、つまり次の果てしなく長い世界に行った時に、今の行動があなたに災いをもたらすことになります。何気なく暮らしているかの様でも、あなたは重大な罪をいくつも犯しています」
そんなことを言う。
「えっ、そうなんですか」
気軽に占ってもらった諸湖羅は驚きと怖さに震えてしまう。
「現代の人は、今のことしか考えていない。しかし、人間の一生は、無限に続く時の中では、瞬きをする時間にも満たないのです。
人間の魂と言うのは消滅することがなく永遠に続きます。当然、死後の世界の方が遥かに長いわけです。
その死後の世界と言うのは、生前の行動でほぼ決まってしまうのです。だから、生きている間は次の世界の為だけに生きなければならなのです」
もちろん、男がそんな道理を知っているはずがない。言っていることが正しいのであれば、諸湖羅には誰よりも楽しい次世界が待っていても良いはずである。
諸湖羅は、どう見ても周りの人たちよりも間違いなく真面目であり、思いやりもある。
今時珍しく、他人と自分を分け隔てなく行動ができる。むしろ他人を優先して考えてしまう位のタイプなのである。
男の理屈は全く通らない。
普通の状態であれば、信用しなかったであろうことも、今の諸湖羅は、信用を前提として男の話を聞いている。
すっかり男の術中にハマってしまった。
諸湖羅は、疑いよりも恐怖心が先に立ってしまった。
「人のかなりの数が、次の世界で、償いの苦痛にに生きることになります。このままでは、あなたも同じに苦痛の世界に生きることになるでしょう」
諸湖羅はの浮かれ気分はすっかり、どこかに吹き飛んでしまった。
「どうしたらいんですか」
「今からでも遅くはないのです。私と共に来て下さい。正しい生活をお教え致しましょう」
「えっ」
諸湖羅は、それでも無意識的に躊躇いを見せた。
顔を少し上げ、少し驚くような表情で、気持ち後ずさる姿勢になる。
「大丈夫です心配はいりません、お任せ下さい。私の所にはあなたの他にも3人の若い女性が生活を共にしています。彼女達を見て頂ければ安心することでしょう」
男は、さらに諸湖羅の瞳の中の一点をじっと見つめる。
そして、男は、諸湖羅の背中に手をあて、自分のところへ来るように促した。
「行きましょう」
「はい」
諸湖羅は頷くと、催眠が掛かった様にふらふらと歩き出した。
◆アパートのお隣さん◆
翌日、帯人は朝からそわさわだ。
まだ、暗いうちから目が覚め、何度も寝ようと試みたが目が冴えて全く眠れない。
結局6時には、ベッドから起きることになってしまった。
しかし、不動産屋の開店時間までには、まだ3時間もあるのだ。
狭いホテルで何もする事のない帯人は、宙に浮いたような心持で、部屋の中をうろうろするばかりである。
それでも、何とか、そこそこまで時間を費やすことに成功し、親宿駅前の大きな賃貸仲介のチェーン店に向った。
しかし、既に3月中旬である。
すっかり引っ越し戦線からは出遅れてしまっている、いい物件が残っているはずもない。
それでも、1件だけではあるが、そこそこ帯人の希望に叶うアパートがあった。
築15年、木造2階建の2階角部屋。洋室6畳+キッチン+トイレで、バスなしの3万5千円。
妥協線である。
本来であれば、直ぐに物件を見に行くべきである。
担当者も即決をしなければ、無くなってしまうと仕切りに進める。
しかし、帯人にとってはここはダミーである。
レイラの予報の2物件目の2つ目の紹介を受けなければならないのである。
何せ、昨日の植木鉢の落下事件から、”歴史は予報士によって作られて良い”と、決めたのである。
4年間過ごす所は、予報士によって決められべきなのである。
帯人は、担当者に”また来ます”と告げると足早に店を出て、次の不動産屋さんを探しだした。
すると、100mも行かない内に、小さな不動産屋さんを見つけてしまった。
つい、うっかり見つけてしまった。
そう思える、寂しい店構えである。
そこは、築何十年経っているのかと思わす、古ぼけた4階建ての小さなビルの1階に店を構えている。
帯人は、そこに入ろうかどうか迷いながらも、結局入り切れずに1度は通り過ぎた。
(ここが、あの予報師の言う2件目なのだろうか? いや、2件目に入った店と言う意味なのかもしれない)
そう思い、辺りを見回しても、その近辺には不動産屋さんは目に入らない。
再び気になって戻ってしまい、外から不動産屋さんの中を覗いて見た。
目が合ってしまった。
帯人の想像する不動産屋さんの店主のイメージとは、程遠い優しそうな眼付の店主らしき男性がいる。
元来気の弱い帯人は、目が合って黙って通り過ぎることが出来ず。
つい、うっかり店の扉を開けてしまった。
ここが2件目になったのである。
かなり年配の夫婦が経営をしている店であった。
他に従業員がいる気配もない。
夫人は、店主に輪を掛けて人の良さそうな顔で、にこにこと微笑み、帯人に所々穴のあいた応接用の黒い長椅子に座る様に促した。
味のしない色だけのお茶も出してくれた。
店主が、一応ファイルを持った、と言う雰囲気で向いの椅子に座ったが、申し訳なさそうな顔つきから、帯人には想像がついた。
(失敗したな~)
「学生さんかい?」
「はい」
「もう、いいところは残ってないんだよ。予算はどの位ですか?」
「出来れば、3万~4万円位にしたいのですが・・・」
「だと、ここ位かな~。3万円なんだけどね、古くて日当たり悪いんだよ。取り敢えず見に行ってみるかい?」
店主の紹介してくれたところは、繁華街の中にある木造築35年で、キッチン、トイレ共同と言うあまり見に行く気がおこらない物件である。
帯人は、(やっぱり)と思った。
「あの~、他にはないのですか」
そうである。予報が正しければ、次に紹介してくれるところが良いところのはずなのだ。
帯人は、期待半分で聞いてみた。
「後は、6万円以上のところばかりだね~」
帯人は、失敗したと思った。やっぱり、通り過ぎたまま戻るんじゃなかったと思った。
きっと、あそこは通り過ぎて次の不動産屋さんにいかなければならなかったんだ。
レイラの予報に合わせられなかった自分を責めている。
(今からでも、遅くはないかもしれない。そうだ、次行こう)
次へ不動産屋さんへ行く決心をし、
「すみま・・・」
と、言いかかった時だった。
プルルル、プルルル・・・・。
店の電話が鳴った。
「ちょっと、待ってて」
いつの間にか、夫人がいなくなっており、店主が受話器を取った。
店主の話声が気になる。
「あれ、空いた。急に引っ越しになったんだ。いつから住めるの?」
(あれ、何だろう。どっか空いんだろうか、でも期待はしない方がいいか・・・)
「一週間後。分った。今から行くから・・・。はい、・・・はいどうも」
店主が電話を切ると、先ほどまでとは表情が一変している。
「ちょっと、予算オーバだけど、4万3千円で、バス付きの南向き。ここはいいよ~」
「えっ」
「見に行くかい」
「はい」
(ちょっと、高いけど2件目だ。きっとそこがそうなんだ)
帯人はそう思った。
店主の車に乗せられて案内された先は、昨日、諸湖羅と別れて、彼女が向った方向である。
車が、諸湖羅が向った先に近づくと思うだけでドキドキと、鼓動が大きく頭に響いて来る。
窓から吹きつける風が、春を運んでくる様で、気持ちがいい。
「着いたよ。ここの2階の右から2番目。今日、引っ越しらしいんだけど、見せてくれるってさ。学生さん運がいいよ」
門に入ると、郵便受けが、2階に上がる階段のところに並んである。
帯人は何気なく、自分の見に行く部屋の郵便受けを見てみた。そして、隣に視線を移す。
何か、記憶にあるような文字の姿をしている。
(あれ?何だ、このドキドキ感)
何か信じ難い記憶と比較しようと頭が働いて来る。
よ~く見て、ゆっくりと読んで見た。
「加藤諸湖羅」
「?」
「か・と・う・しょ・こ・ら」
ぶったまげた瞬間、大きな決断の声を上げていた。
「ここに決めました!!!」
「はっ?」
不動産屋さんは、驚きの顔のまま固まっていた。
<つづく>