第12話 もえちゃんライバル出現(レイラVS講釈学生)
あみちゃん一家は、元の幸せな家庭に戻った。
3月と言うことで、学生の多い高田町には、新しい顔が目立つ。
今日の予報には、今年入学の学生二人がやって来た。
◆余韻◆
あみちゃん親子3人は、何度もレイラともえちゃんに頭を下げ、そして、高田町商店街を後にした。
通りのざわめきが、心地よいBGMとしてレイラを包み込んでくる。
そこに、突然!
「はあ~」
と、レイラの横から目一杯に大きく呼吸をする音が聞えてきた。
「んっ、何?」
驚いて横を見てみると、暫く黙っていたもえちゃんが、これでもかと言う位に胸一杯に空気を吸い込んでいる。
そして、胸一杯に空気を溜め込んだまま、暫く余韻に浸っている。
「ん~~」
だが、まもなく顔が歪んできた。
「もえちゃん、何してるの、早く息を吐かないと」
もえちゃんは、胸一杯に吸い込んだ空気を一気に吐き出すと、苦しそうに「はあはあ」と何度も呼吸を始めた。
レイラには分ってしまった。
もえちゃんは、この瞬間の風の匂いが消えてしまわないうちに、胸一杯に空気を感じ様としているのだと・・・
そして、記憶に残そうとしているのだと・・・
レイラは、もえちゃんの気持ちが嬉しくて、微笑が止まらない。
レイラも楽しんでいる。
今、もえちゃんの気持ちから湧き出してくる風も含めて・・・。
レイラと知り合う前のもえちゃんであったら、3人の幸せを素直に受け止められなかったかもしれない。
でも、今は違う。
もえちゃんは、この数か月の間に大きく成長している。
レイラによって心に出来た余裕が、もえちゃんを大きく成長させているのである。
それは、レイラにとっても同じである。
もえちゃんのおかげで、人としての余裕を持つことが出来る様になったのである。
レイラは思う。
もえちゃんは、この風の匂いを絶対に忘れることがないだろうと・・・
そして、いつの日か大人になって同じ風を感じた時に、この出来事を思い出すのだろうと・・・
二人は、幸せそうな3人の姿が消えるまでじっと見つめていた・・・。
◆もえちゃん吠える◆
靖子ちゃんと、澄子ちゃんは、予報屋さんの準備が終わると両手を大きく振って帰っていった。
彼女達の顔つきもいつもと違う。
きっと何かを感じているのだろうと、レイラは思う。
「さて、もえちゃん始めようか」
「うん」
もえちゃんが大きく頷く。
でも、今日の予報屋業を始めようとしたその瞬間、今までの気持ちをぶち壊す様な重く、うっとおしい空気がどんよりと流れて来たのである。
それは、今日の最初のお客さんである中背で細身のいかにも理屈っぽいと言う顔つきをしている、18,9歳位の青年が、重苦しい空気を背負ってやって来たからある。
レイラには、その青年の湧き出る自信と希望の行方が、まだ世間と合致していないように見える。
青年は、レイラに噛みつかんばかりの表情で、予報用のテーブルを挟んだ向かい側にあるお客さん用の椅子に腰を掛けた。
しかし、そんな表情とは裏腹に、椅子には結構、物静かに腰を掛けてくる。
そこに子供の頃からの性格の本質が伺える。
レイラは、この青年を根は気が弱いが、守られた場所さえ与えられれば人が変わった様に強気に出ると言う、公的に強く私的に弱いタイプと踏んだ。
苦手なタイプなだけに、ちょっと鬱陶しいなあと思いながらも、そこはプロである。
青年の対応の為、一瞬で彼の凡その過去を覗き見た。
青年は、高田町の近くにある中稲畑大学に今年入学の男子大学生である。
大学4年間を生活するアパートを探しに、田舎から一人出て来たのだ。
青年は、自分の理屈が誰よりも正しく、正論では誰にも負けない自信を持っている。
所謂、”講釈師”である。
高校時代の校内活動にも積極的に参加していた様であるが、ここ最近は受験の為に能書きをたれる機会から遠ざかっていた。
そこに、予報士と言う胡散臭い商売をしているレイラを見つけてしまったのである。
彼は、受験で我慢していたうっ憤を解消する相手を偶然見つけてしまい、思わず血が騒ぎ出してしまったのだった。
彼は、椅子に座るなりレイラに挑むような顔つきで、開口一番因縁を付けて来た。
「恥しくないのかな~?抽象的なことを言って、人を信用させ、お金をもらうなんて!」
いきなりの攻撃にもえちゃんは、目を丸くして驚いている。
「僕は、こんな人を騙す様な商売が許されることが遺憾でしょうがない」
頭をぽりぽり掻きながら嫌そうに喋りながらも、目付きは楽しげである。
「意見はご拝聴しました。それで、どんな予報をお望みかしら?」
レイラは既に彼の目的は見抜いている。
講釈青年の言葉等は、意に介したりはしない。
レイラも成長している。
カルシウムも十分に取っている。
笑顔だ。
だが、この笑顔が彼に少々火を付けた。
「予報なんて望んでないさ。あなたのやっていることが間違っているとを教えたい。ただそれだけさ。僕には15分の権利があるはずだ」
3時間で10人である。単純に計算すると、1人頭18分。恐らく入れ替えの時間として3分引いたのであろう。
ケチを付けられる穴を無くすためにである。
さすが、講釈師だ。
この主張に、もえちゃんは黙っていられない。
大好きなレイラが侮辱されているのである。それも一番尊敬している予報をだ。
気持ちは黙っていられない。しかし、黙っている。
少なくてもお客である。
もえちゃんも、それが分っているから我慢しているのである。
もえちゃんは、今にも噛みつきそうな顔で、青年に飛びかかるような姿勢を取っている。
でも、我慢する。
次第に血の気の良過ぎる顔になってくる。
「ぐるる、ぐ、ぐ、ぐるう~」
もえちゃんの我慢の器からはみ出た怒りが、犬が唸っているような声になって漏れてくる。
レイラは、もえちゃんを左脇に抱え、右手で頭を撫でて宥める。
講釈青年は続ける。
「100%譲って、その予報とやらが抽象的にでも100%いや50%当たるとしよう。しかし、前もって未来を人に伝えるのは、歴史を変えることになる。違う歴史が始まり、もしかすると生まれるはずの人が生まれなくなるかもしれない。そんなことをしてはいけないに決まっている!」
どこかで聞いた言葉に、飛躍した講釈を付け加えた言い分ではあるが、レイラは極力柔らかく答えた。
「そうね~、でも過去に行って未来を変えるわけじゃないんだから~」
「過去を変えるのと一緒さ!未来から見れば今日は過去なんだ。先が分ってやったら、それは一緒だ。そんな物事の理屈を深く追求しないで、商売をするのは世界を破滅させる!」
ある意味レイラの能力を肯定する方向で話は進んでいる。
レイラに取っては問題ない範囲であったが、もえちゃんの怒りは頂点に達していた。
クリスマスの時に鳴らしたクラッカーの様に、器から怒りが弾き出た。
それが、声となって飛び出した!
「ウ~、ワン!」
レイラは驚いて、もえちゃんをなだめる。
もえちゃんは、息を”はあはあ”させている。
レイラは、行き場のないもえちゃんの怒りを沈める。
「お手!」
もえちゃんがレイラの右手の上に右手を乗せる。
「お変わり!」
今度は、左手をレイラの右手に乗せる。
レイラは、もえちゃんの口の中に飴玉を放り込み、頭を撫で宥めると、もえちゃんは落ち着きを取り戻した。
レイラは、真面目に答えなければならない。そう思ったが、ちょっと疲れてきたので少しだけ驚かしてしまった。
「それも含めて、歴史かもしれないわね~。
あなたも、進路指導の斉藤先生のアドバイスで、中稲畑大学の受験を決めたのよね。
あなたは、第一希望に自信があり、受験する気がなかったわね。
でも、斉藤先生には、落ちるかもしれないことが予測出来ていたのね。
そう、斉藤先生の”予報”ね。
まあ、どの位の予測かは分かんないけど・・・。
それで、あなたは、中稲畑大学に入学でき、斉藤先生の”予報”に感謝しているのよね」
青年は、ずばりと当てられた。
そして、何よりも、斉藤先生と言う固有名詞もだ。
今、自分の理論も覆されようとしているのだが、驚きで反論の言葉も出て来ない。
彼の自信の牙城が揺らぎ始めている。
レイラはさらに続ける。
「ねえ、あなたの信頼している斉藤先生も予報しているのよ。
予報の仕方が違うだけでね。
余談だけど、例え過去に行けて歴史を書き換えることが出来たとしても、もしかするとそれも含めて歴史なのかもしれないわよ」
それから、レイラは語調を緩める。
「現在から、過去に行くとね、過去の方が順番は後になっているの。
つまり未来なの。
勿論、前回の歴史を変えちゃいけないと思って過去で何もしないのも歴史なの。
話がちょっとずれたけどね。
現在から見る未来の予測なんかは、誰でもが行ってることなのね。
もしかすると、あなたが大学に行く理由もあなた自身の将来の予報なのかもよ?」
講釈師の青年はわけが分らなくなって来た。
ただ、言い返せないのが腹立たしい。
乱雑に椅子から立ち上がるかと思いきや、そっと立ち上がり。これまた、そっと1000円を置いて後ろに下がっていった。
一応の礼儀は持っている。
でも、帰るそぶりもない。
真剣に何かを考えている様子である。
レイラは、つい調子に乗りすぎてしまい、適当な講釈で対抗してしまったことを少し反省した。
でも、もえちゃんは満面の笑みで喜んでいるし、犬から人間に戻っているので、良しとすることにした。
青年の主張する時間は後5分残っているが、青年が椅子に戻って来る気配がないので、レイラは順番を次に移すことにした。
次は、大人しそうな可愛い女の子である。
やはり、今年中稲畑大学に入学する様である。
入学シーズンか~。レイラは季節を感じる。
女の子は、先程からのレイラと青年のやり取りを真剣に聞いていた。
レイラは、半ば適当な事を言ってごまかしていたので、軽く聞き流して欲しいと思ったが、若さと言うのは真面目なものであった。
彼女は、目を爛々と輝かせている。
「引っ越をしてから、一週間毎日有名な”たかだのはは先生”のところに通いました。やっと予報してもらえます。凄く嬉しいです」
レイラは、”たかだのはは先生”と言う呼び名に恐縮と恥ずかしさを感じたが、もえちゃんが満足そうなので、聞き流して先に進むことにした。
「何の予報をしようかしら?」
「はい、大学生活についてお願いします。田舎を出て一人暮らしをするのことに、ず~っと憧れていました。どんなことが待っているのかをお願いします」
女の子は、元気に応える。
「分ったわ。大学生活ね」
レイラはニコッり笑うと、軽々とテーブルの上に飛乗る。
そして、いつもの様に、
”踊る、回る、ひねる”レイラの高田町商店街のテーマソングに合わせて舞う。
しかし、この動作も今では殆どパフォーマンスになっている。
集中出来ない様な状況や、範囲の広い難しい予報でなければ、今のレイラに取っては踊る必要は全くない。
黙っていても充分に集中は出来るのである。
それでも、きっちりとパフォーマンスを決める。
プロの予報士として。
締め技のガラスの浮き球を軸とした3回転半。もえちゃんにしか見えないが、青い稲妻が光り、そして、華麗な着地を披露する。
今日も観客からの拍手が沸き上がった。
彼女は、思いが叶った感慨に浸っている。
が、レイラの表情は浮かない。迷いが見られる。
(どうしよう!)
その表情に、もえちゃんの顔も曇る。
(また・・・?)
しかし、もえちゃんは弟子1号である。余計な声を出したりしない。
せいぜい”ワン”と吠える位である。
レイラも、普段は、あまり深く覗きこむことはしない。
青年にはあのように言ったが、具体的にあまり当て過ぎるのは、この世界にそぐわないことは認識している。
それは、歴史を変えるからではなく、予報をされた人間が色んなことで、有利になってしまうからである。
だから、何か危険なことが見つかりさえしなければ、余り驚かすような予報はしないのである。
それでも、お客さん達には十分な予報ではある。
だが、今回はちょっと首を突っ込んで未来を見た。あみちゃんの時の様に・・・。
勿論、それはただの予想ではなく、本当の未来が分る予報だからである。
レイラは、真剣な表情で話し出した。
「まず、これだけは絶対に守ってね」
彼女の表情も急に引き締まる。
「アパートに帰る時にね、道路の右側に白い5階建てのマンションがあるでしょ。
今日の帰りは、絶対にその横を通っちゃだめ。
左側を通ってね。出来れば違う道を通って。いい、絶対よ!!お願い」
お願いまでされてしまい、彼女は急に不安になってしまい、ゴクリと唾を飲み込む。
「はい、わかりました」
レイラは、迷ったが次の話をする前に”違う”話をすることにした。
レイラは、”その話”をする前に彼女の気持ちを知ろうと思った。
彼女の好みや、本当に望んでしることを。
でも、一番欲しかったのは、彼女にどのように伝えるのがベストであるかを、考える時間が欲しかった為かもしれない。
◆純粋で素朴な女子大生◆
レイラは彼女の話を聞いて結論を出した。
彼女は純粋である。人を信じ易く、低姿勢で、誰にも優しい。そして、普通の幸せを願い、普通の恋に憧れている。
レイラは自分の見たものが彼女にそぐわないと思った。
だから、彼女の道を変えることにした。
普通の人は、望まない道に向っていたから・・・。
「それとね・・・」
レイラが言いかけたときである。
ここで、講釈師の青年が、何を思いついたのかレイラに食ってかかって来た。
一番肝心なところで・・・
「歴史を変えることにはならないからと言って、”何を”やってもいい訳ではない!」
そんなことを言い出した。
当たり前のことである。
「全ての人が歴史なの。それは、全ての人がそのあなたの言った”何を”に当てはまるの。全ての人が考える予測がね。私の予報に限ったことではないの」
レイラは、青年に適当なことを言い過ぎたと反省しながらも、青年を言いくるめて早く女の子に肝心なことを告げなければと思った。
しかし、気の優しい女の子は、そんなやり取りが始まると、驚いて千円を置いて逃げる様に去ってしまった。
「あっ、待って!今日この後、絶対に占いをしてはダメ~」
と叫んだが聞こえたかどうか。
彼女は行ってしまった。
レイラは本当に頭に来てしまった。その頭に来て集中してしまった時に、彼の未来が一瞬記憶された。
レイラは、講釈に付き合うのは止めて、自分の伝えたいことを端的に青年に伝える。
それ以外の話をする気が全く無くなってしまったからだ。
「いい、あなたは明日アパートを探しに行くけど、2件目で2つ目に紹介されたところに決めること。
それで、文句があるなら、いつでもかかってらっしゃい」
レイラの先ほどまでとは違う、圧倒的な迫力におされた青年は、何も言えなかった。
「それから、今日さっきの女の子に会ったら、この後、絶対に誰からも占ってはもらわない様に言うこと。分った。絶対言うのよ!」
レイラは少し仕掛けて見た。
女の子がレイラの最後の言葉を聞いていなかったかもしれないから。いや、聞こえていなかったとしか思えない。
それが、青年の未来の一つの方向から分った。
そして、それは彼にも関係がある。
この先・・・。
だから彼にも仕掛けて見た。
だが、自分の言葉を全部伝え切れなかったのは、青年ばかりのせいではない。
正確には、”彼女の道を変えることに決めた”のではあるが、自分の考えに向かわせることがホントに彼女にとって良いのかと言う気持ちが、レイラの頭の片隅に残っていたのだ。
自分の考えをどこまで優先させるべきかを悩んでいたからでもある。
悩んでさえいなければ、その後のお客さんを放っておいてまでも、女の子を追いかけていたかもしれないのだ。
しかし、その踏ん切りが付かなかったのである。
◆秋多豆乳首あんパンセット◆
講釈師の青年は、目の前のレイラ、それともう一つ後ろからのオーラに圧倒されて、その場を離れて行った。
そこに、ノシさんが現れた、手にはお土産の様な物を持っている。
相変わらず、癒し系の顔つきである。
「レイラちゃん、お疲れ様。それと、もえちゃん。ハイ、これお土産」
もえちゃんにお土産を渡す。同じものをレイラにも渡してくれた。
「ありがとう。ノシさん」
ハモる。
もえちゃんは、無茶苦茶に顔を乱して喜んでいる。
「ノシさん、何処に行ってたんですか?」
レイラは聞いてみた。ノシさんは、珍しく今日は店を臨時休業にしていたのである。
「ちょっと、秋多の知り合いのところにね」
もえちゃんは、ここでお土産を開けようか迷っている。
「食べたかったんだ、”秋多豆乳首あんパンセット”」
「もえちゃん、家に帰ってから開けようね」
「うん、ノシさん」
レイラには、この二人の会話に引っ掛かることころがある。
「えっ、何? その”何たらあんぱんセット”て言う名前?」
「あれ、レイラちゃん知らないの?」
レイラは、”また出た”と思った。
もえちゃん得意の”あれ、レイラちゃん知らないの?”だ。
今日はもえちゃんに騙されないぞと、構える。
「レイラちゃん、疑っているようだけど、本当なんだ」
もえちゃんに代わって、ノシさんが応えてくれた。
「本当にそう言う名前何ですか・・・」
驚くレイラに、もえちゃんは胸を張っている。”ほらね!”と言いたげである。
「七面鳥レンジャーのみんなの分もあるから、明日店に来るように言っといてね。もえちゃん」
「うん。分った」
もえちゃんが、いつもより少し遅くまで残っていたのは、これが理由であった。
「ねえ、ノシさん。人って、他人から見て不幸なことを幸せと信じていた場合って、教えてあげた方が幸せなんですか」
レイラは、気になっていたことを不躾にノシさんに尋ねてしまっていた。
そこに、もえちゃんが応える。
「レイラちゃん。そんなの当たり前じゃん。不幸って言葉を、”しあわせ”と読んでいるのと一緒だもん」
「私もそう思うよ」
ノシさんの応えも、もえちゃんと一緒である。
そして、レイラはその後、悩みながら予報を続けることになった。
お客さんを放っておいてでも、女の子を探しに追いかけるべきかを・・・。
◆歴史は変わって当然だ!◆
講釈師の青年は、ホテルに戻る途中であった。
「あれ!さっきの・・・」
その途中で、偶然、ついさっきレイラのところで会った、女の子を見かけた。
買い物袋を持って、少し前を歩いている。
冷静になってから考えると、女の子に凄く悪いことをしたなと反省をしてしまう。
一週間かけて、やっと自分の番来て、あんなに嬉しそうだったのに・・・。
それに、結構可愛かった。大学も同じであった。
それでも、自分の行動を少しでも正当化しようと、青年は自分に言い聞かせるように頭の中で言い訳を続ける・・・。
女の子は大通りから、右の細い通りに曲がった。
青年は、自分のホテルと同じ方向なので、何とか女の子に話しかけようと思った。
そして、謝りたいと思った。
青年も右に曲がると、女の子は極端に通りの左側角を歩いている。
その様子を不思議に思いながらも、話しかけるタイミングを探っていた。
でも、形式的な場所ではなく、何も設定されていない自由な場面である。
しかも一対一となれば、気弱な性格が出てしまう。元来、内気なのである。
話かけられずに、ただ後を歩くだけである。
悩んでいる内に、通りの右側の白いマンションが青年の目に飛び込んできた。
「あっ!」
その時である。
マンションの上から、植木鉢が落ちて来た。
”ドシャ”鈍い音で、植木鉢が割れた。
「キャッ!」
女の子の驚く声が狭い通りに響き渡る。
女の子に当たってても、おかしくないタイミングである。
青年は、ゴクリと生唾を飲んだ。
女の子に当たらなくてホットする。
そして、レイラの言葉を思い出した。
”道路の右側に白い5階建てのマンションがあるでしょ。今日の帰りは、絶対にその横を通っちゃだめ。左側を通ってね。”
青年は驚きで”ハッ”として固まる。
女の子も驚いたまま暫し固まっていたが、植木に近寄り、割れた植木鉢を拾い始めた。
もしかすると、自分に当たっていたかもしれない植木である。
「大丈夫ですか~」
マンションの上から心配げな声が掛けられた。
女の子は、笑顔で頷き手を振っている。
青年は、その姿に惚れてしまった。
女の子のおっとりとした優しさに惚れてしまった。
自分の理屈っぽさが恥ずかしくなってきて、顔が赤くなっていくのが分る。
青年は、先程まで声を掛けられずにいた恥ずかしさも忘れ、女の子に駆け寄り、割れた植木鉢を一緒に拾い始めた。
自分でも驚く行動であった。
青年は、歴史が変わって本当に良かったと思った。
これも含めて歴史だと信じた。
そして、歴史は予報士によって作られても全然良いと思った。
何の問題も無くなっていた。
理屈等どうでも良くなっていた。
だが、レイラから頼まれていた肝心な言葉は、すっかり忘れてしまっていた。
<つづく>