第11話 ひとごっち(たかだのはは)
レイラは自分が”たかだのはは”と呼ばれていることを知り驚いた。
◆解決◆
ヒーローものや、刑事ドラマに憧れて警察官になった正義に熱い警察官二人は、子供達の話を真摯に受け止めた。
そして、地面に転がる銃刀や、全くの無傷のだいの大人達が、虚ろな目付で眠りから覚める光景に疑問を持ちながらも、迅速に事件を終結していった。
あみちゃんを初め、さらわれた少女達全員は、その日の夜には久しぶりに温かいぬくもりに包まれて眠りに付いた。
”さわやかりん金融”は摘発され、”萌ぽぽの会”は消滅した。
会の主催者、誘拐犯達は当然の如く全て逮捕された。
そして、翌日、茂人は自首をした。
しかし、黒い姿の女性の話は、誰の口からも出ることは無かった。
◆高級とんかつ屋のかつ丼◆
レイラともえちゃんが、丘を下り”サトーヨカッタ堂 北下沢店”の前まで戻って来た時には、陽は眩い白光から、オレンジ色に移りつつあった。
「もえちゃ〜ん。もうダメ、ふらふらー」
レイラの杖代わりとして支えているもえちゃんも、一杯一杯でふらふらだ。
「レイラちゃん、高級とんかつ屋・・・でなかった、食道はもう少しだから頑張って」
小さいもえちゃんには、細身のレイラを支えるのでも重労働である。
そこに、
(あれ?)
もえちゃんは、周りからの視線を感じた。
きょろきょろと左右を見たが誰もいない。
後ろを振り向いてみた。
いた~。
視線の持ち主は、少し距離を置いて、ぞろぞろと付いて来ている。
もえちゃんは嬉しくなり、一気に元気が出て来た。
レイラは、相変わらず半分眠った様に歩いている。
もえちゃんが、右手の親指と人差し指を「パチン!」と弾くと6人の子供達が一斉に近づいて来た。
「御苦労!」
と、もえちゃんが一言掛けると、みんなが声を合わせて応える。
「イッー」
その声に、レイラはお驚きのあまりピンと背筋が伸びた。
そして、世間の目が気になり周囲をキョロキョロと見回す。と、・・・直ぐ後ろにいたー。
小学生が沢山。
「あれ~みんな。どうしたの」
レイラも結構嬉しい。
「置いてけぼりだもんな~」
雄大くんが嘆く。
「そうそう。レイラさんも、もえちゃんも何にも教えてくれないんだも」
靖子ちゃんも不満そうだ。
もえちゃんにとっては、何故みんなにばれたのかが不思議である。
「どうして、分ったの」
と、もえちゃんが聞くと。みんなは、示し合わせた様にニコッと笑い、
「予報」
と答えてきた。
その言葉に、レイラも、もえちゃんもさらに元気が出る。
レイラの体は、もえちゃんに変わり6人の小さな体が支えてくれている。
周りの目がレイラに集まるが、レイラには気にならない。
でも、ホントは真希未ちゃんの背が高いことがちょっと嬉しい。
みんなでメイン通りをぞろぞろと行進する。
七面鳥レンジャー達はやっと参加出来て嬉しそうである。
そこに、もえちゃんは名案を思いついた。
目がピカッと、光輝く。
もえちゃんが、楽しそうに健太くんに耳打ちをする。
健太くんは、一瞬いやそうな顔つきになるが、もえちゃん隊長に言われると断る術がない。
健太くんは、しかたなく指示に従った。
「予報ではレイラさんが、かつ丼をごちそうしてくれるんだけど・・・」
当然、健太くんはちょっと遠慮がちではある。
しかし、言ってしまった以上は子供は外食好きである。期待はこもっている。
レイラは、七面鳥を見た瞬間から、薄々出費につながることを感じていた。
自分を入れて8人分の”かつ丼”は痛いが、今日はいい気分だし、大分お金に余裕が出来てきたので気持ちは大きくなっている。
「よ~し、ご馳走しちゃおうかな~」
胸を叩くとちょっとヨロケた。
すると、雄大くんが
「ハンバーグがいいなあ」
「ぼくもハンバーグがいい」
陽太くんもその意見に乗る。
(出たな、ファミリーレストランのハンバーグ好きお子様達~。来たぞ~)
と、レイラは思った。
さっきのもえちゃんの時と同じ様に、取って置きのハンバーグカツ作戦で蹴散らそうと思ったが、その前に、もえちゃんが立ちはだかった。
「ハンバーグかつでもいいの」
二人は、まあ揚げててもいいかと思い。
「うん」と、頷く。
「二人は、高田町大衆食堂のメンチかつ定食でいいんだって、二人をおいて、みんなでそこのとんかつ屋さんでかつ丼食べよう」
と、どんどんと、とんかつ屋さんに入って行く。
「待ってよ~」
と、雄大くんと陽太くんの二人もハンバーグを諦めみんなを追って店に入る。
いつの間にか最後に取り残されたレイラは、みんなの微笑ましさに目を細めていたが、小奇麗な店構えと、風格のある建物に気付き、横に細めていた目が、縦に細くなっていく。
「ちょっと待って、みんなそこは・・・」
”高そう”と言おうとしたが、既に遅い。
観念してレイラものれんをくぐるのだった。
高級とんかつ屋さんのかつ丼は美味しかった。
とても美味しかった。
みんなの食べっぷりも気持ち良かった。
きっとみんなも昼ごはん抜きで待っていてくれたのだと思うと、目頭も熱い。
が、である。
美味と感動の対価は、それなりに必要であった。
8人分6,400円
(8人になるって知っていれば、ラーメンにしてたのにな~・・・)
と、今更ながら思う。
ここまでを予想しなかった自分の”予報”の甘さにレイラは後悔した。
しかし、みんなはそのお礼にと、この後二人交替で3日間レイラの開店の準備を手伝ってくれた。
今日は、真希未ちゃんと陽太くんである。
最近はレイラの知名度もあがり、七面鳥達のご両親もレイラのところの手伝いでれば、たまにではあるが、午後7時まで特別に門限が許されるようになっている。
家庭によっては、親御さんがレイラのところまで迎えに来るのである。
◆私が、たかだのはは?◆
翌日の手伝いは靖子ちゃんと澄子ちゃんの当番になった。
二人は、前回と同じ様に開店の前説を行い、周囲の大人達からの視線や笑いを取り、得意げである。
レイラから見ても腕を上げたことが良く分る。
そう、結構面白いのである。
レイラが楽しんでいると、三人連れの親子がレイラの視界にそっと入り込んできた。
親子は、こちらに向って大きく腰を曲げ、お辞儀をしている。
それは、あの若い夫婦であった。
そして、その間で小さな女の子までが深々とお辞儀をしている。
あみちゃんだ。
3人の間から春の前線が温かい空気を運んでくる。
空気の感触も、味もレイラの心を揺さぶる様に感じてくる。
レイラも三人に向ってお辞儀を返す。
-少し感傷に浸る-
だが、良く見ると、少し離れた斜め後ろにもう一人いる。
四人連れだ。
もう一人は誰だろう?
良く見ると、もえちゃんも一緒にレイラに向ってお辞儀をしている。
その姿が可笑しい。
(もえちゃん、駄目だって遊ぶ場面じゃないんだから・・・)
と、思うが家族になり切って、真剣にお辞儀するもえちゃんが可笑しい。
笑うのを堪えるレイラの体内は一気に熱くなり、陽気な夏が来てしまった。
が、必死に気持ちを取り直す。
三人は、もえちゃんに案内される様にレイラの元にやって来て、再び深々とお辞儀をする。
今度は、もえちゃんはお辞儀をしないで、少し下がった位置で三人を見つめている。
レイラも三人に頭を下げた。
最初に、あみちゃんのお父さんが切り出した。
「ありがとうございました。お礼の言葉もありません」
「私は何も・・・」
「いえ、分っています」
両親が、あみちゃんに目をやる。
レイラは、あみちゃんが話してしまったのかな?と思い。あみちゃんの方に目を向けてみた。
あみちゃんは、約束を守った自信に満ちている。
「あみは、黒い服のおじさんが助けてくれたとしか、話してくれないのですが、私達には分ります」
レイラは、
(そっか、”おねえさんのことは内緒”としか言わなかったからか~。だからおじさんか~)
と思った。
あみちゃんの真意は分らないが・・・。
そこで、女性がバッグから1枚の写真を取り出した。
若い夫婦が目を合わせる。
「あっ!」
レイラも、気付いた。
この若い夫婦からあみちゃんを探す為にと預かった写真を、あの丘の上の屋敷であみちゃんに渡したままであった。
「いえ、ホントに私は予報をしただけですから」
そこに、もえちゃんが口を挟む。
「レイラちゃんは、不法~(もごもご)~侵にゅなんて~(もごもご)~してないよ」
レイラは、慌てて余計なことを言うもえちゃんの口を塞ぐ。
あみちゃんのお母さんが口を開いた。
「可愛いお弟子さんですね」
「一番弟子のもえと言います」
もえちゃんも、自身満々だ。
そこに前説を終えた、靖子ちゃんと澄子ちゃんがやって来た。
「四番弟子の靖子です」
「三番弟子の澄子です。よろしくお願いします」
何故か、四番弟子の方が前に出ている。
「お弟子さんは何人いらっしゃるうですか?」
もえちゃんが応える
「七人です。七人の鳥達が七面鳥として仕えております」
どこで、考えて来たのかレイラは頭が痛くなってきた。
しかし、若い夫婦は楽しげである。
「それは、レイラさん頼もしいですね」
あみちゃんのお父さんが続ける。
「さすが、”たかだのはは”、可愛いお弟子さんに恵まれていますね」
「あみは、八番目になるの?
あみちゃんもレイラの弟子になる気でいる。
だが、レイラは一つの言葉が気になり、そこで時間が止まっている。
「た、たかだ、たかだのはは?って、だ、誰?」
「えっ?レイラさんが、ですよね」
若い夫婦は間違ったのかと、顔を見合わせている。
あみちゃんも不安げに見上げている。
もえちゃんが応える。
「たかだのはは先生は、雑誌では前頭5枚目ですが、雑誌社の判断基準と情報力のなさに、先生はご立腹なのです」
と、適当なことを応える。
が、無視をしてレイラはもえちゃんに確認を取る。
自分に指を指す。
「私が、たかだのはは?」
もえちゃん初め、靖子ちゃん、澄子ちゃん、あみちゃん一家に、付近の人達も頷く。
レイラは、驚いた。
そして、叫んだ。
「私が、前頭西の5枚目の”たかだのはは”なんだ~!! なんだ!!!(こだまする)」
レイラの驚いたのは、名前のことよりも、雑誌に載っていたことだった。
「どうしよう、どうしよう」
レイラは、凄過ぎておろおろし始める。
「そうですよね、前頭なんて横綱、いや親方、私はもっと上の理事長だと思います!!」
あみちゃんのお父さんは、レイラを手放しで褒めるのだが、レイラは年老いた理事長よりも若い前頭西5枚目の舞の花のファンだった。
「いや、理事長よりは、前頭西5枚目の方が嬉しいかも・・・」
何せ、舞の花は人気力士なので、あみちゃんのお父さんも納得してしまう。
誉め間違ったと、照れ笑いを浮かべている。
「大きい声ではいえませんが、一番弟子さんのもえちゃんにはお世話になりました」
あみちゃんのお父さんは、レイラにだけに聞こえる声で話し始めた。
「もえちゃんが?」
「はい。多分、私達のがっかりする姿を見て、予報の終わる時間に来て直接レイラさんに頼む様にと教えてくれたのです」
レイラは、またもえちゃんのカンに驚いてしまう。
「本当にありがとうございました」
あみちゃんのお母さんが、ハンドバッグから封筒を取り出した。
「少なくて申し訳ありませんが、受け取って下さい」
夫婦が今まで渡しそびれていた、予報料金を渡そうとレイラに差し出す。
レイラにはお礼のお金が、中も見ずに5万円とわかる。
「それは、受け取れません。私は、予報屋です。予報しかしてませんから」
今度は、もえちゃんも口を出さない。
「いや、それでは私達の気がすみません」
再度、お金を渡そうとする。
「50回来て下さい」
レイラが言う。
50回分の予報代と渡そうとしている金額が合致しているので、夫婦は一瞬驚く。
が、そんなのは当たり前だと思う。
この人にとっては、たわいも無いことなんだと思う。
「しかし、50回来るのに何年かかるか」
今日の予報のくじ引きに来た大勢の人たちを見回す。
それを見てレイラは照れ笑いをする。
その時レイラは、思い出した。
必要経費があったのだ。今回はレイラに取っては、結構多額の費用が掛かっているのだ。
8人分のかつ丼代6,400円である。
レイラは、かっこつけた手前恥ずかしかったが、思い切って言ってみた。
こしを屈め小さくなりながら手を揉む。
「あの~それでは、必要経費として6,400円と言うのはどうでしょうか」
「ホントに、それでいいんですか」
「出来れば・・・」
若い夫婦も中途半端な金額、6,400円を不思議に思ったが、快く折り合いがついた。
レイラは、(良かった~)と心の汗を拭う。
それと同時に、もえちゃんも呟く。
「良かったな~」
もえちゃんは、初めての大きな事件に関わって、そしてそれが解決して、ほんとに本当に心からそう思った。
堪らなく、堪らなく、言葉に表現出来ない嬉しさが込み上げてくる。
しかし、レイラにはもう一つ気になることが残っている。
レイラは空を見上げ呟いた。
「ははより、妹が良かったナ。”たかだのいもうと”よね。やっぱり」
- 一瞬周りが静まる -
それを聞いたもえちゃんは、レイラにも乙女心があるのだと、腰を抜かしそうになった。
あみちゃんも、もえちゃんの真似をして、腰を抜かす振りをしている。
若い夫婦がクスクス笑う。
もえちゃんが。
あみちゃんが。
靖子ちゃんが、澄子ちゃんが。
周囲で聞き耳を立てていた人が。
そして、レイラが・・・。
・・・・。
親子3人で帰る後姿に、幸せをかみ締める表情が伺える。
人って後姿でも表情が分るのだともえちゃんは思った。
その日の予報は、ノリノリでいけると思ったのだが、一人目が、この4月に入学する男子大学生であった。
レイラの苦手な理屈っぽい若者である。
<つづく>
ひとごっちはこれで終わりです。
次回からは次の話に移ります。