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第11話 ひとごっち(瞳2)

事件が終わって、もえちゃんはレイラと上手く接することができない。

緊張してしまう。でもやっぱり・・・。

 ◆5歳の思考◆

 大人は、5歳の思考を子供と軽視する。

 それは、5歳の頃の記憶が殆ど無いからである。

 その頃、どんなことを考えていたのかを、忘れてしまったからである。


 でも、中には子供の頃の記憶を鮮明に覚えている人がいる。

 そんな人は、子供の思考を軽視したりはしない。

 色々なことを思って、考えていたことを覚えているからである。


 個人差が大きいのかもしれない。しかし、半信半疑ながらも、子供たちは一生懸命考えている。

 ただ、表現が下手な為に思考の深さが見て取れないだけなのである。



 レイラは、もえちゃんに頼みごとを伝えると大広間に戻った。

 屋敷の人間は、みんな見事に気を失っている。

 暫くは目が覚めないはずである。

 この屋敷で働いているお手伝いさんも夕方までは戻らないことになっている。

 

 レイラは、再び主犯者の中年男の前に立った。


 暫く男を眺めていたが、集中を始める。

 この男の予報をする為に。

 この男の目的を見る為に。


 男の過去を、そして、このままこの愚かな行いを続けた場合の未来を見る。

 青い稲妻が光り、レイラの脳裏には男の予報が刻まれて行った。

 

 だが、途中で止めた。

 これ以上は見れない。

 見ることが出来ない。

 そんな未来を自分の脳裏に刻み込まれるのが耐えられない。


 レイラに今まで抑えていた怒りが蘇る。

 体が熱くなる。

 自然に拳を握っている。

 拳を握った右手が震えている。

 左手で持っていた黒いエナメルのパンプスを手放す。

 そして、男の胸倉を掴もうとしたときである。


 後ろから気配を感じた。

 柔らかい気配を感じた。

 ((円らな瞳で)見られている。誰?えっ、子供?)

 

 レイラは、再び押さえ込んだ。

 怒りの表情を、憎しみの感情を。


 そして、右手の拳を解く。

 左手で、もう一度パンプスを拾う。

 

 飛びっきりの笑顔をレイラは作り、振り向いた。


「あ~みちゃん、お~はよ。起きちゃったのかな」

 ちょっと、力が弱かったのだろうかとレイラは思った。が、そんなはずはない。

 他の子はぐっすりと眠っている。


 同じ強さにしたはずである。それは、間違いない。

 この子の気持ちが普通の子と比べて、かなり強いと言うことなのだろうか?


 レイラは女の子に掛ける言葉を選びながら近づいた。

 レイラが近づくと、あみちゃんは、怯える様に後ずさりをする。

 レイラから遠ざかるように座っている位置がずれて行く。


 後ろ姿とは言え、見られてしまった。

 レイラの怒りの姿を。


「やだな~あみちゃん。な~んにもしないって」

 あみちゃんは、周りの倒れている人達を見回す。


「あ~あははは、大丈夫みんな寝ているだけ。あと、そうね~20分もしたら、みんな起きるはずだよ」 

 レイラは、子供向け番組のお姉さんの様に、大きな身振り手振りで説明をする。


「あ~、それとね。これ」

 レイラは、ポケットからあみちゃんの両親から預かった写真を出す。

 あみちゃんと両親の親子3人で写っている写真だ。


「これね見て、あみちゃんのお父さんと、お母さんから預かった来たの。あみちゃんを探して!って言われて来たんだから」


 あみちゃんは、写真を見ると、目に涙が溜まって来た。

「もう直ぐ帰れるからね~」

 あみちゃんを見ていると、レイラの目にも涙が浮かんでくる。

 レイラは、涙が零れそうになる前に、後ろを向いた。


 そして話を続ける。

 静かな、二人だけの空間が互いの心を近づける。


「あのさぁ~、あみちゃんは、5歳だよね」

「うん」

 あみちゃんが、小さく頷いた。

 初めて返事をしてくれた。  

 レイラは、鼻をすする。


「お母さんがいて、お父さんがいて、お爺ちゃんお婆ちゃんに親戚の人、近所の人に、保育園の先生がいるよね。

それにあみちゃんには、たくさんのお友達もいるよね。世界には色んな人がいるよね~。こんな人達もいるしね」

 レイラは、涙を拭いてから倒れている人たちに視線を向ける。

「どんなに優しい人でもね、全てが正しい訳じゃあないの。

反対にね、どんなに悪い奴でも全てが正しくない訳でもないの。こんな人達でもね」


 あみちゃんは、何となく頷いている。


「でさ~、どんなに優しい人でも全てを正しいと思っちゃいけないの。

もちろん、間違ったところを含めて好きになるのはいいし、信じてあげる心も大切なのね。でもね、全てを信じて委ねてはいけないの。

正しいか、正しく無いかをね、よ~く自分の目で見ないとね~」


 レイラの目が鋭くなる。しかし、目尻は笑っている。


「反対にね、悪い人でも、全てを否定しては、否定は難しいか~、そうね~全てを駄目と言ってはいけないの。

駄目なところだけを駄目と言ってあげなきゃいけないの。この人達にもね」


 さっき、レイラは殴ろうとしていたのだが、

(まあ、いっか気持ちよね)と、レイラは流した。


「あみちゃんが、この間からず~っと見てたのはね、たまたま続けて、人間の駄目なところばかり見ちゃったの。ちょっと纏まって見過ぎちゃったのかな~と思うの。

だから、あんまり驚かないでね。人を嫌いにならないでね。

こんなに続くことはそんなに無いの。その分これからね~、すごーくいいことをたくさ~ん見れるの。たくさんの人の優しさに巡り合えるの」


 じっとレイラの話に耳を傾けていたあみちゃんが、徐に応えた。

「うん、いま、合ってるよ」


 あみちゃんには、レイラの言うことが理解出来る。

 レイラの優しさに廻り合っている実感がある。


 レイラは、あみちゃんの言葉に涙が零れそうになり、後ろを向き鼻を「ぐすん」とすする。

 目尻を拭いて続ける。


「なかせるわね~、あみちゃん。あみちゃん分ってるわね~、安心!これから、優しいお巡りさんが来るの。

 勿論、お巡りさんだって、全てが正しい訳ではないのよ。

それは、幼稚園の先生だって、お医者さんだって、八百屋さんだって、宗教屋さんだって、サラリーマンだって一緒。

言っていることの中で正しいことを自分で選ぶの。

でも、今日来るお巡りさんは、ちゃんとみんなを助けてくれるし、悪い奴も捕まえてくれるから、そこは信用して大丈夫。

でも、お姉さんを正しいと選んでもらえなかったら、今言っていることも信じれないか~」


「信じてるよ、おばさん。自分で選んでしんじてるよ。」


 レイラは、また泣きそうになる。

 ちょっと引っ掛かるところはあるが、感極まる。

 鳴いた。

 いや、号泣した。

 思いがけない出来事に弱いレイラは、簡単に5歳の女の子に泣かされてしまった。


 ◆もえちゃんの猿芝居◆

 その頃もえちゃんは、無事に転ばずに公衆電話まで辿り着いていた。

 しかし、意外なところで苦戦していた。


 それは、もえちゃんが言っていることを警察が信用してくれないのである。

 もえちゃんが子供であるから信用してくれないのである。


 当然、名前は名乗った。

 偽名だけど”高樹めぐみ”と名乗った。

 住所も適当に応えた。

 その上で、丘の上の屋敷に、子供がさらわれていると何度も説明するのだが、信用してくれない。

 それが、もえちゃんには納得がいかない。


 早くしないとならない。レイラが待っているのである。


 でも、もえちゃんは思う。 

(レイラちゃんに頼まれたんだ。絶対に大丈夫なはずだ)

 レイラから頼まれたのである。

 絶対に警察が屋敷に行くはずである。

 方法はあるはずだ。


 そこで、もえちゃんは一か八かの芝居をすることにした。

 切羽詰った泣きそうな声で言う。

「あ~だれか来た~。追いかけてきた~。助けて~、ぐぐぐ、うっう・・・」

 そこで、もえちゃんは、口から受話器を離し、右手でコードを持ってぶらぶらとぶら下げる。


 電話の向こうでは、「もしもし、もしもし」と何度も騒いでいる。

 少し放置して、もえちゃんはニコッと笑うと、いきなり「ガチャン」と電話を切った。


「よしっと」

 多分、これで一応心配になって来るはずだ。

 そう信じ、もえちゃんは短い脚で大股の早歩きで屋敷に戻った。



 暫くすると、丘の下の方からサイレンが聞こえて来たので、もえちゃんは安心した。レイラと約束した自分の役目が果せた。

 もえちゃんは、門を右折した頂上に向かう道の電柱の影に隠れて様子を伺うことにした。

  

 ◆お別れ◆

 レイラの嗚咽が一段落した頃、サイレンの音が聞こえて来た。

「来たね」

「うん」

「いい~い、玄関で待っていてね。お巡りさんが門から入って来たら、”助けて~”って叫んで走って行くの」

「うん、分った。でも、あと二人違う部屋にいるの。」

「大丈夫。その女の子達のことも、若いお巡りさんに話してね。助けてくれるから」

「うん、わかった。ありがとう」


「ねえ、あ~みちゃん。分るわよね~。おねえさんのことは内緒よ」


 レイラは片目を閉じてから、淡いピンク色の唇に人差し指を立てて、軽く触れる。

 あみちゃんも唇に人差し指を押し当てて頷く。

 レイラの微笑みに、あみちゃんが満面の笑みを返してくれる。


「じゃあ、行くね」

 レイラは、あみちゃんの頭を撫でると、黒いエナメルのパンプスを手に持って窓から飛び出した。

 あみちゃんは、追いかけて窓の外を覗いて見たが、既にレイラの姿は見えなかった。


「いっちゃった」


 女の子はそう、呟いた。

 

 ◆もえちゃんは、そわそわ◆

 そわそわ、いらいら、もえちゃんは落ち着かない。


「レイラちゃん、何で出てこないんだろう?何かあったのかな」

 心配で、心配で堪らない。

 もえちゃんが電話を掛けに行ってから、結構な時間が経つ。

 

 背中を丸めて、電柱の影から門の方を伺っている。

「早くしないと、お巡りさんが来ちゃうよ」

「そうね」


「何かあったんだろうか」

「大丈夫じゃない」


「そうだよね~」

「うん?」

 もえちゃんに相槌を打つ人がいる。

 後ろに。


 はっとして、もえちゃんが後ろ振り向くと、ニコニコ顔のレイラがもえちゃんと一緒に背中を丸めて門の方を伺っている。 

「お待たせ、もえちゃん」


 もえちゃんは、レイラの顔を久しぶりに見たような気がした。

 涙が出そうになるが、遊ぶな~って、同時に怒りもこみ上げる。


 でも、何かいつもと違う。

 怒れない。

 レイラが遠い存在の様に思えてしまう。


 もえちゃんには、レイラの能力を一番認めていたのは、自分である自信がある。

 でも、レイラの能力は自分が想像していたものよりも、遥かに上のものであった。

 それで、もえちゃんは、いつもの様に話しにくいのである。


「もえちゃん。帰ろ」

「う、う、うん」

 

 もえちゃんが、坂道を下って帰ろうとすると、

「あっ、もえちゃん。そっちは駄目。ややこしくなるから。頂上まで行って、別な道で下りようね。ね」

「う、うん」


 もえちゃんからは、返事しか返ってこない。

 よそよそしい。


 周りに誰もいないのである。レイラは歩き出すと直ぐに、もえちゃんが横に来て、レイラの手を繋いでくるものだとばかり思っていた。

 それが、なかなか隣にやって来ない。

 振り向くと、もえちゃんはお淑やかに三歩後ろを静かに歩いている。

(あれ、もえちゃん、どうしたんだろ)


 レイラは、左手を、猫じゃらしの様に動かしてみた。

 もえちゃんが、飛びついて来るように。

 でも何故か、もえちゃんは、もじもじしている。


(あれ~、おかしいなあ~)

 と、考えていると疲れが襲って来た。


 力をずっと継続して使っていた疲れが、今になってやってきた。

 安心して、急激に疲れが襲って来たのである。

 レイラは、貧血の様によろけて、倒れそうになる。

 そこに、支える小さなつっかえ棒がある。


 もえちゃんだ。

 もえちゃんが支えてくれている。


 レイラは何か、凄く嬉しい。凄く安心する。

 温かく、ほっぺの赤いつっかえ棒が、レイラを支えてくれている。

 ズボンの膝が少し破けている。

 もえちゃんは、凄く頑張ったのだ。


 レイラは、それを見て、もえちゃんを抱きしめる。

 もえちゃんは、擽ったがっている。


「ねえ、もえちゃん。お腹減ったね」

「うん」

 もえちゃんの返事が元気良くなった。

 二人とも昼ごはんを食べないで頑張っていた。


「カツ丼食べようか~」

 もえちゃんは少し考える。

「う~ん、ハンバーグがいいな」

「ハンバーグ?」

 今度は、レイラが少し考える。

「ハンバーグカツじゃ駄目?」


 もえちゃんは、その心が何か考えてみる。

(ハンバーグにころもが付いていても、特に問題はないけど・・・何か意味があるのかな~)

「うん、いいけ・・・」

 (いいけど)と言いかかって気が付いた。

 もえちゃんは、ファミリーレストランのハンバーグセットを思い浮かべているが、レイラは、高田町大衆食堂のメンチカツ定食450円のことを言っているのだと。


「いや、カツ丼でいいや。うん、カツ丼で。だけど、北下沢で食べようよ」

「ははは、そうね」

 レイラは、もえちゃんにすっかり安くすまそうとしているのをばれたことに気付いた。

 

 でも、レイラは気付いていない、もえちゃんが北下沢のとんかつ屋さんのかつ丼が、高級であると言うことを知っていることを・・・。


 その頃、屋敷の門の前にでは、若い警察官二人がパトカーから降りたところだった。

 一人の警察官が、丘の頂上の方を見ると、大小二つの影が、くっついて歩いているのが見えた。

 特に何も気にはならなかったが・・・。


 <ひとごっち(たかだのはは)につづく>


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