第2話 レイラ初出勤で気落ち
いよいよ予報士としての初日を迎えるのだが・・・。
◆初 陣◆
レイラの体の中では、あらゆる神経から身震いするような刺激が断続的に発生していた。
半分の不安と、半分のドキドキが心の中で刺激し合いながら同棲している。
そんな感じをレイラは感じていた。
「う~っ! ゾクっ! 何だろ。」刺激にちょっと声が漏れる。
「興奮っていうやつかしら? 何か落ち着かない感じ」
すっかり暗くなった空を見上げ、レイラがちょっと興奮気味にハイになる。
自分が考え出して、自分で計画した仕事に向かう。初めての経験だった。自分でも何故こんなに度胸があるのか不思議にも思う。
しかし、全てが必然であるかの様に行動されていく。
そして今、初めての体験を目の前にして興奮を感じている。
大通りを北側に曲がって2件目、予報屋を始める為借りることになった直志商店の店先は、閉店の準備をしているところだった。
直志商店は、商店街のどの店よりも開店が早い。そして、閉店もどの店よりも早かった。
儲けのことを考えれば、閉店時間をもう少し遅くするべきなのだが、直志商店の店主ノシさん(愛称)曰く、生鮮食料品店は早寝早起き、早い開店早い閉店の方が新鮮な感じがして好感が持てるとのことである。
自分の店に自分が好感を持つことが、売上に直接影響するかは疑問であったが、自分の店を愛せることは羨ましいとレイラは思った。
レイラは、直志商店の店主であるノシさんに挨拶を済ますと早速、店横の物入小屋に向い、ノシさんに預けてあった小さなテーブルと、折りたたみの椅子二脚を出し、店先の大通り寄り側に運んだ。
ドキドキと心臓の音が身体の中に響き渡る。
いよいよ、始まるんだと思うと、何か少し恥ずかしくなって来て、笑いが漏れる。
「ウフフッ」
レイラは、3パターンの笑い方を持っている。独りで笑う時は控え目に笑うのだが、これが返って周りから見ると幽霊に笑われたような不気味な笑い方に聞こえてしまう。今の笑いは、その笑いだ。
テーブルを挟んで両側に椅子を置く。自分の描いていたイメージ通りに設置だ。
布製のバッグから水晶玉代わりのガラスで出来た浮玉と、予報士と書いた厚紙を取り出した。
厚紙は丸めて筒状にし、テーブルの上に置く。
改めて見ると貧乏くさかった。
周りの商店の看板を眺めて見ると、恥ずかしくなってしまう。家で作成した時は上手く書けたと思っていたのに、改めて比べて見ると全く小学生の展示レベルである。
プロって凄いんだ。自分も予報士としてお金も貰おうとしている。本当にプロとしてやっていけるのだろうか。
レイラが包まれていた心地よい興奮に、不安の気持ちが覆いかぶさって来た。少し重たく感じる。
「ちょっと重たいな・・・。いや、いや、ここまで来て弱気になってはいけないわ。絶対に大丈夫、絶対に成功する。」
レイラは、自分に言い聞かせる。
「看板だって、そのうち本当の看板屋さんに作ってもらえば良いわ。紙に書いたお手製の看板も本当に貧乏なんだから今は身分相応かな。問題は予報師としての内容よね。前向きに、前向きに」
気持ちがちょっと持ち直してきた。レイラは暗示にかかり易い。
きっと、色々な勧誘に出会うと、直ぐに騙され、その気になってしまうだろう。しかし、レイラは騙された中でもきっちりと何かしら成果を上げるタイプでもある。
続いてレイラは、ガラスの浮玉をテーブルに置こうとしたが、平行の取れていない地面に置いたテーブルにガラスで出来た浮玉では固定されるわけがない。
「あ~っつ!」 伸びのある大声が飛び出す。
当然の如く浮玉はコロコロところがる。
周囲の冷たい視線を浴びる。ノシさんは、店の中から顔を出す。
「おっつ」テーブルから落ちた浮玉を地面に落ちる寸前で受け止める。肘を地面に擦り付け擦り傷を作ってしまった。冷たい視線の周囲に、へらへらと愛想笑いをする。
「痛っ! あほだ~・・・恥ずかしっ」
つまらないことで、周りの冷たい視線を浴びてしまい、前向きを心がけていた気持ちが少し後ろ向きになる。
忘れようとしていた不安が心によみがえって来た。
「何か止めたくなって来たな~」
自分のイメージした姿が壊れてしまい、上手くいかない気がしてくる。弱気の虫が胸に一匹湧いて来た。
「レイラちゃ~ん」その時直志商店の入り口から声がした。
店の入り口から優しく呼びかける声が聞こえてくる。
凄く、やわらかい声だ。
店を閉め終えたノシさんが、入り口の引き戸を少しだけ開けてこちらを見ている。左手には白い布を持ってひらひらと振っている。
「これ、使うといいよ」
レイラの様子を伺っていたノシさんは、野菜の下に敷いていた布の中で、汚れていない物を外してくれたのだ。
「すみません。ありがとうございます」
走り寄ったレイラは白い布を受け取った。絆創膏もくれた。
「気楽にやるといいよ。あまり張りつめないで、気楽にね。大丈夫そのうち絶対成功するから」
ノシさんは、そうレイラに声をかけると、店の中に戻っていった。
「ありがとうございます」
気持ちが持ち返したレイラではあるが、ノシさんの”そのうち”と言うのがちょっと気になるところだった。しかし、聞き流すことにした。
「たまたまよ、言葉のあやだわ。きっと」
釣りの時の浮の様に浮いたり沈んだり忙しかった。
ノシさんから貰った、白い布を4つ折りにすると、20cm四方位で程良い大きさだった。テーブルに敷き、その上に浮玉を置くと、テーブルにくっ付けたかのように居心地良く納まった。
浮玉を見ていると、気持ちが盛り上がってきた。
「よしっと。これでよしね」
にっと、口を横に広げ笑みを浮かべる。
そして、1m位離れてテーブルを眺めて見る。首を横に傾げたり、引いてみたりして一番ひいき目に見れる角度を見つけて、
「まあまあかな」
気持が盛り上がってくると、ひいき目にも見れてくるし、都合が悪いものも目に入らない。
訝しげに見ている周りの視線等は、視界に全く入ってこない。
全くの自由人になっている。
レイラはテーブルを挟んで二脚置いた椅子の内、店側の椅子に腰を掛けた。
「さっ、始めるわ」きりっとした目つきで顔を上げ、前を見据える。
目の前を足早に行き交う人達が飛び込んでくる。
「あれっ」
何か、今まで想像していた景色と目の前の景色が結び付かない。何か威圧的で違和感がある。
実際椅子に座ってみると、歩いている人とは想像以上に目線が違い、見下ろされてしまう感覚になってしまう。
家でイメージしている時は、外から自分の姿を見ていたのである。しかし、実際の目線は逆であり、見上げるような感じで通り過ぎる人を見ることになる。
今更ながら気づいてしまい、萎縮してしまう自分がいる。
沢山着込んで来たのに風が冷たく感じる。
大通りを外れているとは言え、直志商店前は午後7時を過ぎてもそこそこに人通りはある。
だが、その殆どの人は見向きもしない。
たまに振り向く人は、見なかった振りをしたり、首を傾げたりして通り過ぎて行く。
見ないでくれた方がよっぽどマシとまで思えてしまう。
「13、14、15・・・」
レイラは気がつけば、通り過ぎて行く人数を数えている。
「折れてしまいそう」
二匹目の弱気の虫が頭の中に湧いて来た。身体が一回り小さくなっている気がする。
腕時計を見ると、まだ午後7時30分である。
「何時までいようかな」
全く、予報士と言う商売を始めたことが頭から抜けきってしまい、目的を見失い、我慢大会になっている。
行き交う人が、モニターの向こうの人の様に見えてくる。別の空間にいるような錯覚に襲われる。
「時間って長いんだな」
開業して30分しか経っていないのに既にくじける寸前である。
その時である。
そこに、レイラの前を一人の少女が通り過ぎる。小学2~3年生の女の子だ、何故かその子だけは、自分と同じ空間に存在しているに思える。
もしかしすると、座っているレイラと視線が同じくらいだからかもしれない。しかし、それだけではない様な感じがした。
レイラは女の子を目で追ったが、少女は大通りを左に曲がり直ぐに消えて行った。
小さい頃に、大好きなお客さんが家に遊びに来て、帰っていってしまったと時の様に、何か凄くがっかりしてしまう。
また、レイラは俯いてしまう。
時間はゆっくりと経過する。次第に大通りの人通りも少なくなって来た。
早いけど今日はもう帰ろうかと思ったところ。大通りとは、反対側の線路の方から、女の子が駆けて来る。
明らかにこちらを意識している様である。
外灯の明かりが人懐っこい目を映している。肩まで伸びた子供特有のさらさらヘアーが波を打つように後ろに流れる。赤い頬が可愛いい。
通り過ぎた後も、レイラの方を振り返るので、レイラは女の子に近づきたくて取り敢えずにっこりと一番自信のある微笑を向けて見た。
結果、呼び止めるところか、返って逃げるようにスピードを上げて走り去ってしまった。それでも、走りながらも二度こちらを振り返った。
確かにあれは振り返った仕草だった。
「行っちゃった」
肩を落としため息が出た。三匹目の弱気の虫がお尻の辺りに湧いて出た。(痒いかも。)
その後の時間はさらに長かった。
レイラは、孤独には慣れている自信があった。
しかしそれは、誰も近づいてくれなくても問題がなかったからだ。
今回違う。孤独のままであってはイケないのだ。道行く人から興味を持ってもらわなければならないのだ。
プレッシャーが常に付きまとう中の孤独である。独りであることに慣れれば良いのではなく、孤独に慣れてはいけないのだ。
興味を持ってもらわなければならないと言う中の孤独だ。
レイラは孤独の辛さを痛感させられてしまった。
結局お客さんは一人も来なかったが、それでもレイラは道行く人の無視と、疑わしそうな視線の中の孤独と戦い、午後10時までは頑張った。
それは、二度レイラの前を通り過ぎた女の子が、パワーくれたのかもしれない。
帰り支度をし、テーブルと椅子を物入れ小屋に仕舞おうと扉を開けた。そこには、野菜の入った袋が置いてあった。
袋の上には、「お疲れ様レイラちゃん」と書いた手紙が置いてあった。
3時間ぶりの孤独からの解放に目頭が少し熱くなる。弱っている時の優しさは、腹痛の時の正露丸よりも良く効く。
レイラは曇った視界で、テーブルと椅子を片付け、100円を置いて帰路についた。
◆復活の二日目◆
くたくただった。
たった3時間椅子に座っていただけなのに。
外の風に当たると結構疲れるものである。まして、冷たい世間の風は身体の芯から疲れさせる。
レイラは、アパートに帰って、野菜の入った袋テーブルの上に置くと、布団の上に倒れ込んだ。
あっと言う間に睡魔に襲われ、そのまま眠りについてしまった。
翌朝気がつくとコートを着たまま布団の中に潜り込んでいた。
「あれ?コート着てる・・・。そうか、そのまま寝ちゃったんだわ」
起き上がる元気もなく、そのまま布団の中で考える。
「たまたま需要が無かっただけ?・・・でも、全く興味を持ってもらえなかった気がする。見向きもされなかった」レイラは天井の一点を無意識に見つめている。
「無謀だったのかしら・・・」
レイラが起きようと横を向くと、視界にノシさんから買った?テーブルの上の野菜が目に入る。
「うん」
独り頷き、
「一日で諦めちゃだめね。きっと応援してくれているんだ」
それに小さくてお客さんにはならないけど、一人だけ興味を持ってくれた気がする。
小さくても一人いると言うことは、二人目は必ず何処かにいるはずだ。二人いれば、三人目だって・・・。レイラはそう思った。
それに昨日アパートを出る前に確かに稲妻がレイラの予報士として成功する姿を教えてくれた。
「でも、今回も自分のことは当たらないのかしら。いや、絶対絶対”青い稲妻”の予告は当たるわ!」
レイラは、独りで”青い稲妻教”を設立してしまった。
青い稲妻教の教えは、不安な気持ちをやる気と言う高波で包み込んでくれる。
すると、
「そうだ!」奇声を発した。
「予報士の意味が分らないのね、きっと!」
レイラは重かった体を軽々と動かし、”予報士”と書いて丸めた厚紙に”あなたの未来占います”と付け加えた。
これでは、レイラの目指す予報士と言う姿は全く姿を消し、完全に占い師になった。
しかし、そんなことに気を回す余裕はなかった。
復活したレイラは、野菜炒めで空腹を満たし、銭湯に行きサッパリ美人になった。いや、なったつもりで、午後6時45分再びアパートを出た。
リフレッシュされた2日目が始まる。
<つづく>