第11話 ひとごっち(人身売買)
幼い子のみを狙った組織的な誘拐の主犯を探すべく、そのキーとなる金融業者に、もえちゃんと親子の芝居をして踏み込んだ。
そして、全容が見えた。
◆潜入◆
東西方向に線路が走る親宿駅は、出入り口が南北に二つあり、その様相は大きく異なっている。
南口側は、公共施設や一般企業が多くオフィスビルが多数立ち並んでいる。それに対し、北口側は、
百貨店や大型電気店。それに、この地方最大の繁華街があり、商業的要素が高くなっている。
その親宿駅北口側の外れにある中央6丁目。そこは・・。
繁華街と言える華やさがあるのは5丁目までで、6丁目からは古びた低いビルと、郷愁のある小さな飲み屋さんが散在する程度であり、古くからの独特な味わいのある風景を感じさせるところである。
そんな、時代を少しだけ遡った様な趣のある街並みの一角に、気持ち良く辺りに馴染んだ3階建ての古びた小さなビルがある。
1階が剥き出しの駐車場で4台分の駐車スペースがあり、そして、その上の2階には、小さな金融業者が店舗を構えている。
そこが、問題の金融業者である。
店舗名の書かれている真っ赤な看板には、「お気軽融資で、らくらく返済」と言う、いかにも胡散臭く感じられてしまう文句が添えられている。
今、このビルの前に母一人、娘一人の一組の親子が立っている。
「もえちゃん、いい?さっき説明した通りで、お願いね」
「はい、ママ」
頬っぺを真っ赤にして、可愛く返事をする姿が愛くるしい。
もえちゃんは、家を出てからずっと、親子ごっこを楽しむかのように可愛い元気な子になりきっている。
レイラは、本当に大丈夫なのか今一心配である。
もえちゃんは、子供離れした賢い子ではあるが、遊び心が旺盛過ぎるのだ。
レイラには、もえちゃんのどこまでが本気で、どこまでが遊びなのか今一掴めないところがある。
レイラの推理と予報からでは、もえちゃんとの親子芝居が一番確実な方法であると結論付いたが、もえちゃんを見ていると、ちょっと心配になって来てしまう。
今回は、レイラ自身が直接関係する予報からの行動なので、ただでさえ不安を抱えているのである。
レイラは、自分自身の予報になると、欲や願望、悲観と言った感情が入ってしまい、今一客観的に予報が出来ず、殆ど当たらないのである。
「もえちゃん、ホント大丈夫?」
「はい、ママ」
引き続き元気がよく可愛い、良い子の返事である。
完全に、なりきっている。
大丈夫かなぁ?と、不安気な顔をでビルの中に入るのをためらっていると、もえちゃんから声を掛けてきた。
「レイラちゃん、心配いらないから行くよ。レイラちゃんなら大丈夫だよ。出来るよ」
先程までとは打って変わり、普段の声でレイラを励まして来た。
レイラの心配とは、反対にもえちゃんは、レイラを心配しているのである。
もえちゃんの手に引っ張られて、ビルの入り口へとレイラは向った。
「あ、あ、そうね。大丈夫よね」
もえちゃんは、レイラが緊張していることを見抜いているのだ。
レイラは、予め予想していないこと、特にその中でも一度も経験したことのないことに対して極めてあがり症なのである。
金融業者の中に踏み込むことに対しては問題ない。ただ、お金を借りたことがなければ、借りる演技などしたことがない。
レイラは、お金を借りると言うことに異常に緊張しているのである。
レイラが、ちょっと不安になっているのを、もえちゃんはずっと分っていた。
もっとも、ずっと繋いでいた手が震えているのだから。見抜かれても当たり前ではある。
レイラは、もえちゃんの手に引っ張られ、ゴクリと唾液を飲み込むと、気を引き締めた。
「じゃあ、メグちゃん、入るわよ」
「はい、アイ子ママ」
親子芝居は、レイラが高樹愛子で、もえちゃんが 高樹めぐみちゃんである。
二人は、入口の扉を開けて中に入る。
ジンワリと湿気が伝わってきそうな、狭い階段を昇ると、1畳程の踊り場に曇りガラス入り口が一つだけある。
ガラスには、店舗名が書かれている。
”さわやかりん金融”
じめじめした階段には似つかない名前だとレイラは思った。
レイラは、心臓の鼓動を宥めながら入り口の扉のノブを回す。
部屋の中は、以外にも爽やかな空気で満たされており、少なくてもカウンター附近はこざっぱりとしていた。お金を借り易い雰囲気が演出されている。
さすが”さわやかりん金融”と、迂闊にもちょっと関心してしまった。
野球で言えば、80kmのションベンカーブの後に、さして早くない120km程度の直球を投げられると、直球が凄く早く見える。
そんな感覚で爽やかに見えたのである。
何となく、レイラも肩の力もぬけて、落ち着きを取り戻してきた様な感じになる。
このギャップを与えるのが、ここの罠なのかもしれない。
カウンターには、薄い爽やかブルーの制服姿の若い女性が1人で座っている。
女性の後ろはパーテーションで仕切られており、その奥には数人の気配が感じられる。
「野暮ったいのが、向こうに4、5人いるようね」
レイラは、本来の目的の意識が飛ばない様に、自分に言い聞かせる様に呟いた。
「いらっしゃいませ」
女性から声が掛けられた。
制服と声からは感じは良いが、髪型や化粧、目つきからは心臓に生えた毛が目に浮かんでくる。
こんな女に負けるかと思うが、初めて飛行機に乗るために空港に行った時の様で、どうして良いか分からない。
目が泳いでしまう。
レイラの心臓は、まるで頭の中にあるかのように前頭部に響いてくる。
気が付けばレイラは、逆にもえちゃんに手を引かれカウンターの前に向かっていた。
もえちゃんは、慣れているように見える。
(まさか、梢さん・・・)
レイラは、余計なことはさておき、思い切って切り出した。
「あ、あの~お、お金を、かかし、貸して欲しいのですが」
頼りないレイラの言葉に、
(レイラちゃんって、度胸があるのか、あがり症なのか全然わんないな~・・・)
演技ではなく、素で緊張しているレイラを心配そうにもえちゃんは見上げる。
レイラは、カウンターの椅子に座り、女性から用紙を渡され記入を始めた。
名前と住所は準備してきた。家族構成も。
本人 高樹愛子 30歳、
長女 高樹めぐみ(もえちゃん) 9歳
次女 高樹あき(架空) 5歳
住所 原葉駅附近のアパート
職業 スナック昌枝(第10話で閉店した)で働いていることに。
その他、適当に記入した。
で、10万円の融資を依頼した。
「お願いします」
レイラは、女性に用紙を渡した。
「少々お待ち下さい」
と言いった女性は、レイラの記入した用紙を持ってパーテーションの後ろに下がって行った。
レイラに取っての一番心配していた大仕事が完了した。が、まだレイラからは緊張が見て取れる。
顔が能面の様に無表情になってる。
しかも、慣れないものに記入した疲れがどっと出ている。
「ママ、よ・ほ・う」
一方、もえちゃんはレイラの子供になり切っている。
「ああ、そうそう、そうよね」
駄目だ、どうしよう。レイラちゃんの緊張を何とか取らないと。
もえちゃんは、考え・・・。いや、考えるまでも無かった。答えは一つである。
もえちゃんは、歌い出した。
得意のきょんきょんの歌。
”やまとなでしこ七面鳥”
♪やまとなでしこ七面鳥 砂肝レバーに かわ つくね♪
♪やまとなでしこ七面鳥 屁が出るね 金でない♪
クリスマスパーティーの時の替え歌だ。
小声で歌っていたのに、パーテーションの後ろまで聞こえたのか笑い声が聞こえて来る。
そんな恥ずかしさよりも、レイラはもえちゃんの歌唱力に驚いた。
レイラは、てっきりもえちゃんは、史上最悪の音痴だと思っていた。
今ままでのもえちゃんの歌はそうであった。
しかし、今までの様にリズムも音程も目茶苦茶に外れた歌ではないのである。
むしろ誰にも聞かせたい位に上手い。
レイラも次第にもえちゃんの歌に乗っていく。
心臓も、ゆっくりと田舎暮らしに慣れたような、のどかな鼓動を取り戻す。
大丈夫だ。予報ができそうである。
そこに女性が戻って来た。
「めぐみちゃん。お歌は止めましょうね」
レイラは目で、もえちゃんに大丈夫と言う合図を送る。
もえちゃんは、それに笑顔で答える。
「はい、ママ」
「あちらで、もう少々お待ち下さい」
と言われ、三方をパーテーションで囲まれた狭い打ち合わせスペースに案内され、もえちゃんと二人きりになった。
ここなら、集中がし易い。レイラは思った。
そこにもえちゃんが、もう一度レイラ支援の歌を歌おうと、いきなり小声で題名を言い出した。
「きょんきょんの”援交天国”」
「もぇ」レイラは言い直す。
「めぐみちゃん大丈夫よ。ありがとう」
「じゃあ、きゃんでぃーずの”焼酎でお見舞い申し上げます”で」
「めぐみちゃん、ありがとう。ホントもう大丈夫だから」
レイラは冷や汗顔で、もえちゃんがこれ以上乗り過ぎないように宥めた。
レイラが平常を取り戻したと分ると、笑いを取りに来る危険性があるからだ。
もえちゃんは、新作が披露できなくて残念であったが、目的を達する為に涙を飲んだ。
それでも、もえちゃんは、鼻歌で真面目にレイラの後押しを始めた。
レイラはパーテーションの影から少しだけ見える女性に集中する。
女性以外のことを頭の片隅に追いやり、無心になる。
そして、青く光った。
それを見てもえちゃんがニコリと笑う。
「お待たせしました」
まもなく、女性に代わって30代半ば位の男性が現れた。
一見温和そうな雰囲気をつくろうとしているが、目付きまでは隠せない。
先程の女性の様に”何でもやりまっせ”と、目が語っているようである。
男は、やんわりとレイラの、いや、架空の高樹家の話を伺ってくる。
レイラの仕事や、家計の事情等を探ってくる。
しかし、本心は余り興味が無いのである。
それは、レイラにも見てとれる。
今までの話は前振りで、この先が彼の本当に聞きたい話なのである。
話は架空の子、5歳の女の子”あきちゃん”の話に移っていった。
「めぐみちゃんも可愛いし、高樹さんのお子さんだったら、あきちゃんも可愛いのでしょうね」
「まあ、そうですね。その辺の子とはね・・・(比較にならないわね)」
レイラも演技に入るが、実在しない子供とは言え、褒められると満更でもない。素直に自慢げな演技が出来る。
「遺伝と言うのかしら。ホホホ」
男は、レイラの自慢げな顔に嬉しそうにニヤッと笑う。
そして、もえちゃんにも確認をしてきた。
「妹のあきちゃんは可愛いでしょう」
「もちろん。保育園で一番可愛いよ」
「そうなんだ。一家揃って美人さんなんだね」
男はさらに嬉しそうな表情で、それとなく、あきちゃんの現在の所在の確認をしてくる。
レイラには、既に受付の女性からの予報で、この男の行動は見えている。
レイラの当初の予定通り、架空の子”あきちゃん”に食いついた後で、レイラたちが帰ると、あの主犯の男、茂人を闇競馬に誘って誘拐を促した男に連絡をするはずである。
レイラは、あきちゃんは今、近所の家に預かってもらっており、そこの家の子と遊んでいると告げた。そして、いつも近所の子と二人で、お互いの家を行き来していると、餌もぶら下げた。
即ち、子供だけで外に出ることがあると・・・。
男はレイラの話に満足をし、融資の話に移ろうとしたところに、すっかり飽きた顔をしているもえちゃんが、
「ママ、疲れた、お外行っていい?」
本当なのか、演技なのかレイラには分らない、そんなことを言い出した。
問題はないはずである。
女性から行った予報では、もえちゃんとの接触はないはずである。
レイラは、
「遠くに行かないでね、車に気をつけるのよ」
一応演技で送り出した。
もえちゃんには、このビルの前に着いた時に、駐車場にあったゴミ箱から少しはみ出している気になる色のものが見えていた。
緑色の模様がある紙袋。
それを確かめたかったのである。
もえちゃんは、ジンワリと湿気が伝わってきそうな、狭い階段を降りると、駐車場のゴミ箱に向かった。
ゴミ箱の傍まで近寄る必要はなかった。
独特な緑色の大きな鳥が”良かった、良かったと頷いている”様に見えるマーク。その緑色の嘴がはっきりとみて取れた。
そんな袋は、あのスーパー以外には有り得ない。
もえちゃんは、駐車場のゴミ箱の中から「サトーヨカッタ堂」の袋を取り出すと、店舗の確認をした。
”北下沢店”
間違いない。最近出来た3階建ての大きな店舗である。一度行ってみたかったお店である。
もえちゃんのカンも働いて来た。
レイラは、男と話ながらも出来るだけ、情報を得ようと集中を図った。
話しながらなので、あまり過去を見ることは出来なかったが、どうやらこの金融業者は直接誘拐に関わっておらず、4~5歳の可愛い女の子がいる家庭の紹介をしているだけの様であった。
どうでもいいことなのだが、レイラは、身分証明に健康保険を提示することで、5万円を特別に融資をしてもらえることになった。
1ヶ月以内の返済であれば、通常の利息であると言う落とし穴付きである。
明日、保険証を持って行き、お金を受け取る約束であるが、もちろん、レイラは保険証など持っていなし、融資を受ける理由もない。
目的は、茂人に誘拐を促したあの男との接触である。
レイラが要件を済まし店舗を出て階段を降りると、もえちゃんがビルの柱に持たれて待っていた。
もえちゃんは、何も聞いてこなかった。
何も聞かなくてもレイラの表情で分る。
目的は達成したと・・・。
レイラは、もえちゃんを家まで送り、梢さんにお礼を言うと原葉駅に急いだ。
あの男を見つけるために。
◆遭遇◆
男は、アパートを探していた。
今日、女の子をさらえば明日には間に合う。
茂人がさらえなかった一人を補うことが出来る。
本来は自分の手を直接染めたくはないのだが、明日までには時間がない。
自分が誘拐をするより他なかった。
しかし、金融業者からの連絡にあった場所には、確かにアパートはあるのだが立派なアパートで、話に聞いている貧相なもではない。
アパート名も少しだけ違っている。
表札で名前も確認した。
高樹愛子が住んでいると言う101号室のみではない。1階から3階までの全ての部屋を確認したのだが、近い名前すらもなかった。
電話でもう一度確認をして見たが、間違いはない。
「嘘の住所か」
今時、嘘の住所でお金を借りられると思っているのかと思うと腹立たしかった。
すっかり振り回されてしまったと思った。
男は何とか自分の気持ちを納めて帰ろうと、白い車に乗ろうとしたときである。
後ろから首筋を軽く掴まれた。
掴まれたと言うよりは、軽く触れられただけだった。
それだけだった。
しかし、動けない。
身動き一つ出来ない。
それどころか、声も出ない。
体が冷たくなってくる感じがする。その中で、冷や汗だけが背中を伝わり始める。
そんな時間が30秒程も続いただろうか。
首筋を触れていた手が離れた。
離れても暫くは金縛りにあった様に動けない。
金縛りが解けた後で気付くと半分眠っているような状態であった様な気がする。
僅かな時間と思える半眠から覚めて、急いで後ろを振り向いた時には人影すらなかった。
男は、狐につままれた様に不可解なまま、帰路についた。
一方、原葉駅では美しい人影がひとり電車を待っている。
シルエットのみでも、美しいと分ってしまうその女性は、親宿行きホームの一番後ろの角に佇んでいる。
黒い上下に包まれたその女性の傍には、誰一人と近づいて来ない。
それどころか、目を向けることさえ憚られた。
怒りのオーラを纏った女性。
予報士レイラ。
人間の未来を予報する予報士。
レイラは、見てしまったのだ。
子供をオークションにかけている未来を・・・。
◆確認◆
その夜、直志商店(八百屋さん)前で、もえちゃんは今日のレイラの予報屋さんの準備を終えようとしていた。
もえちゃんは、さり気無くレイラに聞く。
「明日、一人で大丈夫なの」
「大丈夫よ。任せておいて」
レイラは胸を叩く。
もえちゃんは、レイラにカマをかけた。
5W1Hの中で、一つだけカンが働かない一つ”いつ(When)”のカマをかけたのだ。
それに、レイラが応えた意図は、分らないが・・・。
<ひとごっち(怒りと震え)につづく>