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第11話 ひとごっち(親子芝居)

若い夫婦の行方不明になった女の子は、さらわれていたことがわかった。

それは、幼い子のみを狙った組織的な誘拐であった。

レイラは、解決すべく調査と予報を積み重ねるのだった。

その結果、もえちゃん達の活躍もあって、次第にその輪郭が見え始めていった。


 ◆手掛り◆

(茂人さんは、若い夫婦の女の子はさらっていないのね。でも、既に一人の子を・・・。弱さゆえに・・・か・・・)

 レイラには、過去の事実から茂人の人物像までが見えていた。そして、未来も・・・。


 レイラは予報を終えて、心を整理し、ゆっくりと目を開ける。

 そして、俯いたままの茂人に言葉をかけた。


「ありがとう・・・。」

 レイラの言葉は、お礼から始まった。


 茂人は、レイラの能力を信じた上で予報をさせてくれたのだ。

 過去も含めて全て見られることが分った上で、初対面のレイラを信じたからこその決断であった。

 

 レイラが、茂人を見つめる。

 真剣な眼差しに、茂人は圧倒される。

 これから、レイラから発せられるだろう言葉を恐れて、茂人の手は汗ばんでくる。

 そこに、レイラが


「いい、とにかく直ぐにここを離れて、遠くに逃げること!」


 その言葉に茂人は驚いた。

 非難されることも覚悟をしていた。

 辛い未来を告げられることも覚悟をしていた。

 それなのに、いきなり助けようとする言葉が飛び出した。

 驚いて、上手い対応が思いつかないまま、正直な怯えの言葉が口から漏れた。


「でも、まだ借金が・・・掴まって、何をされるか・・・」


 先程までの強気を装った表情とは打って変った、素直な感情をレイラに見せてきた。

 茂人は、その先のレイラの言葉を期待しているのである。


 レイラに助けを求めているのである。


 レイラは驚いた顔つきで、素直な茂人の怯えをティシューに包みこんで、自治体指定の半透明のごみ袋に放り投げる様に簡単に撥ね退けた。


「借金?」

 レイラは不思議そうな顔つきで首を傾げる。そして、

「もう返してるわよ。どんだけ返すつもりなの?」


 茂人と、菜摘はレイラのいとも簡単に言ってのける言葉にポカッと口を開けたままになってしまっている。

 レイラは茂人に対して、逃げる度胸をつけさせる為に、捕まることへの恐怖心を捨てさせたかったのである。


 レイラには見えている。とにかく茂人にとって、明日がまずいのだ。

 そして、レイラは知っている。こうなった原因は、全て茂人の弱さであることを。


 茂人はハートが弱いが故に、その時その時の一瞬の自分の感情で、物事を選択のし易い方を選んでしまう。

 茂人は人より様々な恐れに対応して、適応なれるのが遅いだけなのだ。

 時間をかければ、生きていく上での様々な恐れに慣れていける。

 レイラには、茂人の未来にそれを見て取ることが出来ていた。

 

 決して、怠け心で仕事を放棄している訳ではないのである。



 茂人も最初は、精力的に仕事を探していたのだ。

 自動車工場を退社してからは、求人広告から探したり、街中を歩いて張り紙を探したり。

 その度に、ドキドキしながら訪問してみようとした。


 しかし、自動車工場で受けた虐めに加え濡れ衣で、社長と喧嘩をする破目になっての退社・・・。

 それが、頭にこびり付き、なかなか門をくぐることが出来ない。

 勤めた先の人が、どんな人であるかが心配で、中を覗いては逃げてしまう。

 そんな日が続いていた。


 結局、菜摘のバイト料での細々とした生活だった。

 

 そして半年位前のことだ、街中をぶらぶらしている時に声を掛けられた男に誘われ、さして乗り気ではなかった。それなのに、暇つぶし程度のつもりで競馬場に行ってしまった。

 そこで、不運にも茂人は多少勝ってしまった。


 調子に乗った茂人は、男に誘われるまま闇競馬に首を突っ込んでしまった。

 そして、負ければ負けるほどにハマってしまった。

 

 ギャンブルの怖いところである。


 一度いい思いをしてしまうと、後は、負ければ負けるほど熱くなる。

 言いかえれば気持ちが入り込んでしまう。

 決して楽しい訳ではないのだが、楽しい時と同じ気持の高ぶりを覚えてしまう。


 茂人は、安易な気持の高ぶりに依存してしまった。

 そして、いとも簡単に持ち金が無くなり、言葉巧みな男に乗せられ男に借金をしてしまった。


 競馬の終了後、茂人は男から優しく慰められながら、金融業者からお金を借りることを促された。

 男から借金をした負い目で、直ぐに金融業者からお金を借りることに同意をしてしまった。

 弱い茂人は1日またせて、菜摘に相談することが出来なかった。


 男に簡単に貸してくれると言う親宿の金融業者に案内され、そこで借りたお金で男に10万円の借金を返済した。


 その後も、借金の返済の為と言う建前を自分に設け、闇競馬にハマってしまった。

 勝ち負けを繰り返しながらも、次第に借金が増えて行った。


 それでも実際に借りた金額は、50万円には満たない金額である。

 それが、見る見る内に利息で100万円の借金になってしまった。


 茂人が騙されたと思った時には既に遅かった。

 これ以上ギャンブルで返済するのは、無理なことは茂人にも明白である。

 しかし、今更菜摘に言うことは出来ない。

 

 次第に金融業者から暴力混じりの激しい取り立てに会うようになった茂人に、闇競馬に誘った男から、お金を手に入れる話が舞い込んで来た。

 男への借金は返している。借りているのは金融業者である。


 それなのに、一転して金融業者への借金を持ち出し、追い打ちをかけるように脅す様な口調で迫って来た。

 男に対して、恐怖が走った。

 茂人の弱い心が、その場のみの安易な方を選択してしまった。


 それが、幼い子供を誘拐する話である。

 1人を誘拐をして、指定場所に連れて行き、引き渡すことにより50万円と言うわけだ。

 2人の誘拐が必要であった。


 そして、追い詰められて、昨日1人。ついに手を染めてしまった。


 二人の誘拐の期限に対して、脅迫的に追い詰められた茂人は、連日で誘拐を計ろうとしていた。

 もし、レイラが公園から立ち去っていれば、その前に”全国占い師番付”の雑誌を買っていなければ、二人目が今日の公園の少女あずちゃんになっていたはずなのである。


 レイラは茂人に続ける。

「不当な利息を払う必要はないわ。それに一度誘拐をしてお金をもらったかもしれないけれど、次にくれる保証はないわよ」

 そうなのだ。一度誘拐をした罪を武器に茂人を脅して、誘拐を続けさせる罠である。

 「そんなことって・・・」

「もう、あなたは50万円返してるの。それで充分」

「でも、直ぐに追いかけられて・・・」 


「大丈夫よ、直ぐに摘発されるから。それまで逃げてて」

「だ、大丈夫なんですか?」

「もちろん。でも、真剣に逃げるのよ。大丈夫と言ったからと言って、絶対にたかを括らないこと」


 茂人は、もう手を染めなくて良いと言う予報で安心したところで、急に自分の行ったことの罪の重さに襲われた。

 人間の心理かもしれない。自分が守られて余裕が出来た瞬間から、他人に対しての気持ちが戻ってくる。


「女の子が・・・」

 しかし、レイラはそれを攻めようとはしない。なぜならば、この後、この二人は真っ当な生活を送る。未来が、そう見えているから。


「それも、任せて。きっと助けだすから」

 レイラが胸を張る。まだ見えない部分が多いのだが。

 しかし、二人を安心させるように、簡単に言ってのけた。


 この二人の為にも、若い夫婦の為にも絶対に助け出さなくてはならない。


 現時点で、さらわれたと分っているのは、昨日の夫婦の女の子、茂人がさらった女の子の2人だ。しかし、公園の少女あずちゃんから予報した、あずちゃんがさらわれた場合には、あずちゃんの他に3人がいた。

 だとすると、もう1人いるはずである。


 あずちゃんからの予報では、その子は、あずちゃんの後にさらわれて来ていたはずである。


 茂人は2人の子をさらう様にしか男から言われていないのだから、あずちゃんをさらった場合は、役目を達成している。

 1日や、2日の期限で、もう一人をさらえと言うことにはならないはずである。


 だとすると、茂人の他に強要された誘拐犯がいるはずである。

 あずちゃんがさらわれなかったことによって、最後の一人の子がさらわれなくなる可能性は低い。

 むしろ、人数が減ったのだからその逆である。


 そして、今の茂人からの予報では、男自信が子供をさらった奴と直接している。

 そうなると、必ずもう1人の幼い子がさらわれる。

 そして、茂人をハメた男が遭遇するはずである。

 そこを捕まえなければならない。


 『何としても!』 

 レイラは、固く決心した。


 レイラからの気持ちを受け取った茂人も決心した。

「ありがとうございます」

 茂人は、逃げる決心と共に、深々と頭を下げ素直にお礼を言った。

 菜摘も一緒に頭を下げている。


 二人は、レイラに予報料の千円を支払うと、急いで踵を返す。

 そこをレイラに呼び止めたられた。


「あ~ちょっと待ってね、言い忘れたわ。自首をするなら3日待っててね」

 二人は、頷くと急いで帰路についた。


 レイラは呟く。

「ちょっとだけ見えたかな。早く、闇競馬男やつを・・・。あずちゃんからの予報では明後日に何かがあるはずよね。それまでに見つけないと」


 ◆人の親2◆

 その日の後の予報は、普段通り平和な予報であった。

 やはり、若い女性達からの恋の予報の依頼が依然として半分以上を占めている。


 そして、その日も帰りの準備を終えようとしていた時だ。

 昨日の若い夫婦が、レイラの帰りを待っていたかの様にレイラの元に近寄って来た。


「こんばんは」

 と言う男性の声がレイラの耳に届いた。

 振り向くと、深々と頭を下げる若い夫婦がいた。


「あっ、こんばんは」

 レイラの見た目からは、幾分ではあるが昨日よりは、若干足取りがしっかりしている様にみえた。

 少し気を取り直しつつはある様ではある。

 しかし、表情にはかなりの疲れが見てとれる。


 二人が喋る前にレイラから切り出した。

「もう少し時間を下さい。きっ・・・・」

 ”きっと見つけ出します”と言いたかった。

 言いたかったが飲み込んだ。


 迂闊なことを言って、安易に喜ばすことは出来ない。

 見つけ出せない可能性もあるからだ。

「頑張ってみます」

 レイラは言葉を言い換えた。


 しかし、二人にはレイラのニュアンスが正確に伝わったようだ。

 顔つきに希望が見て取れた。

 だが、二人もレイラの気持ちを受け取り言葉を選んだ。

「宜しくお願い致します」

 深々と礼をして、レイラに女の子の写真を預けた。


「もしかすると、意味が無いのかもしれませんが」

「言え、助かります」

 レイラは、力強い笑顔を返した。

 レイラには、二人からも笑顔が見られた気がした。

 

 今日は夜空は星の数が多く見える。


 ◆出動!七面鳥レンジャー◆

 今日は、日曜日である。

 もえちゃん達の小学校は当然休みである。レイラの予報屋も今年からは休みにしている。


 もえちゃん達小学3年生7人は、早朝から児童公園に集合していた。

 昨日、レイラとあずちゃんが遊んでいた公園である。


 顔ぶれは去年のクリスマスパーティーに結成された、レイラちゃんを助ける”七面鳥レンジャー”の面々だ。


 それぞれの自前の自転車を公園の隅に一列に並べ、もえちゃんと向え合わせになり、6人が一列に並んでいる。

 顔には不釣り合いのおもちゃのサングラスを掛けて探偵気分である。


 何やら、もえちゃんが熱弁を振るっている。

「・・・と、言うこで、きっと次は、原葉駅はらっぱえきと親宿駅の間の伐木駅ばつきえき辺りで次に事件がおこるのだ」

 

 もえちゃんが、何を決めつけているかと言うと、次に誘拐犯が現れる場所である。

 もえちゃんは、あずちゃんの後もまだ、誘拐が続くと思っているのである。

 そして、その犯人が、昨日の若い夫婦の女の子をさらった犯人だと言うのである。


 もえちゃんには情報があった。

 まず、昨日さらわれそうになった、あずちゃんは、この公園の近所である。

 さらに、もえちゃんの学年の1年下、2年生の男の子の妹が行方不明になり、昨日先生から気を付ける様に注意があったのだ。

(七面鳥レンジャーの面々は知らないが、昨日予報に来た茂人がさらった子である。)


 そして、昨日の若い夫婦から、もえちゃんはそれとなく、親宿駅の二つ向こうの原葉駅はらっぱえきから来ていることを聞いているのである。


 もえちゃんは、同じ犯人が伐木駅近辺で、また女の子をさらうと信じているのだ。

(実際には、一人の犯行ではないが。)

 全くの決め打ちであるが、これがもえちゃんの恐ろしいカンである。


「そこで、これから二班に分かれて、伐木駅近辺のパトロールを開始するのだ」

 意気盛んなもえちゃんに雄大くんが水を差した。


「でも、もえちゃん。先生も気を付けるように言ってたのに、そんな遠くまで行っていいのかな」

 雄大くんは、恐る恐る意見をしているので目が踊っている。

「却下」

 もえちゃんは、理由もなく簡単に雄大くんの意見を退けた。

 雄大くんはしゅんとする。


「それでは、1班は、フラミンゴの真希未副隊長に、ひばりの靖子ちゃん、すずめの陽太くん、うみねこ雄大くん。2班が、七面鳥のもえ隊長に、カラスの澄子ちゃん、コンドルの健太くん以上。」

 もえちゃんは、いきなりの思いつきで、みんなの名前の前に鳥の名前を付けて呼んだので、みんなはびっくりである。


 そんな中で澄子ちゃんだけは、おっとりとした口調で適応している。

「ねえ、もえちゃんカラスはやだな~。なんか、ずる賢いっていうか、縁起が悪いっていうかイメージが良くないって言うか・・・。変えて欲しいんだけど」


「でも、他に暗い鳥って何あったっかな~。・・・そうだ、ふくろうだ。ふくろうの澄子ちゃん」

「え~ふくろう」と言いかけたが、もえちゃんの口が膨らみかけたので、飲み込んだ。


「何か質問はありますか」

 もえちゃんの声に、もう、意味のない異論は全く出ない。

 みんな諦めがついたようである。


 もえちゃんから、注意が告げられる。

「じゃあ、さらっている現場を見つけたら、良く目を凝らして色んなところをみること、そして、深追いはしないでみんなに連絡をすること」

 もえちゃんは、知っている。レイラの予報の特徴を。

 今までの予報から、レイラに何が見えて、何が見えないか。

 

 例え、見たものを記憶出来なくても、見たと言う事実があれば、レイラはそれを見ることが出来る。

 後は、レイラがその記憶を拾うかどうかの問題だけである。


 もえちゃんは、一番レイラの予報に接している。それも、ただ接しているだけではないのである。

 レイラの全てを残らず観察しているのである。


「それでは出動!!」


「うん」

「OK]

「わかった、もえちゃん」


 それぞれが、勝手な返事をする。もえちゃんは、それがちょっと気にいらない。

「返事は”イー”にしよう」

 七面鳥レンジャーのみんなはしょうがなく、「イー」と返事をして、自前の自転車で伐木駅に向って出動した。


 一方レイラは朝から競馬場内に向っていた。

 茂人を闇競馬に誘った男を探しにである。

 競馬場も伐木駅から、徒歩で10分程度のところにあるのだ。


「おー、おー凄い凄い。走ってる、走ってる」

 レイラは、馬の走っている姿に興奮を覚え、気を惹かれながらも一生懸命探した。


 常連さんぽい人の隣に座っては、普段はタブーとしている個人情報を覗きこんで男を探した。

 ファンファーレのリズムを予報の後押しにして・・・。


 しかし、どんぶり飯の中に紛れ込んだウジ虫は、あまりにも馴染んでいて見つからなかった。


 その頃、七面鳥レンジャーの面々も疲れ切っていた。


 ―― 午後3時半過ぎである ――


 七面鳥のもえちゃん率いる2班と、フラミンゴの真希未ちゃん率いる1班が、定時待ち合わせをしている駅裏から100m位離れた公園には、先に1班の面々が到着していた。


 なんと偶然にも、途中で偶然フラミンゴの真希未ちゃん率いる1班は、競馬場からの帰りのレイラと出会っていた。


 身体の大きな真希未ちゃんは、レイラを自転車での後に乗せて、いっしょに公園に来ていた。

 レイラは、二人乗りが苦手であった。


 一方、七面鳥のもえちゃん率いる2班は、精力的なもえちゃんに引っ張られ、フラミンゴの真希未ちゃん率いる1班以上に疲れきっていたが、諦めずに捜索していた。


「もえ、いや七面鳥隊長。そんな簡単に見つからないよ」

 健太くんは、もえちゃんの気合いに疲れて来て、ついついボヤキも出てしまう。


「うん~。おかしいな~」

 もえちゃんは、それでも自分を信じている。

「もえちゃ~ん。そんなにさ~焦らないでさ~」

 澄子ちゃんは、口調はマイペースであるが、相当疲れている。


 もえちゃんは、少し考える。


「うん、わかった。少し休んでから公園に戻ろう」


 もえちゃんも諦めようと思った。


 その時だった。


「もえちゃん、あそこ見てよ」

 健太くんが小声で、もえちゃんに話しかける。


 薄茶色に枯れたセイタカアワタチ草が密集している藪を挟んだ向こう側に、2台の車が間隔を詰めて縦に並んでいる。


 3人は、腰を低くして藪の隙間から息を潜ませ向こう側を覗き込む。

 後ろに止まっている車の後部座席から、小さな女の子が手を引っ張られる様に外に連れ出されるのが見えるのである。


 女の子は大きなマスクを付けている。

 もえちゃんは、そのマスクからガムテープの様なものがはみ出ているのを見つける。

「見て」

 もえちゃんが小声で健太くんと澄子ちゃんに知らせる。

 澄子ちゃんと、健太くんもじっと固唾をのんで動向を見つめる。


 そして、もう一方の白い車のドアが開き、女の子が乗せられる。

「澄子ちゃん、公園に行って1班のみんなに、レイラちゃんに知らせに行く様に言って」


「うん、わかった」

 澄子ちゃんは、静かに自転車に戻ると、急いで1班の待つ公園に向かった。


 もえちゃんは、全てを見逃さない様に、瞬きもせずに見つめた。

 その時、もえちゃんは、女の子が乗せられた白い車の中にあったスーパーの袋が目についた。

「北下沢のサトーヨカッタ堂の袋だ」


 一度行ってみたいと思っていた、最近出来た大型スーパーの袋である。

 独特な緑色の大きな鳥が、”良かった、良かったと頷いている”様に見えるマークが特徴である。

 少位離れていても、色で分ってしまうデザインである。

 そのスーパーは3階建てで、食品の他にも衣類や雑貨と、デパートの様に何でも売っているのである。


 ヨタヨタとふら付いている女の子は、白い車に乗せられると、2台の車は親宿方面に走って行った。


 もえちゃんと健太くんは、藪を隔てた2台の車の後を追ったが、大通りに出たのを確認するのが誠意一杯であった。


 女の子を乗せた車は親宿方面に向い、もう1台は、反対方向へと別々の道に消えて行った。

「行っちゃったね」

「うん・・・」


 もえちゃんと健太くんの二人が立ち竦んでいる所に、真希未ちゃんの自転車に乗って猛スピードで、レイラがやって来た。


 二人の前でブレーキをかけ、2つの車輪を横滑りさせて、さっそうと登場した。

「あっ、レイラちゃん」

 もえちゃんは、レイラが来た早さに驚いて、目がまん丸になっている。


「もえちゃん、女の子を乗せた車は?」

「親宿の方に行っちゃた。レイラちゃんどうして?」

「真希未ちゃん達と公園の近くで会ったの」


 もえちゃんが公園の方を見ると、やっと1班の面々が、こちらに向かっているのが見えて来る。

 陽太君の自転車を真希未ちゃんが乗っている。良く見ると、真希未ちゃんの後ろに陽太君がしっかりとしがみついている。


「もえちゃん・・・」

 レイラがもえちゃんに確認を取る。

「わかってる。ちゃんと見たから」

 レイラの望んでいることがもえちゃんにはわかる。

 レイラは、もえちゃんが目撃した手がかりが欲しいのだ。


 ただ、いつものレイラとは違って見える。

 もえちゃんには、凄く焦っているのが手に取る様にわかってしまう。

 

 レイラが、もえちゃんと健太くんを覗こうと目を閉じた時だ。

 もえちゃんが、いきなり大真面目にレイラに提案をした。


「レイラちゃん。予報の為に歌うから聞いて」

「えっ」

 レイラの顔だけが、ズッコケル。

 今のレイラは集中しきっている。決して緊張状態ではない。


 過去を見るので、”予報”と言うのもちょっと違っているのであるが。


「もえちゃん。分るわよね。大丈夫よ。歌わなくても」

 と、レイラは心の中で思うのだが、レイラには真剣な表情のもえちゃんの行為を、何か無に出来ない様な気持ちが走ってしまう。


 実際直ぐに車を追いかけたいところで、あまり見つかる可能性は変わらないこと位は、もちろんレイラも分っている。

 ただ、焦らずにはいられなかった。

 そこに、もえちゃんがちょっと水を注した。


「じゃあ、歌うね。”派手姿五反田娘”」

「はっ?」

「レイラちゃん知らないの?きょんきょんの歌~」

 また、出てしまった。もえちゃんの替え歌である。昨年のクリスマスの時にも引っ掛っている。

 レイラは、ここは流すことにした。


「もちろん、知ってるわよ。きょんきょんのヒット曲だもの」

「そう、知ってるんだ」

 もえちゃんは、ちょっと残念そうな顔をした。

「じゃ、歌ね」


 もえちゃんは、姿勢良く、両足でリズムを取って歌いだすが、両足で取るリズムが狂っている。さらに、音程の幅が狭い。

 朗読の様な歌に、得意の天才的な作詞能力である。


 こんな時なのに、レイラは不本意にも噴出してしまうのを押さえるので精一杯である。

 却って、全く集中が出来ない。


「も、もえちゃん。もういいから。有難う」

 もえちゃんの隣の健太くんも、もえちゃんの歌を止めたくておろおろしている。

「も、もえちゃん・・・」

 すると、今日のもえちゃんは、意外にもあっさりと歌を止めてくれた。


「もう、集中できるの?」

「うん。ありがと、もえちゃんのおかげで、もう大丈夫」

「ふ~ん。あ~そうなんだ」

 もえちゃんは、満足げに澄ましている。


 1班の面々も既に到着している。

 七面鳥の面々の円らな瞳は食入る様にレイラを見つめている。


 レイラは、緊張しない内に瞳を閉じた。

 もえちゃん、健太くん、澄子ちゃんの3人の意識に集中する。


 そして、真っ青な稲妻が降りる。


 もえちゃんにしか見えない青い稲妻。


 レイラは、もえちゃん、澄子ちゃん、健太くの3人の過去を辿る。車の情報が細かく脳に刻み込まれる。


 もえちゃん達3人の予報で、車のNo.と車種、そして、女の子を連れ去ったのがカップルの茂人に闇競馬と、誘拐を持ちかけた男であることがわかった。


 レイラの中に、解決への糸口が、また一歩見えてきた。

 体の中に熱いものが走る。

 しかし、不思議と冷静さが保てるのだった。


 そして、レイラは、少しだけ未来も見た。

  

「ありがとう、危険だから、後はまかして家に戻ってね」

 レイラは、自転車を真希未ちゃんに返し、一人親宿に向かった。


 七面鳥達は、レイラの後ろ姿を見守る。

 その中で、雄大くんと陽太くんが、何やら相談をしている。

 すると、

「行こう!」

 雄大くんの言葉に、

「うん。みんなもさ、車探そうよ」

 気持ちの高ぶった二人が、先走ろうとする。

 それを見た健太くんも二人と一緒に行きたくて、もえちゃんの顔色を伺っている。


「だめ!」


 ついて行くという男の子達の前をもえちゃんが塞ぐ。


「レイラちゃんが帰れって言ったんだから帰らなきゃダメ」

「何で? もえちゃん。もえちゃんが一番一生懸命に探してたじゃないか」


 雄大くんは、特にもえちゃんを攻めている訳ではない。

 ただ、純粋にそこまで駄目な理由が知りたかっただけである。


 だけど、もえちゃんは、ムキになってしまう。 

「でも、だめなんだ。レイラちゃんが来ちゃだめだっていったんだから」

 男の子達は、黙ってしまう。


 黙ってしまうが、帰ろうとしない。

 帰ろうとしないと言うよりは、むしろ頑ななもえちゃんに驚いて固まっている。

 そこに、真希未ちゃんが、切り出した。


「今日は帰ろうよ。ねえ、陽太」 

 陽太も、もえちゃんを無視する気は全くない。

「うん。そうだね」


「わかったよ。もえちゃん、帰ろう」

 雄大くんも、もえちゃんに笑いかける。


 もえちゃんは、理屈では説明できない。でも、直感が良くわかっている。

 予報した後のレイラが、駄目といったことは、絶対にやってはいけないのである。

 もえちゃんは、そう思っている。

 何か起こるから言っているのではないのかもしれない。

 でも、帰るように言っているのに、言葉を無視して行うことは、レイラにとっては何の意味もないのである。


 どちらにしても、レイラには従うべきであることを、もえちゃんの直感が良く知っているのである。

 

 七面鳥たちは、夕暮れの中を列を組んで家路に着いた。


 一方レイラは、親宿に向かいながら散々白い車を探し回った。

 しかし、簡単に見つかるものではない。むしろ見つからないのが当たり前である。


 レイラは、疲れ果てた中、ある推理が働いた。

 茂人さんは、最初から、ハメられているのは明白である。

 しかし、それはお金の為ではなく、誘拐させるのが目的なのではないか?


 茂人の未来は、結局お金を返しても誘拐を強要させられ続けていた。

 そして、続けた挙句が・・・・だ。

 

 だとすれば、金融業者に行くべきだ。

 ただのボッタクリ金融業者でななく、女の子を連れて行った男と共犯である可能性は高いはずだ。


 レイラは、急いで金融業者に向った。

 向かう場所は、レイラの現在地からそんなに遠くはない。



 直ぐに金融業者の店舗は見つかった。

 雑居ビルの2階である。

 1階は駐車スペースになっている。

 遠目に店舗を見つけた、丁度その時だった。

 1Fの車庫から、例の白い車が出て行ったのだ。


 ちょっと遅かった。

 レイラは天を仰いだ。

 レイラは後悔した。

 何でこんな簡単なことを、疑わなかったのかと・・・。

 その時点で、女の子の誘拐と結びつく可能性を考えるべきであった。

 

 こんな時なのに意外にも、レイラには星空が奇麗なのが目に入った。


 レイラは次の行動を冷静に考えた。

 きょんきょんの”派手姿五反田娘”を口ずさみながら。

  

 レイラは、今直ぐ金融業者に踏み込みたいところだが、迂闊に踏み込んでも女の子がここにいるとは限らない。

 まして、残りの二人の女の子に結びつくとは限らない。

 運転していたのもあの男の可能性が最も高い。


 そうすると、踏みこんで、強引に残っている人間に対して予報を行っても、手掛りが掴めないばかりでなく、却ってその後に警戒されてしまう可能性が高くなってしまう。

 もしかすると、全く誘拐のことを知らない人たちばかりかもしれない。そこに強引な行動はするわけにはいかない。


 レイラは、はやる気持ちを堪えて拳を握る。

 そして、決定的な手掛りに結びつく作戦を練るべく一旦家に戻った。


 ◆親子芝居◆

 その日、アパートに戻ったレイラは、自分の行動をシミュレーションしてみた。

 音楽を流し踊ってもみた。

 布団の中にもぐって、じっと考えてもみた。

 しかし、自分の未来は予報をする度に姿を変える。


 期待が、欲望が、悲観がレイラの予報を邪魔してしまう。 


 いく通りも形を変えるそんな中で、上手く行くパターンには、いつももえちゃんが顔を出す。

 通り過ぎたり、こちらの様子を伺っていたり、予報の中でレイラを覗き込んだりするのだ。

「な、な、何だ~もえちゃん」


 その中で、もえちゃんが絶対に安全なものを選ぶ。

 それが、予報なのか、自分の描いた望みであるのか分らないが、しかし、それにかけることに決めた。

 明日、随時、状況と予報で確認しながら慎重に判断すれば良い。

 そう決めた。


 もえちゃんが絶対に安全であることを大前提に。


 ―― 翌 日 ―― 


 もえちゃんの母の梢に事情を説明した上で、絶対の安全を保証して、学校から帰ったもえちゃんを連れ出した。

 梢はレイラを心底信用しきっている。

 

 梢はさらわれた女の子達を心底心配して、もえちゃんをレイラに任せてくれた。

 普通の親には、とっても出来ないことだ。

 レイラは、梢の気持ちに対して胸が痛かった。


 梢の気持ちの為にも新たな決意が生まれた。

 目指すは、親宿の金融業者である。

 レイラは得意の老けメイクに、梢の洋服も借りた。


 そんな親心とは裏腹に

 もえちゃんが、嬉そうにレイラをそう呼ぶ。


 「ねえ、ママ」


 何回も呼ぶ。


 最初は返事をしていたレイラであるが、あまりにもしつこい。


「もえちゃん。もうわかったから」

 弱り顔になってしまう。

 

 もえちゃんは、もう一度

「ねえ、ママ」とレイラに右手を差し出した。


 レイラがその手をつないで歩くと、もえちゃんは嬉しそうにレイラに、べったりと寄り添って来た。

「もえちゃん。そんなにくっつくと歩けないから~」

 と言うが、もえちゃんは、レイラの言葉にはお構いなしで、嬉しそうである。


 レイラともえちゃんは、1日だけの、いや、数時間だけの親子になった。


 <ひとごっち(人身売買)につづく>


   

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