第11話 ひとごっち(行方不明)
レイラともえちゃんの年末年始は、とても盛り上がった。
年明け後の予報も引き続き絶好調である。
そんなこんなで、2ヶ月が経過したある日。
閉店後に若い夫婦が、予報の依頼に来た。
その内容は・・・。
◆師走に肩七面鳥◆
雪虫が舞う様に疎らな粉雪が寒空を漂う。
身が引き締まる様な寒さの中でも、年末の高田町商店街の賑わいは、当然の様に一年で一番の熱気で包まれる。
その始まりが、今日、12月24日
クリスマスイブである。
熱気に包まれた商店街と平行に走る隣の小さな裏通り、そこには見るからに寒そうな鉄筋コンクリートの古いアパートがある。
その3階のほぼ中央にある母子家庭。
萌家。
今、一年で一番熱い時を迎えている。
毎年、親子二人でひっそりと向かえていたクリスマスであるが、今年は総勢9名での大賑わいのクリスマスパーティーとなっていた。
レイラに取っても味わったことのない、小学3年生にいじられっ放しのパーティー。
それでも、こんな温かくて楽しいパーティーは初めてだった。
クリスマスパーティーは昼過ぎから始まった。
クリスマスパーティーの主役を飾るクリスマスケーキは、梢さんのお手製の生クリームたっぷりの大きなイチゴのケーキ。
思い出せば、レイラがこの予報士を始めようと決意した日の出来事・・・。
・・・親宿の百貨店地下2階の食品売り場。
空腹と、いちごのショートケーキを目の前で買われたショックで倒れてしまったことが懐かしく思い出される。
しかし、この出来事のせいで、”いつか絶対にいちごショートを4個買おう!”と発奮したことが今のこのパーティーに参加出来る状況に繋がっている。
そう思うと懐かくて、じーんと来たりもするが、レイラに取っては最近で最も恥ずかしい出来事である。
その為、余り自ら思い出そうとしたことはない。
自信満々にテーブルの上にケーキを披露する梢さんとは反対に、イチゴの様に真っ赤な顔になるレイラがいる。
「レイラちゃん真っ赤な顔してどうしたの」
もえちゃんが、不思議そうにレイラの顔を覗き込んでくる。
「あれ~?ホントだ、レイラさんどうしたんですか」
真希未ちゃんが、心配口調で追い討ちをかける。
「えっ、う、ううん、そんなことないわよ。美味しそうだな~と思っているだけよ」
落ち着きのないレイラをもえちゃんは、まだ不思議そうに望き込んでいる。
すると、歩調を合わせるかの様に、みんながレイラの顔を覗き込んで来た。
まさか、誰かにケーキの前で倒れたのを見られたのかしら?
そんなはず・・・ないわよね。
レイラは、ちょっと不安になる。
「やだな~みんなで見ないでよ」
レイラは惚けてみせるが、こんな時の子供のつぶらな瞳は結構胸に重たく入り込んでくる。
梢さんは、その様子を楽しみながら次々に奮発したご馳走をテーブルに運んで来ている。
手伝っているのはもっぱら男の子達である。
ここは、女の子が強いわね~と思いながら眺めていると、健太くんがレイラの前に、何故かクリスマスに不釣合いのコロッケを運んで来た。
レイラに取って始めての予報の報酬となった、梢さんお手製のコロッケだ。
レイラは、じわ~っと目頭が熱くなって来た。
それをもえちゃんが、横目でじ~っと観察している。
レイラは慌てて、熱いものを目の奥に押し込むように、もごもごと頬を動かす。
「レイラちゃん、どうしたの?」
「もえちゃん、もうさっきから見つめ過ぎ!」
また、子供達のつぶらな瞳が結構胸に重たく入り込んでくる。
(重たいな~みんな)レイラは心の中で呟いた。
パーティーの準備が完了したところで、ケーキにローソクを立て、火を灯す。
小学生達の、梢さんの、そしてレイラの心にも灯がともる。
今の暖かさがレイラに取っては堪らなく幸せに感じられる。
もえちゃんの音頭で、ジングルベルを歌いクリスマスパーティーが始まる。
レイラは、つい習慣で音楽に乗ってしまい、つい目を瞑り予報をしてしまいそうになるが、何故か今度は、その姿に小学生のみんなは気がつかない振りをしているように見える。
しかし、何かこそこそしている様子に、レイラもちょっと気になってしまうが、なんとなく、そのまま時間は流れていった。
話は、もっぱらレイラの予報の話。
今、集まっているみんなは、レイラの予報で結ばれている。
最初にレイラと出合ったもえちゃん。
そして、もえちゃんの恋の予報相手の健太くん。
次にレイラと出合った真希未ちゃんの今日の服装は、あの近所の神社のお祭りの時に着ていた真っ赤なスカート。
やっぱり、クリスマス向きね。と、レイラが見ていると、そのスカートの裾を掴む小さな指を2本発見してしまった。
あれ、何だこの指?
と思いながら視線で辿っていくと、陽太くんである。
陽太くんが、しっかり裾を摘まんでいる。
こんな年齢から、こんなフェチをあからさまにして良いのだろうか。と、レイラは思うが、見ない振りをすることにした。
みんなも見ない振りをしている。
きっと学校でも、みんなから許されているのだろうとレイラは思う。
その隣には、雄大くんを挟み、澄子ちゃんと靖子ちゃんだ。
良く見ると、レイラが予報をした順番に座っている。
偶然だろうか?
ちょっと気になるところだ。
時間が経つにつれ、パーティーも盛り上がって来た。
梢さんも加わり、ゲームをしたり、食べたり飲んだり・・・。
そして、もえちゃんの進行で、プレゼント交換をすることになった。
昨日、もえちゃんから聞いた1人300円以内のプレゼント交換だ。
レイラもここに来る前に真っ青の手袋を買って来た。極力男女どちらでも良い様にである。
もえちゃんは、プレゼント交換様に得意のくじ引きを用意した。
自分の用意したプレゼントを引いた場合はやり直しである。
もえちゃん、真希未ちゃんと女の子が順に引いていき、それから男の子達、そして最後にレイラの順だ。
誰が持ってきたプレゼントが当たるか分らないのに何故か、レイラが当てたプレゼントは、八百屋の直志商店の袋に野菜が一杯詰められていた。
レイラの好きな長ネギもある。
懐かしい情景が思い出される。
まだ、一人のお客も無かった頃、八百屋の店主ノシさんが、レイラの為に物入れ小屋に野菜を置いていてくれたことを・・・。
レイラは、ホロッとする。
「何か、今日はおかしいな~、台本があるような・・・?」
と、呟いたりしながらも、
楽しい時間が過ぎていった・・・
時間も、午後4時半を少し回った頃・・・
そこに、もえちゃんからの思いもかけない一言が襲ってきた。
「レイラちゃん踊ってよ」
「えっ~!え、今ここで?」
レイラは、思わず大きな声を出してしまう。
「そう」
「私もみたいな~」
「僕もみたい」
「レイラちゃん。みんな見たことないから、見せてあげてよ」
確かに、もえちゃん以外は、誰もレイラが踊っているところを見たことがないのだ。
みんなレイラの予報の準備を手伝ってくれている。お礼に何かしてあげたい気持ちもある。
しかし、いきなり踊れとは一人の人間対して、無茶振りもいいところだ。
梢さんまで、手を叩いて喜んでいる。
レイラとしては、非常に断りにくい状況だが、この状況で踊るのは流石にきつい。
「でも、ほら何かこう、乗りのいい音楽がないと踊れないわよね~」
レイラは、咄嗟に言い訳をするが、
「じゃ、もえが乗りのいい歌を歌うよ」
「えっ。もえちゃんが歌うの?」
思ってもいない一言が飛び出した。
まずい流れになって来た。
余計なことを言ってしまったとレイラは後悔するが、流れ上歌われると踊らざるを得ない。
まんまと、自分で自分をはめる状況を作ってしまった。
「そう」
もえちゃんが肯く。
「何を歌ってくれるの?」
「やまとなでしこ七面鳥」
「はっ?」
聞いたことが無い歌だ。と言うより、聞いたことはある。”やまとなでしこ七変化”ならばである。
小学校で流行っている替え歌だろうか?
レイラは、もえちゃんに馬鹿にされるかな?とおっかなビックリ聞いてみることにした。
「もえちゃん、それって”やまとなでしこ七変化”じゃなくて・・・」
もえちゃんの驚いたような、大きく丸くなった円らな瞳が、レイラの胸に重たく入り込んでくる。
「あれ、レイラちゃん知らないの?今流行っているんだよ。きょんきょんの”やまとなでしこ七面鳥”」
レイラは、絶対の自信があったにも関わらず、自分に自身が無くなってくる。
「えっ、うそ~。絶対”やまとなでしこ七変化”だよ。ねえ、健太くん?」
すると、健太くんは
「もえちゃんが言うから、”やまとなでしこ七面鳥”なんだよ」
聞いた人が悪かったとレイラは思った。
この二人は番だった。
そうだ、活発な靖子ちゃんに聞いてみよう。
靖子ちゃんなら・・・。
「靖子ちゃん・・・」
皆まで喋らない内にあっさり否定された。
「もえちゃんが言うんなら、そうかもしれない」
えっ、なに、この力関係。もえちゃんってこの中でそんなに偉いの?
良く考えると、直接予報をしてない男の子を除いて、もえちゃんから右回りに靖子ちゃんに向かって
序列が出来ている気がする。
そこに、梢さんが鳥の丸焼きも運んで来た。こんがり狐色が美味しそうである。
「じゃ、歌うからレイラちゃん踊ってね。踊らないとみんな鳥の丸焼食べれないんだから」
「え、え~え、まあ~」
もえちゃんが、何の前触れも無くいきなり歌い出した。
◆ ◆
『師走撫肩七面鳥』<替え歌不可になりましたので修正>
心臓・腎臓・大腸に胃腸
すい臓・肝臓・小腸に十二指腸
雨に俯く七面鳥 膀胱子宮に 撫肩濡れる
空を夢見る七面鳥 屁が出るね 金でない
純ちゃん・愛ちゃん・課長に部長どっちもこっちも歯がない乙女
◆ ◆
な、なんだこの歌は、替え歌じゃない。しかもはっきり言って笑えるくらいの音痴・・・。
「いくぞ~」ともえちゃんの掛け声に
「はい、隊長!」
と、健太くんと、真希未ちゃんが応えると、二人が加わり、同じところを繰り返す。
みんな真剣に歌っており、残りの子は手拍子を始める。
さらに歌っている3人は肩を組み方を左右に揺らす。
その姿が可笑しくてたまらない。
レイラは、踊るのを忘れて、噴出してしまう。
さらに、
「みんな~」
と、もえちゃんが声を掛けると
残りの子達も歌に加わり全員が肩を組む。応援団のような乗りだ。
いっしょに梢さんまでも・・・加わる。
レイラは、お腹を抱えて笑い出す。
駄目だ、なんだこの子達は・・・
声にならない。
さらに全員立ち上がる。全く小学3年生の乗りではない。
大学の応援団の様だ。
レイラは涙を流して笑い続ける。
息が苦しい。
笑い転げるレイラの姿を見て、喜ぶ瞳が2つ輝いていた。
(成功だ、やっと泣いた!)
スナッククイーンでのレイラの活躍を見れなかったもえちゃんのうっ憤を晴らす為に、もえちゃん隊長率いる”やまとなでしこ七面鳥隊”が考えた「レイラちゃんを泣かす」作戦であった。
この日の為に、今日もレイラが来る3時間も前から集まって歌の練習をしたのだ。
もちろん、梢さんも共犯者である。
クリスマスの最高の余興となった・・・。
◆年末年始◆
クリスマスも過ぎ、年の瀬を迎えてもレイラの予報は絶好調である。
”踊る、回る、ひねる”レイラの高田町商店街のテーマソングに合わせた舞も絶好調である。
締め技のガラスの浮き球を軸とした3回転半の後に、テーブルの上から飛び降りても、もう以前のように転ぶことはない。
華麗な着地を披露する。
両手は地面と水平に伸ばし、左脚は膝を直角に立て、右脚は爪先立ちで後ろに投げ出す。
一番安定感があり、美しいと言われている見事なテレマーク姿勢をとる。
すると、観客からの拍手が沸き、レイラは上気する。
今や、押しも押されもしない高田町商店街一の人気者である。
おかげで金銭的にも、精神的にも余裕が出たレイラは、12月30日~1月3日までは、休日をとることにした。
一週間前から張り紙もした。
準備万端だ。
気を利かせて書いたのは、実はもえちゃんであるのだが。
これをきっかけに、毎週日曜日は休みにすることになった。
なぜ、12月30日が、休日の初日であるかと言うと、30日はスナッククイーンで、今度は本当にお金をもらってのホステス1日体験をやることになっているからである。
レイラにとって、(第10話レイラ、ホステス一体)のスナッククイーンで博した人気と、お客さんとのやり取りが余りにも楽しくて忘れられない。
ホステスになろうかとも考えた位でである。
当日、もえちゃんを連れてスナック クイーンに行くと、立ち席が出来る盛況がレイラを待っていた。
もえちゃんがいるので、ちょっとおとなしめの格好で行ったレイラは、最初はちょっと控えめにしていた。
しかし、あっちのテーブルこっちのテーブルから声が掛かり、お酒が回ってくると飲めや踊れやで大騒ぎになっていった。
まだ、ここまではもえちゃんの許容範囲であったのが、調子に乗ったレイラは、お客さんにせがまれて、前に愛子さんからもらった衣装程ではないが、またもやマイクロミニの衣装を借りて着てしまった。
これには、帰りにもえちゃんから相当怒られることになる。
もえちゃんの辞書に、タイトなマイクロミニの三角地帯から放つ白く眩い3000ワットの秘宝 ”Δビーム”は、載っていなかった。
お客さんには、テカテカおじさんも来ていた。
レイラは、最初おじさんの存在に気が付かなかった。
それは、おじさんの頭がテカッていなかったからだ。
おじさんは、頭髪を自然に七三に分け、油っぽい整髪量は付けていなかった。
そして、すっかり口調も柔らかになっている。
聞くと、レイラのアドバイスのお陰で、娘さんと会話も復活し、水虫も皮膚科に行って殆ど良くなって、娘さんより先にお風呂に入ることを許されたとのことである。
テカらないおじさんは、嬉しそうに仕切りにレイラにお礼を言っている。
すっかり、人が変わっている。
しかし、ストレスの無くなったおじさんも相変わらず、店には顔を出している様である。
どうも、目的の半分はレイラが、いつ来るのかと待っているのだそうだ。
店内はレイラを中心に大盛り上りだ。
一方もえちゃんは、店内に入るや最初はママの子供と言うことで、掛けられる声に可愛く子供の挨拶をしていたが、一段落がつくとカウンターの隅でひっそりと邪魔にならない様に、メモを片手に座りだした。
周りを見回したり、愛子さんに話を聞いては、ひたすらジュースを飲みながらメモを取っている。
大人の男を動物を観察するかのように冷静に分析していたと、後で愛子さんがレイラに語ってくれた。
先日のレイラの武勇伝に関しては余り聞いてこなかったとのことである。
スナックからの帰り道では、レイラと母の梢さんの二人に挟まれ、手を繋いでいるもえちゃんは、とても嬉しそうで真っ直ぐに歩いてくれない。
そんな、子供っぽい時のもえちゃんはとても可愛い。
全く寒さも感じず、充実感が溢れていた。
あの、百貨店の地下2階の食品売り場で、空腹と、いちごのショートケーキを目の前で買われたショックで倒れてしまった時の帰り道から、まだ数ヶ月しか経っていないと言うのに。
レイラは、また思い出したくないことを思い出してしまった。
レイラは、翌日の大晦日も元旦も休日の殆どを、梢さんに甘え萌家で過ごした。
とてものんびりした年末年始を楽しんだ。
◆たかだのはは◆
休み明けもレイラの予報と舞は、続いた。
予報は、当たり外れのみではなく(もっとも外れる時は、わざと外しているのであるが)、喋り方も覚え、お客さんに会話を楽しんでもらえる様にもなってきた。
音楽に合わせた”踊る、回る、ひねる、そして着地”のレイラの舞も磨きがかかり、美しくなった。
小学生の間では、大人気である。
もえちゃんの小学校や近隣の小学校のみではなく、噂は都市伝説の様に宅急便並みの速さで全国に広まって行った。
レイラ自身が気付かないうちに、全国の小学生の間では占い界で超有名な”親宿のはは”や、”金座のはは”に対抗して、”たかだのはは”として有名になっていた。
名付け親は、勿論もえちゃんである。
レイラには内緒にしているが・・・。
そんなこんなで、2ヶ月が経過した。
◆行方不明◆
3月の上旬。
寒さも次第に和らいで行ったある日のことである。
レイラが、予報を終え片づけを始めようとした時だった。
20代後半のほっそりとした若い夫婦がレイラの元に歩み寄って来た。
女性は今にも倒れそうな位に衰弱しているように見える。
二人とも顔は青ざめている。
レイラが気が付き振り向くと、男性が話しかけて来た。
「すみません。お帰りのところ申し訳ありません。話を聞いて頂けないでしょうか」
「予報でしたら、今日は・・・」
他にくじで外れた人の手前、むやみにこの場で予報することは出来ない。
「ええ、くじで外れてしまいました」
夫婦は、くじが外れて予報を行ってもらえないことが分ってからも、ずっとレイラが終わるのを待っていたのである。
レイラも気になってはいた。
たまに、そういう人もいる。
しかし、雰囲気がまるで違っていた。レイラが踊ってもお客さんが奇声をあげても、他の見物客とは違って笑顔が全く無かったのである。
レイラも二人の切羽詰った様な、ただならない重い雰囲気を感じてしまう。
「予報の内容は何でしょうか?」
レイラが応える。
「実は、一昨日の夕方から私達の子供が行方不明なんです」
「えっ」
こんな依頼は、レイラに取って初めてである。
驚いてしまう。
「今日も心当たりは一日中探し回りました」
「警察には?」
「昨日の朝に届けました」
「分りました。こちらに来て下さい」
二人を物入れ小屋の影に連れて行く。
そして、レイラは集中する。
踊らなくてもいい。
音楽もいらない。
集中出来る。
緊張よりも、雑念よりもはるかに大きい気持ちが働くから。
レイラから青い稲妻が発する!
そして・・・。
<ひとごっち(誘拐予防)につづく>