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第9話 初客も舞い上がる街角

初予報の翌日、レイラともえちゃんは、予報のフォーローをする為に初客であるぶつじょさんと、ぶつじょさんのお見合い相手である朱美さんの二人の後を追った。

そして、二人の行方と、レイラともえちゃんのどたばた劇は・・・。


 ◆探偵ごっこ◆

 翌日午後4時、筋肉痛の脚を若干引きずり気味に、レイラは直志商店の前に来た。

 そこには、黒い帽子に黒い手袋、ライトグレーのキルティングコートに身を包み、おもちゃのサングラスをかけた小さな女の子が街灯に身を持たれて立っている。


 レイラの格好は、いつも通り全身真っ黒けだ。

 黒いロングスカートに黒いロングコート。

 しかし、今日は真っ黒な怪しいサングラスを掛けている。

 小さな女の子と街灯を挟んで背中合わせに立つと。レイラは話かけた。


「山」

「川」女の子が答える。

「雨」、「カエル」。合い言葉である。


「醤油」、「しょう言うこと」

「肉」「牛肉」。「プリンスメロン」「瓜」。「ケーキ」、「好き」。「ニンジン」、「嫌い」

「男の子」、少し間を置き、「・・・遊び」

「変な格好」、「そっちこそ」


「もえちゃん」「レイラちゃんですね。報酬は」

「パフェ」「上出来き」

「もえちゃん1号、行くわよ」

「ラジャ!」

 もえちゃんは、平静な顔で生唾を飲み込んだ。


 二人は、両手をコートのポケットに突っ込み、木枯らしの舞う高田商店街を後にした。

 向かう先は親宿駅北口である。


 親宿駅北口は、この地域一番の繁華街である。この時間(土曜の夕方)はちょうど買い物客と、夜の街を楽しみに出向く人々が重なる時間で、大賑わいである。


 この北口の中央の真正面にガラス張りのコーヒーショップ”ムーンバニーズ”がある。

 客席は50席位で、入口の右手が喫煙席で、左手が禁煙席だ。


 ムーンバニーズは、コーヒーをアレンジした様々な商品が人気を呼んでいる店である。

 ぶつじょさんは、17:00にここで、お見合いの相手と待ち合わせをしている。

 レイラともえちゃんは、ムーンバニーズと駅前通りを挟んで向かいのビルの2階にある小さなスイーツ店に入り、窓際の二人掛けの席を陣取った。


 ”RUNEILルネール”と言う店で、”ケーキパフェ”と言うパフェの上にケーキが乗ったメニューでちょっと知られたスイーツ店である。


 もえちゃんがメニューに目を向けた時には、レイラはさっとメニューを奪い取り、素早く目を通した。

 メニューをテーブルの上に置くと、レイラはメニューの下の方を右手で隠す。


「もえちゃん、どれでもイイよ。どれにする?」

 あの手は何だ?もえちゃんは、レイラの右手の下にあるメニューが気になる。

 もえちゃんは、小さな人指し指をレイラの右手の下に入れてどけようとするが、レイラの右手は漬物石の様にガンとして動かない。

 レイラの顔を見上げてみる。レイラはこれでもかと言う位に誇らしげな笑顔をもえちゃんに返してくる。

 もえちゃんはテーブルに右頬をくっ付け覗き込んで見るが、漬物石は自ら動くことは無い。


「もえちゃん、どれにする~」

 レイラが再び催促をして来た。

 もえちゃんは、両手をを上げて降参した。

 それでも、メニューの中で一番高い(見えている中では)レイラの手に一番近いところのメニュー”チーズケーキチョコレートパフェ”の普通サイズ600円を注文した。

 レイラは、マンゴープリン400円で我慢をし、合計1,000円で納める。


 これで、当初の予定通りである。昨日の稼ぎ4,000円の4分の1で納めることに成功した。

 成功はしたのだが、自らの気持ちを持て余してしまう。

「あ~あ、イチゴショートのパフェ食べたいなぁ~」

 レイラの心の叫びは、生唾20ccに変身した。


 でも、イチゴショートパフェは、レイラの右手に隠れた部分にある。800円だ。

 1,400円も使えないし、まして、もえちゃんには隠した部分のメニューだ。致し方ない。

 レイラは、平静を装って、メニューを片付けた。

 

 ものの数分で、可愛いフリルのついたメイド姿のウエイトレスさんが”チーズケーキチョコレートパフェ”とマンゴープリンを持って来た。

 もえちゃんの目はまん丸にに開いて感激している。

 それを見ると、嬉しくはあるのだが、何とも自分の前に置かれたマンゴープリンの影が薄い。

 何か気落ちするな~。

 レイラは肩を落とす。


 もえちゃんの前にある”チーズケーキチョコレートパフェ”が恨めしい。

 レイラが、もえちゃんのパフェを眺めていると、もえちゃんは自分のパフェからクリームを少し救ってマンゴープリンの上にのせてくれた。


「いただきま~す」と元気な声を出したもえちゃんは、何事も無かったかの様にパフェを食べ出した。

 クリームが乗るとマンゴープリンも一段と豪華になり、レイラもマンゴーパフェを食べている気になり嬉しくなってきた。自然顔も綻ぶ。

 もえちゃんは、自分のパフェに没頭している。


 午後5時になる10分位前、ぶつじょさんのお見合い相手の女性が、コーヒーショップ”ムーンバニーズ”に腕時計を見ながら小走りでやって来た。


10分も前に来たのに走って来るなんて、いい人なのね。レイラは思う。

 顔は良く分らないが、清楚な着こなしの細身の女性である。

 女性は、店に入ると店内をキョロキョロとぶつじょさんを探している様であったが、まだ来ていないと分ると、カウンターで何かを注文をしたようで、ホットドリンクらしき紙コップを持って、喫煙席側に座った。


 恐らく、ぶつじょさんが喫煙するので、喫煙席側に座ったのだろうとレイラは思う。

 レイラが、ぶつじょさんのお見合い相手を見ていると、パフェを奇麗に平らげたもえちゃんが、レイラの視線の先を追い、話かけて来た。


「あの女の人がどうかしたの」

「彼女が今日の獲物よ。朱美さんって言うの」

「悪い人には見えないけど?」

「多分、凄くいい人よ。彼女はね。もえちゃんが、薄情にも人生初のお客さんが来ているのにも関わらず、帰って行った時のお客さんのお見合い相手なの」


「だって、お母さんから電話が来る前には帰らないとならないから。でも、楽しそうだったから大丈夫かなって思って・・・」

「もう、全然大丈夫じゃなかったんだから」

 と、怒ってみせながら、一つもえちゃんのことが分った。

 いつも門限が遅いのは、もえちゃんのお母さんが毎晩出かけているからだ。

 夜のお仕事かしら?レイラは思う。


 そこに、もえちゃんがレイラより先に気付いた。

「あれっ?昨日のお客さんがムーンバニーズの方に歩いて来たよ」

「ホントだ、来たわね。昨日のお客さんね、ぶつじょさんって言うんだけど、先週お見合いしてね。今日ここで待ち合わせしてるの。今日はね、そのお手伝いをするのよ」

「じゃあ、あの二人が獲物ってことか」

「そう。もえちゃん2号頼むわよ」

「オーゲー」


 もえちゃんがドスを効かせて相槌を打つ。

 レイラは、イメージは誰だろうと思ったが追及はしないことにした。


 ぶつじょさんは、コーヒーショップムーンバニーズに入ると、注文もせずにせかせかと禁煙側の席に座った。

 セカセカするなって言ったのに、最初っからせかせかじゃない。

 レイラは頭を抱えた。


「レイラちゃん、あの人喫煙席側を探さずに禁煙席に座っちゃったわよ」

「しょうがないわね。禁煙席側にいると決めつけちゃっているのよ。せかせかなんだから。もえちゃん2号いい?」

 もえちゃんが頷く。


「もえちゃん2号出動!ターゲットはぶつじょさんと、朱美さんよ」

「オーゲー」

 もえちゃんはドスを聞かせて、レイラに敬礼をすると、サングラスを外して勢いよくルネールを飛び出して行った。元気がいい。


 もえちゃんは、全速力で駅前通りを横切ると、そのままの勢いでムーンバニーズ店内に飛び込んだ。

 もえちゃんが入ると、店中の人の視線を集めた。もえちゃんが何か叫んだ様だ。

 すると、もえちゃんの方にぶつじょさんと朱美さんが寄って来た。

 もえちゃんは、二人を見るなり頭を下げて、こちらに短い親指を立てて合図を送るや否や、風を切る様に走って戻って来た。


「只今戻りました。レイラ大佐」

 もえちゃんの姿勢の良い敬礼に対し、レイラも敬礼で応える。が、探偵から軍隊に発展していることに、レイラは笑いを堪える。

「ご苦労。もえちゃん3号。ところで、何て叫んだの?」

「あけみおねちゃんって叫んだだけだよ。そしたら、二人が来たから人違いだったて言って戻って来たであります」


 レイラは、もえちゃんの賢さに帽子をかぶったまま、脱帽だった。たった一言で、仕事を終えてしまったのである。それにしても、もえちゃんの会話の語尾のおかしさには笑える。

 

 ぶつじょさんと、朱美さんは固くなりながらも多少会話をしている様に見える。

 そして、几帳面なぶつじょさんは、レイラの予報通りに午後5時20分丁度にムーンバニーズから出て来た。


 それに合わせて、レイラともえちゃんもルネールを出て、二人の後をつける。

「ねえ、レイラちゃん次はどうするの」

「そうね。取り敢えず二人を少し近づけようかしら。いい、もえちゃん4号」

「イっ~」もえちゃんが返事をする。

「ぷっつ」

 もえちゃんの返事にレイラは耐えきれず吹き出してしまう。

「何それ」

「もえちゃん4号は悪の組織の怪人なのだ」

 もえちゃんの返答に、レイラは耐えきれずお腹を抱え座り込んでしまった。

「大佐、笑っている場合ではありません。ご支持を」


 もえちゃんは、真面目に怪人なり切っている。名役者だ。レイラも、演技に徹することにした。

「いい、怪人。朱美さんは大きな犬が苦手でね、ぶつじょさんは猫嫌いなの」

「わかった。じゃあ、もえ大きな犬になる」 

 レイラは思う。何て感のいい子なんだろう。いつも余計な説明をする必要が無い。人の心を読めるかの様に、一言で内容を掴んでしまう。とても小学3年生とは思えない。


「それじゃ、可愛い猫をやるわね」

「可愛い猫できるのレイラちゃん。いや、大佐。」

「もちろん。可愛い猫得意なのよ」

「ホントに?」

「出来るわよ。それくらい」

「できるかな~」

「で・き・ま・す」レイラは、むきになる。「できるんだから」呟く。


 もえちゃんは、途中でレイラを放って置き、サングラスをかけると、二人を追い越して木陰に隠れる。

 レイラもムッとはしたがサングラスをかけると、もえちゃんの隠れた位置に合わせてぶつじょさんの横を通り過ぎようとする。


 レイラが通り過ぎ様に、レイラともえちゃんの二人は鳴く、吠える。

 レイラは可愛く「にゃ~ぉん」もえちゃんは「わお~ん。わぉ~」遠吠えだ。

 動物の鳴き声と言うよりも、急に近くで声を出されたことに驚いて、二人は手を取り合ってくっ付き合う。

「すいま・・」

「ごめんな・・・」

 瞬間二人は赤くなる。が、硬かった二人の表情はほころんだ。

 距離も10cm程縮まった。

 もえちゃんは、ガッツポーズをとる。


 ◆初客も舞い上がる街角◆

 レイラは、二人に見とれてしまっている。

 何か暖かさが伝わって来る。周りの景色に奇麗にハマって見えるのである。

「次はどうするの?」

 黙ったままのレイラに、もえちゃん改め怪人4号が話かけて来た。


「あっ、ごめんなさい。今、ぶつじょさんと、朱美さんは、すき焼き屋さん”吉すき”に向かっているの」

「いいなぁ。食べたいなあぁ~」

「もう少し予報で稼げるようになったら行こうね」

「うん。絶対だよ。絶対レイラちゃんは有名になるんだから」

「もちろん。行こうね。でも、有名はちょっと無理かもしれないけどね」

 次第に小さな声になっていくレイラであるが、元気に本題に戻す。


「でね、”吉すき”の場所は知っている?」

「もちろん。あそこの電気の点く木のある通りを右に曲がったところでしょ」

 吉すきは、100m位行ったところの大通りを右に曲がり、さらに100m位行ったところにある。

 大通りは、明日から、夜になると中央分離帯と両サイドの木々に色とりどりのイルミネーションが点灯されることになっている。


 この木々に囲まれた大通りの歩道を歩くと、カラフルな星々に包まれた様な幻想的な気持になる。

 年末の名物になっている。

「そう。でもね、途中の脇道を曲がっても行けるでしょ。二人が途中で曲がらないように邪魔しなきゃいけないの。いい?」

「イっ~」もえちゃんが返事をする。

「出たな、怪人4号」

 レイラも少し乗ってしまう。

 レイラともえちゃんは、ぶつじょさんと朱美さん二人の5m位後を付いて行った。


 二人の距離が少し縮まったとは言え、会話が弾んでいる様にはとっても見えない。後から見ているあがり症のレイラにも、もどかしく見えてしまう。


「まだ、堅いわね・・・」

「レイラちゃんだったら、堅くなりながら訳の分からないこと喋るんだけどね」

「あら、訳の分からないことなんて喋らないわよ~。綿密に頭の中で練ったことを言葉を選んで喋ってるんだから。もえちゃん見たいに男の子こだけに沢山喋ったりしないのよね~」

「あ~あ、もうやだな~僻みは。レイラちゃんは子供なんだから」


 そんな、つまらない話ををしている間にぶつじょさんと、朱美さんの二人は、脇道を右折しようと右に寄り始めた。


「あっ!」

 もえちゃんが駆け足で二人の右側に入って邪魔をする。レイラも脱帽する度胸である。

 もえちゃんは、キョロキョロと、何かを探している振りをしながら、小さな体を盾にするが、次第に脇道側に押されて行ってしまう。


 レイラは、それを見ながら何とかしなきゃ。もえちゃんをフォローしなければ!と思うのだが、どうしたら良いのか全く良い案が浮かばない。


「どうしたらいいのかしら?もっとちゃんと予報しておけば良かったわ。細かいところまで見なかったものね。でも、絶対真直ぐに行くはずなの。必ず・・・。」


 後悔をしていたその時、レイラの瞳には、イルミネーションのライトが取り付けられた大通りの木々が眼に入った。


「そうだ!! でも、出来るかしら?久々ですものねー」

 レイラは、右目をつぶり瞼と両手に力を込め一本の木の先端に集中をする。

 もえちゃんは朱美さんとピッタリと体がくっ付いてしまい、もえちゃんは朱美さんに不思議そうに見下ろされている。

「あれ、さっきの女の子?」

 

 その時、大通りのイルミネーションが飾られた一本の木の先端附近に、幾つかのライトが青く光を放ったのだ。

 バラバラっと時間差をおき、疎らだったが、でも、はっきりと光った。

 不思議にも、ぶつじょさんだけが見ていた。


「あれ?」

 不思議なライトの点き方に驚き、我慢していたセカセカが出てしまう。

「ねぇ、あの~ねぇ、朱美さん!」

 朱美さんの腕を引く。ちょっと強く引き過ぎた。

「痛たた」

「あっ、すみません」

「どうしたんですか、佛田さん」

 ぶつじょさんの苗字は佛田である。


「光ったんですよ。一本の木だけが」

「木が光ったんですか?」

 ぶつじょさんは、一本の木に指を指す。

「あの木の先端の方だけ、ライトが光ったんですよ」

「イルミネーションですから、光っても。たまたま、試験的に・・・」


 ぶつじょさんは、一生懸命に説明するが、朱美さんにはぶつじょさんの驚きが余り伝わらない。

 返って、ぶつじょさんの熱い説明に朱美さんは、下を向いて吹き出してしまった。

 その時だ。もえちゃんが大通りに向って指を指す。


「あっ? 本当だ。光った!」


 今度は、先ほどの倍位の数のライトが青く輝いた。

 一瞬ののことに、またしても、朱美さんだけが見ることが出来なかった。

 もえちゃんと、ぶつじょさんが目を見つめ合って驚いている。

 朱美さんも二人を見て、ちょっと気になって来た。

「朱美さん、ちょっと行ってみませんか」

「えっ、ええ」


 ぶつじょさんに強引に、連れて行かれる形だが、朱美さんは悪い気はしない。むしろ、積極さに頼もしく感じてしまう。

 二人は、脇道にそれるのを止め、大通りに向って歩き出した。

 もえちゃんは、まだ驚いて固まっている。


「久々は、疲れるわね。でも良かった」

 満足そうな独り言にも、はぁはぁと、レイラの息は荒い。

 レイラは固まったまま、まだ木を見つめている、もえちゃんの肩に手を乗せる。


「さて、行くわよ。もえちゃん4号」

「う、うん。いー」

「あら、気の抜けた怪人ねー」

「いー」 


「もえちゃん、いい、次はこの先の靴屋さんに寄ってもらうのよ。靴屋さん知ってる?」

 まだ、もえちゃんは、木を見たままである。

「うん。知ってる。これ、そこで買ったの」


 木を見たまま自分の靴を指さす。白いビーズをあしらった黒いカジュアルシューズである。

 レイラは、もえちゃんの顔の前に手を広げて振ってみる。

 いつもなら怒るところなのに、今のもえちゃんは、相当驚いたのか。全く目に入っていない。

「うふふふ、可愛い靴ね。もえちゃん3号行くわよ」

「オーゲー」

 もえちゃんはドスを効かせた。


 レイラは、もえちゃんの肩を抱いて二人を追いかけた。

 ぶつじょさんと、朱美さんの二人の距離は、また縮まった様である。気持の温度も少し上がって見える。

 いい感じの二人になっている。


 あと二件先が大通りと言うところで、歩道に小さな穴が空いていた。

 朱美さんは偶然にも凄い低い確率を引当て、その小さな歩道の穴に、パンプスの踵を挟めて躓いてしまった。

 転びそうになったところをぶつじょさんが支える。二人の距離が縮まったお陰だ。


「痛~」

「どうしました?」

「踵が・・・」

 朱美さんの左足のパンプスの踵が奇麗に取れてしまっている。

「どうしましょう」

 朱美さんは屈んで、取れたかかとを手に取って途方にくれている。

 待ってましたとばかりに、レイラはもえちゃんの手を引き二人の背後に近付いて芝居を始める。

 猿芝居だ。


「もえちゃん、ここよ。靴屋さんあったわよ」

「ホントだ。早く靴買ってよ。マ~マ」

 何?ママだと!!

 レイラは少しムッとしたが、我慢した。それよりも、不思議な位にレイラの意図することが、もえちゃんに伝ってしまう。嬉しさと同時に怖さも感じてしまう。


 レイラも咄嗟に応える。

「可愛いブーツがあるといいわね」

 レイラと、もえちゃんは、ぶつじょさんに聞こえるように敢えてぶつじょさんの背中越しで囁くように会話をした。


 あっ、そうだ。何で気付かなかったんだろう。ぶつじょさんは思う。

「行きましょう」

「えっ、何処へ?」

 朱美さんは、踵の取れた靴で何処に行こうと言うのだろうかと思う。


「そこの靴屋さんへ行きましょう」

 朱美さんの目の前は靴屋さんだった。謀った様に。

「あらっ?」

 朱美さんは、心臓がドキドキと高鳴り、弾むような気持ちを感じてくる。

 朱美さんにとっては、靴を穿きかえることが出来る喜びよりも、ぶつじょさんの頼もしさと、何より、何か最初から決まっていたかの様な偶然が嬉しかった。


 多分、ここ最近で一番の笑顔をぶつじょさんに見せることが出来たような気がする。

 朱美さんは、ぶつじょさんの肩を借りて靴屋さんに入ると二人の距離は無くなっていた。

 

 レイラともえちゃんは、靴屋さんの中を一周して先に出て来た。もえちゃんは、ブーツに未練を感じている様であったが、目の毒なので、強引に引っ張って出て来た。そして、通りを渡る。


 レイラは、通りの反対側の靴屋さんを眺める。

 もえちゃんは、柳に飛びつくカエルの様に木に飛びついて何かしている。

 頬に触れる空気が、呼吸が気持ちいい。

 木に飛びついているもえちゃんは感じてくれているんだろうかとレイラは思う。

 多分自然に感じているはず。それが子供の感覚だとレイラは思う。


 二人はどんなやり取りをしているのだろう。

 きっと、朱美さんは絶対に自分で支払うと言って聞かないだろうなと思う。


 靴屋さんの中では、支払で楽しそうに揉めていた。もちろんどちらも自分が支払うと言って譲らない。

 しかし、ぶつじょさんは既に手を一つ打っていた。

 ぶつじょさんは、値札を隠して一番高い靴が並んでいるコーナーの靴を進めた。朱美さんも高い靴だろうと言うことは分っていたが、確かに気に入ってしまったことと、店員さんに進められたこともあり、ぶつじょさんに押し切られてしまった。


 いざ、朱美さんが会計をしようとすると、予想外の高額さに驚いてしまった。

 ここで支払ってしまうと、財布の中身が空になってしまう。

 ちょっと戸惑っているそんな中、そっと横からぶつじょさんが会計を済ませてくれた。

 自分で会計する為に、敢えて朱美さんに支払が出来ない靴を選んだぶつじょさんの思いやりだった。


 これが、ぶつじょさんから、朱美さんへの”初めてのプレゼント”になった。


 ◆風の匂い◆

 もえちゃんには、新しい靴を穿いたて靴屋さんか出て来た朱美さんが、別人の様に奇麗に見えた。

 大通りを右に曲がり、二人はイルミネーションの飾り付けが済んだ歩道を、肩を寄せ合うように並んで歩く。

 正真正銘の恋人同志になっている。

 二人の行く先に、二つのライトだけが妙に低い位置に垂れ下がっている。

 二人は、そのライトの眼の前のところに差し掛かった時に、その二つのライトだけが数秒ではあるが眩く輝いたのを見た。


 一つは真っ赤に。もう一つはスカイブルーに。

 二人は、驚いて足を止め、目を見合わせた。


「見えました」

「多分・・・。見たと思います」

「光りましたよね。2個だけが」

「多分・・・。光りました」

「2つだけ光ることってあるのかしら」

「多分・・・、無いですよね」

「そうですよね。電線で繋がってますものね」

「はい」 


 朱美さんは思う。もし、キューピットと言う存在が実際にいるのなら、あの子の様な子、ムーンバニーで二人を合わせ、脇道に行くのをじゃまし、靴屋さんを教えてくれた子。あんな子が伝説として伝わったのではないかと。


 そして、今も。

 きっとあの子が私達二人の為に点灯させてくれたのではないかと・・・。


(時を同じくして。)

 ねえ、レイラちゃん見て!

 あそこのライトだけ光っているよ。

 二つだけよ。

 赤と青に。

 もえちゃんが横にいるレイラを見ると、手を合わせ顔を、鬼の様に顰めているレイラがいる。


 どうしたんだろう?

 レイラがもえちゃんに気づき力を抜くと、途端にライトは消灯した。

「あれ?」

 えっ、まさかレイラちゃんが・・・?と、もえちゃんは思ったが、何か聞いてはいけないことの様な気がした。

 聞いてしまうと、レイラといっしょにいられる時間が短くなるような気がして何も聞けなかった。


「いっちゃったね」

 もえちゃんは、言おうとしたことを咄嗟に止めた。

「そうね」

「しかし、赤は疲れるわね。ボソボソ」レイラは呟く。

「えっ、何か言った?」

「何でもない。独り言。・・・じゃあ~帰りましょうか」

「うん!」


 もえちゃんは、レイラのポケットに手を突っ込む。

 もう、もえちゃん甘えんぼさんなんだから。レイラは思った。が、以外にも手を握って来るかと思いきや、レイラの手の中にかさかさしたものを握らせ、レイラのポケットから手を出した。

 

 何だろう?と思い、レイラはポケットから手を出し見てみると、それはミノムシだった。

「ぎゃー!!!」叫ぶ。

「見の虫さんごめんなさ~い!」

 レイラは、ミノムシを投げ捨てた。さっき木に飛びついていたのは・・・。


「もえちゃん。何てことを・・・」

 にこっと前歯を見せたもえちゃんは、再びレイラのコートのポケットに手を入れて来た。

 今度はれいらの手をしっかりと握ってきた。

 レイラは、怒る気が失せて手を握り返してしまう。まるでレイラの気持ちを読み切ったかのような行動である。


 もえちゃんが話かけて来た。

「もしね、レイラちゃんが何もしなかったら二人はどうなるの?」

「もえちゃんもでしょ」

「うん。ちょっとだけだけどね」

「二人は、何もしなくてもうまく行ったわよ」

「じゃ、何にもしなくても良かったんだ」

「1年後の結果としてはね」

「なんで、応援したの?・・・」


 もえちゃんは、理由を考える。

「あ~そうか、予報したことの成果を直ぐに出さないと。商売にならないものね」

 もえちゃんは、一人うんうん、頷く。

「そんなんじゃないよ~。どうせなら、将来にいい思い出が出来た方がいいじゃない。まあ、楽しいことだけが良い思い出になるとは限らないけどね」

 レイラは空を見上げる。

「そうだよね、いい思い出になったねきっと」

 もえちゃんも嬉しくなる。


「それとね、もえちゃん。何よりあなたの思い出にね」


 心の中でレイラが呟く。


 レイラは、隣を歩くもえちゃんのさらさらとしたツーテールの頭を見下ろす。

 まだ、余り色んなことを経験をしていない子供の頃の思いは、風の匂いまでもが鮮明に記憶される。

 レイラにもそんな記憶がある。

 そんな記憶はきっと、老いても残っていると思っている。


 子供の頃は、大人と接することが大人には分らない位に楽しい。

 大人になると楽しかった思い出として残っていても、大人と接したから楽しいとは、あまり覚えていないものだ。

 だから、それを知っている大人であるのならば、もっと子どもと接して楽しい思い出を作ってあげたいとレイラは思っている。


「もえちゃん、どんな匂いがする?」

「えっ?」もえちゃんは、くんくんと鼻を突き出して匂いを嗅ぐ。

「何もにおわないよ??」

 レイラは、笑ってもえちゃんを見ている。もえちゃんは不思議な顔つきでレイラの横顔を見つめる。


 もえちゃんは、あまり両親を含め思い出を持っていない。

 だから、お母さんからコートを買ってもらったことだけで、他の子供では考えられない位に喜ぶ。


 予報の時にもえちゃんの過去も少しだけ見てしまった。

 レイラは、子供の頃にしか感じれない経験は、ちゃんと踏んでおくべきと思っている。


 将来に過去を追わない様に。


 経験がないことで、未来に同じ経験をしようと過去を追ってしまう。

 いつも過去ばかり追って今を大事に生きられない。

 時として、過去を追うことがパワーになることもあるかもしれない。だけど、やっぱり同じ色にはなりえないと思う。

 悲しいパワーや、曲がったパワーになり易いと思う。


 因みにレイラは、ロリコンと呼ばれている人たちは、若い頃に交際と言う経験を踏んで来なかったか男に多いと思っている。その悲しいパワーが過去を追いかけている現象だと分析している。


「もえちゃん、あなたの思い出一緒につくろうね」

 レイラは声には出さない。


「さて、もえちゃん、急いで帰って予報屋するわよ」

「いー!」

「まだ、4号か」レイラは、笑顔で返す。


 二人は、駆け足で高田町商店街に向かった。昨日の後遺症で、まだ右膝が少し痛いレイラであったが、この日も4回踊った。

 4回こけたが、こけ方が少しずつ上手くなっていく手ごたえを感じた。


 <つづく>

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