第1話 予報士レイラ誕生
このお話はフィクションです。全てを空想の世界のお話とお受け止め下さい。
本編の中にもさらに細かくサブタイトルが付いております。
一人でも最後まで読んで頂ける方がいらっしゃれば幸いです。
◆プロローグ◆
世の中には色々な予報がある。
地震予報、台風予報、津波予報、花粉予報等々・・・が、得てしてあまり良いことを知らせてはくれない。
せいぜい、拾い方次第でどちらにでも転ぶのは天気予報と、それから、桜開花予報位ではないだろうか。他が思いつかない。
安定した暮らしを守ることが予報の重大な責務であり、生活に対するプラスα的要素は重要視されないからであろうか。
そして、どの予報も信頼度と状況を考えて、自己判断を加えてしまうことが有りがちである。
それでも、世間は占いの信憑性とは別扱いをし、且つ常に気に掛けている。そして結構寛大な目で見守っている。確率が上がることを願って・・・。
勝手なことを言っているが、自然界の成せる業を前にして、一つの予報を世間に発表するという作業は、きっと受け手には分からない凄いプレッシャーの中で生み出す作業なのだろう ・・・ 。
◆舞台はここ◆
爽やかとは程遠い晩秋の空には、北国の真冬を感じさせるどんよりとした分厚い雲が広がっている。
街を吹き抜ける風には、これから迎える冬への何処か物悲しい音色が詰まっている。
高田町と言う街がある。
主だった観光名所もなければ歓楽街もない、中心都市でなければ、錆びれた町でも無い。
何処にでもある、ごくごく一般的な特徴のない街である。
こんな街ではあるのだが、他の街ではあり得ない程に地元の人々から、こよなく愛されて止まない場所が存在しているのである。
『駅 前 広 場』 の一角。
この街一番の待ち合わせ場所。
今日もここには、様々な人々が訪れる。
どんな理由で訪れる人も何故かここに来てしまうと、一時の間、ふと寒さを忘れてしまう。
それは、心の底から暖かさを感じてしまうから・・・。
多分、ここにある3つの像とそれを見守る小さな像のせいなのだろう。コミカルで、3コマ漫画の様な像。
そして、それを見守る小さな可愛い像。
疲れ果てた時も、悲しい時も、落ち込んだ時も、ここに来てこの像をを見ていると何故か心が暖かくなる。
そして、ちょっと噴き出してしまう。
そんな像がこの駅前広場にはある。
そんな街の物語。
・・・ それは35年前から始まった ・・・
◆私は”タカキレイラ”◆
この町に一人の女性がいる。まるで不幸という文字が、人相にくっきりと浮かび上がったように不幸な女性がいる。
きっと不幸という燃料を燃やして空が飛べるのならば、太平洋だって無着陸横断飛行が出来るのではないかと思えるくらいに。ただし、時速30km位で。
彼女の名は、”タカキレイラ”見た目は20代半ば位。現在(当然)不幸にも色々な困難との巡り合いにより無職。
肩まで伸びたさらさらヘアーと、ホッソリとした手足。胸もそれなりにあり、顔だって遠目には整っている。
きっと潜在的には結構良いものを持っていると思える。
しかし、近づいて見てみると、化粧っ気のない顔に、目は”とろ〜ん”と輝きが失せ、頬は最近の節制した食生活で少々こけてしまっている。
性格は合理的と言うのか無精と言うのか、必要最小限に関しては結構まめであるが、手を抜いても問題ないと思うと、どこまでも手を抜く。
例えば、食事等は作りはするのだが後片付けは面倒なので、器には移さず鍋から直接食べたり、あるいは、裏の白い広告の紙を見つけては器代わりに利用する。
無駄毛の処理なんかも、目に見える所は毛根の気配を微塵も感じさせない様な完璧な処理を行うのだが、けして披露することがないところや、露出の少ない冬の間等は殆ど野放し状態になる。
要は、世間体を知っている、あるいは合理的な無精者と言ったタイプである。
こんな彼女なので、世間の血走った野郎どもにさえも、全く女性の魅力を感じさせない。
不快なタイプでは決してないのだが、彼女の周りにはフェロモンが漂わない。
その為、春先の夜道でも、満員電車でも『全く安全』に行動ができるのある。
実はこんな何にも取り柄のなさそうな彼女ではあるが、常識では図り知れない能力があった。
それは、まだ彼女自身も気付いていなかった・・・。
◆レイラ決意をする◆
彼女の住まいは、築30年を越す二階建て木造建築アパートの1階にあり、通りから一番奥の角部屋に位置している。
四畳半一間の部屋には、玄関と反対側に若干の西陽が刺す大きめの窓があり、窓の外には、隣のアパートとの間に高さ1m程度のブロック塀がある。
近所の野良猫達はその上を始終賑やかに行き来をしている。このブロック塀は猫達にとってのメイン通りになっていった。
猫達は、一人暮らしであり且つ、主だった友人もいない彼女の仮想話相手役にもなっていた。
彼女はよく窓の外に向い「食生活が貧しい。日々寂しい。心がひもじい。西陽でいいからもっと陽が欲しい。」だのと言う愚痴を野良猫達に向かって叫ぶのだが、それに慣れきった猫達は全く耳を貸さず、振り向くこともなしに、そそくさと窓の前を通り過ぎてしまう。
よって、叫び声も空しさに押し潰され、次第に小さくなっていく。返って寂しさは募る一方であった。
こんな彼女にも唯一の楽しみがあった。それは、隣町の百貨店地下にある食品売り場で行う一人見学会である。
百貨店食品売り場は地下1階、地下2階の二つのフロアーに分かれており、レイラは専ら地下2階のお菓子売り場に入り浸るのである。
お菓子売り場は幾つもの区画に区切られており、奇麗に飾られたショーケースの中には色とりどりの最高級に興味をそそる食べ物達が整然と陳列されている。
(あ〜、食べたい! 美味しそ! 我慢できない!) 何ていくら心の中で叫び続けても、彼らは雲の上の存在。 テレビのモニタを観ているように常に一定の距離から先には近づくことさえ不可能である。
従って彼女も『太陽と地球』、『地球と月』の様に常に一定距離を保つことになる。
このルールは『自然の法則』と同等なので犯すことは不可能である。
もし特殊な魔法で法則を乱すと、きっと取り返しのつかないこと(彼女の場合は、生活の危機) になってしまうから大事件では済まされない。
それでも、彼女にとってはこの時間が最高の至福の時であった。なぜならば、香ばしい香りは万人に無償で与えられるものなであるから。
そして、今日も・・・。
「た〜まらないのよね〜。やわらかーく、それでいてしっと〜りとしたスポンジの上にそっと白いホイップクリームを撫で上げる。うぅ〜ん! 何と言ってもその上に優しくそぉ〜っと載せた真っ赤な い・ち・ご がゴージャスなの」
人目もはばからずケーキを作っているような身振り手振りを織り交ぜ、息継ぎもせず、まくし立てる様に呟く。
「そっ、そうなのこれこそが紅白饅頭、いや紅白歌合戦のような赤と白のハーモニー。それにたった一個と言うところが、たまらなく希少価値を感じさせるの」ここで初めて息継ぎをし、さらに続く。
「商店街で売っている一パック498円の い・ち・ご とは絶対。うぅん〃、全く違うの。Only oneが醸し出す気品かしら? 私もひ・と・り。きっといちごと一緒で気品があるのね」 どこまでも前向きな独り芝居だった。
題は『い・ち・ごショートな私』だろうか。
レイラは、あまりにも呼吸を入れずに一気に呟きまくった為、空腹と相まってちょっと 『くらっ!』とくる。
(あ〜最近、あまり食べてないものね。買ってしまおうかな。 い・ち・ごショート。 あ〜食べたい。 お腹すいた〜。 美味しそー)お腹をを押さえて、思わず叫びそうになる。
いつものお遊びが一通り終わり満足していたところに、気配が。小さな気配が?
(誰? 何? 目的は? 何んかや〜な感じがする)
レイラが気配の方に視線を合わせると、6歳位の黒髪を赤いゴムで止めた女の子が、ツーテールを揺らしながらケーキが飾られているショーケースに向って一目散に走って来る。
陸上競技が得意だったレイラは反射的に(いい脚力だ!)何て思ってしまう。
女の子は真ん丸な大きな目と、短めのピンクのワンピがとても可愛らしい。
その少し後ろからは、レイラとそれ程年齢が変わらない母親らしき女性が早歩きで追いかけて来る。
その景色はレイラの気に触るものだった。
レイラは「ふん」と(ひとの生き方なんて色々よ。法則なんてないんだから)と顔を背けようとするが、視線はついつい幸せそうな親子を追いかけてしまう。
そして、いつもの独り言が始まる。
「幸せなところには、な・ぜ・か 幸せが集まってくるのよ。ただ、それだけのこと。 幸せってきっと孤独をきらうのよね。 幸せのさびしがり屋さん!」次第に流暢になっていく。
「幸せな家庭に”幸せの象徴”『ケーキ』はお似合いですものね。うらやましぃわね〜。全く。・・・何を買うのかしら?気になるわね!気になって、気になって眠れないわ。立ったままここでは眠れないわ。 な〜んてね」息継ぎもせず、独りでボケ突っ込みをこなしてしまう。
「きっと、あれよ。あれを3個買ってしまうのよ。いちごのショート! だって、周りのケーキを霞めるかの様に一際輝いてるもの、誰だって引き寄せられるわ。あ〜ぁ 眩しい!」
実はレイラのいちごショートケーキに対する思い入れは、ただならぬものがある。
・・・ それは1年半くらい前、レイラがこの世界に『お・ち・て』から少し経過し、ようやく落ち着き始めた頃のこと ・・・
レイラはとある浜辺に落ちた。と言うか、やっとのことで潜り抜けた。
浜辺を途方に暮れてウロウロとしていたレイラは、年老いた漁師夫妻によって救われた。
―この話のは後になる―
ずっと子供がいなかった二人は、見ず知らずのレイラを自分の子供の様に面倒を見てくれた。(レイラは十分に大人であったが)
そんなある日、おじいさんは大事そうに小さな白い箱を持って帰って来たのだった。
おじいさんはテーブルにその小さな箱を置くと、レイラに箱を開ける様に促した。 レイラがドキドキしながら箱を開けると、中には見たことがない白くて奇麗な三角形の物体が3個入っていた。
その上には真赤なイチゴが1つ、燦然と輝いていた。
・・・美しかった・・・
イチゴが載っていたので、食べ物であることは直ぐに分った。
「美味しそう。」とレイラが呟く。
「何だ ケーキを知らんのか。食べてみな」と、おじいさんが言ったので、箱の中からケーキをそっと取り出して見た。
白いクリームが指についた。思わず舐めて見た。
「なに?これ。凄く美味しい」レイラは目を丸くして、その美味しさに驚いた。
イチゴのショートケーキはあっという間にレイラの手の中から消えていた。
「美味しいかい。もっと食べなさい。」おばあさんが言う。
「おじいさんと、おばあさんの分じゃ・・・。」レイラは直ぐにでも食べたいのを抑え、上目使いで、おじいさんと、おばあさんを見つめた。
「遠慮しなくていいさ、また買ってくればいい。」
レイラは遠慮がちに手を伸ばし、しかし残りの2個もあっという間にたいらげた。
それからは、時々イチゴのショートケーキがテーブルの上を賑やかにした。
レイラに取っては、初めてのケーキがいちごショートであった。
それが今まで食べたことのない驚嘆の味であった為、その後何を食べてもそれ以上のものは現れていない・・・。
女の子は、小さな手の中に千円札を一枚握り締めていた。そして、視線が、いちごショートに向く。
「これ、3個ください!」女の子は人差し指を突き出し、可愛らしくはっきりした声で店員さんに告げた。
「はい。これね。いちごショートケーキね。」二十歳前後のメガネを掛けた女性の店員さんは、満面な笑みで、白い箱にケーキを3個詰めた。
「あっ、やっぱりだ。やっぱりそうなんだ。買っちゃった。あ〜あ。きっと家に帰って爽やかな旦那さんと家族3人で仲良く食べるんだ。そして、た〜のしい 一家団欒が始まり・・・」
嫉妬の目付が空を引き裂く。が、やがて我が身を振り返りショックに陥る。
うつむく ・・・。
「買っちゃった。おじいさん ・ ・ ・ 」レイラはショックを受けたまま何処かの世界に迷いこんでしまい、トランス状態に入ったまま戻ってこれない。
『・・・。 ・・・。』
そこに、突然猛烈なバターの匂いが参入してきた。鼻孔をくすぐる。(いい・におい〜)匂いだけがレイラの世界に紛れ込み、空腹状態がレイラを現実の世界に呼び戻すことに成功した。
空腹の中、息もつかない独り言を連発していたことと、いきなりのトランス状態からの復帰が重なり、血の気が引いていく。足もとに神経がいかなくなってきた。
(どうしたのかしら?現世から遠ざかっていくような・・・。白くボケてきた。真っ白だ・・・バターめ!ちくしょぅ〜)
その時、勝者バターのコールが告げられた。ような気がした。
『バタッ!』大きな音が辺りに響きわたる。
― しばらくの空白 ―
(頬が冷たい。何か気持ちよい。何か寝てるぅ。何で寝てるんだろう?)
レイラは、うつ伏せに倒れていた。貧血で倒れてしまったのだった。
(あれっ?人がたくさんいる様な気配・・・ 何で? 人が?)そこで、『はっ!』と気がついた。
(倒れたんだ。いかん!起きなきゃ!!・・・あまり騒ぎになってません様に。お・ね・が・い!) ふらつきながら目を開き状態を起こすと、そこには凄い人だかりが出来ていた。
レイラは気づいていなかったが一人芝居をしていた時から周囲の注目を浴びていた。 それが、いきなり倒れたのだから、動物園で珍しい動物を見るかの様に一定距離を置いて何重もの人垣に囲まれていても当然である。
レイラは試しに照れ笑いを浮かべてみた。リアクションが無い。
(誰か笑って!突っ込んで!同情した目でみないで!)と思いながら、今度は恥ずかしさで、急に血の気が戻って顔に赤みが戻って来る。戻り過ぎる。
(とにかく、ここから逃げなくては。)と思った瞬間、袖口に抵抗感を感じる。
振り返ると、ツーテールの女の子が立っていた。先ほどケーキを買っていた女の子だ。
女の子は、右手に持っていた白い箱を両手に持ち替え、「あげる」と可愛らしい声でレイラに差し出してきた。
右に小首を傾けた愛らしい仕草が、レイラの心には返って追い打ちになる。
後ろには先ほどの母親らしき人が余裕の笑みで微笑んでいる。少なくてもレイラにはそう見えた。
レイラはこの状況を掴むのに5秒と掛からなかった。
(あっ!ケーキ屋さんを見ながら空腹で倒れたと思われた!)レイラは反論したかったが、誰もそう思っているとは言っていないし、当たらずとも遠からずと言うか、殆ど当たっていた。
観衆が頷きながら、可哀相な目でレイラを見つめている。
女の子に対しては微笑ましく見つめている。
レイラ一人を残して心温まるムードが出来上がっている。
主演はツーテールの女の子。脇役をその母親が固め、そして道化役が『タカキレイラ』。
「たまらん。」レイラは、とにかくこの場から離れようと思い、戻ってきたばかりの血の気を頼りに、ふらつきながらも立ち上がった。
周囲からはどよめきがあがり、恥ずかしさと、悲しさと、切なさを抱えたまま、人垣をかき分け一目散にその場から逃げ去る。
しかし、レイラの頭の中では、こんな状況の中でも”恥ずかしさと 悲しさと 何んとかで〜”とぐるぐると自前の音楽が流れ、その音楽に乗って走りが軽快になっていく。結構図太い精神の持ち主である。
この時、レイラは決心した。
”いつか絶対にいちごショートを4個買おう!”と。
後のレイラに取ってこの瞬間が人生の分岐点になったとは、誰も知る由が無かった。当然レイラ本人に取っても・・・・
◆レイラ開眼◆
陽は西に傾き、辺りは橙色に染まっていく。
西陽が目に刺さりとても眩しい。
レイラは目を細めながら屈辱の帰路に着く。
胸の前で腕を組み、ついつい眉間に皺を寄せてしまう。やがて、右手が考え込む様に頬に移り、眉間の皺はさらに深くなる。一生取れそうにもない程だ。
(そりゃね。イチゴショートを4個買えないことはないのよ。明日からちょっと節約して、塩むすびで過ごしさいすれば、その分は10日もあれば取り戻せるわ。でも、それでは意味がないの。余裕が必要なの。あの女の子のお母さんの様な余裕の笑みが必要なの。それで、初めてバターに勝てるの) 恥ずかしさの雪辱先は、逆転可能なバターに移っていた。
レイラは前向きに、現状打開策を考えていた。結構負けず嫌いな性格である。
隣町のデパートを出てから10分と少々歩き、アパートまでの中間点を少し通り過ぎたところに、高田町商店街がある。
レイラの住むアパートからの最寄の商店街だ。高田町の商店街も夕方には人通りが多くなり、それなりに賑やかになる。
(あっ。やっぱり胡瓜が安くなった、大根も。思った通りだ。あ〜やっぱりね、改装中のところ、パン屋さんがオープンしたんだ。当たるのよね〜私の予想) 商店街で目をきょろきょろさせながら自画自賛をする。
(それなのにどうして自分の事は分らないのかしら。分っていればもっと幸せなのに)ぼやきに移行した。
そこへ、女子大生っぽい人が通りの反対側をこちらに向かって歩いて来るのが目に入った。
(ようし、あの女子大生が何を買うかあてるぞー!)なんて、一人クイズ大会になる。
レイラは通りを渡り、女子大生らしき若い女性の後をつけ出した。
レイラは集中しようとする。しかし、『あてるぞー』と言う気合ばかりが頭の中を駆け巡り集中することが出来ない。
「あれ?今日は、何も思いつかない?なんでだろ」
そして、突然「わかった!!バラ肉」と気合を込めて大声を出して見た。
本当は全然何も浮かんで来てはいなかったのだが、浮かんで来たつもりで予想を作り出してのものだった。
「な〜んて、全然浮かんでこないや」とぼやくと、凄いたくさんの視線がこちらに向かっているのに気づいた。 レイラを円の中心として半径30m位の人達が大声に驚いて、怪訝な顔で視線を向けて来ているのであった。
「しまった。大きい声出し過ぎちゃった」
レイラは恥ずかしさで、また気が遠くなりそうになる
思考が止まる
回りは霞が掛かったかの様に微かに白くなりだす
その時だった。頭の先から足の裏までを稲妻が駆け抜けたのだった。しかも色は青く見えた気がした。
青い稲妻だ! そんな感覚だった。
その瞬間、閃いた。確かに閃いたのだ。
と言うよりは、いきなり記憶に追加されたような感覚であった。
こんな感覚は今までなかった。確かに色んな予想をするし、良く当たりもするがこんな閃き方は初めてであった。
「違う・・・。そう、何も買わないで帰るわ。そして、絶対彼女は女子大生。(隣町のW大学2年生 佐藤・・・さん。)」ぼそっと呟き、鳥肌が立つ。
実際、女子大生らしき人は何も買わずに商店街の通りを抜けて行ってしまった。
たかがこれだけのこと。
商店街で何も買わない人なんか山ほどいる。 むしろ通り過ぎる人の方が多い。なのに、レイラには完全に予想が当たった感覚があった。
何故かこのたった一度の出来事でレイラは自分の特殊能力に確信を持ったのだった。
◆レイラ方針決まったわ◆
室内であるのにひんやりとした空気が漂い、室外よりも寒さを感じてしまう。
そんな部屋。
アパートに戻ったレイラは、蛍光灯から垂れ下がる紐を引いた。すると幾分暖かくなった様に感じられた。
部屋は片付いてる様にも見えるのだが、レイラの性格からか全く使いそうもない物が積み重なっており、ちょっとごちゃついている。
レイラは商店街からずっと、どうして閃きに結びついたのか、その過程を考えていた。
「無心と言う感じなのかな?ようは考えちゃ駄目なのよね。きっと」と独り言を呟きながら「当たり前か〜閃きなんだから。」と、結論が出ない。
(考えずに感じれば良いのかな?)と思っても見る。
思考を続けること暫し ・・・。
考え疲れをしたので、テレビのスイッチを入れ、畳の上に仰向けに転がって考えてみる。
「自分の事なんかが当たらないのはきっと。雑念があるからね。とっても自然体になんかなれないものね」
どうしても自分の事には客観的になれるような気がしない。
『欲望と期待と悲観』レイラを邪魔する三大要素が働いてしまう。
それが閃きから、大脳を使った思考へと移行してしまうのだ。レイラの場合は、どちらかと言うと、と言うか完全に悲観が強い。
すっかり考え疲れしてしまったレイラは、テレビの画面に視線を移してみた。画面上には津波情報のテロップが流れている。
レイラの目は文字を追う。「地震があったんだ」画面には天気予報の気象図が映っており、やがて各地の予報が報じられる。
「雨かぁ・・・。予報ってあまり良い事を知らせてはくれないのよね。予め知る必要があることって悪いことが多いのかしら。」さらに独り言は続く。
「私だったら良い事を知らせたいわね。 ・・・ んっ?」
「んっ?」
「 ・・・ 」暫く呟きがとまった。
そして、右脳と左脳の間で埃まみれになっていた鐘が高らかにその音を鳴らした。 福引の抽選で、4個入りの洗剤が当たった時以来の鐘の音だ。
「そうよ。そう。そうよね。これよ。予報士になるわ。人の未来の予報。誰もやっていないじゃない。きっとウケるわ。自分のことじゃなきゃ予報できるわよ。きっと」 この時、星座占い好きにも関らず、自分の発想が占いと全く同じでることに気が付かなかった。
そして、それが幸いとして翌日から予報士レイラが誕生することになるのであった。
目標が決まって嬉しくなったレイラは、三日前におばあさんが送ってくれた、取って置きの”サバの干物真空パック”を焼き、晩御飯で前途を祝した。
久々のタンパク質であった。
寒々とした部屋の温度は3度程暖かくなった気がした。いや、間違いなく暖かくなった。ガスコンロでサバを焼いたのだから ・・・。
◆レイラまた白くなって青くなる◆
翌日のレイラの行動は敏速だった。 なにしろ、持ち金が底をつく寸前なのだから『考えるよりまず行動しろ』である。
レイラはまず、必要な物を考えて見た。
予報士と言いながらも、頭の中では隣街の占い師の姿を想像してみるのである。
「まず、そう椅子とテーブルね。それと、予報をしていることが分るような机に置く看板みたいな物。それと、お客様への愛情よね。なんてね、うふ〃」レイラは独りボケをしてみた。
「でも何か足りないわね。インパクトがないのよね。そうね〜・・・ これかな?」と、押し入れの中からガラスで出来た球状の玉を出す。
漁師のおじいさんから貰ったお気に入りの”浮き玉”である。
とっても気に入ってしまい、おじいさんのところを離れる時に持って来たのだが、使い道がない為に押入れの中に眠っていた。
「いざとなったら玉を出せってね。何でも大事に取っておくべきよね。おじいさんありがとう!」と呟く。
結局は、占い師の水晶玉を意識している格好だが、本人は全く気がつく気配がなく、むしろ自分の発想に深く満足するのであった。
(テーブルと、椅子はどうしようかしら。部屋には使えそうなものはないし・・・。取り敢えず足で探すしかないわね) テレビで観た刑事ドラマのフレーズを参考にして見た。
レイラは宛てもなく外に出て見ることにした。
『考えるよりまず行動しろ』である。
ごみ捨て場を見たり家具屋を見たりしたが、それっぽいものが無かったり値段が高かったりでなかなか良いものが見つからない。
そして、役所の前を通りかかった。すると、何やら役所の駐車場が騒がしいのに気がついた。
何か敷物を引いてその上に洋服や、雑貨類を並べているようである。
(何だろう?)レイラは駐車場の中に入って見ることにした。
それは、どうやら家で必要の無くなったものを安い価格で販売する市場のような物のようである。
日曜日だったことが幸いして、役所前駐車場ではフリーマーケットが開催されていたのだった。
駐車場の中では、外から見るよりも色々な物が売っていた。
中にはかなりマニアックなものまでがあり、レイラはその品種の豊富さと、お手軽過ぎる価格に目眩がしてきた。
当然本当に目眩がした分ではなく、感覚的な問題だったのだが昨日の商店街の出来事と同じ様に薄っすらと白い霞がかかってくる。
「あらっ?これもしかしたら、来たかも」
いとも簡単に稲妻がレイラの身体を駆け巡った。
色は?今度は、はっきり判った。完璧に青かった。澄み切ったブルースカイ”爽やかな青い稲妻”だ。
当然の如く閃いた。と言うよりも、まだ見つけていない目的の物が記憶の中に刻まれる。
「了解。」新しく得た自分の記憶に返事をする。
レイラは興味のそそるマニアックな品々には目もくれず、割り込まれた記憶に従って真直ぐに進む。
すると、その先には(あった!)新しい記憶に刻まれたものと全く同じもの。
古くて色あせてはいるが、おあつらい向きの小さなテーブルと、折りたたみのパイプ椅子が2脚。
(こんな小さなテーブル何に使うものなのかしら?まっ、そんなことはこの際関係ないわ。問題は金額。幾らかしら?) 金額は記憶に刻まれなかった。
値札を探して見ると、テーブルの淵に500円と書かれた色あせた値札が貼られていた。
(買えるわ。予想通りの価格ね。椅子は幾らかしら?)椅子の方も探してみる。
300円と言う値札が細い針金で結ばれていた。 (この値札は古いから、なかなか売れていないということね)と思ったレイラは、値段を一応聞いてみることにした。
出店しているのは、人の良さそうな50代後半の夫婦であった。 レイラは特に見た目が優しそうなおじさんの方に聞いてみた。
「あの〜、テーブルと椅子2脚は安いですか?」と、値切りをお願いしていることを思わせる様に、ちょっと上目使いで聞いてみた。
おじさんは察してくれた様で、優しい笑顔で「あ〜全部で500円でいいよ。」と言ってくれた。金額を聞いたレイラは「しめた!主導権を握った」と思い、再度聞き取れなかったふりをして、もう一度「えっ?」と貧しそうな笑顔で尋ねてみた。
実際貧乏だから、罪悪感はない。
すると、おじさんは「わかった、わかった、380円でいいよ」と言ってくれた。
レイラは、お金を取る為にロングスカートのポケットに入れた右手をしっかりと握り締め、気付かれない様にガッツポーズをするのだった。
帰り道、思いもよらず嬉しい買い物をしたレイラに取っては、担いだテーブルと椅子2脚等はケーキ3個よりも軽く感じられた。
しかし、まだ一番肝心なものがまだであった。
(物は揃ったけど、一番肝心なのは予報する場所なんだけど〜 どっか良いところないかしら・・・)レイラには、心当たりが全くなかったので、自分の脚で探して交渉するしかなかった。
(テーブルと、椅子を置いたら、場所探しをしなければならないわね。)頭の中で記憶の地図を広げてみるのだった。
やがて、商店街中央の十字路に差し掛かった。レイラの目に一軒のお店が目に入る。レイラが歩いている大通りから、北側を走っている線路に向って2件目の馴染みの八百屋さんである。
馴染みと言うか、何故か初めて買い物に行った時から、異様にレイラに好意的に接してくれるのである。
いつも他のお客さんには内緒で野菜等を安く分けてくれるのである。
全く理由が全く分からないが、レイラは深く考えずいつも行為に甘えていた。
「そっか!ノシさんに頼んで見ようかな。駄目元で! ここなら大通りに近いから良いかもね。」
八百屋のおじさんをレイラは”直志商店”なので”ノシさん”と呼んでいる。直志は、おじさんの名前らしい。
◆レイラ開業目前◆
昼過ぎなのに八百屋さん”直志商店”にお客さんは一人もいなかった。
ノシさんは、テーブルと椅子を担いでいるレイラを見つけると、腹を抱えて爆笑で迎えてくれた。
真剣にテーブルと椅子を探し当てたレイラは何かちょっとムッとしたが、笑ってくれているうちにお願いするのが一番と思い、一気に予報屋さん開業の話をした。
そして、その為に店先を貸してほしいと言う旨を伝えて見た。
笑われるかと思ったが、既に爆笑していたせいであるのか真面目に聞いてくれ、あっさりと閉店後と言う条件付きで快諾してくれた。
「ノシさん有難う!!」抱きつくような勢いで、ノシさんの両手を握ってお礼を言った。
フェイントを掛けられたノシさんは、また爆笑をするのだった。
ノシさんは、何と爆笑の元であるテーブルと椅子までを、店横の小さな物入れ小屋に預かってくれ、別れ際には、ちょっと古くなった野菜を大きな紙の袋に沢山入れてくれた。
レイラは(逆やないかい)と心で自分に突っ込みながらも財布の中身を考えると顔から笑みが溢れて止まらなかった。
いつものように100円を支払いその場を後にした。
多分、ノシさんに取っては無料でも良いのだろうが、毎回無料だと気を使わせると思い敢えてお金を受け取っているのではないかとレイラは思っている。
ノシさんと別れた後、レイラは軽い足取りでアパートに戻ると、最後の準備としてテーブルの上に置く”卓上の看板”の製作に取り掛かることにした。
看板と言っても厚紙に黒マジックで”予報士”と書き筒状に丸めただけの寂しいものである。
「準備は完了。後は、実践 ・・・?」
「んっ?」
「?」
「いっか〜ん! まだ閃きが自分のものになっていなかったわ!」すっかりその気になっていたレイラは、自分が予報士としての資質を開花させきれていないことを忘れていた。
いざ、お客さんが来た時に閃きがあるとは限らない。ましてや、”爽やかな青い稲妻”がゴロゴロと都合良く舞い降りるとは思えない。
今のままでは、適当なことを言ってお茶を濁さなければならない可能性の方が圧倒的に高いわけである。
「どうしようか。もう少し待つ? ・・・ それとも、見切り発信の出たとこ勝負?全くのノープランで行っていいの? ・・・ どうしよう」自問する。
悩むこと30分「後は野となれ山とナデシコ七変化か」(こんな唄あったけな〜)と思い、口ずさむ。
唄うにつれて調子が良くなる
そして立ち上がる
数年前まで、良く夜の盛り場で踊りまくっていた頃の事を思い出し踊り出す
久し振りに踊ると気持ちが良い
爽快だ
だんだん無心になってきた
頭の中はニュートラル状態
そして、辺りに霞がかかってくる
・・・ ・・・。
その時だった、物凄い稲妻が身体を駆け抜けた!
色は?勿論透明感のある爽やかなスカイブルー(音はしない)!!
その瞬間、レイラの脳裏には絶対に”成功する”と言う記憶が刻まれた。
レイラは思った(今日から始めよう!!!)固く決意するのだった。
そして、18時45分”直志商店”閉店15分前「よいしょ」と言う気合いが抜けそうな声と共に、寒がりなレイラは厚着をして出陣するのであった。
もちろん、バッグの中に”浮き玉”と、”予報士と書いた厚紙”を入れて。
< つづく >