九十九様
「なんだ?ねぼけてんのか?」
「しばくよ?やっぱりこの銃光ってるの。これ、もとからこういう銃ってわけじゃないよね?光ってるの見えない?」
「お前の言ってる意味が分からん。そいつは古いけど普通の猟銃だ。」
呆れたような富岳に対して、おばあちゃんは何だかわくわくした様子で身を乗り出した。
「チトセちゃんには光って見えるの?もしかして精霊や九十九様がいたりしてね。その銃はひいおじいさまがお作りになったものでしょう?」
九十九様?おばあちゃんが話してくれたあれか。
「確かにひいじいさんが作ったものだけど…だいたい九十九様ってのはそんなほいほいあらわれるもんじゃねえよ。」
「あら、わからないわよ?」
おばあちゃんと富岳が話している声に混じって、何か聞こえてきた。
『おい…おい!聞こえているのだろう?』
…呼んでる。空耳?銃の傍にしゃがんで耳を澄ませてみる。
「呼んでるの…?」と、小さく呟いてみた。
『やっぱり聞こえてたな。それにお前、見えるのか』
やっぱり空耳じゃない。二人には聞こえていないようだ。でも間違いなく聞こえる。今は声もはっきりしてきた。
「聞こえた…けど、見えるって何?光ってるのはわかるけど」
『そうだ。気づく者は少ないがな。お前の気配は変わっているな、こんな気配の人間は初めてだ。もしや愛し子か?』
愛し子って何だ。気配が変ってどういうことだ。
さっきまでかすかだった光がだんだん強くなってくる。
ガタンと音がしたので振り返ると富岳が立ち上がっていた。うそだろ…と呟いている。わかったらしい。光が見えたのかな。
『面白い。お前に気づいてもらえたのも縁だろう。なあ、俺の使い手に伝えてくれないか。…名をくれと。そうしたら彼に寄り添い、力となろう。この身が壊れてしまうまで。』
使い手…富岳のことか。私は立ち上がり、一歩下がった。
「富岳、声がするの。この銃だよ。名前をくれって。くれたら力になるって。」
「は?」
富岳はゆっくりと銃のそばに寄り、まじまじと見つめる。信じられないという顔だ。しかし光はさらに強くなる。
「やっぱり九十九様だわ。凄い…この猟銃に宿っているのよ!この銃のことを考えてみたらありえないことではないわ!」
おばあちゃんは興奮した様子で富岳と猟銃を見つめている。
「あんたが名前つけるの。使い手はあんたでしょ」
光は強くなったり、弱くなったりを繰り返している。
富岳は視線を落とし、少し思案すると銃の傍に来て跪いた。
「…リンはどうだろうか。」
『リン…いいだろう。気に入った』
光がさらに強くなり、眩しくて目を開けていられなくなる。
暫くして光が収まったことに気づき目を開けると、猟銃は人の形に姿を変えていた。
富岳と同じくらい背の高い男性。薄紅色の平安装束に、右肩から銀色の毛皮を羽織っている。短い薄茶の髪に瞳。銃床に刻まれていた装飾とおなじ模様が左頬から首にかけて入れ墨のようにはしっている。
「まじか…銃の九十九様…?」
『リンだ。お前が名を付けただろう?富岳。長い時を経た上にお前が名をくれた故、ようやっと姿を現すことができた。』
「てか、男かよ…じゃねえ、ですか。…名前…」
富岳はばつが悪そうな顔をしている。うーん、彼(?)は見た目ワイルド系の男性。
もっと雄々しい名前にすればよかった、可愛すぎたとでも思ってんのかな?
『この名に不満はないぞ。些末なことは気にするな。あと、言葉もいつも通りにしろ。俺の前でそんな言葉を使ったことなどないだろうが』
うん。同意。まあ、富岳に敬語とか似合わないよね~。
そんな風に思っていると富岳ははぁ~っとため息をついた。
「分かった。これでいいか。」
富岳の言葉に、リンは満足そうに頷き微笑んだ。
「ならいい…えっと、リン。これからも大切にする。ひいじいさんの形見だし」
そう言って立ち上がる。富岳は真剣な表情でリンの目をまっすぐに見た。リンは嬉しそうに笑う。
『そうか。お前の曽祖父は面白い御仁であったからな。己の決めたことに対しては愚直なまでに一直線だった。その子も孫も見ていて楽しかった。お前の祖父や父だな。俺を大切にしてくれた。』
リンの眼は懐かしそうに遠くを見つめている。
在りし日に思いを馳せているのか。本当に大切に使われてきたんだろう。
『これからもお前の傍に在ろう。人の営みは儚くも美しい。願わくば、長く楽しませてくれ』
それからリンは私に目を向けた。
『愛し子よ。礼を言う。おかげで名を付けてもらえた。』
いや、別にいいけど。聞こえたから通訳しただけだし。
『言っただろう、それが稀なのだ。お前が気づくまでは俺もこうして姿を持てるとは思っていなかった』
そうなのか。リン曰く、こうして九十九様が現れたモノを九十九憑きと言う。九十九憑きは非常に珍しく、その条件も厳しい。しかし九十九憑きとなると、そのモノのスペックが飛躍的に上がるのだそうだ。
『しかし、愛し子よ、何故そのお二方をそのままにしているのだ?』
私から目を離さずにリンは言う。お二方?何を言っているのだろう?周りを見るが、ここには私とおばあちゃんと富岳とリンしかいない。
分からない…というようにリンを見ると、私のポケットを指さす。ポケットにはあのお守りしか入っていない。
『そこにいらっしゃるだろう。お前は俺に気づいたんだ、このお二方に気づかないはずはない』