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だいたい30分小説

おでんの起源

ある日の夜、食卓におでんが並んだ。

ちくわやこんにゃく、大根にゆで卵等が入った、ごく一般的なものだった。

大体四割程度が余り、明日の朝食となることになった。

これは決して不味いとか今回は分量を間違えたとかではなく、

我が家ではいつも多めに作り翌日に持ち込むのが当たり前だった。

余った部分を寝かせておき、次の日に温め直して楽しむのが

おでんの醍醐味と言っても過言ではない。

僕も一晩おいてよくしみた大根が大好きだった。

しかし翌朝温め直されたおでんは前の晩のものと変わらず、

それどころか少し硬いような気さえしていた。

結局あまり皆の箸は進まず、大部分は放置された。

前日よりもおいしいと期待していただけに、尚更食べる気力も失せる。

さすがに捨てるのも忍びないと、

おでんは小分けしてタッパーに入れられ、冷蔵庫へと封印された。

この時の家族の落胆ぶりと言ったら、もう腹が捻れて千切れるほどだった。


意外にも封印は早く解かれ、夕食にまたおでんが出た。

しかしこのおでんがまた酷いもので、まるで鍋に入れた直後のものを

すぐに取り出して食卓に並べてしまったかのようだった。

硬く、味は全くしみておらず、完全にナマだった。

皆で首をひねりながら、さすがに三日目は腐るだろうと捨てることにした。

残念ではあったが、とても食べられるものではなかったから仕方が無い。

僕は流れていくおでんをそっと見送った。


しかし、おでんとは翌日の昼の弁当の中で再開することになった。

どうやら小分けにされたおでんのタッパーの一つが運良く廃棄から逃れて、

僕の弁当のおかずにされたようだった。

僕に人権はないのかと思いながら口にジャガイモを含むと、

シャキシャキという食感とともに土の香りが漂った。

ちくわに至っては生臭ささえ感じる。

明らかに食べられたものではないと思い、僕はおでんだけ弁当箱に残した。

家に帰って弁当箱を洗いに出したかったが、残したことがバレれば、母に怒られるのは確実だった。

仕方なく「弁当箱は学校に置いてきた」と嘘をつき、自室におでん達を匿うことにした。

机の上に弁当箱を放置し、ベッドに寝転んでため息を一つつく。

何故僕があのクソ不味いおでんのために悩まなくちゃいけない。

そもそも食べられないものを作った製造元、つまり母の責任であるはずだ。

ふつふつと怒りは湧いてくるが母に逆らう気にもならず、

ただぼうっとしているうちに睡魔に襲われそのまま目を閉じた。


目が覚めたのは、カタカタという小さな音のせいだった。

弁当箱が動いて机とあたることで音は出ていた。

弁当箱の蓋を恐る恐る開けると、中はすごい状態だった。

ジャガイモはいつの間にかしぼみ代わりに根や蔓が生え、

ちくわは半分ほど魚に変わろうとしていた。

ゆで卵は毛が生えくちばしや足が伸び、卵と鶏のあいのこみたいになっていた。

僕は努めて冷静になろうと考えた。

これを説明したところで家族が信用してくれるとは思えない。

速やかに部屋の窓から放り捨ててしまおうと思った。

しかし、この奇妙なおでんクリーチャーズがどうなるのかに興味もあった。

捨てるのは後でも遅くない、今は観察をすることにした。


このおでんクリーチャーズは時間を逆行しているのではないか、

という予測を僕は立てた。

それなら元ジャガイモや元ちくわの変化に説明がつく。

しかし問題は元ゆで卵だった。

ゆで卵が時間を逆行すればやがては小さな卵細胞となり、消えてしまう。

しかし今の元ゆで卵は消える気配など無く、足を動かし今にも歩き回り始めそうだった。

もう少し観察を続けることにした。

しばらく時間が経つと、彼らはまるで火の鳥のように老化と新生を繰り返しながら、

少しずつ変化していることに気付いた。

しかもそのサイクルはだんだん早くなっている。

やがておでんクリーチャーズは輪になり、光りながらぐるぐると回り出した。

その間も変化は続き、どこかの本で見たような姿もチラチラと見える。

やがて彼らは第四期から第三期、中新世とどんどん遡っていく。

どんどん回転は加速する。

どんどん変化も加速する。

始新世、暁新世、白亜紀ジュラ紀三畳紀ペルル紀石炭紀デボン紀シルル紀オルドビス紀カンブリア紀ああもう追い切れない!

彼らはだんだんに通ったものとなり、最終的には完全に一致した。

それでも回転は止まらず、やがて輝く球となった。

その球には大きな山や大地が続く様子が映し出されていた。

もっとよく見ようとした瞬間に突如として球は青く色を変えた。

やがて球はほどけ、海のような美しい衣をまとった女神が出てきた。

僕は誓って無宗教である。

いや、そもそも誓えないけれど、そんな僕でも彼女は一目見て女神だと分かった。

あっけにとられる僕を見て彼女は微笑み、その海の衣で僕の頬をひと撫でした。

ちらりと首元のヘビのネックレスが輝くのが見えた。

僕は何か言うべきだと思った。

けれど頭が追いついてこない。

結局僕がモニョモニョしているうちに女神は消えてしまった。

後には何も残らなかった。

ただ、あの美しい海の色だけが目に焼き付いていた。


翌日の朝にはもうおでんは出なかった。

昼は購買のパンで済ませたし、夕飯はハンバーグだった。

学校でも、家でも変わったことは一切起きていない。

唯一あるとすれば、今日の生物の進化についての小テストが満点だったことぐらいだろうか。

結局アレは何だったのだろうか、などと思いながら僕は眠りにつく。

それを突き止めるためにも、また近いうちにおでんを作ってもらおうと思う。

きっと鍵はあの女神だ。

今度はちゃんと話せるように、メモも取ってあるし心の準備も決めた。

言葉が通じるかが心配だけど、最近は居眠りせずにちゃんと英語の授業も受けている。

次のおでんはいつになるだろうと、楽しみで仕方が無かった。




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