表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/17

五 調査報告


 軽い夕食を終えて風呂を借りた後、彼女の自室でテレビを見ていると、「客間を使うか私の部屋で一緒に寝るか、どちらがいい?」と尋ねられた。

 ルナさんに迷惑をかけたくない気持ちもあるが、一人で寝るのはどうにも心細いと告げると、彼女はひとつ頷いて、他の部屋から布団を持ってきてくれた。布団を敷き終わると、勝った方がベッドなと有無を言わさず宣言をし、ジャンケンをすることになって。私はチョキでルナさんはグーで、負けた私は布団で寝ることになり。

 いろいろなことがありすぎたため、興奮して寝れないかと思っていたが、体はきっちり疲労を訴えていて、布団に入ると私はすぐに眠りに落ちる。

 ……そうして次に私たちが目を覚ましたのは、外が明るくなった頃。ルナさんの携帯電話がけたたましく鳴り響いたからだった。

「電話か……」

 ルナさんがとろんとした目を擦り、枕元の携帯電話を持ち上げる。私もそれを覗き込んだ。サブディスプレイに表示されている名は『佐藤智宏』。

 それを見るとルナさんは、携帯電話を無造作に放り出した。

「い、いいんですか?」

「シガーさんの電話なんて留守電聞けば事足りる……寝るぞ」

 暗闇の中、録音中、という文字が申し訳なさそうに光る。

 本当にいいのかなあ、と思いながらも私も眠気には勝てず、意識は再び闇に落ちる。



 そして再び起きたときには昼をすっかり過ぎていて、ルナさんはしまった、と舌打ちをした。目覚ましをかけ忘れたらしい。

 目を覚まして私はまず自分の手足を確認した。それらははっきりと見え、そして私はまだこの世界にいた。そのことに、不安ではないけれど安堵でもない、曖昧な感情を覚える。

 けれど私の口はそれとは裏腹に、非常に日常めいたことを言っていた。

「……学校、どうしますか?」

 そう私が尋ねると、ぼんやりとした頭を軽く掻きながら、ルナさんは私を見た。

 そのまましょぼしょぼした目で私をしばらく眺めたあとに、

「……ああ。いいや。面倒だ」

 友情というのはこういうときのためにある、そう言って携帯電話を弄り始めた。何かメールを書いて送ったようだ。友人に代返でも頼んだのだろうか。

 そのあと携帯電話はすぐに光って、受信を知らせてくれた。

「どうでしたか?」

「寝坊したから今日一日サボると送ったら、『そうだろうと思って二限の代返しといたからだいじょーぶ。任せれ』だと。まったく、持つべきものは友人だな。

 しかし腹が減った。朝食……いや、昼食にしよう。

 亜由美さん、何が食いたい? あー、米とパンどっち派だ? 麺でもいい。すまないが、今、頭が回らなくて自分で決めるのが億劫なんだ。できたら具体的な品名を言ってくれ。大抵のものは台所にあるから」

 そう言われて、結局私がリクエストしたのはバターロールサンドだった。作るから朝風呂でも浴びてこいと言われて、簡単にシャワーを浴びさせてもらってくると、ルナさんはキッチンでベーコンとウィンナーを炒めていた。

 どうやら、すっかり目は覚めたようだ。

「手伝うことありますか?」

「そうだな、冷蔵庫から飲み物を出してくれ。何でもいい」

 開けるとそこにはずらりと飲み物が並んでいた。お茶類から炭酸系までいろいろ揃っていたから迷ったけれど、一番おいしそうに見えたガラス瓶のオレンジジュースを出した。

 テーブルで待っていると、お盆に二人分の朝食とコップを二つ乗せて持ってきた。私の席の前に皿とコップをひとつずつ置いてから、向かい合う席に自分の分を置いた。そうしてコップにオレンジジュースを注ぐと、私に「召し上がれ」と言った。

 頂きますと手を合わせ、まずスクランブルエッグを挟んだバターロールを一つ頂く。

 胡椒が効いていて少し辛かったけれど、それがアクセントになっていておいしかった。普通のものより卵がふんわり仕上がっている感じがしたから聞いてみると、隠し味程度に牛乳を入れるといいとのことだ。今度自分で作る機会があったら、試してみよう。

 私がそれを半分ほど食べた頃、

「さて、と」

 彼女は早々に一つめのバターロールサンドを食べ終わると、ポケットから携帯電話を取り出した。

「聞くか。あの変人の声でも」

 シガーさんの入れてくれた留守番電話のことだ。

 ルナさんはテーブルの上にそれを置くと、いくつかの操作をして、私にも聞こえるようにスピーカーモードにする。そして彼女がボタンを一つ押すと、再生が始まった。

『はーいこんばんはっ。いやもうそろそろおはようかな? ナツキちゃんの心の恋人シガーさんでーっす。あっ、心だけじゃなくてすべての恋人でも一向に構わないけどね俺はっ。できることなら身も心も俺に預けて頂ければ――』

「セクハラ紛いの無駄な前置きはいいからさっさと用件言ってください」

 留守電にそのツッコミは意味がないと思うが。

 けれど『シガーさん』はそれがわかったかのように咳払いをすると、浮ついた声から真剣なそれに切り替えて、要件について話し出した。

『さて、先日から起こっている連続殺傷事件についてだが。

 現時点で被害者は三人。三人ともうちの大学の学生で、女性。名前は、天音彼方と弓崎あかりと真柴亜由美だ。

 前者二名の怪我は比較的浅く、弓崎あかりは数日の入院となったが、今は既に復学している。天音彼方と真柴亜由美は二年で、弓崎は一年だ。写真が欲しければ連絡をくれ。俺の私物入れに置いておく』

「写真が手に入るのか」

「え?」

 ルナさんの突然の言葉に私は慌てて顔を上げた。

 が、彼女は黙して語らない。ただじっと、携帯電話から聞こえる声に耳を傾けたままでいるから、私もそれに対する答えを求めるのは避けて、同じように彼女の先輩の声を聞いた。

『しかしながら真柴亜由美だけは別だった。……腹を正面から深く刺されて死亡』

 真柴亜由美、死亡。

 思わずぎくり、と体を震わせる。けれどそれはあくまでも私ではない。この世界の本来の、真柴亜由美の姿だ。

『天音彼方、弓崎あかり、真柴亜由美。

 この三人に共通点は特にない。面識もないと思われる。ただ、凶器に使われた刃物が同一のものであるため、犯人は同一人物だろうとされている。

 また、前述したとおりに被害者はまったくの無作為に抽出されているため、被害者決定にはなんらかの理由はないのではないかと言われている。だから――』

 だから。

 そこで一度言葉を切り、シガーさんは。

『――お前も気をつけろよ』

 真剣な声で、突然言われたそれに。

 ルナさんはきょとん、と目を丸くした。

 それからゆっくりと唇を歪めて、笑う。

「……何を言っているのか」

 けれどその笑顔には、少しばかり――

『さぁてお待たせいたしました!

 ここからは俺がナツキちゃんのことをどれだけ想っているかオンステージ略して『俺ステ』をお送りし』


 ぶつっ。


 即座に留守電再生を切った。

「そういうことらしいぞ」

 そしてそう言うルナさんの表情から、笑顔は既に消えていて。

 どころか軽い苛立ちすらも透けて見えて。

「あ、えーと……」

 ちょっとそのオンステージ聞いてみたかったです。

 とか言ったらルナさんが更に怒りそうなので。

「……なんとなく理解しました。

 けどこの人、どうしてこんな情報を手に入れられるんですか?」

 それもこんな短時間で。

 彼女はコーヒーカップをひとつ私の目の前に置きながら、呟くように言った。

「うちのサークルの人間なら、この程度はどうにでもなる」

 そう言って彼女はオレンジジュースを呷った。それから顔をしかめる。オレンジジュースが酸っぱかったからでは……ないだろう。

「しかし面倒だな……帽子を深く被らせれば大丈夫か」

「何の話ですか?」

「『写真』だ」

 それは、先ほどシガーさんが「欲しければ連絡をくれ」と言ったもの。

 私は目を丸くした。それが何か?

「うちのサークルは少々行動的な奴らと少々情報網の広めの奴らの集まりだ。基本は学生だから、無論全て、国家権力には負けるがな。

 ――けれど、ただ少し変わった人脈を持っているだけの人間にも、真柴亜由美さんの写真は手に入ってしまうような現状だ。この意味がわかるか?」

「え? えぇと――」

「『被害者・真柴亜由美』の顔は意外と世間に知られているということだ。あまり不用意にうろつかない方がいいな。まぁ、ほとんどが帽子や他人の空似で誤魔化せるだろうが」

 ルナさんは、私が思いつくより早くそう答えをくれた。言われて、なるほど、と納得する。

 それから彼女はぶつぶつと何かを言うと、もう一度留守番電話を再生した。何かに気づいたのだろうかと思って、私は何も言わずにいる。

 そしてシガーさんの喋りが俺ステ云々のところまで来ると、ルナさんはまた同じように再生をやめた。それから携帯をじっと見つめて、

「エービーシー……」

「え?」

「……いや、なんでもない」

 それからまたしばらく黙り込んだ後、なんでもない、ともう一度繰り返し。彼女はかぶりを振って、携帯電話を折り畳むと自分のポケットへしまった。

「さて、これから何をしようかな。学校も行かないことだし、することがない……ううん」

 退屈は好きじゃない、そう呟いて唸り、それから彼女は私を見た。

「亜由美さん、PS3とwiiとPSPとDS、どれが好きだ?」

「持ってるんですか?」

「有名どころはあらかたある。DVDもいろいろ揃っているからそれでもいいが。ソフトは、そうだな――」

 そうしていくつかルナさんの持っているゲームの名を上げてくれる。その中には私が機会さえあればプレイしてみたいと思っていたゲームもたくさんあった。だから私がぜひともやりたいと勢い込んで言えば、彼女は嬉しそうに笑ってくれた。

 朝食につかった皿などを片付けて、ルナさんの部屋に行く。ルナさんが持っていたゲームは、どれもこれもテレビCMなどで有名なソフトで、だからこそ私たちはそれらにのめりこんでしまった。レーシングゲームで対戦をしたり、交代にRPGのシナリオを薦めてみたり――

 そうして二時間ほど、熱中していたから気づかなかった。

 ルナさんのマナーモードにされたままの携帯電話が、延々私たちを呼び出していたことに。



 ぴんぽーん、と。

 私たちがゲームの世界から引き戻されたのは、ルナさんの家のインターホンが鳴ったからだった。

「お客さんですかね?」

「居留守使おう」

 即答。

「い、いいんですか?」

「面倒だ。それよりもうひとレースやろう」

 今のルナさんは、来客よりもレースゲームにご執心の様子だ。彼女の家――性格には彼女の両親の家だけど――だから、私がどうこう言う筋合いもない。

 キャラクターとコースを選択して、レースの開始を待つ。さほどの時間をおかずに、テレビ画面の中で、赤が二つ、青が一つの信号がひとつずつ点滅していく。そしてその点滅に合わせて音が鳴る。ぴっ、ぴっ、ぴっ――ぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴ以下エンドレス。

 スタートになるはずの最後の一音は、家のインターホンが連打される音に遮られた。

「…………」

 あ、ルナさん怒った。

 彼女の無表情の中に苛立ちが混じるのがよくわかった。

 ふん、と鼻から息を吐いてゲームのストップボタンを押すと、ルナさんはカーペットに立ち上がった。それから部屋のドアを開けると階段をとんとんと降りて行き、廊下を早足で歩いて玄関に立ち。

「まったく、誰――」

 ドアを開けながら、不機嫌に彼女が言いかけて、しかしそれが途切れたのは。

 ……彼女以上に不機嫌そうな表情の、礼さんがそこにいたからだ。



 礼さんがルナさんの家に上がって。

「ちょっとお前らそこ正座」

 リビングに通された礼さんがまず言ったのは、そんなことだった。

 しかしルナさんは腕組みをしてふんぞり返りながら、

「『してくださいお願いします』は?」

「正座!」

「…………チッ」

 ルナさんは派手に舌打ちをして、しぶしぶながら礼さんの指示に従った。礼さんが本気で怒っていることがわかったからだろう。

「いいか。昨日の今日だぞ。あんなことが起こって昨日の今日で、なーんでお前ら俺の存在完全無視でこんな時間までゲームできるのかなぁって思うわけですよこの俺は!」

「ゲームしてたのはほんの数時間だ。寝坊したけどな」

「同じだ!」

 つまるところ礼さんは、自分の存在を蔑ろにされたことが腹立たしいのだろう。

「そもそもお前、なんで私の家を知ってる」

「去年お前、俺に年賀状出しただろうが。その住所見てきたんだよ」

「そうだったか」

 首を傾げる。どうやら本気で忘れてしまったらしい。礼さんがルナさんの家に来れたということは、それにきっと間違いはないはずなのに。

 礼さんの怒りの矛先は、次に私を向いた。

「亜由美も亜由美だ。お前、自分の置かれた立場とかわかってんのか」

「わかってるよー……」

 私は唇を尖らせて言うけれど、礼さんは大きくかぶりを振った。

「いーやわかってない。わかってないからそうやってルナとぐだぐだだらだら遊んでるんだ。今もお前、なんで俺がこんなに苛立ってるかもわかってないだろう」

「それは亜由美さんが自分を頼ってくれてないからだよな」

「ルナは黙ってろ!」

 横から茶々を入れたルナさんを、ぎっ、と怒りの色の濃い鋭い視線で睨みつける。彼女はそれを見ると私に顔を寄せて、

「ほら亜由美さん、礼が図星つかれて逆ギレしたぞ」

「礼さん、逆ギレは駄目だよー」

「お、ま、え、ら、は―――っ!」

 叫んで――しかしそれに効力がないということは、痛いほどにわかったのだろう。額に手を当て、目を伏せ長い長いため息をついて、

「ったく……」

 それからそう、小さく呟いた。礼さんの目のないところで、ルナさんはおどけたようにちろりと舌を出して見せる。

「……ああ、ルナ、トイレ借りるぞ」

「廊下奥を左だ。たくさん出してこいよ」

「うるっせえ!」

 だすだすと大きな足音を立てて廊下を歩いていく礼さんを見送って。

 それが遠ざかったのを確認すると、ルナさんは正座をした足をだらりと伸ばした。

「まったくあいつは、説教を始めると長くていけない」

「昔からそうですよ」

 彼女の疲れたような物言いに、私は笑いながらそう答えた。年下の私が何か間違ったことをすると、礼さんはいつも年上風を吹かせて説教をしていた。――二人で協力して何か悪戯をしたときは、私か彼の親に説教を受けていたけれど。

 そのときルナさんは、何かを思い出したかのように、ぽん、と手を打った。

「そうだ、亜由美さん」

「はい?」

 呼ばれて、彼女を見る。

「言い忘れていた。ちょっと明日は、私は、用事があるから出掛けるよ」

「そうなんですか。……それじゃ、私は――」

 礼さんに厄介になろうかと思ったとき、私の心を読んだように。

「礼も来るだろうから、あいつも空いてないだろうな」

「研究室の何かですか?」

「いや。……」

 何かに迷うように、ふらふらと視線を彷徨わせる。

 それから彼女は困ったように、私を見た。

「……亜由美さんも、来るか?」

「いいんですか?」

「悪くはないが……まあいい」

 ルナさんにしては珍しく、歯切れの悪い言葉。しかし迷っていても埒が明かないと思ったらしく、ちょうどトイレから帰ってきた礼さんにこう言った。

「おい礼」

「……んだよ」

 まだ少々不機嫌そうな礼さんの言葉。しかしルナさんはそんなことなど意に介さない様子で続けた。

「明日、亜由美さんも来たいそうだ」

 と、彼も、同じように困ったような表情をした。

「……大丈夫か?」

「心配するな。私が上手くやろう」

 余裕綽々の表情でそう言うと、彼女は腕組みをしながら私を上から下まで見回して、うん、と頷いた。

「それならこれから、買い物に行かないとな」

「買い物?」

 繰り返す。

 と、ルナさんは小さく頷いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ