02
「それ!」
少年は森の中を疾走していた、木々が進行を阻害すれが少年にとって問題は無い。
何故なら少年にとってこの森は既に家であり、その庭、迷う事は無いし目を瞑っても歩けるのではと思う程に熟知している。
しかし今回はただ疾走している訳では無い、少年とともに森の中を進む者がいた。
少年と違い地に足を付けて走っていない、少女は背中の羽で空を飛びながら並走していた。
「右から!」
「うん!」
時折少女は少年に行き先について指示を出す、唐突でその順番は滅茶苦茶だ。
だが少年には問題無い、すぐさま指示に応じた方向に進む。
右から、つまり右から敵が来たという想定で左へと進行方向を変える。
そうしてどれ程走ったのだろう、気付けば少年は自分の住む村まで戻ってきていた。
そこは森の中に出来た小さな村で、そこに並ぶ家屋も皆小さかった。
そして帰ってきた少年の姿を見て様々な人物が声わ、かけていく。
「おかえり、ヤチ」
「うん、ただいま」
「今日の修行はどうだったんだい?」
「バッチリ、今度見せてあげるよ」
「ティターニア様に挨拶したかい、ヤチ」
「これから行くところ」
ヤチと呼ばれた少年は返事をしながら目的の場所に向かう。
声をかけてきたのは皆、ヤチの傍を飛ぶ少女と同じ特徴を持つ者ばかりだ。
そしてヤチは目的の場所に到着する、そこは少し開けた場所だった。
そこにいたのは今までいた人物とは特徴の違う2人だった。
1人は全身鎧の存在、どんな金属かは全く分からない、しかして綺麗な金属で出来た鎧だった。
隙間なく装備しており唯一、目に当たると思われる部分が光っていた。
もう1人は今までの人物とよく似ていた、だが黙っていても何処か高貴さを感じる女性だった。
この2人の最大の特徴は周りと違ってヤチよりも普通に大きかった。
女性の方は少しお姉さんと言った所だが、全身鎧の方に関してはヤチより頭一つ以上は大きかった。
「ただいま、ティターニア様、スプリガン師匠」
「おかえりなさい、ヤチ、今日も元気ですね」
「ヤチ、剣ノ修行」
スプリガンと呼ばれた鎧の言葉にティターニアと呼ばれた女性が鋭い視線を送る。
ヤチはまた始まったと思いつつもティターニアが自分の為に言ってくれると知っているので止めづらかった。
「スプリガン、ヤチは疲れているのですよ。少しはここで休ませるべきです」
「ダガ、剣ノ修行ハ」
「ダガ、ではありません。ヤチは私とここでお茶をするべきです」
「ティターニア、オカシイゾ」
「何がですか、私とヤチがお茶する何がおかしいのですか」
「ティターニア様、スプリガン様、少しいい?」
言い争う2人に割り込んだのはヤチと共にある少女だった。
少女は2人の間に文字通り、飛んで入る。
「まずはヤチの意見を聞くべきじゃない?」
「そうですね、それを忘れてました。ヤチは私とお茶したいですよね?」
「ヤチ、ティターニア様の言葉は無視していいからね」
「ひ、酷いわエアリ、そんな事言うなんて」
「ティターニア様がヤチに断れない様に言うからよ」
「だ、だってぇ」
未だに何か言いたそうなティターニアだが、それをエアリは無理矢理防いでヤチに視線を送る。
エアリの伝えたい事を理解したヤチはようやく自分の意見を話すのだった。
「僕もティターニア様とお茶するのは好きです」
その時のティターニアの興奮と言ったら、エアリはティターニアのホラ見た事か、という満面の笑みに目をやられるかと思った。
「でも」
ティターニアの満面の笑みが続いたのはそこまでだった。
「修行もせずにお茶はダメなのでスプリガン師匠と修行します」
その時のティターニアの落胆と言ったら、エアリはティターニアの落ち込み様に自分まで気分を落とされるかと思った。
「だからそれが終わったらお茶しましょう」
それを聞いたティターニアは自分を止めていたエアリを吹き飛ばすとヤチの元に駆け寄った。
この時エアリは、この人は本当に一度誰かに殴られた方がいいのではと思い、スプリガンに視線を送る。
しかしスプリガンの反応は諦めろというもので、エアリは溜め息を吐くのだった。
そんな2人を他所に、ティターニアはヤチの手を自分の手で包んでいた。
「本当ですか、ヤチ。本当に修行が終わったらお茶してくれますか?」
「はい、約束します」
「他に用事が出来たりしませんね?」
「出来ません」
「修行が長引いたりしませんね?」
「頑張ります」
「それからそれから」
「大丈夫です」
ヤチは自分の手を包む為に近づいていたティターニアの額と自分の額を当てる。
その時のティターニアの顔は真っ赤だったが、ヤチは目を閉じていたので分からなかった。
「僕は絶対にティターニア様との約束を破りません」
「ふぁ、ふぁい」
「だから修行に行ってきますね」
「ふぁ!?行ってらっしゃい?」
そのままティターニアは蕩けた表情のままヤチを見送った。
自覚してなのかそうなのか、そんな事を考えながらエアリはヤチを見送るのだった。
着いて行かないのは自分がいる必要が無いと知っているからだ。
先程の走り込みは指示する自分が必要であるが、剣の修行には専門のスプリガンがいる。
それなら自分が出来る事は応援くらいだが、そう毎回する必要が無いだろうと考えてだ。
「はぁ、ついやられてしまいました」
いつの間にかマトモに戻ったティターニアがそこにいた、彼女がヤチに甘い事はここの誰もが知っているので今更だが。
それでもエアリは言わずにはいれなかった。
「どうしてこうなっちゃったのかなぁ」
「なんですか、その言い方は」
「皆知ってるよ、ティターニア様がオベロン様に超年下好きだって笑われた事」
「うぐっ!?」
ティターニアは事実を告げられて後ずさってしまう、それは出来る事なら隠しておきたい事だった。
しかしここに住む皆からすれば今更という話だ、誰も笑ったりしないだけで。
「そ、それは、えと、そう、保護者、保護者として好きなのです」
しかしティターニアは見苦しくも抵抗を開始した。
なのでエアリはトドメを刺してあげる事にした、別にそれは嫌がらせではなくて現状を理解して欲しくてやる事だ。
決して、普段は弄るなんてトンデモ無い立場であるティターニアを弄りたい訳ではない。
「あのな、貴様の年齢を考えてみろこの馬鹿。ヨボヨボの婆さんが孫の孫を愛していると言ってるのと同じだぞ」
「ごふっ!!」
それはティターニアがオベロンに言われた事の中でも最大に心を傷つけたものだった。
これを言われたティターニアはオベロンの前では最後の意地で何とか平静を保ったが、その後ヤチを使って呼び出すまで引き篭もり続けた。
2度目なのでそこまではいかないと考えていたエアリだがティターニアの反応を見て今回もダメかと思い始めた。
結局、ヤチを使えば出てくるだろうが。
「ほんと、どうしてこうなったのかなぁ」
エアリはもう一度呟きながら、その日を思い出すのだった。