01
「生きて
何処に行ったとしても」
そう言われたから少年は逃げた、生きる為に。
そこは森だった、鬱蒼と生い茂り、一歩進む毎に今居る場所が分からなくなる。
身体は木々に裂かれ、転ける度に身体を打ち、走り続けた疲労で足は折れそうだ。
それでもただ真っ直ぐに、愚直に逃げて、逃げて、逃げた。
走った、走った、転んだ、立ち上がった、走った、走った。
後ろは見ない、振り返れば追いつかれる様な気がして。
前も見ていない、恐怖と後悔で押しつぶされそうだったから。
ただ足元を見ながら走った。
少年は何から逃げていたのか。
最初は人間だった筈だ、しかし途中から人間の気配はしなくなった。
諦めたのか、見失ったのか、必要がなくなったのか。
なら今少年を追いかけて来ているのは何だ?
人を惑わす妖精か?否、妖精は自分の身を守る為にしかその力を使わない。
森に住む大狼か?否、誇り高き大狼はむやみに命を散らしたりはしない。
ならば何か、それは邪なるモノだ。
暗く、昏く、それは後ろからこちらを追い立てる。
「無駄だよ、無駄だよ」
何処からか声が聞こえる、だけど止まる訳にはいかない。気にしない振りをして少年は走り続ける、逃げ続ける。
「お前の場所は何処に居たって分かるのだ」
「だって君は、好かれる者だから」
「キハハ、キハハ」
声の数が増えても決して振り返ってはいけない。
これは奴らにとっての遊びなのだ、奴らは今すぐにでも少年を捕まえる事が出来る。
それなのに奴らは少年をすぐには捕まえず、ゆっくりと、遊びながら追い詰めていく。
「海に逃げても、空に逃げても」
「例え死して冥界に逃げても無駄でしょう」
「冥界の死者すらがお前を捕らえようとする」
「もしそれでも逃げたいというなら存在を完全に消すしかないんじゃないかなぁ」
「もしくは此方を完全に消し去るのみ」
何か言っているかもしれない、気にするな、走れ、逃げろ、でも、何処まで?
「だがその前に終わりの時だな」
「冥界の死者と戯れるがいい」
その瞬間、少年の歩みが終わりを告げた。
突然の浮遊感、少年は崖から飛び出した。
奴らはそんな少年を崖の上から様々な表情で眺めていた。
「好かれる者よ、お前は良い玩具であった」
その言葉を最後に奴らの気配は消え、そして少年は意識を閉ざした。
暗転。
「...」
声が聞こえた気がした。
少年は限界に近かった、もしかしたらこのまま目も開けられずに眠り続けてしまうかもしれない。
でもその声が、自分に逃げろとあの人の声だとしたら、そう考えた少年は限界を越えて目を開けた。
「あ、生きてたんだ、君」
まだぼんやりとしてハッキリとは見えなかったが声の主が目の前にいる事は今の少年でもわかった。
だが、何かがおかしかった。
「ゴメンね、私、回復魔法っというか魔法がそんなに得意じゃなくて」
段々と少年の視界がハッキリしていく、それにつれて手足も動くようになってきた。
そしてついに声の主がハッキリと少年の瞳に映る。
「ちっちゃい」
「ち、ちっちゃいって何よ!折角、怪我した所を助けてあげたのに」
「あ、ありがとう」
声の主である少女は少年より少し年上だろうか、とはいえさほど離れている様にも思えない。
だが小さかった、それも途轍もなく。
「あの、そうじゃなくて、ぼくとちがって」
「あ、そういう事ね、そりゃちっちゃいわよ」
そして少女には少年とは全く違う点があった。
少女はその背にある羽を操り、その場を飛び回りながら言った。
「だって私、妖精だからね」
妖精の少女との出会い、
それは少年にとって新たな始まりだった。