4.舞踏会
ルキアがカルティナを離れてから2年ほど経ったある日、ルキアに王城から手紙が届いた。
舞踏会への招待状だ。
この国の貴族たちが集う華やかな宴。
もちろん公爵の息子であるミアトも招かれた。
舞踏会は寒さの際立つ冬の夜。
ルキアの衣装はガランからの贈り物だ。
ルキアの髪や瞳に映える宝石が散りばめられた、美しいドレスだった。
薄いベールは正体を隠すためのものだろうか。
着飾ったルキアはミアトと共に公爵邸を出発した。
王城からは光が溢れ、下町からも見えそうだ。
少し大人びたルキアの表情を衣装がうまく引き立てている。
「ルアのドレス、すごく似合ってる」
「よかった…ミアも似合ってますわ」
「それはありがとう。お褒めに預かり光栄です」
二人は、わざとらしい言葉を使ってみたり、道中とても楽しく過ごした。
会場に足を踏み入れると一気に空気が変わった。
美しい楽器の音色が鳴り響き、人々の衣装かきらめく。
さすが公爵家子息と言うべきか、ミアトの周りにはすぐに人々が集まって来た。
身分の高い大人たち、着飾った令嬢たち。
「そちらのベールの姫はどなたですの?」
一通り挨拶をすませると大方の人は離れて行ったがこの令嬢は例外だった。
真紅のドレスを見事に着こなして、ルキアとは対照的な雰囲気を纏っていた。
話し方に微かな棘があり、ルキアの叔母を思い起こさせる。
「あぁ、こちらは他国の貴族の令嬢だよ。最近親しくしてもらっているんだ」
「ルア・ティルファナ・クロツィーネでございます。お見知りおきを」
「ルア、こっちはマテリア伯爵令嬢だ」
「リリア・マテリア・ロザリナツェですわ。ミアト様とは旧知の仲ですの」
ルキアは12歳のミアトとリリアに挟まれても落ち着いて微笑みを浮かべている。
目元を覆うベールが、その肌の白さや唇の色をより一層引き立てていた。
言葉遣いも9歳の少女とは思えない言い回しをたくさん使い、大人と並べるほどであった。
ルキアがふと横に目をやると、ガランがにこやかに近づいてきた。
「楽しんでくれていますかな、ティルファナ嬢?」
楽しげに偽名を呼ぶガランにルキアは微笑む。
「はい。本日はお招きいただきありがとうございます、陛下」
「いや、貴女がいると一層華やかになりますからなぁ…」
国王とルキアの親しげな様子にリリアは少しだけ顔を強張らせた。
「こ、国王陛下ともお知り合いなのですね」
「えぇ、昔からよくお世話になっておりますわ」
ルキアはふわっと笑顔を浮かべる。
ガランに遊んでもらっていた頃のことでも思い出していたのだろう。
と、国王がルキアに手を差し出す。
「一曲どうかね?」
「謹んでお受けいたします」
国王が踊るのは久しぶりなのか、貴族たちの間をざわめきが伝う。
それに対してルキアとガランは足取り軽くステップを踏んだ。
「…まるで親子だな…」
「あの令嬢はどなただ?」
「いつまで経っても陛下は素敵ですわ」
「私もお相手していただきたい…」
ルキアもガランも優しい笑顔を浮かべている。
その図はまさに父と娘のようであった。
幼くして父を失ったルキアにとってガランは保護者のような存在であったし、娘のいないガランにとっても父が生きている頃から仲良くしてきたルキアは娘同然だったのだからそう見えたのにも不思議はない。
「陛下のあんな表情初めて見ましたわ…」
「いつものことです、ルアに向ける陛下の笑顔は。ルアは陛下の特別です…」
リリアが思わずこぼした言葉にミアトは不機嫌そうに顔をしかめた。
ミアトは、自分には見せないようなルキアの安心しきった笑顔を向けてもらえるガランが羨ましかった。
「…僕だって…」
「え?」
「なんでもありません」
ミアトは無理に表情を取り繕った。ルキアとガランは一曲踊っただけで戻ってきた。
「それではこれで。囲まれてしまう前に私は退散するよ」
「ありがとうございました」
ルキアは嬉しそうに目を細めて微笑んだ。
「…ねぇ、ルア…少し外に出ない?」
「はい…?」
いつもと違うミアトの様子にルキアは戸惑った。
「…ミア、何かあったの?」
外の冷たい空気が頰を撫でる。夜空には星が美しく輝いていた。
華やかな舞踏会に対して暗い表情のミアト。次回はちょっとしたすれ違いが…?