3.王族の証
公爵家でミアトを降ろし、正装したルキアとクロスは王城へ向かった。
王城は下町では想像できないような大きさだったが、動揺しないルキアを見てクロスの確信は深まった。
さすが公爵側近とも言うべきか。
使者を送ったとはいえ、多忙なはずの王への謁見も十分ほどの待ち時間でかなった。
「この度はお時間をいただきましてありがとうございます。」
クロスの後に従い国王の元へ姿を現したルキアは自然に跪いた。
クロスと比べても様になっている。
「こちらの娘が先ほど使者が伝えた…」
クロスが紹介しようとルキアを前に押し出すと…王はガタンと音を立てて立ち上がった。
普段ならありえないその行為にクロスの顔がこわばった。
国王のお怒りを買うようなことを言っただろうか。
クロスの不安とは裏腹に流れるような所作で礼をしたルキアを見て王は目を瞬いた。
「…カルティア王国王女ルキア殿…?」
見間違うはずもない。
ルキアはこの地でただ一人、天族の姫である母の血を引く娘なのだから。
白く美しい肌、太陽の色の瞳、それはまさしく天の祝福を受けた姿といえる。
あの日王がカルティナを訪れた日、幼いながらに凛と胸を張り浮かべた朗らかな微笑み、柔らかく流れた髪。
カルティナ国民らしい容姿に天族の瞳が美しく映えていた。
気難しい老人でさえ一瞬で気を許してしまいそうな愛らしさ。
朗らかな笑顔は父王譲りだろう。
「お久しぶりでございますな、ルキア殿」
王のその言葉はルキアの記憶を呼び起こした。
楽しい記憶、優しい記憶、笑顔、歌声。悲しい記憶、苦しい記憶、涙、痛み。
「っ………」
『ルキア…ルキア…』
ルキアの頭の中に天王の声が響く。
『来たるべき時に備えなさい。よく見、聞き、学びなさい。カルティナ国民が心からあなたを求めた時こそあなたの帰る時なのです。その日までここであなたを愛し守ってくれる人とともに…』
ルキアはスッと顔を上げる。
そしてその美しい瞳にサラィファネの王をうつす。
「陛下、陛下を信じてお願いいたします。私は命を狙われております。私がもう少し大人になり、カルティナが私を必要とするその時まで…どうぞこのサラィファネでお護りくださいませ」
「…風の噂は誠であったか…よかろう。この城に部屋を用意する」
「ご厚意いたみいります。私にできることであれば何なりと」
「…身分はどう誤魔化そうか……クロス、お前の主人を呼び出せ」
「はい」
クロスは一礼すると身を翻して出ていった。
人がいなくなったところで王はルキアに歩み寄る。
その瞳は暖かな色に満ちていた。
「久しいな…ルキア」
「はい、ガラン叔父様もお元気そうで」
ルキアは嬉しそうに微笑み、王もつられたように笑った。
ルキアの父が生きていた頃に共に遊んだ記憶が蘇る。
ルキアはガランを叔父様と呼ぶほどに慕い懐いていた。
そしてガランもルキアを可愛がっていた。
「よくぞここまで無事で…大変だったろうに」
「皆さんが助けてくださいましたから」
「…記憶を失っていたと聞いたが…?」
「叔母上様に薬を盛られていたようです…でも、ガラン叔父様に会って思い出しました」
そう言って苦笑するルキアはここ半年浮かべた中で一番自然で、無邪気だった。
こうして見ると今までルキアが自分の身を守るために、必死になって子供らしさを押し込めていたことがわかる。
「よく頑張ったな…もう大丈夫」
ガランがルキアの頭に大きな手を乗せる。
剣を使う人らしい武骨で暖かい手を感じ、安心したのだろう。
ルキアの頰を綺麗な雫が伝った。
「…おいで、ルキア」
そう言ってガランは両手を広げた。
ルキアは昔のようにそこに飛び込む。
一年ぶりに触れる包み込んでくれるような暖かさに、ルキアは嗚咽を漏れした。
喪失、恐怖、幼子には辛すぎるものに耐えてきた月日を吐き出すように。
ガランの胸元にしがみついて泣きじゃくった。
両親を亡くしてから一年。
忘れかけていた暖かさに固く閉ざしかけていた心も溶かされたのだろう。
ガランは安心させるようにただルキアのことを抱きしめた。
しばらくしてクロスに呼ばれた公爵が来る頃にはルキアは落ち着き、カルティナの王族らしい威厳と微笑みをたたえてガランの横に佇んでいた。
「陛下、お呼びと伺い参上致しました」
「あぁ、お前に頼みたいことがあってな」
「…何なりと…」
そう言ってから公爵はルキアに目をやった。
「…そちらは?」
「お前は賢臣だ。お前を信じて秘密を話す。よいな?」
「光栄でございます」
「この娘はカルティナの王女ルキアだ。国王夫妻に命を狙われている。お前も噂を耳にしただろう?しばらくこの国で匿うことになった」
公爵は驚きに目を見開いた。
天族の血を引く気高き王女が目の前にいる。
しかも自分の家臣が見つけて保護したというのだ。
「だが理由もなく城に置くことはできない。周りにも疑われてしまうしな。何かしらの言い訳をつけたいのだが…」
「それでしたら、誠に僭越ながら私の屋敷へ来ていただくのはどうでしょうか。私の息子の婚約者とでも言っておけば疑われないでしょう。城ですと理由付けが難しいですから」
「ルキア、どうする?」
ガランはルキアのことを心配しわずかに眉をひそめた。
「…伯爵様のお屋敷にお邪魔させていただけるのはありがたいのですが…婚約者は突然だと逆に目立ってしまうのでは?」
ルキアは冷静に分析する。
「今一番上の息子の婚約者探しをしています。周りへのごまかしはきくかと…ですが年齢でいうとミアトですな…どういたしましょうか…」
「では、ミアト様のお話し相手はどうでしょう?ミアト様とは下町で知り合いましたの。親しくなれそうですわ。お話相手ならば、ごまかす必要もないですし。」
「ルキア様がそれでよいのならば、私は構いません」
「では、そういうことにしよう。くれぐれも頼んだぞ…援助はする。何かあれば言ってくれ」
「仰せのままに」
そうしてしばらくの間のルキアの身の置き場が決まった。
公爵子息の友人の貴族の娘。
当たり障りのない身分で世間の目を欺くのだ。
しばらくは王城に滞在し、公爵邸の準備が整うとルキアは公爵邸へ移った。
ミアトやマルクなど知り合いのいる場での生活は、王城よりも安心感があるものだった。
王城から移って一ヶ月はぎこちない感じだったが、この頃にはもうルキアは軽口を叩けるくらいにはミアトたちに馴染めていた。
ルキアは記憶を取り戻しました。でも、これからが大変です。次回は舞踏会です。