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2.ミアトの迎え

 ルキアの加護のおかげで大部分回復したものの、少年の傷は深くそう簡単には完治しないだろうと見られた。だが少年の方はベッドの中でじっとしていることに飽きたのか、診療所の手伝いを率先してやり始めた。最初は恐縮していたリファも少年の素直な性格もあいまって次第に馴染んでいった。

「リファさん、包帯の補充しておきました」

「あら、ありがとう。ミアトは気がきくのね。ルア、患者さんよ。お願い」

平和で穏やかな日々が続き、ミアトが貴族であるということを意識せず話せるようになった頃だった。診療所の扉を開けたのは、立派な服に身を包んだ年若い青年だった。

「えーっと、どうしましたか?」

ルキアが尋ねると青年は家の中を見渡しながら表情一つ変えず言った。

「こちらにミアト様らしき方がいると伺ったのですが…」

「ミアのお知り合いですか?」

「…ミ…ア?」

青年は不機嫌そうに目を細めた。一瞬のためらいと共に奥の扉が開きミアトが顔を出した。

「っ…クロス…」

「ミアト様、お久しぶりでございます」

あからさまに嫌そうな顔をしたミアトを涼しい顔で見つめクロスは微笑む。

「公爵閣下よりお迎えするよう言付かりました。お帰り下さいますよう」

「だから僕は旅に出ると…」

「ほぅ、旅に出るお方がこんなところでゆっくりしていたのですか?」

「べっ別にゆっくりしてたわけじゃない…怪我をして…」

「では一刻も早くお帰りになって治療を」

「もう治った!」

隙のないクロスにミアトは口を尖らせた。何事かと奥から出てきたお付きの人たちもクロスの姿をみて絶句した。

「クロス様、申し訳ございません。お叱りは私が受けましょう」

マルクは優雅に頭を下げる。察するにマルクはミアト付き、クロスは公爵付きといったところだろう。そんな光景を目にしてリファとリアは呆然としていたが、ルキアは小さく首をかしげただけであった。さすがカルティナの王族と言うべきか、全く動揺していなかった。ただ、仲良くなったミアトが去ってしまうことに対しては少し寂しげに瞳が揺らいだ。この時、ルキアが行方不明になってから半年近くが過ぎていた。

 そんな中カルティナではルキアの叔父である、国王ライの悪政が目立っていた。苦しい生活を強いられながらも民はルキアの帰りを待ちわびて、天族のお告げの通りに国を守ろうとしていた。本当に苦しくなった時にはルキアが助けてくれる、その日までは耐え抜こう。民は前国王の言葉を日々の支えにしたという。”信じ願い人のために尽くせば、いつか幸せはかえってくるのだ。いつか訪れるその日まで努力を惜しまなかった者のみが、誠の幸福を知ることができる。信じよ、そして歩み続けよ。人は常に進化することができる生き物だ。だが進化しなければ退化していく生き物だ。これは私もそなたらも、等しく天に与えられたチャンスなのである”この言葉はルキアの心に残っている数少ない思い出の一部であった。ルキアも、ルキアの帰りを待つ人々も一つの言葉に支えられてこれからの日々を過ごしてゆくのだろう。

 さて、いろいろ慌ただしいミアトについて説明すると、サラィファネの公爵家の三男で後継争いにうんざりして家出をし、途中で盗賊らしき人々に行会いルキアに救われ、今また公爵の側近により連れ戻されそうになっているという状況だ。だが、ミアトは帰りたくないと渋っていた。

「だから、あんなつまんないとこうんざりなんだ!父上も兄上もみんなも!後継ぎとかうざいんだよっ、爵位なんかいらない!自由に生きれればそれでいいんだ!」

「ミアト様、あなた様の我儘が周りにかける負担がどのくらいか考えたことがありますか?」

「っ…」

「巻き添えを食らった側近たちの生活まで考えましたか?家出したいならお一人でなさい。そもそもあなたのような外を知らずに育った方が、誰の助けも借りずに生き延びることは不可能です。」

「…だって、あんな牢獄みたいな家…狭いんだよ!同じ立場で関われる人なんて一人もいない!でもここならみんなが対等だっ!見下されることも、敬遠されることもない…」

ミアトの瞳が心なしか潤んでいるように見えて、ルキアはそっと歩み寄る。

「…ミア、それは本当に自由なの?」

「え?」

「どこにでもあるよ、楽しいことも苦しいことも。楽しいだけの世界も、苦しいだけの世界もない。ただあなたが気がつくかどうか。どこにいたってみんな自分の役割に縛られてる。国王陛下や伯爵様は他と比べて大きなものを背負ってるのかもしれない。でもみんな大切なものを守るために一生懸命なんだよ?…ね?」

「…どうして…どうしてルアはそんなふうに考えるの?子供なのに…」

ミアトの言葉を受けてルキアは寂しげに微笑む。

「知ってるから…カルティナで暮らしてた頃のこと、少しだけ覚えてる。”信じ願い人のために尽くせば、いつか幸せはかえってくるのだ。いつか訪れるその日まで努力を惜しまなかった者のみが、誠の幸福を知ることができる。信じよ、そして歩み続けよ。人は常に進化することができる生き物だ。だが進化しなければ退化していく生き物だ。これは私もそなたらも、等しく天に与えられたチャンスなのである”っていう教訓があったの。カルティナではみんな信じて一生懸命に進んでた。背負うものは違ってもみんな同じくらいチャンスを与えられているの。周りはちゃんと見てくれてるよ?頑張ってる人、諦めた人、悪いことをした人…私、ミアには幸せになってほしいな」

「…ルアはやっぱりすごいよ。まっすぐ歩いててすごい。不公平だって思わないの?記憶を失ったこと」

「私は記憶を失ったけどここで助けてもらえた。ミアも怪我をしたけど今は元気。みんな同じ。何かを失って、それでもまた立ち上がるの」

そう言って微笑むルキアはこの世のものではないかのように儚く、美しかった。消えてしまいそうな笑顔にミアトは思わず手を伸ばす。

「ルア、僕と一緒に来てくれないか?ルアとなら楽しく過ごせそうだから…」

その必死な声にルキアの心は揺らぐ。ミアトはかけがえのない親友、リファとリアも大切。大切な二つの存在の間でルキアは揺れていた。

「ルア、あなたには平民らしからぬ礼儀作法と知識がございます。ここしばらく見ていてわかったことです。あなたは貴族の中にいても見劣りしない魅力を持っています。そして外の世界の知識、他者を安心させる力。ですからどうかミアト様のお側で、我々とは違う関係でミアト様のことをお支え願えないでしょうか。」

マルクも跪いてまで頼む。確かにルキアは貴族たちに劣らない。祝福されし国、カルティナの王女なのだから。それは本人には知るすべのないことだった…だが、クロスはルアの髪飾りに目ざとく気がついた。

「お嬢様、そちらの髪飾りをお見せいただいても?」

「…はい…?」

ルキアの髪飾りはクロスの予想通りサラィファネの王族の印が入っていた。この印が入ったものは国王より贈られたものであり、これを持つものは侯爵以上の位を持つという証明となる。

「これはどこで?ミアト様ですら手にすることのできない印をなぜあなたが?」

「…確か…五つの誕生日に送られたものだと思います。どなたにいただいたのかまでは覚えておりませんが」

ルキアは気がついていただろうか、クロスと話すうちに生まれの良さを醸し出す子供らしからぬ話し方になっていたことに。先ほどから貴族の子供ですら使わない言い回しをしていることに。

 これにクロスが気がつかないはずもなく、ルキアは一度国王の元で飾りについて確認してもらうためクロスとともに王城へ向かうことになった。そして、別れを惜しむリファとリアに手を振りながらもルキアとミアトを乗せた馬車は、公爵家へ向けて発ったのである。


ミアト、頑張れ!次回は王族の証です。ルキアの記憶に変化が…

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