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竜狩りの住む壁

 『黄金の銛亭』の料理に特別言うべきことはなかったが、量は満足できた。その後、宿泊手続きを待つ間、ワインでも飲むことにする。酔わぬ程度にやりながら先の『最初の竜狩り』についての考察をさらに深めていると、やがて年かさの女給仕がやってきた。例の伝統衣装を着てはいるが、こちらは体格のせいで内側からはじけんばかりになっている。私は宿泊の手続きをしつつ、「今日はここに宿泊するし、値踏みをするわけではないのだけれど」と前置きした上で、竜狩りが集まる長期逗留が可能な宿はどこなのかを聞いた。すると、そのような宿は商売敵にはなり得ないのだろう。ことのほか親切に彼女は教えてくれた。


「そういうのは地区からして違うんだよ。街の外周にしか竜狩り会社はないんだ。正門とは反対側の城壁あたりに行ってみな。その壁ん中とその周りに長逗留の下宿屋か、安い共同住宅があるんだよ。でもさ、あんたそんなところに何の用だい? とてもそっちに用事がありそうな人には見えないけど」


 女性も中年になると自然とお節介になり、いらぬ好奇心が備わってくるというのは世界のどこでも共通なようで、彼女は私を無遠慮に見ながら言った。そりゃあ私は筋肉量からして、竜狩りはもちろん竜狩り志望にすら見えないだろう。さらに言えば運転手にしても金属加工業にしても手が綺麗すぎるのだった。


「学者ですよ。竜の研究をしているので」


 そう答えると彼女は、驚いたそぶりをしてはみせたが、彼女の興味範囲を大きく外れていたらしい。それきり話を変えて明日の朝食の希望を聞いてきた。「そうだ、朝食付きにするんだよね? 二種類から選べるんだけどさ……」


 深く考えるのも面倒なので、話を聞き流しながら彼女の言うままにしておき、急ぎ部屋に案内してもらった。室内には明かりがなく、渡された蝋燭()で部屋を照らすが、標準的なベッドとサイドボードがあるのみだ。その洗面器と水差しの横に蝋燭を立て、服を脱ぎ捨てるとすぐさまベッドに潜り込んだ。凡庸な宿は居心地は悪くないが、竜狩りに心奪われていた今の私には退屈だった。明日には急ぎ城壁へと行かねばなるまい。


 さて、それでも旅の疲れか、私はぐっすりと眠った。翌朝の食事は二種類から選べたのだが、私が指定したのは、はたして外れの方であった。この街の定番であるという蕎麦とキャベツのスープはどうにも酸味が私の口にはなじまなかった。もうここに泊まる気はなかったが、万が一ということもある。食事を終えた私は「味はかなりのものでしたよ!」とにこやかに礼を言い、荷物を抱えると通勤者の雑踏の中に飛び出した。


 市場裏の通りから来たときとは逆の道を通って大通りに出て、街の外周はどちらの方角かと左右を見回すと、右手に王城が見えた。都市というのはそこを中心に放射状に拡がっているものだから、外周は左側だ。そして正門とは逆の方角もやはりそちらだ。


 それにしても王城は見事だった。ここ百年程度の浅い流行はヤリャフ(※※)様式で尖塔を備えた城だが、それは襲ってくる竜を撃退する必要がなくなったからこそ成立したもので、神人の力の衰えを象徴しているかのようで私には気に入らない。それに引き替え、この城は改築でつい最近できたかのように朝日に輝いているが、その様式ときたら五王国時代そのままではないか! 円筒形の塔には不規則に矢窓がうがたれ――今では銃眼として機能している――その頂点には射出式の銛までもが鎮座している! もう打たれることはないだろうが、そのきらめきは今でも錆ひとつなく整備されていることを示していた。まさに竜と戦うための城なのだ。最近のヤリャフ様式は近代の哲学宗教美術の影響を受けており繊細というよりは脆弱で保護されねば存在できぬような佇まいが気に入らないのだ、とはここに重ねて記しておきたい……。


 そのような思索はともかく、大通りを下る。道の中央にはかなりの数の乗用車と二輪車。どれも見たこともない車種であるばかりか、バンパーに角を生やしてみたり、屋根にコウモリのような羽根を据え付けたりと所有者が自由に改造を施しているらしい。色彩も様々ならペイントも様々で、文様は言うに及ばず、絵画作品をそのまま描きつけたものもある。やはり動力機関生産のお膝元は格が違うというところか。帝都も車は多いがほとんどが商用車で、個人所有のものもこのように飾り立てたりはしない。もっともそういった習慣の違いが響いているのか、帝都なら見かけるはずのタクシーが一台も通りかからない。二輪車に椅子を増やしただけの三輪タクシーが客待ちをしている光景は帝都の大通りでは当たり前なのだが。


 愚痴が多くなるのはもちろん荷物が重く感じられてきたからだが、ともかく耐えるほかはない。ようやくそれとおぼしき建物が見えてきたのは、一時間以上も歩いた頃だった。壁が視界を遮るようになってきたのにくわえ、通行人が作業着姿の工員や綺麗な背広姿の事務員から、一目見て堅気では無い服装のむくつけき男達に代わりはじめた。通行人とは言ったが、歩いている者など少数だ。裾が腰骨までしかない革製のジャケットを羽織って、何をするでもなく路上に座り酒を飲んでいるか、カードテーブルで賭けながら酒を飲んでいる者たちばかりだ。もちろん酒を飲んでいない者もいるが、そちらはパイプか紙巻きの類をくわえて煙を絶えず吐き出しているのだった。


 いかにも荒くれ者たる竜狩りたちの理想的な光景! と興奮しかけたが、自由人である彼らも、さすがに普段からここまで自堕落なはずもあるまい、と考え直した。彼らはなぜ働いていないだろうか?

 ちょうどこちらを「いつもの竜狩り志願者か」といわんばかりの目で見ていた男がいたので、不案内者の特権とばかりに歩み寄って質問をすることにした。街のくたびれた様子と、竜狩りの人材募集、さらに下宿について矢継ぎ早に訪ねたが、答えは意外なものだった。


「間が悪かったな。ここんとこ禁猟なんだ」


 禁猟とは穏やかではない。驚いてその理由を聞いたが、彼は「わからない」というばかりだった。


「こっちは雇われだ。詳しく知りたいなら、そんなもん看板に許可証ありと書いてある会社に行きなよ。もっとも、お前みたいに細いのには勤まらないがな……。どうしてもやりてぇって事務員になったのもいるが、禁猟の時期に雇うはずもあるまい。ともかく間が悪かったな。下宿には泊まれるかもしれねぇが、今はただただ金の無駄になるばかりだ。それに下宿も紹介状なしだと難しいぜ。それもどっかの会社で出してもらわないとならない。そういうことだよ」


 彼は暇なのかかなり親切にそう教えてくれた。それでもはいそうですかと帰るわけにはいかない。彼の最初の言葉通り、どこかの竜狩り会社を訪ねてみるしかあるまい。道を行き止まりまで進み、街の外壁と一体化している建物を見て回ることにする。


 外壁は見張りが必要な際に上に登れるようになっており、その内部にも防衛のための指揮所や銃眼を持っている。襲ってくるのが竜という時代は去ったが、戦時下(※※※)には竜狩りたちが防衛を担うことになっている。そのため竜狩りの会社や主な宿舎は壁と一体化しているのだ。


 壁には金属パイプの手すりがついた階段がいくつも貼りついており、その踊り場や突き当たりごとに扉があった。それらの中には看板がかかっているものがあり、そこが竜狩りの会社なのだとわかった。


 いくつか看板を眺め、名前の気に入った会社の扉を叩く。『白蜈蚣(しろむかで)竜狩猟社』。何を考えてつけた名なのかわからないのが面白い。白蜈蚣とは通常の蜈蚣から色素を抜いたような種類で、毒がないばかりか干して焼いたものが薬になる類の虫である。


 ノックしたところ中から入れと声がしたので扉を開ける。しかし、竜狩り会社であっても外の面々と同様にだらけた格好の男が一人だけという有様だった。室内のため上着を着ておらず、生成りのシャツ一枚に作業用ズボンという姿なので、外の者よりなおさらだらしがないともいえる。


 室内は彼が寝転がっていたソファと応接机、それに事務机がよっつと書類棚があったが、壁際に設置してある書類棚以外はきちんと並んですらおらず、まるで子供が散らかしたかのようだ。机の上ももちろん整理されておらず、書類と筆記具が散乱している。見る限り、ここのところ事務所がまともに使われている形跡はない。どうやら禁猟というのは確かなようだ。


 もぞもぞと上半身だけ起こした彼は、私とその荷物をちょいと見ただけでまた首をソファの端に戻した。


「職員の募集はしてないんだ。悪いな」


 もちろん引き下がってもよかったのだが、これでは別の会社に行っても同じことだろう。


「禁猟だって聞きましたがね。それが理由で?」


「そういうことだ。わかってるならどこに行ったって無駄だ。ついてなかったな」


「再開はいつです?」


「わからねぇ」


 そう言って彼は黙り込んだが、私が帰らないのを見て取ると、再び身体を起こした。


「帰れよ」


 彼は意図的に怒気をはらんだ声をあげたようだが、私も大学の研究において幾度か無茶な取材をした経験もあって、この手の対応に食い下がるのには慣れている。図太く悪意無く、が心構え。付け加えれば暴力に怯えず、かつ危険からは即座に逃げるのがコツだ。


「宿がないんですよ」


 私は彼に微笑みかけた。


「……じゃあ、なんだ、てめぇそこにずっと突っ立ってるつもりか? 出てけっての。何もやらねぇぞ」


「宿だけ教えてくれればいいですよ。長期でいるつもりなんで」


 彼はいぶかしそうに私を見つめた。何者かはかりかねているのだろう。そういう時はこちらから教えるに限る。


「取材なんですよ。本を書くんです。竜狩りについてのね」


 とはいえ真実を伝えると反発を受ける。この手合いは学者の類が大嫌いなのが相場で、そうとわかると露骨な敵意と軽蔑を向けてくるものだ。雑誌編集とでも思ってもらえるのが一番だ。


「本? なんのだ?」


「神人の活躍する戦記本とかあるでしょう? ああいう風に竜狩りを書くんですよ」


「それじゃあ……実際の竜狩りを参考に? それとも……実際の、そのまま?」


 自分が物語に登場できるのか? と喉まで出かかっている顔だった。


「許可が出ればそのまま。でもまぁ、何人も取材したいんですよ」


 私は図々しくもソファに座り込んだが、彼は何も言わぬどころか身を乗り出して来た。


「どのくらいここに居る気だ?」


「再開まではね。でも、わからないんでしょう?」


「再開時期がわからないってのは、意地悪をしているわけじゃない。……そうだな、秘密ってわけじゃないが、誰も言いたがらないだろうな。ナイビット・カイラス王が仕立てた竜狩りが全滅したんだ」


「え?」


 王自らが竜狩りに出るなど聞いたこともない。あくまで竜狩りは下層の者がやる仕事だからだ。

「詳細はわからねぇが確かだ。何しろ最大手の『巨匠団(きょしょうだん)』が崩壊したってのは本当のことだからな。生き残りは数人で、何もしゃべるなっていわれてるらしいが、そこは伝わるとこには伝わるもんでな。彼らがなんと王様の車に乗って帰ってきたって話だ。その後に王様が表に出てこない。さらに禁猟の命令とくれば、何があったかはわかるだろうさ」


 あまりに興味深い話で、私も息をのんだ。これはむしろ取材には幸いな時期に出くわしているのかもしれない。


「その話、取材したら親衛隊に出くわしますかね?」


「間違いなく。そこは掘らないほうがいいと思うぜ」


 芝居がかった重々しさで彼は言ったが、あながち冗談とはいえない。親衛隊はこの都市では警察であり、軍隊である。


 都市国家の防衛は古来から傭兵の仕事だったが、さすがに歴史あるロートゥア、さらに長命の神人が統治していることもあり、初期は傭兵だった彼らも世代を重ねるうちナイビット・カイラス王の私兵にも等しい存在になっている。親衛隊も現在では正式名称だ。


 しかし、私は内心では取材の決意を固めていた。今はその方法を考える時間が必要ではあるが。そのためにまずは彼の名前を聞いて、宿を紹介してもらうことにした。彼の名はリャン・ルート。この『白蜈蚣竜狩猟社』の社長の息子で会計とのことだった。宿は食事の出る長期逗留可能なのが二件ばかりある……とまで聞いたところで、不意のノックの後に事務所の扉が開いた。驚いたことに私と同用件の奇妙な客がやってきたのだ。

※ 懐中電灯までは普及していない。電灯があるのはまだ一部施設のみである。


※※ ヤリャフという宗教を中心とした建築、芸術様式。壮麗さ美麗さ繊細さを価値とする。


※※※ ロートゥアは街の規模から言って城塞都市ではあり得ない。戦時下には通常の都市のように中央の城に住民を入れ、そこを親衛隊が防衛するようになっている。そもそも街の外壁の歴史は竜狩りのそれよりも古い。死を覚悟して街を竜から守る棄民的な立場の者たちがやがて竜狩りになったと考えるべきだろう。

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