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密命

 夜に襲撃をされる可能性がわずかでもある以上、マリシンカを夜になる前に出発しなくてはならなかった。夕暮れ頃に車列はのろのろと広場を出て荒野へと進む。夕陽が荒野を照らす光景は美しくはあるが、涙を誘うものがある。遠くの空が赤く染まり、それが紫に変わっていくなか、我々は暗転していく大地を逃亡者同然に走る。


 その暗い気分がさらに深い闇へと落ちていくように感じられたのは、その時ばかりはささやかなものとなった野営時の宴会がしぼむ風船のようにしゃっきりしない終わりを迎えようとしていた頃、ワイノから囁かれた言葉を理解した瞬間だった。


「王が秘密裏にということでお話を所望されている」


「私を指名ですか?」


「そうだ」


 ワイノにうなずかれて逃げ場がなくなった。私は収監されたときと同じ気分で歩き出し、他の誰かに見られないように注意しながら、酔いつぶれている竜狩りたちの脇を『殺竜号』へと向かう。


 しかし、侍女に了解をとって中に入ると、それまでの憂鬱な気分は吹き飛んでしまった。それが我が王の不思議なところであるが、ときに親しみやすい表情を見せるのである。


「良く来てくれた。これは、私と君だけの秘密の話だぞ」


 そんなことを言って、いたずら小僧のように微笑んだ王の顔といったら! 左半分が動かないことも含めて、実に魅力的に映ったのである。私もそれを見た瞬間に、王の依頼がなんであろうと聞く気になっていた。


「これは秘密の任務なんだ」


 王は真面目な表情だが、それはいたずらの計画のように響いた。


「地図だとこの点になるんだが」


 王は親しげに、しかし、出し抜けに言って、狭いながら豪奢に作られたテーブルに置いた地図を指さした。


 驚いたのは地図に小さく折りたたまれた跡があったことと、書き込まれた筆跡だった。それは王が密かに持ち運び、王が直接に書き込んだものだとわかったからだ。


「ここに何かあるのですか?」


「鉱山がある。そこに向かって欲しい」


「私だけでですか?」


「いや、多少遠いからな。例の三人で行くといい」


「そこでやるべきことは何なのでしょうか?」


「そこの鉱山にはすでに私が派遣した者たちがいる。君も知っているイロナ・ヨトニの研究隊だよ」


「あの舞台が向かった先はそこだったんですか!」


「そうだ。そして彼女らが君に何を渡すべきなのかを知っている」


「任務了解いたしました。私どもがいなくなる理由をどう説明すれば。そのあたりも私で考えるべきでしょうか?」


「先だっての参事会議員の件、私が公的には否定したが、私的に君たちを送り出したことにしてよい。どこかの都市に戻って彼らを送り届けたのだと言えば、長期離脱も筋が通ろう。もし本当に参事会議員を見つけたなら、好きにして良い。ただし、猶予は一日だけだ。さらに、帰途であればいかなる寄り道も許さん」


「心に刻みました」


 私は顔をほころばせていたことだろう。イロナに再び早い内に再会できるだけでなく、王の深謀まで知ることができたのだから。我らの王は確かに鋭敏な知能の持ち主だった!


 しかし、それもこの一瞬だけのことだとは後に知ることになる。やはり王の狂気だけはいかんともしがたいものだったのだ。そうとは知らぬ私は、我々三人が参事会議員を探してくる任務を受けたと小声で、しかしはっきりと周囲に説明してまわった。皆は驚き、やはり王は賢明であった、とささやき合った。


 これで出発までスムーズに行くだろうと思っていたところ、私の話を聞いて黙っていなかったのはヤッキマであった。噂を聞きつけると、私のところにやってきて、腕をつかんでこっちに来い、としてきた。まるで恐喝であるが、仕方なく私も従う。


「その王の判断だが、どう思う?」


「どう思う? と言われても、聞いたとおりとしか……」


 そう言って、私はヤッキマの態度の裏にあるものに気づいた。要するに親衛隊がないがしろにされ、私のような部外者を頼ったことに我慢ならないのだ。


 私は話を合わせ、ヤッキマの気分を害さないようにした。


「しかし、裏事情があるなら、親衛隊にはこっそりと言っておいてもよかったかもしれないな。どうだろう、今回の参事会議員救出に親衛隊も参加したいと申し出ては」


 そう提案すると、ヤッキマは微笑んだが、すぐに威厳を保とうと笑みをかみ殺した。


「う、うむ。そうだな。話してみよう」


 その場はそれで収まった。私は王がそれを許可しないだろうと思っていた。が、誤算だったことには、親衛隊の動向を許可したばかりか、その同行者にヤッキマを指名したことだった。さらに、口の軽いリャンに用心して出立まで本当の目的を伏せ、参事会議員を探すためだけの単独行だと言い聞かせておいたのだが、どうやらヤッキマも秘密の任務については知らないらしい。王もなんとも意地悪なことだ!


 リャンはヤッキマ同行にひどくぼやいたが、私にもどうにもできない。それよりどう説明したものか悩むことになった私の方がぼやきたいくらいだ。さらに言えば、道中で話し込むことになれば、王の狂気の話にもなろう。王と面会すればころりと王を信じてしまう私だったが、その後のヤッキマへの対応を見るに、王の狂気がまた可能性を持って頭をもたげてくるのも事実だ。


 忙しさの中でそれらを忘れようと私はせわしく動き回り、その日のうちにヘボネンに一週間分の水と食料を積みこんだ。そして、我々はひっそりと、しかし、しっかりと皆に見送られて旅立つことになったのである。私だけが心の内に不安を秘めて……。

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