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竜を解体する

 竜の身体にひとつたりと無駄なところなしとは繰り返し述べてきたところだが、利用できる各部に解体するのは一仕事となる。竜狩りは竜を仕留める銛打ちこそが花形であるというのは論を待たないが、重要度では竜の解体もひけをとらない。もっとも竜解体に専門の職は置かれていない。得意不得意こそあれ、全員が総出で行う仕事となる。


 解体はまず、うごめく竜の胴体の横に竜解体用トレーラーを移動させることからはじまる。このトレーラーには解体用のステージ――平たく言えばまな板である――と竜を吊すクレーンが設置されている。作業の多くは竜の胴体をクレーンに吊したままで行われるのだが、このクレーンにバランス良く胴体を吊すにも熟練の経験が必要で、クレーンから伸びるロープに竜の胴体をくくりつける、いわゆる「玉掛け」は年長の者が指揮を執ることが多い。基本的には前足と後ろ足に輪を引っかける形で吊すのだが、竜の大きさによっては重心を慎重にとる必要がある。今回の赤竜の場合は大物ということもあり、その慎重になるべき代物だった。


 道中に加わって何の役に立つのか、とも思えたよぼよぼの老人がこの玉掛けの名人であった。「ここと、この位置だ」と目分量で指示したところがぴたりと重心にはまる。クレーンは二基使うことになったが、この二基を動かす技師にそれぞれ出す旗でのサインも完璧で、見事、赤竜の胴体は宙に浮いた。


「こればっかりはゴルジェイの爺さんがいないとな」


 と、皆が口々に褒め称えるのも納得というところ。下手な者が指揮すればかなりの時間を必要としてしまう作業だ。


 吊した竜の胴体はまな板の上に移される。まな板の役割は主に血を受け止めることだ。液体が流れるように傾いており、排水溝にあたる位置に血をためておく缶を置いておく仕組みだ。


 解体の第一は皮を剥がすことからはじまる。これは吊したまま行われる。竜の皮は上部から層に分かれており、一番外側がいわゆる鱗となる。鱗は皮膚の一部であり一枚一枚剥がしていくよりは皮ごと切除してしまうのが早い。通常の動物の解体と同様、腹側を縦一直線に切り、足に向かって切れ込みを入れる。その後、切断部近くの皮の端に穴をあけフックを通す。そのフックにかけたロープを数人がかりで引っ張ることで皮を剥がしていくのだ。皮そのものは非常に固いが、剥がしていくとしなやかにめくれていく。皮の下には皮下脂肪の層がある。皮を引きめくりながらこの脂肪と皮の間に大型のナイフを差し込んでいくわけだ。


 皮を剥がし終えると、白みがかった黄色の身体があらわとなる。それは主に皮下脂肪の色である。その後に登場する内臓脂肪よりは少ないが、それでも竜の巨体となればかなりの量となる。もちろん皮剥ぎの後には脂肪剥ぎだ。脂肪の層は薄く白いフィルム状になっている筋膜の上に乗っている。これをナイフで剥いでいく。複数人で作業し、それぞれが一抱えあるほどの量を剥いだら、それを床に放置していく。床の脂肪は別の係の者がバケツで集めて、俗称を「大鍋」という鉄製の巨大な鍋に放り込んでおく。


 お次は筋膜と筋肉だ。今度はナイフのような小型の刃物では取り分けられないサイズとなるため、専用の刀が登場する。半サージェンほどある格闘用かとも思える刃物だ。筋肉の位置関係を把握している者が部位ごとに切断していく。こちらは脂肪ほど適当に切るわけにはいかない。動力として使用する場合、筋肉の形状がそのまま保存されていることが大事になるのである。筋膜も同様に動力機械の部品となる。これはなるべく大きくカットしておく。この作業から先は血が流れ落ちるので、先述のように缶に集めておく。


 今回の作業においては、このあたりで日が暮れ始めた。このように竜の解体作業は数日がかりの仕事となる。このまま移動する場合もあれば、その場にとどまって作業を続ける場合もあるのだが、今日の場合は物資も豊富なためとどまることが選択された。


 とどまることに決まれば、夜間は夜間で可能な作業を進めることになる。夜は脂肪を詰め込んでおいた「大鍋」の登場となる。この鍋は湯を張れば中に人が数人は入浴できる大きさがある。これは鍋の下部に設置されたカマドと一体になっており、火で加熱する。脂肪を加熱し、液状化した脂を取り出すのだ。


 夜に宴会の準備と平行して大鍋にも火が入れられた。脂が液状化する程度に加熱できればいいので、燃料をくべる回数もそう多くなくて済むし、温度が上がりすぎなければいいだけなので作業としても難しくはない。大鍋担当の者も食事をとり、酒を飲みながらの作業となる。火加減を見て、時折大鍋をかき回しながら、ひしゃくで脂をすくって布で漉し、脂保管用の缶に移していく。これが金額で言えば一缶数十マルッカにもなるのだが、作業者にはそのような緊張感はない。あまりに量が多すぎるからだ。この大鍋の作業が竜狩りにおけるあらゆる作業で一番軽んじられている。新人の仕事なのだ。


 さて、夜に親衛隊士たちが葬儀を行ったので、この日ばかりは痛飲するのは竜狩りたちだけとはいかなかった。ヤッキマでさえ酒に口をつけていたくらいである。その夜は誰もがぐちゃぐちゃに酔っ払ったのだが、翌日は、もう竜の解体作業を再開しなければならない。竜狩りたちはけろりとしてこれに取りかかっている。


 筋肉の次はさらに脂肪の分厚い層があり、その先が内臓である。多くの生物においては内臓こそ珍重されるものだが、竜の場合は少々勝手が違う。心臓こそ強力な筋肉として高値となるが、それ以外は腸と肝臓を中心に、やはり脂としての利用がほとんどとなる。このあたり、やはり竜は食用にならぬということが大きい。もっとも竜の肉を食べた者もいることはいるので、それについては別項を設けることにする。


 消化器官を荒っぽく取り除いてしまった後、ここまで分解してもうごめいている心臓に手をつけることになる。竜狩りたちは慣れてしまったと言っていたが、それを初めて見た私にはショックだった! すでに身体の大半を切り落とされ、内臓を失い、肋骨から背骨まで丸見えとなっているなか、心臓だけが律儀に鼓動しているというのは信仰がない私でも冒涜的だと感じたほどだ。竜が生命の法則の外にあるものだとしても、不気味さはこの上ない。しかもこの後、心臓をそこに繋がっている血管から切り落とすのである。竜狩りたちはこの作業を「血のシャワー」と呼んであまりやりたがらないが、こちらは貴重な部位を取り分けるということもあって新人や嫌われ者の仕事にはなっていない。名人は切断後の血管をうまく手で押さえつけることにより、床に向けて血を噴き出させることができるのだというが、今回はその妙技を目にすることはできなかった。血は盛大に吹き出し、「確かに血のシャワーだ」と妙な感心をすることになった。


 内臓を取り払ってしまうと、もう竜の身体がクレーンから吊されているのでなく、竜の骨だけが吊されているような状態になる。もはや吊しておく意味はないので、骨を床に降ろし、再び斬首刀のお出ましとなる。竜の骨は軽いが非常に固い。斬首刀で切らねばならぬのは骨でなく、骨と骨をつないでいる関節の軟骨部分だ。竜の骨の構造を考え、末端から分解していく。ややこしいのは鎖骨から胸骨、つまり羽根の接合部だ。ここの分解はほとんどパズルのようなものだ。竜は全体の骨格こそ爬虫類に似ているが、胸部は鳥類に似ている。以前に羽根は本来の意味で前足にあたると書いたが、その羽根の根元の筋肉がこの竜骨なる巨大な骨に繋がっているのである。竜骨は肋骨の前側に縦に走っている太い骨で、鎖骨も前足と羽根の二組分もここに繋がっている。竜骨の軟骨部の的確な分解がスムーズな骨の解体に直結しているわけだ。


 以上で竜の身体の各部を駆け足で見ていったわけだが、これからも折に触れて竜の身体各部について書いていくこともあろう。その際は煩雑であると思わずに読んでいただきたいと思っている。そうだ! 何より大事なことを忘れていた。竜の脳と腸についての不思議な関係と、それが人間がもたらす重大な作用についてである。これは次項に詳細に書いていくことになる。

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