新しき首刈り族
不死の竜の身体を分解するためには、まず首を落とすべき、とは以前に述べた。それによって彼らは統制された動きを失うのだ。首のない全身は、もがくというより各部が痙攣するだけとなる。それは皆が幼い頃に遊んだであろう昆虫の首を切断することに似る。身体は動きこそすれ、その行動に一貫したものは見られなくなるのだ。
さて、いささか話はそれる。不謹慎ながら断首には背徳的な愉悦があると言っていいだろう。そして、それが大型動物になればなるほど増していくということにもご同意いただけることと思う。人間には残酷性があるということだ。悪しく荒々しき陶酔とでも言うか。
しかし、ここで首切りがそれだけの行為では無いことを述べておかねばなるまい。首狩り族なる蔑称があることからわかる通り、歴史をさかのぼれば人間は首の切断に特別の意味を持っていたのだ。多くの部族が過去、戦場において敵を倒した証拠として首を持ち帰った。それは敵を倒したことの証明であり、武勲を誇るという意味合いがある。
その点で我ら竜狩りを前世紀の遺物たる首狩り族と呼ばねばならぬのかもしれない。竜の首を切り落とすのは栄誉ある行為とされている。
最初の銛射ちと首狩りを栄誉において並ぶと評したが、その違いは首狩りが実力よりも地位を優先される点にあるといっていい。要は現在では首狩りは儀式的な位置にあり、それを行うのは参加者の中で最も地位が高い者なのである。
かつては竜の首を切り落とすのも大層危険な仕事であった。当初は二人がかりの仕事だった。一人が非常に重く作られた専用刀を持つ。野菜を切るのに使う四角い形状の包丁を巨大に分厚くしたような代物だ。そして、もう一人は土木作業用の両手持ちの木槌を携える。もうおわかりのように、刀を竜の首の鱗の間に刺し入れ、それを木槌で叩くという寸法である。
では現代ではどうなっているか? ここにおいてもすべて人力で竜狩りを行っていた先達に感謝しなければなるまい。エンジン付きの専用刀が存在するのである。これは刀身の周囲に回転する金属ベルトを装着したもので、無論ベルトには竜鱗製の刃が埋め込まれている。これで竜の首の切断が容易になったのだ。
現在行われている赤竜狩り。その狩りの工程もいよいよ首狩りとなった。それを行うのはもちろんナイビット・カイラス王である。赤龍が完全に絡め取られた後、『殺竜号』がその近くにしずしずとやってくる。連結されたトレーラーの二台目、王の御座の扉が開き、この場での親衛隊士筆頭ヤッキマ・パーランが素早く出てくるや恭しく跪いて扉を押さえた。それから舞台効果を意識しているのか、やや間があってからの王の登場である。いや、舞台ならファンファーレが鳴るところか、と思っていると、なんと本当にファンファーレが鳴り響いた。私はその時になって気づいたのだが、楽隊のコンテナもその側面を開けていた。この竜の首切断の儀式に文字通り音楽を響かせるというわけだ。
その音楽の効果もあって、竜狩りたちの顔に微笑みが浮かぶ。荒々しくも朗らかな空気である。先の夜における王の行動が竜狩りたちに「我らの王」との印象を与えている。自分たちの御大将の首狩り儀式とあっては、盛り上がらぬわけがない。音楽の効果と相まってまさに舞台は最終幕というところ。
そしていよいよナイビット・カイラス王が重々しくも無駄の無い動きで歩み出てきた。歓声と音楽が一気に爆発し……急速にしぼんでいった。それは歓声ばかりでなく、音楽すら一瞬、演奏を止めてしまったほどだった。その戸惑いと冷めた雰囲気をもたらしたのは他ならぬ王であった。しかも、それは当人が静まれと命じたわけではなく、ただ歩いて行くだけでだ。その王の表情ときたら! それは言うなれば復讐者の表情であった。純粋であり、それだけに高潔な殺意! 復讐や殺意とはいえそれは人間の持つ嫉妬心や嗜虐心とは無縁の神人だけが持つ純粋な、ただ自然現象のような意志であった。その見る者に恐怖を感じさせる意志が光線のように目から発せられていたのである。剛胆な竜狩りたちはそれに萎縮させられたのだ。
止めたものか続けたものか迷っているおずおずとした演奏による音楽が流れる中、ナイビット・カイラス王がそのまま歩を進める。付き従う親衛隊士は三人。彼らは王の暴力的な威圧感には馴れているのか、歩を乱すことはない。それでも彼らの顔からはかなりの緊張を強いられていることがうかがえた。その三人に後方からヤッキマも加わった。彼の顔はいつも通りに見えたが、それは彼が普段から職務に忠実な仏頂面であるあまり緊張と変わらぬ表情であるからに過ぎない。
王を先頭とした集団は縛られている赤竜には向かわず、その近くに停められたヘボネンに向かっていった。それは先に指揮を執った『無頼会』のものだった。乗り込んでいたメンバーは恐怖に表情を引きつらせ硬直していたが、ポール上にいたリーダーが悲鳴に似た声をあげたことで車内のメンバーがはっとして正気に戻る。
「斬首刀をお渡ししろ!」
その指示でメンバーは車内から斬首刀を持って飛び出し、跪いて王に捧げる。その姿、王に仕える騎士のごとし……とはいかなかった。刀は機関部から刃の鎖が付いた楕円のプレートが飛び出しているという代物だったし、王は殺意にあふれすぎていた。死刑執行人に斧を渡す官吏というのがぴったりくる光景だ。
ナイビット・カイラス王は死刑執行人としても一流になれただろう。斬首刀を受け取り、それを片手で軽々と構えた姿は他のどの竜狩りたちより堂に入っていた。凄まじい膂力である。そして王は竜狩りたちの指示を待つこと無く赤竜に向かって歩き出した。親衛隊士たちも慌ててその後に続くといった始末。縛られているとはいえ赤竜はまだ動く。王にもしものことがあっては困ると竜狩りたちも弾かれたように動き出した。
竜の首を切断するためには首を固定する必要がある。重く長い鉄の棒を二本、間を開けて竜の首の上に渡しかけるのがその方法だ。今も竜狩りが四人、二人ひと組で一本ずつの棒を携えて首の左右に展開、ロープに絡め取られつつもまだもがいている竜の首の上にどっかりと鉄棒を落とし、体重をかけて押さえ込んだ。
八サージェンを超える竜となると、首もかなりの太さとなる。人間の胴体二人分ほどにもなるだろうか。できる限り先端、つまり頭に近い部分を押さえるのがコツであり、そうすることで人間四人分の力でも動きを止めることが可能になる。
竜の頭部の大きさは人間の身体ほどもある。トカゲめいた顔立ちながら、その美しさは比べようも無い。ほ乳類の野獣よりも無機質でありながら、しっかりと表情がある。しかもその表情は人間には理解できないものであるというのが何よりの特徴だ。この赤竜も、このような状況にありながら、苦痛、絶望、屈辱、それに類する感情は一切見られない。それでも、いや、それだからこそ竜の顔が人間に与える威圧感は相当なものがある。押さえつける竜狩りたちも読み取れぬというのに竜の顔色をうかがってしまっている。
ナイビット・カイラス王が竜の首に歩み寄る。王に首を差し出すかのように金属棒を押さえている竜狩り四人の顔に緊張がはしる。王に付き従うヤッキマたち四人の親衛隊士も竜への最接近とあって身のこなしにはかなりぎこちないものがある。彼らは近距離で竜を見ることすらはじめてのはずだ。
さて、断首の時間である。王は赤竜の首を見下ろし、殺意の一瞥を向ける。
「あやつを仕留める訓練にもならぬが、眷属とあらば根絶やしにせねばならぬ。しかし、感じるぞ、貴様の悪意を」
王の言葉は理解できぬものだったが、竜狩りも親衛隊士も顔を強ばらせたまま緊張に耐えている。このときは彼らもこの後に起こる強烈にして信じがたい出来事に遭遇するとは考えてもいない。王が斬首刀を振り上げ、エンジンをかけた。恐るべきチェーンの刃が回転をはじめる。そして、その怪異とも言える事件は起こった。王は斬首刀を赤竜の首鱗の隙間に差し入れ、見事に一撃で切断したその瞬間のことだ。
赤竜が「ごぅ」とも「どぅ」ともつかぬ声で吠えた。それ自体は珍しくもない。竜は各部位を切断されようとも動き続けるものだ。だが、切断された後の首が明確な意図を持っているかのように動いたとなれば話は別だった。赤竜の切断された首は吠えた顎の力でとび跳ねると、空中で一回転し、あろうことか王に向かってその巨大な口を開いたのだ。
親衛隊士の一人が素早く王の前に立ちはだかった。そこに飛翔してきた赤竜の首は、なんと跳びざまにその親衛隊士の胴体を一噛みで食いちぎってしまったのだ。
切断された竜の首が跳びはね、人間を噛みちぎる!
竜狩りたちは目の前で起きた信じがたい惨劇に驚きの声を上げ、王の周囲に駆け寄った。しかし、すでにその一瞬ですべては終わっていたのだった。赤竜は首と胴体を離され、そのどちらも意思も意図もなくうごめくだけの存在になっていた。胴を食いちぎった恐るべき口も、ただ緩やかに開き、半ば閉じと繰り返すのみだ。それは親衛隊士の胴体も同様であった。上半身と下半身が別れ、ひくひくとうごめいているだけ。誰しもが目にした光景を信じられずにいた。いや、王以外はというべきか。
「なんとも忠義な! 私ならばこの程度の竜の頭、払いのけることに造作もなかったというのに! しかし、犬死にではないぞ。このナイビット・カイラス、少しばかり血に酔うての油断から危機を招いてしまったと知ったぞ。貴様のために二度とは繰り返さぬ」
王は竜の血で濡れそぼった斬首刀を頭上に掲げ、誓いの言葉を口にした。そして、斬首刀より滴り落ちる血に向かって口を開け、舌を伸ばし、それが誓いの印とでもいうかのように、喉を鳴らして血を飲んだのである。
竜狩り一同は、それにどう言葉をかけていいのかわからぬようであった。しかし、この場の親衛隊士では長となるヤッキマの指示が彼らを正気に戻らせた。
「アレクセイ・ポジトコフの遺体は親衛隊の管轄となる! 狼狽せず竜について通常の職務を行うべし!」
この状況下でも四角四面に振る舞えるというのは傑物であるかもしれぬ、と、私はヤッキマへの評価を変えざるを得なかった。
さて、この事件は当然ながら皆の心境に変化を与えることになったのだが、それが表面化するのは後のこととなる。まずは、これより竜狩りの職務における地味な側面、竜の解体について見ていくことになる。




