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狩りの風景

「総員、竜狩り準備!」


 ワイノの声が響く。電信での暗号連絡もあるが、指示は声のほうが早い。応じるのも声とエンジンの音だ。「おう!」あるいは脂を増量されて回転数を増したギアの唸り。 


 青空の中、遙かに赤く浮かぶ竜の姿。それに向けてコイラ全車は一斉に方向を変えた。空の一点に向けて三〇もの猟犬が突き進んでいく様は壮観だった。彼らの蹴立てる土煙は荒野にいくつもの放射状の線を引いたかのようだ。


「赤がかかれ! 『無頼会』が補助!」


 その指示が皆に聞こえたか聞こえていないかはわからない。だがワイノも当初の予定を復唱しただけだった。最初の竜はそのグループでかかると決めていたからだ。赤はコイラの五台グループ、『無頼会』がヘボネン三台のグループ。どちらもベテランで構成された信頼が置かれているチームだ。


 竜に向かっていく軌道こそ同じだが、赤と『無頼会』以外は速度を落とし、土煙の幾何学模様が乱れる。その美的な景観が失われたかと見えた直後、先頭を走る集団は『無頼会』のヘボネンを先頭に見事な陣形を組んでの走行を開始した。見ていた私もため息を漏らすほどの見事なフォーメーション。それを指揮していたのは例の『無頼会』の見張り棒に吊されていた男だった。身振りで後続の車列に位置取りの指示を出していたのだ。バランスが悪いを通り越して激しく左右に揺れる棒の上にあって大きく手を揺り動かす様はサーカスの軽業師が喝采を求めているかのようだった。


 後に聞いてわかったことだが、その陣形は「弓と矢」という名がつけられたもので、コイラが縦に、ヘボネンが横に並んで、まるで矢をつがえた弓のような形となる。そこからコイラが順番に一台ずつ竜に向かって突進して行くというものだ。そして、指揮をとるヘボネンはいちばん外側に位置し、一台ずつの突進タイミングを指示するのだ。


 今、指揮者たる『無頼会』の軽業師は、まさに突進のタイミングを計っていた。まさに弓に矢はしっかりとつがえられ、射ち出されるときを待っている。その先端は空にいる赤竜にぴたりと照準を合わせている。


 空中にいる赤竜も我々には気づいているようだった。首を下方にちらりと向けた瞬間がある。だが自らを脅かすものは視界になしという王者の風格というべきか、それともただの無知から来る奢りか、それによって自らの飛行プランを変更するという様子は無い。竜の知能については諸説あれど、その行動については気まぐれという他は無いのだ。もし竜狩りを経験した竜といえど例外なく凶暴化するわけではないのだという。


 そんな竜の性質ゆえに銛を射ち込むタイミングは、気流やその他の気まぐれな条件によって竜の高度が下がった瞬間となる。とはいえ高度を測れる計器などをのぞき込んでいては照準を誤る。銛の射手は高度を目だけで測らなくてはならない。慣れぬ者はずっと竜を見続けていると、これが大きくなったり小さくなったりしているように見えるのだという。銛を射たねばと焦っているときなら尚更だ。さらに降下するとみえてすぐに上昇に転じることも起こる。それを見極めるのも射手の腕の見せ所だ。


 今回、初段の射手に選ばれたのは技量については間違いのない男との話だった。異名を「天眼のルキーチ」。見ただけで目標物への距離を当てることができる特技の持ち主。鋭い目つきで指揮者の合図を待っている。


 そして、竜が降下をはじめた一瞬、風が上昇気流をもたらさないと判断した指揮者が大きく手を振った。


「発射!」


 先頭のコイラがうなりを上げて加速。それはまさに放たれた矢のごとし。一直線に赤竜を目指して突き進む。後部に設置された銛にすがりつくようにして天眼のルキーチは速度変化に耐えた。しかし、目は上空の赤竜からひとときも離しはしない。加速に慣れたあたりで銛の台座のハンドルを握る。そして、具合を確かめるようにぐるりと軽く先端を回転させたかと思うと、次の瞬間、銛の切っ先は嘘のようにぴたりと赤竜に向けて制止した。手練れの仕草である。


 失踪するコイラは平坦とは言えぬ地面で大いに跳ねる。それでも天眼のルキーチの操る銛は、その先端と赤竜の間に見えない糸がぴんと張られているかのように動かない。ルキーチが膝でコイラの動きを吸収しているのだ。


 こうなると竜狩りの全員がルキーチに注目するのみ。今は彼が主役の舞台だ。彼と竜以外は誰も立ち入れない神聖な時間である。


 しかし、そのクライマックスは息を呑むほど引き延ばされることもなく訪れた。ズドンと響く火薬の音に続いて、空を裂く銛とロープの風切り音が唸る。


 コイラは一瞬、煙に包まれたが、その失踪の速度で即座に姿を見せる。命中を確信したか、煙の中から姿を現したルキーチは高々と右手を振り上げていた。


「的中!」


 響くエンジン音を打ち消すほどの声でルキーチが叫ぶ。


 そして金属同士がぶつかり合う不快な音と、湿った葉野菜を床に叩きつけたような音が同時に聞こえた。竜の身体に銛がめり込んだ合図である。


「的中!」


 二度目の「的中」は竜狩りの全員が叫んでいた。皆の心がひとつになる最高の瞬間!


 赤竜の腹に見事に銛が突き立っていた。そのロープはしっかりと赤竜とコイラを結んでいる。だが赤竜はざっと見ても全長は八サージェン以上あるだろう。コイラでは支えきれないどころかロープが張ってしまったら横転してしまうだろう。そこでアンカーである。


「アンカー!」


 ルキーチが叫んで叫んで銛を射ち終えた台座の正面に回り込む。そこに銛と繋がったロープが巻いてあり、ロープの後端には金属製のアンカーが結わえ付けられている。アンカーの重量は二プードほどもあるか。形状は船の錨と酷似している。ルキーチはそれを抱え上げると、渾身の力でコイラの外に投げ出した。


 ズドン、とアンカーは地面に食い込む。アンカーはロープが結わえてある方向に引っ張ると、地面により深く食い込むように出来ている。斜めに角度をつけられた鋭い歯が接地面に突き出しており、これが砂漠気候の乾燥した大地にずんずんめり込んでいくのである。そして、それは竜が引こうと容易に地面から引きはがれることはない。


「アンカー!」


 後続のコイラに乗車している竜狩りが叫んだ。これはアンカー設置を確認したというサインである。その合図で後続車たちはアンカーと竜を結ぶ線から少しでも離れるように左右に分かれはじめる。銛を射ち込んだコイラも高速でロープから離れる。ロープがコイラを巻き込んでしまえば元も子もない。


 アンカーは固定され、竜は飛翔を続けている。その間にあるロープは巻き取られた分を猛烈な勢いでほどいていく。竜狩りにとってもっとも緊張する瞬間がこれだ。銛は命中しても、ここで不首尾があればすべては水の泡となる。ロープは切れないか? アンカーから抜けはしないか? 車や人を巻き込みはしないか? 怯えることはいくらでもある。ロープがピンと伸びきった一瞬、緊張は極限に達したが、それに対する回答も即座にやってくる。すなわち……。


 ロープがアンカーを引きずり、爪が地面に食い込む。ついにロープが張り切ったのだ!


 巨大な竜が奇妙な格好で空中で一瞬制止させられる。まるで射止められた鳥のように。


 そして、竜はロープを中心とした弧を描いて空中より落ちる!


 荘厳とも言える瞬間だった。巨大な竜がついに空から突き落とされる。神聖なるものが我らの領域に引き下ろされるという、あらゆる物語で想起されたその光景が形になったかのようであり、また純粋に巨大なものが崩れ去る理屈を越えた視覚的、音声的快感の究極がそこにあった。赤竜が地面に接触した瞬間の土石の飛び散りと土煙、地鳴りのような衝撃音は何物にも代えがたい快楽となって見ている者の全身を震わせる。


 地面に落ちた赤竜は再び大空に戻ろうともがく。飛び上がるためにはある程度の助走が必要なのだ。だがその身体に射ち込まれたロープがそれを許さない。そこに竜狩りたちの二撃目が襲いかかる。


 ロープを迂回したコイラたちが赤竜目指して再びの加速をはじめた。狩りの第二段階である。今度行われるのは竜の動きを完全に縛ってしまうためのものだ。横合いからさらに銛を射ち込み、竜の周囲を旋回することでロープを竜の身体に絡めてしまうのだ。


「二番、三番、連続で右よりかかれ!」


 『無頼会』の指揮者が再びポールの上から命じる。先頃は矢となっていた際に二番目、三番目だったコイラが赤竜の右側に接近。どちらの車の射手も心得たもので、最接近した瞬間に小気味よい射出音を連続して響かせる。


 哀れ、地上に落とされた赤竜は避けることもできず横腹に二本の銛を新たに突き立てられる。反転離脱した二台のコイラは赤竜の頭部近くを横切り左方へと走った。そして赤竜の左側に回り込むと、今度は横たわりもがく胴体からさほど距離を離さぬ位置にアンカーを投げ入れた。これは竜の性質を利用した罠である。竜はもがく際、胴体をねじのように回転させる癖があるのだ。自然、横腹に突き刺さったロープは身体を絡め取っていく。さらに、それは反対側から銛を打ち込む際にコイラがロープに絡まることを防止してもいる。


 見よ、すでに号令を待たず四号車、五号車が赤竜の左側に迫っている。今度は指揮者は大きく手を振り動かすだけで事足りた。手慣れた射手と運転手は右側がそうであったことをこちら側でも繰り返す。小気味よい連射と一撃離脱。回り込んでアンカー。流れるように行われた狩りの小気味よさ!


 ああ、そして赤竜よ、その知能はいかほどか。もがき回転するほどにロープは複雑にその身を絡めとるというのに、その愚かしいダンスを止めることはない。いや、人間であってもこの状況では正確な判断などできぬかもしれない。狩人たちが各々の車を止めて見守る中、赤竜のうめきともがきが蹴立てる土埃は段々と小さくなっていく。


 そして、静寂とまではいかぬが、赤竜の立てる音はずいぶんとつつましいものになっていた。もはや赤竜は干された牛の肉のごとし。いや、東方遊牧民の作る羊料理には一頭を器用に紐でくくるものがあると聞く。まさに、これがそうだろう。赤竜はその後足で立つこともできず、前足は身体を取り巻くロープの間で弱々しく動くのみ。


 しかし、これで狩りは完了とはいかぬ。最後の仕上げが待っていた。最初の銛射ちに並ぶ誉れとされる首狩りの時間である。

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