最初の竜狩り
あらゆる生物の分類は竜に根源があるとは私と師匠の見解であるが、科学的、歴史的にはいまだ証明されていないことでもある。科学は竜を生物の枠組みのひとつに押し込み、歴史は竜の存在を家畜のように扱っている。もちろん私は科学の側についているが、その生物の枠組みをもう少し問い直してはいかがかという立場である。それは一般読者には興味のない分野であろうかとは思うが、科学と歴史、あるいはそれと絵画の間にある関係性を思えば、章を割いても差し支えはあるまいと思える重要項目であり一章を割くことにした。
過去の絵画は昔の生活者の精神的貧困を示すものと思われがちである。特に物語派と呼ばれた時代のものは、絵柄を様式化することで形而上のことを図示可能にし、物語を読み取れるほどの情報量を一枚の絵に織り込むことに特化したから、昔の人々は現実をとらえる写実的な観察力がなかった、という誤解がまかり通っているほどだ。かように、過去が劣っている、いや、劣っていなくてはならないと考える人々が多いことに、歴史観を持つ際に陥りがちな罠を見ることが出来る。科学は時代と共に発展するが、人間の思想においてはその限りではないということだ。この『最初の竜狩り』を例にとって見ていこう。
これは周知の通り神人プラトーと金竜ジン・ガルの対決の図である。この物語そのものが事実であったかどうかは議論の余地がある。有り難いことに神人の書物は人類の歴史よりも古いものだから、文献によりプラトーの実在は確認されている。帝国建国前の五王国時代における英雄だ。疑われているのは、不死の金竜を一騎打ちで突き殺したということである。当時の加工技術からすれば竜の鱗を貫くことのできる銛は竜の鱗から生成されたものだけなのであり、プラトーは竜を殺していないというのだ。さらに疑わしいことには『最古のもの』ジン・ガルがプラトーと会話を交わしているのだ。竜は人語を解さず、その知性も動物のそれと同等であるというのが最新の見解なのはご承知の通り。私の意見はそこにおいて完全に異なるが、それは後に披露するとして、これらの疑念が過去の人間がいかに事実を超えた真実を物語の形式に落とし込んだかを失念していることをここでは順に指摘していこう。
まず知られている事実を確認する。竜の不死は厳然たる事実としてそこには異論があるまい。彼らは永遠かそれに準ずる寿命を持っており、人類が彼らを狩るようになる以前に死があったとすれば、滅多には起こらぬ事故だけだ。絵画に描かれたものではない“本当の”最初の竜狩りは、ある竜の――モ・ジン・ガルと名付けられたのは当然か――事故死がもたらしたものだった。驚くべきことに天より降ってきた流星が飛行中のモ・ジン・ガルを直撃したのである。人々はこの不幸な竜の鱗を剥ぎ、武器を作り上げ、それにより別の竜を狩ることに成功した。それがたった二百年ほど前のことだ。それ以降、百年ほどの間、竜は最高の金属を提供するためだけに狩られた。それ以前に竜が狩られたことはないだろうと目されるのは、竜の遺骨が発掘されないことからも明白だ。
それでは私は物語絵である『最初の竜狩り』の何を擁護しようとしているのか。科学的には証明されていない太古の神人と竜との関係を暗示しているという意味で、まさに真実を指し示しているのではないかと言いたいのだ! 竜についての歴史はすでに述べたが、神人についての歴史もはっきりしていない部分は多い。五王国時代以前、五千年以上前のウル文明期は伝説に過ぎぬと言いつのる学者もいる。だが、竜と神人とを結びつけることにより、五王国時代以降に神人がその力を失った理由が解ける。
そう、竜と神人は同根のものであり、分かたれる以前はひとつの種だったのだ。その姿の著しい乖離はいわば雌雄の姿が極端に異なる生物を見ても理解できるだろう。あるいは幼虫と成虫の姿がまるで違う虫を見ても。
悲しいかな神人が帝国建国以降にその種としての力を急速に失ったことは確かで、それが竜との決定的な決別にあったことを絵は竜殺しとして表現しているというわけなのだ。そして、竜と神人とが再びなんらかの関係を結ぼうとしていることは、この地の王たる、かのナイビット・カイラスが証明しているではないか。彼は竜の血を食料とすることで神人に活性をもたらし、再びかつての偉大さを取り戻そうとしているのだから……。
※ 一枚の絵画によって物語を伝えようとする芸術の流派、および運動。文章を添えることや複数の絵を並列することを完全に排したところに特徴がある。特定の記号や隠喩を絵に入れることによって意味を付与するため、多すぎる約束事項を見る者が了解しておらねばならず、廃れていく。
※※ 五人の王が覇権を争った時代。文字資料が存在する最古の時代となる。神人は現代でも数百年の寿命があり、ある程度までは記録も記憶も遡れるが、それでも五王国時代以前は伝説とされる。
※※※ 竜は個体識別が可能であり、ほぼすべてに名がつけらてれる。帝国公用語で「最古のもの」の意を呼称化したもの。
※※※※ 「最古のものに似たもの」の意。




