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見張り台

 数日で車列は竜狩りの平原へと入った。ここがこの春から夏への変わり目に竜が飛来する土地である。この日から日中は見張り台に常時誰かがいることという指示が出された。


 見張り台はハーレには必ず設置されている。要は屋根の上に長時間居座るための設備である。椅子が置いてあるものもあれば、手すりで囲まれた籠だけのこともある。


 見張りはあらゆる仕事の中でいちばん退屈とされているが、重要度はかなりのものとなる。何しろ竜は人間に興味がそれほどないばかりか車列を見れば逃げていく場合も多い。しかも向こうは空を飛んでいて、こちらは地上で土煙を蹴立てているわけである。どちらが先に発見可能かは言うまでもない。そのため竜を発見した見張りにはボーナスが出るのが慣習だった。今回は王の懐から直に金銭が出るとのこと。いつもの竜狩りより見張り台に上がっている者は多かった。


 見張りが竜を発見した場合、はっきりと赤い旗を掲げ、竜発見の方向を指し示すことになっている。その日の行程のはじまりから見張り担当の全員が旗を握りしめて汗ばんでいるほどで、双眼鏡を覗く手もせわしなく動いている。中でも凄まじかったのは『無頼会』なる竜狩り社のヘボネンで、それの特殊で凄まじい見張り台はなんとも驚きだった。なんと車体後部より長い旗竿のようなポールがそびえており、その上部にかろうじて見張りがしがみついているような状態。しかもそのポールの長さは五サージェン強ほどもある。それを見た竜狩りたちは「さすがに最初に発見するのはあいつらだろう」と噂しあった。


 その日の天気は快晴。竜狩り日和かと思いきや、ベテランは日光が目に入るが良くないと言っていた。私はその日は勝手を言って音楽家たちのねぐらでなく、リャン、ヴァジンとともに『白蜈蚣』のヘボネンに乗っていた。竜狩りがあるかもしれないというので、間近に見ようという色気からである。


 さらに私は見張りを買って出ていた。金が目当てというよりは、何事も体験という心情からである。ここの見張り台は小型のシートが設置してあるもので、車内からよじ登る方式。様々な様式がある見張り台の中ではかなり楽ができる部類だ。車内とも会話できるし、今の季節なら風もそれほど寒くは無い。私は流行しはじめた保温水筒を持ってワインを混ぜた暖かい紅茶を飲みながら上機嫌であった。空はどこまでも続き、そこに浮遊植物が暢気に浮かんでいる。俗称は『浮遊する哲学の球体』。竜はこれをかじりに来るのだ。そして、空の青を線で区切ったかのような地平線。地上の広大さはこの惑星の広大さでもある。その丸みが世界の広さを思い起こさせるのだ。


 さて、私が良い気分でいたところ、下から声がした。


「左前方。十時の方向と言うべきかな。赤い竜だ。手柄にするといい」


 ヴァジンだった。私は慌てて双眼鏡をそちらに向ける。空が青いばかりで竜など影も形もない。だが、ヴァジンのことである。車内からそれが見えたとしても不思議は無い。


「私にはまったく見えないが、信じていいのか?」


 聞き返すと自信満々の答えが返ってきた。


「いいとも」


 私は赤い旗を十時の方向に向けて掲げた。


 それから、ややあって『無頼会』のあの見張り棒の先にくくりつけられていた男が旗を出す。方向は同じ。


「よっしゃ! やったな!」


 運転をしていたリャンが叫ぶ。次々に旗があがる。


「一番乗りはもらったけど……」


 私はまだ確信が無かった。双眼鏡で竜の姿を探す。


 そして見えた。真っ赤な竜の悠然と飛翔する様子が。大きい。


「来たぞ!」


「きやがった、きやがった!」


 私とリャンが騒ぐ。もはや肉眼でも見える。


 竜発見を報告する電信が無線装備の各車にトン・ツーのみの暗号で入ってくる。


 『殺竜号』の上部に見張りを押しのけてワイノが立ち上がり叫ぶ。


「総員、竜狩り準備!」

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