王の狂気
いささかわかりにくい部分もあったろうが、それらはこれからの記述でおいおい深く理解できてくると読者諸兄には約束するとして、この時点で浮き上がってきた問題は先に書いたとおり王の内面のことである。イロナの研究内容は王も承知していたわけで、単純に理解すれならば王はこれまでの発言のいずれにおいても真意を隠していたということになる。ボルテルの不安も然りである。浅慮であることは知りつつも、王は狂っているのでないか? との疑念は当然のように私の中にも生まれていた。そして、そのことを裏付けるようなことが数日を経ずにして起こり、王の狂気は一般に知られるところとなった。いわゆるお触れが王の名において出されたのである。
・その日一日を無言で過ごすこと
さすがに誰もが目を疑ったし、親衛隊に確認する者も多くいたわけだが、市民が無言で過ごすことが王の望みで間違いが無いとのことだった。むろん戸惑っていたのはむしろ親衛隊の方だった。そんなことをすれば都市生活を維持する業務もすべて止まってしまう。結局、親衛隊の独断により、努力目標ということに落ち着きはしたのだが、王の手前、必須業務以外はすべて休業となったのである。
これを切っ掛けに王が乱心されたか、との噂が流れはじめた。それに追い打ちをかけたのは、後日、その無言行の理由について説明がなされたことであった。それはむしろ説明されなかったのであればまだ狂気を疑われまいという内容だったのである。
皆も昨今の日々の生活において積み重なる言葉の数について考えたことがあると思う。過去十年ほどからするにそれは増加の一途をたどっている。数百年前からすればさらにそれは顕著であろう。我々の世界は日々言葉によって埋め尽くされようとしているのである。定期的に積み重なる言葉を減らすのはゴミを掃除することと近い。求めるのは皆の考えるような静寂ではない。ただその積み重なりを整理しなければそれはいずれ崩れてしまうものなのである。
その後も数回お触れが出ることがあり、人々は次に何が命じられるのかと怯えて暮らすようになった。やがて王への不信は高まり、そのことがかえってプトキ・ルル討伐行の待望論を生むようになっていったのである。
なおその他のお触れには次のようなものがあった。
・他人を驚かせた者を処罰する
・内心で麦のことを考えることを一日禁じる
・緑色の絵の具での描画を一週間禁じる




