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夜会

 ナイビット・カイラス王のお目見えが騒ぎになってから数日後、とうとう私に呼び出しがかかった。以前にもやってきた郵便配達を装った――あるいは本職で親衛隊が副業なのかもしれない――親衛隊員が派手に装丁された招待状を私に届けたのだ。それは王との会食の誘いで、私だけでなくオルヴォとソイレ夫妻、それにリャンとヴァジンも招かれていた。特別に用事のないただ楽しむだけの会食とのことだ。日程を確認するよりも先に「行く」と伝え、郵便配達が帰ると即座に同様に招かれいているいつもの連中に会いに行った。単独でないのは救いだった。興味はあれど、あのような姿になったナイビット・カイラス王の近くに行くのに不安は少なからずあった。それまでも尊敬と親愛の入り交じった気持ちを抱いていたのだが、それに好奇心とないまぜになった恐怖が加わったのだ。下世話な言い方をすれば怖いもの見たさであり、上品に言えば偉大なものに抱く憧憬と畏怖である。


 しかし、その晩にバルに集まった皆は私とは違う感覚を持っていたらしい。


「あれに会いに行くのか」


 王を相手に、あれ、とはリャンも大したものであるが、内心遠からぬと感じているところは私にもある。


「私もさすがに恐怖を感じる。なんというかあれは不思議なものだ」


 ヴァジンすら怯えているようなことを言っていた。二人とも一杯目ですでに口がなめらかになり、不敬ともとられかねぬことをぼやきはじめていた。それほど王の姿にショックがあったことは私も認めないわけにはいかない。


 だがオルヴォとソイレはショックを受けるどころか、それを気高い姿だと心から思う者たちだった。


「何を言っているのです。王はしゃんとしていたじゃないですか。あれが科学の進んだ姿なのですよ。あのようにすれば永遠に生きられるんじゃないでしょうか?」


 王の言葉を真面に受け取りすぎだとは思うが、オルヴォはさすがに芸術家だけあって私もはっとするようなことを言う。確かに長命の神人といえど寿命はある。だが竜にはそれはない。


「確かに王は永遠について考えていらっしゃるかもしれない」


 私は言った。オルヴォもうなずいて「お話できるといいのですが」と相好を崩していた。


 その後の数日間は印象としては即座に過ぎ去った。当日は我々もいつもの派手な格好で城へと出向くことになった。迎えに高級車がやってきて、我々を城へ運んだ。


 城の奥に入ったのはさすがにはじめてだったが、我々が驚くようなことはさすがになかった。ロートゥア城は戦いの城であり、天然石を固めた壁が迷路のようにいくつもの小部屋を構成しているのが元々の姿だ。今は改築も重ねられ、重要な部屋は西方の影響を受けたガラス装飾がなされ電気も通っている。儀式に使われるホールが本来の謁見の間ということらしいのだが、今ではそちらはコンサートや大規模昼食会などを開くホールになっているそうで、我々が向かうのは王の私室に近い食堂とのことだ。白いアーチのそれほど高くない天井の部屋で、私の知らない様式のテーブルが置かれていた。どうもおそろしく古いもののようだ。暖炉とタペストリーも私の知識が追いつかぬどこか異国で作られた物のように思える。後にオルヴォが言っていたが三千年ほど前の遊牧民の王が使うものだろうとのことだった。征服王であった彼を倒した証として寝具を奪いタペストリーとしたのだろうと。物を大事にするにしても度を超すと日常的に使って良い物とは思えなくなる。ということは、我々が座り、テーブルクロスをなにげなくかけられている一揃いにはどのような血塗られた歴史があったのだろう? 誰もわからず王に質問もしなかったのは幸運だったのかもしれない。


 我々は席について待った。燭台は帝国様式で、これには歴史があったとて知っている範囲のものだろう。だがどうにも不気味さが漂ってならない。一同、何も言わず緊張した面持ちで案内人が去った後の沈黙に耐える。やがて聞こえてきた足音がその緊張を弾けんばかりにふくれあがらせた。それは紛れもなくあの片方だけ金属音の足音だった。


「本日は招きに応じてもらい嬉しく思う」


 演説の際の朗々とした響きでなく、繊細で穏やかな声だった。それで緊張はいちどきにほぐれた。正気の者の声だったからということもあるが、いや、正気などという評価は失礼にあたる。そこには人の情緒を知り尽くした者の深みといたわりがあったと言っていい。大げさに過ぎるかも知れないが、それほどにナイビット・カイラス王の精神性は美しく気高かったのだと今でも確信を持って言える。王の人間性――それを神人に言えるのかどうかはともかく――は我々を即座に魅了したのだ。


 我々は立ち上がり、王の着席を待った。王の足取りは自然で、足音のいびつさからは信じられないほどだった。王が着席をして我々にも手振りで促した。給仕がやってきて食前酒を確認した。ふと気づくと部屋の影に親衛隊長のボルテル・サーリが控えていた。こちらも美丈夫の超人であり姿を隠しての警護などふさわしくはないはずなのだが、王の前では彼の仕草は当然のもののように思えた。


 食前酒も高級だったはずだし、料理も生半なものではなかったはずだが、そのメニューも味も記憶していないのは、不覚というよりも、その日のメインは王の語りであったからに他ならない。王がエンターテイナーであるはずはなく、我々が王を楽しませなければならないはずだが、結果として私は大いに興奮させられてしまったのである。最初から王は我々を驚かせた。食前酒の際に、本日は私の詩と夫妻の音楽を褒め竜狩りの編成を労うという目的の会食だと語られたのだが、まだ場はいささか固かった。その場の皆が王の言葉を待つだけの人形となっていた頃、それは起こった。


 王の左半身がカクカクと震えだしたのである。その震えは見る間に大きくなり、やがて生物的でない硬質な動きが左半身を支配した。それは右半身に反して動き出し、関節部分が九十度にしか曲がらない角張った姿勢でテーブルに載っていたフォークをひっつかむと、あろうことか王の顔にそれを突き刺そうとし始めたのだ。給仕は悲鳴を上げ、我々は息を呑んだ。王は右手で左手の動きを押さえ込もうともがく。ボルテル・サーリが素早く駆け寄り、それを助けようとしたその時……いきなり王が笑いはじめた。すべて演技だったのだ。さすがにその場の皆はさらに表情を硬くしていた。給仕はまだ信じられぬという表情だったし、ボルテルも警戒のポーズを崩しはしなかった。我々も笑ったものかどうか判断しかねていた。私以外は。我ながらどうかしていると思うが、私はどうにもこらえきれずに笑ってしまったのだ。王の動きの機械的な感覚はそれまで見た何よりも新鮮なおかしさを持っていたのだ、私にとって。声をあげて笑う私が我に返ったのは、皆のとがめるような視線に気づいたからだったが、救われたことに王が私に向かって笑いかけてくれた。


「冗談が高級すぎたようだ。理解してくれたのは詩人の彼だけではないか!」


「恐縮です。しかし、皆、恐れながら完璧なパントマイムに本心から騙されたものと」


「君はパントマイムと見破ったわけだ。どこでわかった?」


「いえ、陛下がお笑いになるまではわかりませんでした。ですが、言うことを聞かぬ左手という芸を得意にしていた西方のボードビリアンを見たことがありました。名前は確か、確かアッシュ……」


「キャベンディッシュだ」


 王が即答したことに驚いたのは私だけではなかった。持ち場に戻ろうとしていたボルテルさえも片方の眉をぴくりとさせていた。その人物は当然ながら西方のくだけた文化の申し子のような芸人であり、大衆人気に支えられた下品な存在と見なされていたからだ。


「そのようなものまでご覧に」


 私が思わず聞き返すと、王は「芸を拝借してみた」とおどけて言い、左の仮面に埋め込まれたレンズのシャッターをカシャリと動かし、「ウィンクだよ」とさらにふざけた。今度は皆も笑った。


 そこからは楽しい会食となった。適宜というより頻繁に王は冗談を飛ばし、誰の話に対しても的確な知識を披露して答えた。ヴァジンの故郷についての知識さえ持っていたことにはヴァジンも目を丸くしていた。何より芸術方面についての特殊な思索についてはオルヴォとソイレ、そして私は驚かされた。すっかり忘れていたが、かなり不敬なことだと今更のように緊張した【王への誓願】について王から言葉をいただいたときだ。


「あの詩は悪くなかった。そう、悪くない、という程度だ……とは思う、私も芸術には少しうるさめだ。不満があれば言って欲しいが、ともかく、あの詩の良さについては、芸術的な意味での評価ではないわけだ」


 王の言葉に、私はすっかり恐縮してしまった。


「いえ、あの詩は私自身の評価としても、今振り返ると……」


「いや、芸術的な意味でないと言ったところでまた悪いのだが、その行為が芸術的な意味を持つことはあり得る。あの場合はそうだった。これまで政治的な意味を持つ歌が街で流れるとき、それは血を求める歌だった。そこに勇ましさはあれど哀愁は無く、それが政治活動自体から美しさを奪っていた。君の詩は誓願として歌われたことに価値がある。竜狩りたちの行為にはこれから歌も加わるわけだ。その意味は大きい」


 そしてオルヴォの曲とソイレの歌への賛美があった。私が音楽方面には彼らほど明るくないので会話がわからなかったことも省略の理由だが、それに続く言葉が興味深かったのである。前日に話していた永遠なることをオルヴォが質問したのもその時だ。


「音楽や詩の良さはその永続性にある、と私は考えている」


 王はそう言った。


「永遠ということですか? そこを恐れながら詳しく」


 オルヴォが身を乗り出して聞いた。


「神人とて寿命はあるが、人間のそれよりは長い。必然として人間の世代を超えた営みを私は見てきたのだ。子から孫と続く代替わりも何家系かのものを間近でな。そうなると、彼らの間に何が残るかが否が応でも気になる。先代のことを後の者はどう記憶するのかということだ。肖像画、家系図、日記、作った道具、詳細な記録、そのようなものの中で、何より故人のことを思い起こすよすがになるものは歌だった。誰の作った歌でもかまわないが、故人の行動を歌うことが重要なのだ。それが歌い継がれることにより、故人は永遠のものになる。どうしてだろうな、私とてわからぬのだが、故人の為した偉業に限らず、ほんの小さな失敗さえ歌われることで故人の人柄が手に取るようにわかるようになるのだ。歌の中に永遠に生きる者たちこそ幸いなるか。私はこのような立場であるから、実のところ記録は数多い。日録は筆記者が側用人から聞き取り、城に保管される。先代もそうだった。また戦に勝てば凱旋門もできよう。善政により公園にその名もつこう。だが、それは永遠ではないのだ。歌われた者だけが入れる門がある。それこそが永劫なのだ」


 王の語りには神聖なるものの立ち上がりが確かにあり、その感動は私の身を震わせた。オルヴォなどは涙を流していた。人間からは見えぬ世界を確かに王は見ていた。我々の脳裏には永劫の歴史なる概念が確かに感じられ、それに圧倒させられた。


「歴史の記述には正確で無くてはならないものもあろうが、歌いによってのみ伝えられなければならぬのが人の歴史だ。私も死を覚悟したが、それを越えた今では歌による永劫を求めるようになっている。君たちには討伐行の際には詩と歌をお願いしたい」


 王の生身の目が私を見ていた。赤く、情熱的で、真摯な目だった。私は熱気と冷気を同時に吹き付けられたような不思議な心持ちになった。なんという栄誉か! 私とオルヴォは感謝を繰り返し、手を取り合って喜んだ。


「そうとも、竜狩りについても話さねば! 私は竜を邪悪だと断じる。あれは永劫のあるべき姿ではない。永劫については記録か歌かで違う性質を持つとは話したばかりだが、竜の永劫性はお気づきの通り記録としてのものだ。彼らは歌わぬ。ただ生き続けるのみだ。我らは竜に襲われ、その恐怖を歌うこともある。そちらこそが美しき竜の姿なのだ。それさえ残れば決して更新されぬ竜の永劫の命など無意味に等しい。竜は機械に過ぎない。ただの回転し続ける歯車にも等しい。そこに巻き込まれた者だけがその恐怖を語り継ぐが、実態は見れば失望するようなものだ。竜を生かしておくことは世界の平板化を意味すると言ってもよい。歯車だけの世界になるのだ。想像してみるがいい、世界の砂粒にいたるまで自動的に動き続けるだけの世界を。この星がすべて機械仕掛けであろうとしている世に我ら何ができようか? 世界を意志で満たしていくしかないのだ。ことごとく機械を支配下に置くことで、我らの歌を、笑いを、怒りを永劫としなくてはならないのだ。私の意志が私の半身を支配していることは、そのための道標であり、飛び板となることだろう。そして、私は精神的に効用のあるさらなる竜の利用法に思い至っている」


 王はそう言って給仕に合図した。給仕は一時だけ下がるとすぐに戻ってきた。彼が押してきたトレイには金属のゴブレットがひとつだけ載っていた。それを王の眼前に置く。


「これは竜の血だ」


 王がゴブレットを我々に見えるように前に出して言った。私は生物の死骸には馴れているし、それを食することに何の抵抗もないが、ゴブレットに満たされた赤黒く粘性のある液体を見たとき、背筋に走った冷たいものを忘れはしない。我らが王はその白い肌と銀の髪、そしてその美貌に恥じぬ吸血鬼になられてしまったのである。


 王は喉を鳴らしてゴブレットの血を飲み干した。神人式のマナーゆえ喉を鳴らすようなことはなかったが、いかようにも隠せぬ血への渇望がむさぼり呑むという形容を禁じ得なかった。そして血が含む脂質故に、飲み干した後に口の周りに付着する黒く鈍い輝きが蝋燭の明かりにテラテラと揺れる様は、王の満足げな笑みを残忍さと誤認させるには十分過ぎるものだった。


 そして、私の脳裏にある疑念が生まれたのである。王への誓願の際に城の塔より覗いたあの幽鬼こそ、ナイビット・カイラス王、その人でなかったか?


「この血が私の精神に流れ込んでくるのだ。竜なるものの稚拙な思考と単調な鼓動が私に原初の精神と生命を呼び覚ましてくれる」


 王は半分となった生身で微笑んだ。おどけた表情ではなかった。そこには陶酔と残忍さが宿っていた。なんとも驚いたことに、私が魅了されたこれまでの王の姿はまやかしだったのだと言えるだろう! なぜなら竜の血を呑んだ時にのみ王はその表情に一切の戯けを含んでいなかったのだ。王は竜の血を呑むというおそらくは趣味的な行為にのみ真剣さを見いだしていたということなのだ! それを倒錯と呼ぶかどうかはわからないが、王の竜の血への没頭具合は、子供が昆虫を無残に解剖する際のそれであった。


 そのわずかといえばわずかな歪みに気づいたのは私のみであったかどうかはわからない。誰もそのことについては触れようとしなかったからだ。そして、その後のことはあまり記憶していない。ただオルヴォとソイレが一曲披露したことで場の雰囲気は和んだことは覚えている。そのようにしてその夜は終わったのだった。

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