鍛冶師へのインタビュー
ここで竜の鱗から精製した金属を加工する技術について記しておかねばなるまい。無論、通常の金属は大地より採取され、炉によって精製される。昨今の技術進歩により、鉄、銅、アルミなど様々な材質のものはもちろん、合金も製造できるようになってきた。それでも竜の鱗が高級品であるのは、それが大地から採取される金属とは異なる性質を持っているが、それが金属に他ならないという矛盾を内包していることによる。この竜の鱗なる金属は自己再生する希有な存在なのである。
自己再生。それは傷つけた鱗がまるで生きているかのように――実際、生きていると考えた方がよい――治癒していく現象のことだ。長さ数センチ深さ数ミリ程度の傷ならば、数日でこれは埋まってしまう。まさに生物的な金属であると言ってもよい。
では生きている金属を加工するというのはどういうことなのか? そもそも再生するということは、以前の形に戻ろうとするということである。するとどのように加工しようとも鱗の形になってしまうのではないかという危惧は正しい。まさに、そこが克服すべき問題となったのが竜の鱗加工の歴史なのである。
竜の鱗は、るつぼに入れて熱を加え液状にして型に流し込むという初歩的な加工までは可能だった。問題は型に入れた鱗が冷えてくると、鱗の一片一片が浮かび上がってくるということにあった。どう型にはめようと、かつてと同じ鱗の姿をとろうとするのである。
初期の頃の加工技術は、鱗を小さくするという方向に向かった。溶けた鱗はごく少量を型に入れると、それが小さな鱗として結実するということがわかったのである。比較的柔らかい金属で作った槍に鱗を貼り付けることで強力な竜殺しの武器としたのが初期の竜の鱗の利用法だった。
初期の、とは書いたが、それが現在でも更新されたとは言い難い。現実には鱗をどれだけ小さく出来るか、ということだけが技術の進歩であった。それでも用途が武装であればそれで十分であったことも間違いない。おまけに再生能力はどれほど小さくとも備えている。武器こそが最適な利用法である時代が長く続いたのも当然といえる。
ここでようやく話は王の半身に移る。そう、小さいとはいえ鱗の形状にしかならない金属で半身を形成するような複雑な形状は作りようもなく、関節部分のように可動部分まであるとなれば尚更だ。まさに新時代の技術が使われているのだ。
それを実現したのがネストリ・マンテュラ。私も後に彼を紹介されることになるのだが、ここでは先取りして彼に竜の鱗の加工技術とそれから生み出された王の半身について聞き取りをした際のことを記しておく。
――歴史上でもはじめての加工法だと思うのですが。
「そうなるな。歴史というが、鍛冶なるものは、かつて火を使い金属を変質させる魔術師だった。しかし、ご存じの通りそこに魔術の入り込む余地などなかったわけだ。溶解された岩石が比重によって元素ごとに層をなしていくと学問のある者なら誰でも知っている。いずれ元素は解明され尽くされ、鍛冶は産業になるだろう。しかし、しかし、二度目のしかしだ。もし元素に、これまでの鍛冶の及ばぬ、つまり炉の生み出すいかなる高温でも溶かせぬものがあったならどうだろう? それは現代においては魔術であろう。それが将来的には解明され、産業になるのだとしても。そして、今現在、私は魔術師というわけだ」
ネストリ・マンテュラは老人である。かなりの高齢であるのは確かだが、正確な年齢はわからない。どうやら神人に近い血筋らしく長命なのだと。その手も顔も皺が深く刻まれており、まさに絵に描いたような魔術師。ただし、髭は神経質なほどにきっちりと剃られており、髪も短く刈り込まれているところは鍛冶の現役であり続ける男というところ。
――しかし、現在では唯一の方法を発見されたのですよね?
「私はその方法を知っている。通常では完全に溶かせぬ鱗を溶かす方法を。ただし、それはナイビット・カイラス王の許可した本を読むことによって得た知識だ。そこも魔術師の面目躍如というところか、本に書いてあったことを応用したにすぎないのだよ。なぜそれが起こるのかはわからないが、何をどうすればいいかだけは知っているというやつだ。何がどうなっているのかは後にわかるだろう。現在、できる限り簡単にそれを表現するとすれば、こうなる。とある石を燃やすと、含まれた元素が光を発するのだ。見えない光だ。その光がいわば記憶を破壊するわけだ。鱗の記憶を。形の記憶だ。竜の持つ永遠性はそれで破壊される。何より竜は記憶の生物だといえる……まぁ受け売りだが、そのように過去の神人は評している。永遠に記憶を持ち続けるがゆえに永遠なのだと。そして、それは神人も似たような存在だったのだと振り返っている。神人というのは記憶を無くしたのだということだ。だから王は私にこれまで隠されていた技術を明かしたのかもしれない。ともかくこだわったんだ、義手、義足をプトキ・ルルの鱗で作ることに」
――竜の筋肉と脂の性質からしても永遠性というのはとてもよく理解できます。神人もかつてはそうだったということも。しかし、王のこだわりというのは?
「わからないが、とてもこだわった。絶対にそうでなくてはいけないと。もともと人体に金属を埋め込むのは毒である場合が多い。そして、竜の鱗となるとそれを埋め込んだ者などこれまでいないからな。側近の誰もが反対したそうだが、王はそうしろと」
――結果として成功だった?
「わからない。技術的には……成功というのも不敬かもしれないが、技術的には大きな進歩があった。竜の鱗はやはり加工がしやすく強い……もちろん、新式の溶解法を知らないとだめだが、鉛の加工しやすさがありながら、堅く、粘り強い。熱の伝導率は低く、振動もしにくい。それでいて軽いときている。人間の身体に使うことを考えても良い素材なのは間違いない。毒性がわからないだけだ。そして、義手、義足の新しい技術は私のものじゃない。これもやはり神人の過去の記録によるものだ。お抱えの医師たちが原本の細密画を示してきて、これを作れるか? と聞いてきた。もちろん簡単だった」
――それなら何故、大成功を誇らないのです? どこか不安をお持ちに見えますが?
「気楽に言ってくれる。つまり……今後どうなるかわからないんだ。竜の鱗を金属というより生き物だと考えればよい。生き物を身体に入れたと思えば……そうだな、なんといえばいいか……なんとも恐ろしい。竜が半分だ。身体だけならいい。半分、竜の精神が半分と思ったら、身震いがする。もっとも精神は鍛冶の領分じゃないがな」




