火薬式銛
すでにかなりのページを重ねているが、一向に竜狩りに出立しないではないか、と思っている読者もおられるかと思う。まだ王への面会も叶っていないため竜狩りの様子をお目にかけるのはまだ先となるが、それではいささか不親切であろう。そこで、ここでは竜を捕らえる道具である銛について解説をすることで少しでも狩りの気分に近づいてもらうことにする。
私が火薬式の銛が射出されるのをはじめて見たのは、プトキ・ルル討伐行への参加募集において、未経験者に銛がどのようなものか見せるデモンストレーションが行われたときだったのだが、まずはそもそも銛というものをご存じない方に向けて解説をしておこう。
銛は古代から使用されている狩猟用の道具である。長い棒の先端部にかえしがついた鋭い刺突部がついており、刺突部の尾部にロープが結びつけられた構造のものが一般的だ。そのかえしとロープこそが形状をほぼ同じくする槍との違いであり、特色であるのはおわかりいただけるだろう。これは陸上動物を狩るためでなく、水中で魚を捕るのに適した構造である。かえしがあることで魚に一度刺さった銛は抜けず、ロープがあることで得物をたぐり寄せることが可能になっているのだ。これが槍であれば、真逆の理由で陸上動物を狩るのに有利となる。槍はロープがないことで遠距離まで飛び、刺突が致命傷となるまで深く刺さるにはかえしは不要となる。陸上動物であれば槍で殺した位置まで歩いて行き獲物を回収すればいいのである。
では竜の場合に銛が用いられるのは何故か? それは竜が飛行する生物だからに他ならない。故に銛に結びつけられたロープの反対側には大型船における錨が備えられている。地上、あるいは低空を飛行している竜に銛を打ち、錨を地面に埋め込むことで彼らの自由を奪い、これを狩るのである。
竜狩りの銛は、誕生初期には投げるものではなかった。これは竜の鱗が硬く、投げた銛では突き刺せなかったためだ。戦場で用いられる長槍のような形状で、それを馬か徒歩での突撃により突き刺すのである。それは先端部の硬度が竜の身体より精製された金属によって作られていても変わらなかった。竜が地上にいるところを運良く襲えなければ銛を突き刺すチャンスすらなかったのである。しかも騎乗か徒歩で長距離を移動しなければならなかったため、竜を捕縛するほどの錨を持ち歩くことは不可能だった。ロープの端は複数の人足で引っ張ることとなっていたのである。当然、命の危険も相当なものであった。
近代の狩りにおいて改善されたのは、銛が火薬の力により射出されるようになったこと、移動が車になったこと、錨の形状が進歩したこと、などがあげられる。さて、ここでは進歩した銛を見ていこう。
火薬式銛の射出装置銛は、筒状の本体に台座を組み合わせたものが主流だ。本体の構造は大砲とほぼ同一である。火薬を内部で爆発させる圧力に耐えられる頑丈な筒、ということだ。筒の長さは半サージェン、太さは半フートほど。筒の後部に着火スイッチのとりつけられたハンドルがあり、使用者はこれで狙いを定める。ハンドルは縦の握りが二本で、機関銃のそれに似ている。着火装置はバネ仕掛けの撃鉄で着火用火薬を叩くという単純な仕組みだが、使わない時も銛をセットしておけるので理にかなっている。使用時には撃鉄を起こし、円盤状に整形された火薬をセットするという予備動作を行うわけだ。
射出される銛は、いわば砲弾となるわけだが、セットした場合、筒より先端が露出する構造になっている。先端部の尾部にロープを結びつける必要があるためだ。そのロープ結束部も銛の飛翔時に抵抗とならぬために、射出後はスライドして棒状の胴部に開けられた穴を通って後部へと移動していく。胴部はいわば細長く伸ばしたドーナツ形状で、射出時の衝撃を受け止め、尾部にロープを送る以外では飛翔の妨げにならぬようになっているだけである。先端は古風なかえしがよっつほど矢羽根のようについた円錐形だが、そのかえしが飛翔時に羽根となって安定性を高めるのみならず、最新式のものでは竜の身体に打ち込まれた後、内部に仕込まれた火薬の力で外側へと開くようになっている。古典的なかえし以上にがっちりと竜の肉をつかむのだ。
続いて台座である。銛本体の設置される台座は銛打ちの仕事場であり、狙いをつけるための基部だ。銛は左右に一六〇度、上には七〇度、下には一〇度ほどの角度がとれるようになっており、車が竜を追跡さえできていれば銛を竜に向けることは容易なだけの自由度を持っている。台座にはほとんどの場合、腰をひっかけるだけの椅子があり、これにより身体を固定できる。照準器も円筒部に簡易な照星がついているものから、望遠鏡がついた狙いやすいものまで様々だ。
このように銛は進化しているが、それでも扱いやすい道具というわけではない。単発で連射のきかぬばかりか、一回の射出でそれなりの額がかかる代物である。そのため近代の銛打ちは昔のように命がけの蛮勇が必要な職業から、冷静な狙撃手にも似た素質が求められている。銛は構造上それほど狙ったとおりに飛ぶ代物ではない。「一人前の銛打ちまで一千マルッカ」なる言葉が竜狩りには伝わっている。これは銛の癖をつかんで命中させられるようになるまでかなりの火薬代金を消費しなければならないという意味合いの言葉だ。現代の銛打ちには経験と才能が求められているのだ。
とはいえ、天才は例外である。ヴァジンの槍投げの才能を見るに銛打ちに適しているのは間違いなく、銛のデモンストレーションを終えて観衆がいなくなってから、リャンはヴァジンに銛を試させることにしたのだが、果たして期待以上であった。ヴァジンは五〇サージェンほど先にある一サージェンほどの円形の的に二射目で命中させてみせた。一射目は的を外していたが、それだけで銛のクセをつかんだのだ。しかも、その後に言うことが振るっていた。
「これなら固定式でない方がいい。多少は軽く作ってもらいたいが、猟銃のような形にしてもらえれば、これより速く狙いをつけることができる」
リャンはそれを聞いて「ひょう! あれを使える奴が現れた!」と声をあげていた。何を言っているのかと聞くと、リャンは興奮を抑えきれぬ様子で私に言った。
「歴史上、火薬式銛の試作品は手持ちだったんだ。ところがその重さにより実用的じゃなかった。使いこなした者は歴代では神銛と呼ばれたアリーナだけだ」
かくしてヴァジンに倉庫で眠っていた手持ち火薬式槍が手渡されることになった。彼は的に背を向けて立ち、振り返りざまに銛を射出、的に命中させるという離れ業を演じて見せたが、それを誇る様子もなく、リャンに言った。
「これの改造するべきところを指示するから職人を紹介してくれ」
かくのごとく天才とは凡人の数歩先を行くものなのである。
※ 一フート=約三〇センチ。




