ロートゥア
都市国家ロートゥアは、自治を認められているが故にそう呼ばれている。帝国の厳密な区分では自由都市ということになるだろう。
ロートゥアが独自の法を許されているのは、もちろん竜狩りの街であるからだ。収入のほとんどを竜狩りから得ているというだけでなく、街の機能そのものが竜狩りのためにあると言ってもいい。また複雑な政治事情があり、帝国で竜狩りの許可証を発行する権利を持っているのは、この都市を治める神人、ナイビット・カイラスだけである。
帝都からロートゥアまでは乗り合いの大型車が出ている。数度の休憩を含めて丸一日の行程。だいたい五百ヴョールスタほど。ロートゥアは竜狩りの前線基地、すなわち帝国の端にあたる位置にある。蛮族すら住まぬ荒野、つまり竜たちの土地に面しているというわけだ。そのようないわば田舎にありながら、ロートゥアまでの道は車が走れるよう整備されている。それは竜の身体から人類へいかなる恩恵がもたらされているかを証明しているといえる。ロートゥアで竜より加工される製品は無数にある。原料のみ輸送されるケースも含め、帝国における物流の実に三分の一はロートゥア発である。竜加工品は食料以外のほとんどの産業に関係しているといっていい。大まかに言えば、その脂と筋肉を動力機関に、鱗を金属製品に、脳髄と腸を医薬品に加工される。細かく説明する機会は後にあるだろうが、特に動力機関は代用品が存在しないため、ロートゥアにおける独占となっている。この都市の活動により車が動き、工場の織物機が動き、小麦の粉が挽かれている。水車や風車とは比べものにならぬ効率だ。
ロートゥアの人口は二十万ほど。ほとんどは動力機関と金属の加工に従事している。狩りをしている者は一部だ。富裕層はもちろん支配層たる神人を別として、工場保有者を中心とした資産家たちだが、この街に特有なのが大型狩猟車両保有者である。これは竜の狩りに特化した大型車両で、荒野における数ヶ月の遠征と複数体の竜を現場で解体することを可能にするものだ。大半の竜狩りは流れ者の腕自慢であり、資産は持っていない。竜狩りは大型車両保有者に雇われることによって成立している仕事だ。成り上がることを目指すなら、大型車両を保有することが竜狩りという職業における上がりだといってもかまわないだろう。
さて、この都市でしか竜狩りにはなれぬと書いたが、一方で竜狩りは流れ者とも書いた。これはどういうことなのか? 答えは単純で、竜狩りがその名誉を広く知られているからであり、かつ、死亡率が高いからである。竜狩りはその勇猛さと自由さを讃えられており、多くの若者の憧れであるが、竜に対峙するとなれば当然のように死はそこにあるものなのである。結果、帝国はおろか辺境より竜狩りは集まってくる。そして、荒野で命を落とすか、身体を、あるいは心を欠損してロートゥアを去り、竜を狩ったという栄光を糧に竜ではない小動物などを狩って過ごすことになるのだ。
私の初のロートゥア入りは夕刻だった。乗り合いの大型車は定期便で予定通りの進行。ほぼ満員だったが乗り合わせた客に竜狩りの者はおらず、休暇明けの工員たちばかりだった。どこか不機嫌な彼らは早朝の出立から運航中を寝て通す者がほとんどで、竜狩りの話はおろかろくに雑談もない始末。旅の窓も整備された道とあっては中途半端な田舎景色が続くばかりで退屈だ。金銭的に倍以上は違うが、もし読者諸兄がロートゥアに向かう際は鉄道を使うべきだと私は強く提案するところだ。しかしながら夕映えの赤と金色――期せずして高貴な竜の色である!――に照らされた城壁が見えたときは乗り合い車旅の唯一の美点を感じたものだ。遠くから見えていた壁が近づくと急速に伸び上がったかのように視界を塞ぎ、押しつぶされるかのような感覚がやってきたかと思えば、不意に竜の顎のごとき巨大な城門に車ごと吸い込まれていく。巨大なものに蹂躙される恐怖が安全な環境にあっては快感となる。これはなかなかに得難い経験である。
ロートゥア中央駅前が乗り合い車の停車場だ。長距離をやってくる大型車の貨物を扱う倉庫とそこから直接に商いをする市場が広がり、そこに貨物のひとつとして乗客が降ろされるという印象になる。夕刻の雑然とした広場に素早く乗客が散っていく。彼らには目的と帰る場所がある。私は目的こそあれ今夜の宿もない。最後の一人になった私に運転手が声をかけてきた。「宿なら黄金の銛亭がいい」と道を教えてくれた。私のような乗客はこれまでも何人もいたに違いない。長期の逗留なのでそれに向いている宿がいいのだが、と返すと、いずれにせよその宿で聞けばいいとのこと。運転手が宿から紹介料をとっているわけでもなさそうだったので、私は礼を言ってそこに向かうことにした。
※ 原典成立年代である一九一〇年頃の文明レベルと社会情勢を想定しているようだ。だがロシアとフィンランドとの関係は逆転して描かれている。フィンランド側が「帝国」なのだ。
※※ ロシアの距離を表す古単位。一ヴェールスタ=一キロと七〇メートルほど。




