狩りの準備
連絡方法はいささか古典的と思われたが、それだけに安全性も高かった。私に指示されていた親衛隊の連絡方法とは「指定されたポストに特定の暗号住所を書いて投函する」だったのだ。私はバル『火の鳥』をひけた直後にはもう手紙を書いていた。内容は「ロートゥア大学に来ている研究者が拉致されようとしている。何者でどこにいるのか?」というもの。首謀者については「どうせアバイ・カステルだろう」とし、情報入手先は「学生の間での噂」としておいた。早朝に投函したところ、まだ眠っていた午前中に返事があった。郵便だと起こされたのを無視していたが、やたらとしつこい郵便局員だったので、もしやと気づいたのだ。
郵便局員も親衛隊の一員だったわけだが、返信そのものは手紙だった。「博士の名前はイロナ・ヨトニ。女性。小柄。軍属。化学博士」とあり、彼女の大学での研究室が記されていた。そして親衛隊が見張りをつけ、逮捕に全力を尽くす旨が付け加えられていた。こうなったらもうこちらにやることはなさそうだ。
私は手紙を焼却する前に隣室のヴァジンを起こしに行った。彼にも見せておく必要がある。彼に身支度をして部屋に来るように言って、私は普段はそれほど吸わないタバコと灰皿を用意した。紙で葉を巻き、ふたつばかり作ったところでヴァジンがやってきた。私は紙巻きの一本をヴァジンに渡した。
「パイプしかやらない。タバコはありがたくいただく」
さすがにスタイリストというべきか、ヴァジンはそう言うとパイプを持ってきて、私からタバコ入れを受け取り、詰めはじめた。その間に手紙に目を通し、終わったところで私にうなずいて見せた。私はマッチを擦り、自分のタバコに火をつけてからヴァジンに渡した。ヴァジンは手紙を丸めてそれに火をつけ、その火でパイプをじっくりとあぶり、煙を吐き出した。
「これで例の仕事とやらは終わったということなのか?」
ヴァジンは聞いて来た。
「終わったかどうかは微妙だと思うけど、あとは適当にやっていていいんじゃないかな。向こうが気にしていたのは彼らが何を狙っているかだろうから、計画がわかっただけでこちらは貢献したと思うよ」
「そうなるとしばらくはやることがないな」
「酒を飲んでいてもいいんだが、まだ先は長いからね。少し飽きるかもしれない」
「では狩りに行くというのはどうだろう? 軽いものでいい」
「狩りか。いいねぇ」
ヴァジンの提案は私にとって乗るしかないものだった。学問柄、野生動物の生態を見るのには馴れていたが、これまで趣味としてやっていたのは釣りだけだ。帝都では自然環境が近くにはなく、それほど頻繁に郊外にいけないくせに個人で狩猟用具を維持するのが非常に面倒だったのだ。が、こちらでは街の外に狩猟可能な土地が蟻、猟具の保管場所もある。そうなると行動あるのみ。昼食がてらさっそく用具を買いに行く。帝国の法とロートゥアのそれにあまり違いは無く、護身用ピストルと狩猟用散弾銃までは身分提示だけで個人で所有できる。ところが銃を買える店に行って驚いたのは、ヴァジンはそれらを求めなかったことだ。狩猟にも護身にも銃は用いたくないというのだ。
「弓でも使うのかい?」
「いいや。自分で作る」
そう言ったヴァジンが買ったのは安いナイフをいくつか。何度か握って振り、バランスを確かめていた。私は二連銃身の散弾銃にしておき、鳥打ち用の玉を箱で買い求めた。
「投げナイフとはね」
「そうじゃない。投槍を作るのだ」
ヴァジンの買い物は古くなった箒を数本と柔らかい木片をひとつで終了となった。それから会社に戻ってコイラを足として出してくれとリャンに頼む。「なんでそんなことをしなくちゃならねぇんだ」とごねたリャンだったが、「酒を持って鳥かウサギでも狩りにいく」と説明すると、生来の遊び好きなのかあっさりと乗ってきた。コイラに元から積んであったキャンプ用品を確認し、消耗品を新たに積み込み、近郊の林へと向かう。夕刻も近いがその時間が狩りの本番となる動物もいる。
「キジバトかウサギあたりにするか」
そう確認すると、リャンが「ウサギは難しいな」と笑った。
「このあたりのウサギは爆発ウサギなんだ」
「あー、そりゃダメだな」
私も爆発ウサギの生態については知っていた。猛獣ではないが、狩りが最も難しい動物であるかもしれない。すると箒の柄と木片をナイフで加工していたヴァジンが「私なら狩れる」と断言した。
「無理だって言ってるじゃねぇか。爆発ウサギを知らねぇのか?」
リャンは笑った。
「爆発ウサギが何かは私も知っている。だからできる」
ヴァジンは削っていた木片が手に馴染むか確認していた。それは投槍器だった。魚を盛る楕円の皿に角度をつけた握りがついているだけのものだ。槍を載せて梃子の原理で威力を増す仕組みだ。
私は彼ならやってのけるかもしれないと考えはじめた。
※ 竜狩り用の軽車両。




