暴走と葬送
念入りというには短かかったが、それでも通常の葬送よりかなり時間をかけて準備を行ったのだ、とリャンは自慢げに説明してくれた。かなりの大規模な催しになったことで興奮しているのだろう。竜狩りのすべてではないかと思われるほどの人数が参加を表明しており、予定時間も近づくと街の正門の外側にある広場は、竜狩りに特有の刺々しい装飾の車で埋め尽くされはじめていた。
いつもの葬送は関係者しか参加しない。今回、いつもと変わったことと言えば、葬送の後ソイレが鎮魂歌を披露するというだけなのだが、参事会議員のアバイ・カステルが噛んだことで、お役人様公認の祭りともいえる雰囲気になっていたのだ。後日、酒場でソイレの歌声を試しに聞かせたことも騒ぎに拍車をかけた。これを聞いた者が感銘を受けないはずがなく、「とんでもなくすごい歌手が鎮魂歌を披露する」との噂は瞬く間に広がり、期待感はふくれあがっていた。
かくいう私もアバイに対する不信感を上回る高揚感に地に足がついていない感覚はあった。街の人々にソイレの歌を聴かせ、同時に竜狩りたちの祭りを楽しむという目的は、この上ない形で実現しようとしていた。おまけに眼前には車製造会社のお披露目会でもなけれえばあり得ない量の車たちが永遠に止まらぬエンジンの鼓動を響かせてひしめいているのだ!
竜への銛打ちに特化した開放型のデッキを持ったコイラと呼ばれる小型車が多い。後部に火薬射出の銛を据え付けた四人乗り。高速移動のために軽量化がなされており、運転席もむき出しのものがほとんどだが、転倒時のためにロールバーがめぐらせてあり、これが所有者の美的感覚の見せ所なのだった。あくまで無骨にさび止めだけを塗っただけのものもあるが、バー間にワイヤーネットを張りそこに派手な彩色を施すのが流行していた。会社の象徴色と紋様、ファイヤーパターン、美女などが見られる。今日は狩りではないので、小型の旗を立てている車も多く、そこには好き勝手に主張が書かれていた。曰く「最速」、曰く「恐怖不要」、曰く「五年後の死」。
さらに速さは競わないが派手さを見せつけんとヘボネンと呼ばれる中型車もやってきている。これは竜狩りの際には隊列を形成する中心となる車種で、五サージェン前後の長さ。内部で数人が生活が可能なキャビンを持ち、人員の移送と各所の連絡、大型車の入れない地形への進入の役割を果たす他、緊急時には銛打ちも行うことができる。外装はやはり派手な装飾がなされており、側面に芸術作品を描いたものや、天井に放電装置をつけたものまで存在している。
今回の葬送で唯一の大型車は『白蜈蚣竜狩社』のもので、特別な改装がなされていた。ハーレと呼ばれる大型車は移動型の基地であり、隊列参加者のすべての飲食、燃料等の必要物資のみならず、医療設備や車修理工場までを移動させる。それら複数の機能を保持するため、大型車は機関車といくつかのコンテナに分割されており、路上を進む巨大列車ともいえる構造になっている。中でも最も重要な機能であり最大の大きさを持つのは竜の解体工房で、竜のサイズを考慮すると一〇サージェンは必要だ。不死の竜は分割しても動き続けるものである以上、その衝撃に耐えられる強度も必要で、必然、それは移動する鉄塊にも似ている。話がそれたが、今の『白蜈蚣号』は本来の姿をしていない。牽引しているのは、ただひとつの大型コンテナで、それはソイレの歌うステージなのだった。四サージェン×二サージェンほどの広さがある平面に椅子をいくつか固定してオルヴォが集めた楽隊が座れるようになっている。もっとも楽隊といっても楽器の心得がある竜狩りたちを集めて簡単な曲を仕込んだだけなのだが。
「目立つねぇ。目立ってるねぇ我が社」
リャンはご機嫌だった。唯一の大型車は否応なく竜狩りだけでなく、集まった野次馬たちの注目を浴びている。まして竜狩りたちは本日はソイレが主役だと知っているのだから、彼女が歌うステージを提供できるというのは本当に喜ばしいことだろう。その勢いで「即興で『白蜈蚣』の歌とか作れないか?」と提案してきたのはまいったが、私とて高揚と不安は隠せない。鎮魂歌の曲は当然ながらオルヴォの作だが、歌詞は私が書いたのだ。リハーサルで幾人かが聞いて良いものだとの言葉をもらっていたが、一般の人々に届くかどうかとなると気が気ではない。
手配しておいた『白蜈蚣竜狩猟社』の社員が、参加者たちに葬送の予定表が書かれた紙を配布し終えたと報告してきた。リャンの出番である。彼が腕時計を見た。今は九時五十分。スタートは十時となっている。真鍮製のメガホンをトロフィーのように掲げてリャンが正門前広場を端に向かって歩き出した。小型車たちが並んで同じ方に鼻面を向けているその先頭に立った。
「竜狩りの兄弟たち! 今日は『巨匠団』の葬送に集まってくれて本当に感謝する! まずは俺、白蜈蚣のリャン・ルートより簡単な説明をさせてもらう。スタートは十時。『巨匠団』社長、サヴァ・ネラソフがピストルの合図だ。コースは街の外側を一周。トップはサヴァが認定し、賞品が出る。その後は決められた車だけが街に入る。この際は制限速度があるから気をつけてほしい。決められた車以外は街中に入るにはワイルド過ぎるってんで、しばらくこの場で待機だ! 解散は十二時それまでおとなしくしてなってことだ。さあ、安全運転で行こう!」
メガホンでリャンが叫び、歓声がそれに応えた。私が考えていたよりも声は大きかった。竜狩りたちの声はもちろん、街の外壁そのものが震えたような響きがあった。背後の壁を振り返ると、一般の人々も葬送を見ようと壁の上にひしめいているのだった。
「それじゃあサヴァ・ネラソフから、挨拶とスタートの合図がある!」
リャンが呼びかけると、腰に大型の拳銃を下げた喪服姿のサヴァが、軍の将軍もかくやという重々しい歩みで現れた。リャンからメガホンを受け取り声をあげる。
「このたびは我が社員の追悼に集まっていただき、喜びに堪えない。死んだ社員たちも報われることだろう。皆の友情と男気に感謝し、ここに葬送爆走を宣言する!」
サヴァの宣言に続いて拍手。サヴァはメガホンを返すと腰の銃を抜き、上空に向けて構えた。竜狩りたちが各々の車に乗り込みはじめ、拍手と歓声がだんだんと静まっていく。
リャンが私のもとに戻ってきて、大型車に乗ろうと促した。大型車の運転席は建物で言えば二~三階程度の位置にある。はしごを登って運転席に収まると、前方の車列を完全に見渡すことができた。その数は六十から七十にもなるか。さらに前方に一人立つサヴァの姿がある。彼は右手の銃を上方に向け、左手の時計を見つめていた。
サヴァが「五秒前!」と叫んだ。それまでの静けさが、爆発的に大きくなったエンジンの、竜の心臓の低い鼓動音によってかき消される。観衆が声を揃えてカウントダウンをはじめ、四、三、二、一、と期待感が空気の中に膨れあがっていく。
空に高く銃声が響いた。サヴァが何事か叫んだようだったが、それは轟音と歓声にかき消されて聞こえなかった。車列は先頭から砂煙をあげて発進し、前方が空いた車は次々にそれを追って動き出す。先頭から離れるにつれスタートの速度も遅くなっているが、後方に行けば行くほど砂煙とタイヤゴムの白煙が幾重にも重なっていく。車列はまるでゆっくりと移動する横向きの竜巻のようだ。私はそれを最後尾から眺めていた。黄色い煙の嵐が迫ってきて視界を覆う。その一瞬後に自らの車も滑り出し、嵐に加わる一体感!
「ああ、これだ! こいつを見に来たんだ」
私は感嘆の声をあげていた。
「俺たちゃいつもこうなんだぜ……といいたいが、ここまでのはさすがに初めてさ!」
リャンが声を上げてクラッチをつないだ。ゆっくりと『白蜈蚣号』は動き出す。大きくゆっくりとした振動を座席の下から感じる。巨大な質量が動き出したときの低周波が身体を包む。じりじりと、だが確実な前進は、やがて力感のある進撃に変わり、地上の嵐を最後尾から押し上げていく。眼前に巻き起こる砂と白煙は消えず、雲の中に突入したかのような感覚はしばらく続いた。装飾として装備した車が複数あるのか、煙の中にひっきりなしに放電の稲妻が起こり、まるで本当の雷のようだった。おまけに時折、火炎放射器の炎がそれに混じるのだ。
「俺たちが最高の狩人だ! 帝国でも! 世界でも!」
叫び声がする。前方を走る車のうち、レースに本気になっているものはすでに遠くに去り、砂煙もばらけはじめた。前方に視界が広がると、最初は渡り鳥のごとくに密集していた車列が、いまは広場に放たれた野生馬たちのように、同じ方向に走りながらも左右に大きく広がっている。レースの賞品などたかがしれているので、純粋に仲間たちとの走りを楽しみ、周囲に派手さを見せつける目的の者たちがじゃれあい、蛇行し、絡み合い、前走を交代し合う。車の上方に伸ばしたアンテナから放電し、背後に突き立てた筒の先から火を吹き続ける。運転していない者は屋根に上り、あるいは立ち上がってロールバーにつかまって旗を振り、笛を吹き、思い思いのことを叫ぶ。
「竜を殺す! 荒野を支配する! それは誰だ? 俺たちだ! 車のエンジンは完全に竜由来! そうだ! 俺たちが奪った! 野生の筋肉で動く! 車も! 俺たちも!」
そんな心からの叫びがあり、そこに幾重にも意味のない叫びが重なる。空に向けて甲高く尾を引くように。観衆もそれに応え無意味な声と、竜狩りたちの会社の名を叫ぶ。
私たちの最後尾というのは特等席だ。前方に見渡せる数ヴェールスタの空間全体に竜狩り各々の人生が散りばめられた星のように輝いている。それは季節を早回ししたかのように変化し、飽きることはない。
我々がそうして街を半周する頃、リャンが「勝ったのはどこかな? また『征竜』かね」とつぶやいた。竜狩りの会社かと問うと、「老舗の車製作会社だ」という。
「単筒ならどうってことはないが、振動を考えると細い複筒で同じパワーを出した方がいいに決まってるんだが、竜の筋肉振動が同じリズムなのを選定するのが難しくてな。『征竜』の職人はこの見極めが上手いんだ。おかげでパワー減衰なく振動も抑えられる」
私にはほぼわからぬ話だったが、竜の筋肉を使用したエンジンについては後に学習したこともあり別項に記すことにしておく。ともあれ、リャンが車についての自説を述べているうち、最後尾である我々のロートゥア一周の旅も終わりを迎えていた。正門に戻る頃にはレースの表彰がすでに終わっており、急造の表彰台前にプレゼンターの『巨匠団』サヴァ・ネラソフが自身の黒塗りの車とともに立っていた。我々『白蜈蚣号』はそちらに向かってゆっくり進んでいく。その道の左右には儀仗兵のごとくに車列が待機していた。誇らしい気持ちとともに緊張が私の表情を強ばらせた。ここからの主役はサヴァと我々、中でもオルヴォとソイレ、ということになる。
※ 「五年後には死んでいてもかまわない」という程度の覚悟を表す慣用句。
※※ 一サージェンは約二.一メートル。五〇〇サージェン=一ヴェールスタ。




