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魔王の天敵〈歩〉  作者: 鈴木タケヒロ
3/24

〈歩〉②

 第三部は魔王の天敵〈歩〉➁として書かせていただきました。


 試練を受ける者たちは旅立ち、そして――。

 一週間前にとりあえずの目的地として左山の頂を設定した。気圧の低さも然ることながら気温も低い。平地と頂上では約四十五度も違い、今は夏季の終わり頃だから頂上付近は約マイナス二十五度ほどになる。

 

 試練を受ける者たちで町の北門の前に十時に集合することになっていた。

 その日、ガクトが目覚めたのは七時前だった。いつもならまだ寝ている時間で普段は九時前に叩き起こされるまでは起きられないのだ。しかし今日は違った。七時前に起きたにもかかわらず、目覚めはすっきりしていた。

  顔を洗い、食パンを一斤も食べ、歯を磨きそして服を着替えた。試練の準備は前日に済ませてあるので身支度ができれば出発できる。

 そうしているうちに八時過ぎ。

 集合には少し早いが町の様子を目に焼き付けるために家を出ることにした。出発しようとドアノブに手をかけた時、両親がそろそろと起きてきた様で「もう行くのかい?」と声を掛けてきた。ああ、と淡白に答えると母親が後ろからギュッと抱きしめてくれた。

 それはとても暖かかいものだった。母の温もりとは偉大だ。十六年間当たり前のように受けていた愛情を明日から十年間は受けることはできないのだ。

「行ってくるよ」とガクトが言うと、父は元気でな、という一言だけであった。しかし、誰にどんなことを言われるよりも勇気の出る言葉だと感じた。ガクトは試練の準備には到底使いきれなかった金貨一枚と小銭を渡してから、町へ、そして試練へと向かったのだった。

 

 集合十分前には既にガクト以外の三人は集合していた。

 それぞれに高山に挑む荷物を持ち、相応しい恰好をしていて、何も知らない人からすればただの登山家チームに見えてしまうのだろう、と、ガクトは思った。

「おはようございます。皆で試練に耐え抜いてやりましょうね!」

 反応はそれぞれに違った。トラマルはよく言った! と言って、ガクトの背を叩いてガハハと笑っていた。ミサはぷいっと無視をした。ブラストは冷静に当然だ、と答えた。それに続いてブラストは町で聞いた話を三人に伝えるのだった。

「最近山に入る手前の雪原樹の森では魔獣が出るらしい。白リンゴを取りに行った商会の者が一人、全身を爪で引っ掻いたようにズタボロにされているのが発見されたんだ。その時まだ少しだけ意識があって、その情報を吐き出したようだ。彼は残念ながら亡くなってしまったが……」

「山に登る前にもそんな危険があるなんて……」

「彼は最後に、魔獣が白リンゴを貪っていた、と言ったらしい。白リンゴは森の中心辺りに多く生っているから中心は避けて通ろう」

「魔獣か……。白リンゴを密かに楽しみにしてたんやがのう。……あれは美味い、ガハハ」

 ミサはまだ黙っていて、興味なさそうにこれから向かう方向を眺めている。彼女もさすがに踊り子の衣装では山に登るつもりはない。

「では参ろうか」

 ブラストを先頭に四人の背中は町から遠ざかっていった。ガクトの兄やキラ、両親すら見送りには来ていなかった。他のメンバーにも見送りは無かった。


 **** **** **** 


 雪原樹の森はトライデントの本山の麓に位置し東西に約十キロ広がっている。雪原樹の葉は文字通り真っ白で、その森の中心辺りに位置する雪原樹だけが特別な木の実、白いリンゴを生らせるのだ。何故中心部にしか生らないのかを人々は疑問に思い、およそ二百年前から学者連中が調査しているのだが、未だにその謎は解けていない。中心部だけと言っても百や二百しか取れないわけではないからこの時期になると市場にも出回るのだが、これが実に美味い。形はリンゴそのもので、色だけが逆になったようなものだ。皮は白く、実は赤い。種は無く、それが白いリンゴを育てられない理由なのかもしれない。

 

 四人は森をもう少しで抜けられるという位置にまで来ていた。魔獣の好物だという白いリンゴが生る森の中心部を避けて迂回しているのだった。

 

 三つの山の入り口は共通していた。トライデントの何れかの山に登ろうと思えば、絶対に雪原樹は通らねばならないのだ。森を通らずに直接それぞれの山に向かえば、傾斜五十度の坂道が牙をむく。先人たちもそこからわざわざ登ろうと考えた者はいないらしく、森を抜けた先にある山への入り口からは多少整備されているのだった。標高約三千メートル地点には休憩所も設置されている。保存食や水なども定期的に補充されていて、学者連中が季節を問わず訪れるので今では彼ら向けの施設だ。


「そろそろ森を抜けられますかね」

 ガクトはくるぶしくらいまで積もっている雪の上を歩くことなど簡単だと考えていた。本当にきつくなるのは山を登り始めてからだ、と。しかし、雪上を長時間歩くことは難しくはないがそれほど簡単でもない。普通の地面を歩いているわけではないので少し気遣いが必要だった。溶けかけている所は滑りやすくなっているのでわざわざ積もっている部分を歩く。すると足元ばかりが気になって目の前の大岩に気付かない。神経を使うと予想以上に疲れるものなのだ。ガクトはそろそろ一休みしたいと考えていた。

「ああ、そろそろのはずだ」

「疲れてきたんか? 若いのに情けねぇのう」

 そしてやはり、ミサは口を開かない。

「ミサさんはどうです?」と、一応声を掛けてみる。

「大丈夫」

 やっと声を聴けた。

 意外と可愛らしい少し高い声だった。

 

 ザク、ザク、ザクと、歩を進めていくと、森独特の暗さが少しずつ無くなって、ついに森を抜けた。

 一行の目の前にはトライデントの入り口らしきものがあった。鳥居の様なものがあって、誰にでも分かり易いように、その脇には看板が立っていた。


『この先入口➡

 トライデントの試練を受ける者、左右より鉱石を持ち帰り中央を踏破せよ』

 

 その文字は案外はっきりと読むことができた。何回も書き直されたのだろう。そして看板がダメになれば新しい板を持ってきて掲げたのだろう。

「少し休憩しよう。これからが本番だぞ」

 皆がほっとし、腰を下ろした。足は疲れて、腹ごしらえもしたかったところだ、とガクトが思ったところへ何かの叫び声が聞こえた。それは白いリンゴのある中央の方角からだった。その叫び声は鳴き声だという確信を四人に抱かせながらどんどん近づいて来るのだった。

「魔獣だぁ! 逃げるぞっ!」

 そうブラストが言い、看板の示す方角へ走った。走って走って走った。

 

 しかし、鳴き声はどんどん大きさを増し、遂に四人の頭上を飛び越えてその前に現れた。その姿は猿の様であった。しかし四人が知っているサルの姿ではなく、身長はトラマルと同じくらい、胴は細く短足で腕は長い。そして最も驚かせたのはその爪の長さだった。優に五十センチは越えるほどの長さだった。

「こいつか、商会のやつを殺したってのは……鋭い爪やのう」

 四人は身構えている。

 そして目の前の魔獣はこちらを見てキキッキキッと、品定めをするかの様に四人を順番に眺める。そしてガクトの方で止まった。

 やばい、やられるっ!

 そう思った瞬間、やはり魔獣はガクトに飛び掛かってきた。目をギュッと瞑り、下を向く。

 ガッ、キィン!!

 それは刃物と刃物が打ちつけ合う音だった。ガクトが恐る恐る目を開けると、目の前には大きな背中――ブラストが剣で守ってくれていた。

「大丈夫か!? ガクトォ!」

「ブラストさん!」

 その魔獣の爪はうまく絡め取られて剣から離れないようだ。

「昔、お前の親父さんに命を救われたことがある。一緒に行くことを知った親父さんにお前を守ってくれと言われていたんだが、俺は町長の家で既にそのことは決めていた」

 ガギィン!

 剣と爪は離れ魔獣は怪訝そうにブラストを眺め、やはりキキッキキっと言っている。

「このサルは俺が引き受ける! お前たちは先に行け!」

 ブラストの声に三人は反応する。

「ブラストさん!」

「早く行けぇぇ!!」

 ガクトはブラストの命令を聞くしかなかった。俺は無力だという思いだけでいっぱいになった頭と走ることしか知らない足で走る走る走る。

  

 三人が息も切れ切れにもう走れないと思ったのは左側の道を行って上方に切り返さなければならない崖の部分に来た時だ。

「はぁはぁ……もう走れんわい」

 トラマルは腰を下ろして後ろに腕を立てて、空を仰いでいる。

「あの魔獣、確か……サルモドキって言ったはずよ」

 ミサは魔獣の名を言って二人を見た。冷静なミサをガクトは許せなかった。

「そんなことどうだっていいんだよ! ブラストさんを置き去りにしてきたんだぞ! うっうっ……」

 なよなよしいガクトを許せないトラマルは「仕方ねーじゃろ! 二級騎士のあいつ以外あのサルには敵わん。あの場におっても木偶になるんがおちじゃ」

「そんなことない! 僕らにだってあの魔獣の気を引くぐらいのことはできたはずだ! それなのに僕は逃げることしか頭に……」

「じゃあ、われぇが一緒に死んでこいやぁ! わしはごめんじゃ」

 ガクトはトラマルの発言も許せなかった。でかい図体をしているくせにいざとなると逃げ出したトラマルが。そして自分も。その怒りはどうしようもなく、トラマルに向かった。トラマルに掴みかかり、暴言を吐いた。手をあげたこともないガクトにとっては叫ぶことしかできなかった。

 それをうざったく思ったトラマルはガクトを振り払った。

 尻餅をついたガクトにミサは駆け寄った。

「過ぎたことはしゃーないやろ! なら、せめ……て……」

 トラマルは何かを見上げていた。

 それは陰の中での出来事だった。

 三人はいつの間にか陰の中にいた。

 かっとしていた目にはお互いの姿しか映っていなかったのだ。

 次の瞬間、トラマルは薙ぎ払われた。そしてうつ伏せになったトラマルは地面を丸く赤く染めた。

 ガクトとミサはその陰から急いで走り出た。

「こいつは……」

「親がいたようね」

 それは魔獣サルモドキだった。しかし自分たちが知っているサイズではなかった。全長は八メートルはあるだろうか。爪に至っては二メートルはある。

 二人は逃げようとした。しかし走った先には崖があった。上へ登るための切り返し地点だったせいだ。 サルモドキはゆっくりと二人に迫る。そして二メートルの爪が付いた腕を振り上げた。

「行くよ」

 その声は少し高めの女性の声だった。どこから聞こえたのだろう。反応ができない。

 次の瞬間ガクトの目は青空を仰いでいた。

 そして真っ暗になった。


 **** **** ****


 光が当たっている。そんな感覚だけがあり、ここがどこなのか皆目見当もつかない。

 ああ、知ってる――目を開ければいいんだ。

 目を開けるとそこには焦げ茶色の天井があった。よく見るとそれは、木材を並べている天井だった。

 そして、一つの顔が天井を遮った。顔中皺だらけでてっぺんは剥げていて、しかし目は丸く大きく見開かれ、目の奥の光をガクトは美しいと感じた。

 読んでいただきましてありがとうございます。

 今回勇者らしき老人に出会うまでを書かせていただきました。サルモドキの相手を一手に引き受けたブラスト、殺されてしまったトラマル。助けてくれたであろうミサはいったいどうなったのか。


 次回はその老人とのやり取りから始まります。

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