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魔王の天敵〈歩〉  作者: 鈴木タケヒロ
2/24

〈歩〉①

 第二部は魔王の天敵〈歩〉➀として書かせていただきました。話の中には主人公やヒロイン、またその他のキャラクターなども登場します。これらの登場人物がストーリーにどのような影響を及ぼしていくのかをお楽しみください。


 ――魔王が復活する三か月前。

 

 ガイアの町から北西に進むと世界で一番高い山がある。これは三つの山からなる連山で左右の山の標高はそれぞれ約七千五百メートル、八千メートルであり中央に位置する本山の標高は約九千メートル、この連山を人々はトライデントと呼んだ。

 ガイアの町にはそのトライデントが関わる試練が古くから伝わっていた。その内容とは左右それぞれの頂上でしか採掘できない貴重な鉱石があり、それを持って本山を登頂するというものだ。本山の頂上には仙人が住んでおり、その二つの鉱石を渡すことにより仙人に弟子入りし、戻ってくるのは約十年後。そして戻ってきたときには常人の何百倍もの力を得た存在になっているというのだ。しかし何千年もの間平穏の中に暮らしている人々にとってその試練のことなど忘却の彼方であった。

 

 その日ある一人の青年は人々が忘れ行く試練に挑もうとしていた。

 彼の名はガクト。ガイアの町の生まれで両親と兄、そして妹がいた。この頃彼は十六になったばかりであった。

 何故彼が力を求めたのかというとガイアの町長が御触れを出したのだ。その内容とは【古くから伝わるトライデントの試練を受け、力を得て帰還せよ】というものであった。その報酬が金二十万枚というのだから、力に自信のある屈強な男共は我こそは、と、名乗りを上げた。ガクトもその一人で七級騎士である父親、病気がちの兄に代わって挑戦することを決めた。

 しかし、町長も名乗りを上げた者全員を試練に送り出すわけではなかった。一度屋敷の庭に彼らを集めて、試練挑戦者を決めるクジ引きをすると言い出したのだ。町中の男共に試練に行かれては町の仕事や奉仕は誰がするのだという考えだ。


「試練に行く人間は五名だ。選ばれた者はこの場に残り試練の説明をする。選ばれなかった者は今まで通り日々を慎ましく生きてくれ」

 クジ引きは始まった。屋敷の庭の入り口で来賓名簿に記帳したため名を呼ばれるようだ。その場には百五十人程の金目当てがいた。

「まず1人目……商会所の息子サブロー!」

 名を呼ばれたサブローなる者は髪を七三で分け丸メガネをかけている。蝶ネクタイに青いブレザー、スラックスはカーキ色だ。頭は良さそうだがいかにもおぼっちゃま風で、こんな奴が試練を突破できるわけがないとガクトは思った。周りからもその雰囲気は伝わってきた。

「二人目……大工のトラマル!」

 トラマルは有名人だ。ガイアの町一番の力持ちでそのガタイは人が三人分の横幅に身長は二メートルを超える文字通りの大男。彼の逸話は数知れない。五百キロの大岩を持ち運んだとか岸壁を打ち砕いたとか樽の酒を一気飲みしたとか、話し始めたら止まらない。彼の選出には皆が納得だった。

「三人目……踊り子ミサ!」

 彼女の衣装に男共は釘付けだった。アラビアン風でフェイスベールから覗く大きな両目には長い睫毛がなびいている。胸を強調したヘソ出しスタイル、ハーレムパンツにうっすら見える両足のハリ感は魅惑的だ。全身青色を基調にしていてむさ苦しい男共の中では異彩の存在感を放っていた。

 ガクトは自分が選ばれる可能性を感じたくとも感じられなかった。ここまで選ばれた三人には他人よりも秀でている部分が少なからずあった。サブローの秀才そうな出で立ち、トラマルの怪力、ミサのチャーム、それぞれに独自の分野を持っている。そして、そういった秀でている人間たちは少なくとも人よりも運気が強い、ということを、ガクトは十六年という短い歳月の中で感じ取っていた。

 そして町長のクジ引きは続く。

「四人目……町長付き二級騎士ブラスト!」

 彼は鎧を全身に纏っていた。腰には一本の剣がぶら下がっており、彼の剣技には世界中の騎士が一目置いている程であった。長髪は黒でその姿はまさに修練者だった。

 町長は彼が選ばれたことを喜んでいるようだ。機嫌がいい。

 そして、とうとう選出は後一人を残すところとなった。

 ガクトは手を合わせ祈っていた。試練を受けるだけなら無報酬でもいい。ただ今回はどういうわけか金貨二十万枚という報酬がある。その金があれば一家五人が暮らしていくには十五年は保つ。

 そしてガクトはギュッと目を瞑る。

「そして、最後の挑戦者は……」

 全身に緊張が走る。

「七級騎士トンビの息子ガクト!」

 その宣告は一瞬ガクトの耳に届かなかった。ただ町長の声が響いて目をそろりと開けてみると、前にいた男共はジッとこちらを見ているのだった。まだ何が起こったのかわからないガクトが唖然としていると、後ろから「行くぞ」という声と共に背中に張り手を受けた。ブラストだ。

「以上、五名! 選ばれた者は今一時この場に残ってくれ。他の者は申し訳ないが、今回は諦めてくれ」

 本当に奇跡だった。ガクトは自分以外の秀でた者たちに次々に目を移した。そしてますます自分が選ばれた訳が分からなくなった。自分よりも相応しい人は多くいたはずなのだ。しかし、嬉しさは戸惑いよりも大きかった。神様の天秤はガクトの方に傾いたのだ。

 選ばれなかった者たちがガックリとし、ところどころから納得のいかない声と帰る足音が聞こえた。


 その日ガクトは家に戻ると、両親に挑戦者に選ばれたことを話した。両親は選ばれたことを快く思っていないようだった。

「あんたにそんな苦労かけなくても、私たちがしっかり働けばいいんだよ?」

「そうだ、母さんの言うように俺たちがお前たち三人ぐらい養ってやれる。母さんからお前が昼間に帰ってこなかったと聞いて、何をしていたのかと思ったら……」

 彼らはガクトの親なのだ。子どもが可愛くない親はいない。ガクトを十年間もの試練に身を投じさせることが不安なのだろう。

 両親の暗い雰囲気を察したガクトは挑戦者選出後の話をした。


「お前たちにはこの契約書にサインしてもらう」

 そう言ってそれぞれの目の前に差し出された紙には大雑把に四つのことが書かれていた。試練を受け帰還した者には金貨二十万枚を与える、与える金貨は帰還する年月によって変動する、試練開始日は一週間後とする、そして――試練中に死亡しても我々は一切の責任を取らず自己責任とする。

 皆は同じ反応をした。金貨は一律二十万枚を貰えるわけではないのか、と。やはり皆金が目当てだったのだ。それに対する町長の反応は当然だろ、という風で、

「私だって湯水のように金を持っているわけではない。払える額には限界があるのだ。国から力のある者を五年以内に数名選出しろと言われている。常駐する騎士では不足だといった風だった」

 国とは火の国のことだ。世界は五つの国に分断されて存在している。ガイアの町は火の国の領土だ。

 今回試練挑戦者を選出するという町長の御触れは町長自身が国頭から良い評価を受けたいが為のものだったのである。生きて帰ってくれば、金貨は支払われる。それは二十万枚かもしれないし、一枚かもしれない。

「僕は帰らせてもらう」

 声を上げたのは商会所の息子、サブローだった。彼は命を懸けてまでお金が欲しいわけではないし、ましてや全額貰えるわけでないのなら、と言った。

「構わない。今この場で条件が不服と考える者は契約書を置いて帰ってくれ。私としては伝承に聞く通りなら試練から帰ってくるのは一人で充分なのだ。百人も二百人も送り込んでは数十人帰って来た時に私は破産してしまうからな。だからクジ引きで契約書を渡す人数を限定したのだ」

 町長は口角を少し上げて笑っているようで目は笑っていなかった。

 サブローはその後何も言わずに帰っていった。残った四人は契約書に名前を書いて帰った。

 この時ガクトも名前を書かずに帰ろうかと思ったが、やはり金の魔力は絶大だった。


「という風な訳だったのさ。町長さんもお金を湯水のようには持っていない。納得だったね」

 そう言うと母は溜息をついてガクトを諭すように言った。

「あんたね、わかってる? 死ぬかもしれないんだよ……母さんたちがどんな思いであんたを育ててきたか。父ちゃんからも何か言ってやって」

「そうだ、なにも命を懸ける必要はない。しかも十年間だなんてキラだって寂しがるぞ」

 キラとは妹のことだ。七つ年下でガクトに懐いている。そのキラも十年経てば十九かと未来のキラを想像して、やはり分からないな、と諦めた。

「とにかく俺は行くことに決めたんだ! 手付金も貰えるらしいし、契約書にも名前を書いたし、十年間我慢してくれ!」

 両親はその後何も言わなかった。

 ガクトは寝込んでいる兄の元へ行き、試練を受けることになったと報告した。兄は力なく「そうか……すごいな」と応援してくれた。その声からは辞めてほしいという様な気持ちを察することができた。妹のキラにもそのことを伝えた。キラは泣いた。兄が十年間もいなくなることに衝撃を受け、想像もつかない年月のことを考え、自然と涙が溢れている様だった。

 その夜キラは泣き疲れて寝てしまうまでガクトの胸元で泣いた。


 もしかしたらこの人生の選択は間違っているのかもしれない、という思いの中にガクトは沈んでしまっていた。そこから這い出るために、自分は間違ってはいない、と、自分を無理矢理正当化した。お金を貰って家族の暮らしぶりを少しでも楽にするためなんだ、と。

 

 次の日、町長の元へ行くと手付として金貨二枚を与えられた。その二枚の金貨で出発の準備をした。髪を整え、服を新調し、食料なども買い込んだ。


 出発までの一週間はなんということもなく過ぎていった。

 今日は試練への出発の日だ――。

 読んでいただきましてありがとうございました。

 この第二部では主人公であるガクトが金を手に入れるために力を欲した展開が繰り広げられました。試練挑戦者の抽選からの一週間後は次話でお楽しみください。


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