〈歩〉⑭
第十五部は魔王の天敵〈歩〉⑭として書かせていただきました。
今回は果樹園~ガイアの町への旅路です。
「クニシゲさん、俺は……向いてないんじゃないでしょうか? 世界をこんな風にしてしまったのは俺だってのは分かってます。でも、勇者と言うには度胸も無くて皆を救うなんてとても……」
ガクトは自信を失っていた。元から自信なんてなかったが、それでもそこにはクニシゲやミサがいて無我夢中でやってこれた。
そのことを寝ているクニシゲに相談しているのだった。
しかし、クニシゲは寝いているままだ。タクの母と嫁に看病されたクニシゲは危険な状態は脱したものの未だに寝たっきりである。
ガクトは俯いてみた。落ち込んでどうなるわけでもないが、目を瞑ってみたことは現実を見たくないという意志の表れだった。
この世界にいては俺は勇者にならなければならない。皆を救う勇者に。クニシゲさんは俺に期待している風なことを言っていたけど、俺が魔王を復活させたようなものだけど、それでも俺には……。
そう考えていると上から声がした。その声には聞き覚えがあった。太く低いが優しい声だ。
「ガクトォ、お主一体何しておるんじゃ? じじいを……心配してくれとったんか? フォッフォッ、グォホ、ゴホン!」
クニシゲが笑いの一番最後に噎せるから「大丈夫ですか?」と心配する。クニシゲは「大丈夫だぁ」と言い終わってまた咳き込む。大丈夫だと言う人ほど大丈夫じゃないのだろう。今のクニシゲはまさにそれだ。
「クニシゲさん、まだ寝ていましょう。…………でもこれじゃあ、ガイアの町へは行けませんね……、ハハ」
「ガイアの町……? 何しに行くんじゃ? わしらが目指すのは城下町じゃろう、それからカフアマーナ」
クニシゲはガイアの町での話をそういえば聞いていなかったな、と思い出す。
「ガイアの町に一つの銅像ができたそうです。それがただの銅像ならいいのですが、なんでもその銅像を敬愛している連中ばかりになっている様で。崇めていると言っていいくらいでしょうね、話からすると。あの町には俺にもミサにも大事な人がいるんです。だから先にそっちでの問題を解決しようってミサが言ったんです」
クニシゲはその話を聞いて一度目を瞑った。そしてもう一度開いてから話し始めた。
「お主らの故郷か……、それなら仕方ないのう。わしは今この状態じゃから……お主らについて行くことすらできん。…………不甲斐ないのう。……それでもわしは、お主らを信じておるぞい。ガクトや、お主は自分では分かっておらんと思うが、その自信の無ささえどうにかなればお主の敵になる様な者はおらんじゃろうなぁ。お主にはそれほどの資質がある。勇者としてな。やはり運命に選ばれているという認識は間違っておらんと思うんじゃ。…………ミサじゃが、魔力や聖力を操ることに関してはずば抜けた才能がある様じゃが、精神的な部分が玉に瑕じゃな。猪突猛進とは言い過ぎじゃが、それに近いものがある。それを冷静にさせる役目はお主が担っておるんじゃぞ? 心配するでない、大丈夫じゃ! 自信を持て! お主ならできるぞい、フォッフォッ、グォホ、ゴホン、ゴホン!」
クニシゲは噎せ終えるとぐったりとベッドに沈んだ。その様子には死という言葉が似合っている様に見えた。ガクトは焦り、クニシゲの反応を求める。
「クニシゲさん……? クニシゲさん! 起きてください、クニシゲさん! 俺らを置いて逝かないでください! まだまだ教えてほしいことがあるんです……クニシゲさぁん!!」
ガクトは勢い良くクニシゲが寝ているベッドに突っ掛かり、その肩を揺する。反応は無い。
自然と目から涙が溢れてくる。クニシゲの顔の上でうっうっと泣くが少しして気付く。
冷たい風が鼻頭に当たる。
涙を拭う。左側に顔を向ける。
胸の辺りが膨らんだり萎んだりしている。生きていた。
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タクの家には一台の馬車がある。これは果樹園を営んでいるタク一家が主に町に果物を売りに行く時に使うのだ。たまに家具類などを買いに遠出をする時なんかにも役立つ。
ミサが相談して、その馬車を動かしてもらえることになった。タクが先頭の馬をコントロールし、荷台にガクトとミサが乗る。家族にもう一度会えたのはガクトたちのおかげだと言って、快く承諾してくれた。まだ寝込んでいるクニシゲの看病もしてくれる様であり、まさに至れり尽くせりであった。
「それでは、クニシゲさんをよろしくお願いします。問題を解決したらすぐに戻ってきますので。もちろんタクさんも」
クニシゲと話して少し気持ちが楽になったガクトは、心配事など何も無いという風にお願いすることができたのだった。
「しっかり家族を救ってきなさい。ミサちゃんは女将さんを。クニシゲさんは任せておいて」
奥さんは訛っていなかった。恐らく大きな町から嫁いできたのだろう、とガクトは思った。
「行ーてくるけぇ」と奥さんを抱きしめ、頭をぽんぽんと二回。
タクもなかなか男前な一面を持っている様だ。
こうしてガクトとミサは、タクの操縦する馬車でガイアの町への旅路についた。この時クニシゲは依然としてベッドに寝込んだままだった。
果樹園からガイアの町への道のりは西へ、正確には西北西だが、四十五キロ程だ。馬車の速さは時速約八キロだから六時間かからないくらいである。順当に行けばであるが――。
その約六時間の道のりの中で一行は二体の魔獣に出会った。その魔獣とは簡単に言えば、牛とカマキリなのだが、一体目が牛で二体目がカマキリだった。
一体目の牛は出発してから二時間後。
イメージで言えば、当然乳牛の白黒より闘牛の真っ黒だ。その身体は特別大きいということはなく、不思議なのは頭の真ん中に一本、黒とのコントラストを効かせた真っ白な角があった。ユニコーンの様だと感じた。そして一番印象的だったのはその両の目だ。真っ赤でその奥に黒い一点の魂の様なものを感じる。それは揺るぎない闘志の様な、殺気の様な、……操られているような。しかし、その闘牛は峡谷で遭遇した巨大怪人鳥ハルバの様に話してくれなかったため、その背後にはたしてどんな凶悪な敵がいるのかは分からなかった。
遭遇した時点でタクが「出たぁぁ!」と叫んだ。それにガクトとミサは反応して、荷台から飛び出した。
馬車に対抗して突っ込んでくる魔獣闘牛。
驚いて飛び上がる馬車を引いていた馬。それを御しきれないタク。
それらは絡み合わないまでも両者の間に何か不思議な空気の様なものがあって避け合った。
「ミサァ! バンくんで威嚇してくれ!」
「オッケー!」
ガクトは聖発散の準備をする。聖力を溜めて外側へ放出。しようとしたが、言葉では単純に思える作業が上手くいかなかった。溜め込んでいた筈の身体からは何も出なかった。
「何してんのよ!」
ミサは怒鳴る。それからバンくんを空中で旋回させて魔獣闘牛へ突っ込ませる。
ひらりと避ける魔獣闘牛。
しかし、ミサのバンくんは思ったよりも機敏だった。当たらなかったなぁと思った瞬間、方向転換して魔獣闘牛の背後から突っ込んだ。バンくんは霧散し、その魔獣闘牛は呻いてからドスンと地面に横たわった。
「ガクトォ! できないんなら指示しないでよ!」
ガクトは何も言えなかった。ミサを危険に晒してしまった。
そのショックからか、次の魔獣との戦いもガクトは役に立てなかった。
それはその戦いから三時間後、出現したのはカマキリの魔獣だった。カマキリと言っても掌に乗る様な可愛いものではない。ガクトやミサよりも身長はあって、何より一番違ったのはその身体の色だった。普通は緑だがこの魔獣は褐色だった。そしてやはり、この魔獣も喋りはしなかった。
魔獣というやつは赤色を身体の何処かにもっていなければならないのか? とガクトは思った。
そのカマキリの鎌は鋭い切れ味で周辺にあった木は何本も切られていた。切り株の数は優に二十は超える。
「バンくん行って!!」
バンくんはまっすぐカマキリに向かって行く。すると案の定カマキリはバンくんに切り掛かる。
しかし、バンくんはその機敏さを十分に発揮し、急上昇する。
それを目で追ってしまうカマキリ。
その時、
「今よ! ガクトォ! 聖発散して!!」
ミサがチャンスをくれた。やらなければ。その言葉に合わせて聖力を溜め、放出しようとする。
――上手くはいかなかった。
その後ミサはバンくんを操ってそのカマキリを撃破した。
「そんなことじゃ、勇者なんて夢のまた夢だよ?」とミサは言った。
その言葉にガクトは打ちのめされた。こんなことではだめだと思った。しかしどうすればいいのか? そう考えると長い長いトンネルの暗闇の中で出口の方向も分からずに彷徨っている姿が想像できた。
馬車に揺られる。ゆっくりと進むその荷台の中でミサは上を向く。
そしてガクトは――。
そうこうしているうちに四十五キロの道を進んでいた様だ。計七時間二十分かかった。
読んでいただきましてありがとうございました。
今回はガクトの弱い部分を書かせていただきました。それとは対照的なミサの強さも書きました。この展開が次の場面でどういう結果を招くのか!?
次回はガイアの町でのガクトとミサを巻き込んだ出来事です。




