〈歩〉⑬
第十四部は魔王の天敵〈歩〉⑬として書かせていただきました。
ガクトとミサの目の前に広がった白い光とは!?
白い光の中にいるのは現勇者であるクニシゲだった。クニシゲの半径約五メートル範囲には白い球体ができている。
恐らくその球体がハルバの魔力の塊を打ち消したのだ。
「なっ、なんだそれは!? 俺の魔弾をあっさり消しやがって……」
ハルバは自分の中で一番自信のあったのが魔弾という魔力の塊をぶつけるという単純な、それでいて強力な技だったのだろう。口を開けたまま閉じられない様だ。確かに強力な技の筈だった。その場にいたガクトにもミサにも相殺することはおろか、その場から逃げることもできなかった。
しかし、ハルバは運が悪かった。その場には現勇者がいた。彼は還暦をとうに過ぎているというのにそこら辺の力自慢よりよっぽど強い。魔弾を消せたのはクニシゲだったから、という理由で説明がついてしまう。
「これは聖域を自分の周りに創り出すという勇者の極意の一つ、聖球と言う。ガクト、よう見とれ。これはこの前の聖発散の逆の発想じゃ。力一杯広げた聖力を身の周りに一定以上の濃度で保つのじゃ。いずれはお主もやらねばならん」
バンくんに指示を出し、列車まで戻ってもらう。
そしてガクトはその技での戦い方の一部始終を目撃するために、クニシゲとハルバを漠然と眺める。こうすることで広い視野で戦いの全容を観ることができる。
「聖力…………聖力とはあの聖力のことか? 昔聞いたことがある。何千年も前に魔王様はカフアマーナ様も含めて封印されてしまった。それを成した者こそ勇者の扱う聖力という力だったらしい。それを扱える者が今目の前に……」
ハルバは慄いている。
自分の主君でさえその力で封印されてしまったという事実は、クニシゲには勝てない、という推測が一瞬で成り立ってしまう程だったのである。
ハルバは踵を返してその場から立ち去ろうとする。
しかしそれをクニシゲは許さない。一瞬でハルバの前に回り込み、ニヤッとしてから叩き落す。その鳥人としての身体は既に両翼で飛ぶことを忘れざるを得なくなっている。そのまま峡谷の川の水面に落ちて大きな水柱を立てるのだった。
その川は果樹園側に長い川を成していて、いずれは海に行き着くのだろう。長い時間をかけてハルバは海に放り出されるのだ。
自分たちの時のように偶然が重なるということもなく、流されていってくれと切に願うしかないのだった。
今のままの自分ではハルバには敵わない。
「クニシゲさん、さっきのは……?」
「クニじいすごかったね! 私たちの出番なんて全然無かったよ。いない方が心配かけなくて良かったぐらいだったね」
列車の中に戻っているクニシゲに称賛の言葉を浴びせるミサ。それを無視してクニシゲは聖球について説明しだす。
「簡単に言うと、聖域を人的に創り出したということじゃ。本来聖域は神の気まぐれのままにいつの間にか世界の何処かに存在しているもの。それを強制的に自分の都合で発現させるんじゃから反動は辛いぞい」
その言葉を噛みしめるガクト。勇者ならこのぐらいのことできて当然、という言葉が頭の中を飛び回っている。本当に自分にこんなことができるのだろうか、ハルバ以上の敵に立ち向かっていくことができるだろうか、とガクトは考える。
「そんなに思い詰めた顔はせんでええじゃろ? これに関しては寿命も少し縮まると言われておる。老体を働かせんでええように、お主らがもっともっともーーっと頑張るんじゃあよう」
皮肉も込めた激励。
時間をかけてゆっくりと大成していけばいいという思いと、クニシゲに負担をかけたくないという思いが交錯する。
「なーにがあったんだで!?」というタクの心配声が事が終わってから飛んでくる。それに対して、クニシゲは「たいしたこたぁないわい!」と答える。
その後何事も無く列車は進んだ。片道五十キロの道のりを列車は約三時間で運行した。ハルバの後には魔獣の気配は無かった。
魔獣だって気紛れだし出現しない時もあるのだろう。もしかしたらカフアマーナの部下であるハルバが倒されてしまっては自分たちの出番などありはしないと思わせたのかもしれない。
列車が停止し降りた時、目の前にはビニールシートの尖った山が辺り一面に広がっていた。その中の木の葉っぱは灰色ではなく、しっかりと緑だった。何故かは分からないがこの果樹園の木々は前と変わらず、その幹に熟れた実がなっているのだった。それはナシやキウイやリンゴ、ミカンやレモンだった。
その木々の下にはこちらを向いている人たちがいた。その顔は驚きと笑みと涙の様に見えた。
「皆ー帰ったでぇい」
タクは彼らに呼び掛けた。すると彼らは、タクに駆け寄ってきて歓喜の声を浴びせるのだった。
タクは元々家族をこの果樹園に残して北の駅にいた。一ヶ月前のある日、タクが北の駅へと列車を運行していると魔獣が現れた、という話だ。以前にそんなことが無かった彼にとって、その出来事一つが彼を果樹園に帰らせる気持ちを萎えさせた。そのまま一か月間北の駅にいて、そして今日、ガクトたち勇者一行がそこへ訪ねて来たのだ。あの列車は動かないんですか? と。そしてガクトらの力を見て、列車を走らせることを決意したのだ。
タクは彼を含めて七人家族だった。自分の父と母、嫁、そして三人の上から女男女という子どもたちだった。彼らはタクが帰ってきたことを心底うれしいと思っている様だった。
彼らが喜びの中にいる間、それは確かに考えてみると当然のことだったのだが、列車から降りたクニシゲは倒れた。熱を出して、その場から動けない様だった。それはさっき聖球を使った反動だった。歳のせいもあってその反動が思いの外大きいものだったのだ。列車が運行している間は起きていなければならないと気を張り詰めていたのだが、停車してしまうとその緊張の糸は切れてしまったのだ。
ガクトとミサはクニシゲに駆け寄ってクニシゲの反応を確かめた。微かに反応はあったが、危険な状態である様に二人に感じさせた。タクの家族を呼び、彼らの家のベッドに運んでもらった。
タクの母と嫁がクニシゲの看病をしてくれた。ガクトとミサの二人に少し休んだら? と声を掛けたのはタクの父だった。城下町を目指しているというのを聞いて、興味が湧いたらしい。
「あんたらぁ、何のために城下町まで行くんかい?」
タクの父であるという先入観はその話し方を聴き取りやすいと思わせた。少しは癖のある話し方だがタクよりはマシだった。何故タクはあんな話し方になったんだろう、と二人に思わせた。
こんなに顔は似ているのに。
「俺たちは復活してしまった魔王を倒すために旅をしています。ボルゾイの村を通って来ていて、次は城下町に問題が発生していると聞いたものですので」
魔王復活は自分の責任だが、と気落ちしてしまうガクト。
それを心配そうに眺めるミサ。
「城下町かぁ、確かに今護衛隊と民間の者たちが争っているっちゅう話ぃ聞いたな。うちん果物を売りに行っとーが、それは問題ないもんでなぁ。食料届けてくれる人間には優しいもんなんだい」
タクの父の話はためになる。見境なしに人間を襲う様ではないらしい。もしかしたら本当にただの反乱なのかもしれないと二人に思わせる。
人間同士での争いも当然いけないことではあるが。
「ただのぉ、問題はガイアの町なんだい。あやつらこそ何かに操られていると言ってもいいだろうなぁ」
その衝撃の告白に二人は噛み付く。
「それどういうことなの!? 皆どうかしちゃってるって言うの!!?」
「あの町には家族もいるんです! 詳しく教えてください!!」
タクの父は窓の外を見ながら話し始める。外ではタクとその子ども三人が遊んでいる。
「ああ、あんたらぁあっこの出身かい。そりゃあ災難じゃったのう。いや、あっこの人らも初めは問題ないんだで。でも、ちょっとしたことで怒ってまうんだで。ほんで気に入らない奴は町から追い出すんだ。おいも追い出されたんだで」
その話はボルゾイの村のピーの能力に似ている。まさか、ピーは生きているのか!? そう思わせた。
「何故……怒ってしまうんでしょう?」
「うん、今町の真ん中に変な銅像が立ってるんだで。でもその銅像が変な姿しとってのう。おいが笑ってしもうたんじゃ。したらさっきまで温厚だった町の人らぁが急に怒り始めたんだ。ほんでおいはこりゃあいかんと思うて町から逃げ帰ったんだで」
ガクトの家族もミサの世話になっていた女将やそこの従業員も全員そうなってしまっているのかもしれない。そうであれば魔族が絡んでいるに違いない。
城下町の前にガイアの町の問題を解決する必要が出てきた。
「そんなことになってるなんて……」
「…………行くしかないわね」
その声は落ち着いていて、そうでありながらも怒りがこもっていた。
「なんて?」
「行くしかないって言ったの! 準備するわよ!」
「準備って、クニシゲさんも寝込んじゃってるしすぐには……」
「行くったら行くのよ! 私たちの町じゃない! 自分たちの町は自分たちで救わないと!!」
いつもこうだ。いつも俺は決断できない。自分の大切な人たちに魔の手が及んでいると知ってしまっても。ミサは強い。本当に強い。北の駅で出てきた一つ目のクマを簡単に倒せたから自分たちは強くなっていると思っていたけど、列車の運行中に現れたハルバに勝てそうもなかった。それはミサも同じだったんじゃあないのか?
ミサのその決意は揺るがない様だった。その輝きにガクトは目が眩みそうだった
読んでいただきましてありがとうございました。
今回はハルバとの戦闘シーンからガイアの町に戻る決意をするという所まででした。はたしてガクトは自分は弱いという劣等感を拭うことができるのか――。
次回はガクトとミサがガイアの町へ向かいそして――というところです。




