〈歩〉⑫
第十三部は魔王の天敵〈歩〉⑫として書かせていただきました。
ガクトたち勇者一行は無事に峡谷を抜けることができるのか!?
ボルゾイの村から北の駅へは十五キロ程である。
その道は勾配が強く、老体には辛いらしい。
どんどん草木は増えてくる。草木といっても枯れかけなのだが。岩石もゴツゴツと周りに散らばり始めた
「結構歩いたのう。日も照ってないし、気が滅入ってくるわい」
「聖力で歩けば万事解決なんじゃ……?」
「良い質問じゃが、聖力を纏ってしまえば一定以上の筋力という想定になってしまう。お主らと同じペースでは歩けんわい」
その話を聞いていたミサは、
「二人は聖力で早く移動できるの?」
「うん。洞窟から出た時にミサが倒れたことあったじゃん? あの時に教わったんだ」
ミサはうーんと考え込んでいる。そしてパアッと顔が輝いた。
「私は乗ればいいんじゃない? バンくんに!」
その意見にガクトとクニシゲは目を見張った。
その手があったか!
「時間は持ちそうかいのう? 前は強度もそんなにだったしのう」
「大丈夫! あれから特訓して持続時間も長くなってるのよ。あと半分くらいなら余裕よ」
ミサは密かに特訓していたらしい。期待はできる。
「それなら、俺たちも使いましょうか!」
ガクトとクニシゲは聖力を足に集める。白いもやもやが足を纏う。
ミサはバンくんを具現化する。あの不憫な姿の相棒を。
そしてガクトとクニシゲは走り出し、ミサはバンくんの背中に乗り二人の後を空から追いかける。聖力を使った移動はとにかく早い。北の駅に着くまでに十分もかからなかった。。ミサも二人について来るのはそれほど難しいことではない様で、すぐ後にバンくんから降りてきた。そしてバンくんは例のごとく霧散した。
三人の目の前には、人気のない鉄道のホームがあった。線路は山の間の方へ伸びている。列車はそこで止ったままだ。黒い列車だ。動かないのかなぁ、とその近くまで行ってみると、少し離れた所に煙が上がっているのが見えた。三人は人との接触を期待して煙の方へ向かうことを決めた。
その目の前まで来ると、火の手は焚火から起こっているものだと知れた。奥には小屋の様なものがあって、その前で魚を焼いている様であった。
「こんにちは。ここら辺の人ですか?」
「なんじゃ、おみゃーらは!? こーんなへんぴなとこえぇ!」
訛りがすごいが気にしない。言葉が通じればいいのだ。
「私たちは旅をしてるんです。ここから鉄道の列車に乗りたいんですが」
「列車は運行しとらんめ。行きとおんにゃら地道にいけーやぁ」
「運行してないんですか!?」
「うんにゃ、しとらんめ。魔獣が出るかんのう」
魔獣。ガクトとミサの二人は魔獣と言えばサルモドキしか知らない。そしてその唯一知っている魔獣に知人が殺された。
ブラストはどうしているだろうか。生きていてくれているだろうか。
「その魔獣俺たちが相手するんで、どうにかなりませんか?」
男は怪訝な顔をしてからプッと噴き出した。
「わっはっはっは。おさなー顔してそんなことよう言うのう。だけんど、冗談も程々にしとかんといかんめ」
三人は話にならないと思って列車の方へ戻って方法を探ろうとした。
その時、後ろから叫び声が聞こえた。
「ぎゃーーー、でよったでーーー!!!!」
さっきの男は腰を抜かして目の前にいる異形の姿を見上げていた。耳はピンと二つ突き上がっていて、目は一つ。全身が熊の様な毛皮に覆われている。
その魔獣は大きな一つ目でぎょろっと男を見下ろしている。どんどん目は男に近づいて、ついにその距離が十センチという距離になった。
次の瞬間、毛皮で隠れていた顔の側面まで裂けた口ががパッと開き、そのまま男を飲み込もうとした。
しかし流石は現勇者。既に足に聖力が集めてあった様で、素早く男を救助した。
魔獣は食べられる筈だった人間の肉の感触を捉えられず唸る。そしてすぐに目標の餌を見つけて、猛突進してくる。
それに反応したガクトは腰を抜かした男の前に躍り出て、聖力を溜めた拳を魔獣の腹に打ち込んだ。ミサはその後にバンくんを放って突進させた。
すると、一つ目のクマらしき魔獣は呻いて、ドスンと横に倒れた。
「気を失っただけじゃろう。結構硬かった様じゃのう?」
「ええ。魔破拳でまだ耐えられているなんて……まだまだ未熟ってことですかね?」
「そうじゃ、お主はまだ見習いじゃからな」
「私のバンくんがトドメだったみたいね。倒れちゃって、かわいそうに」
そうこう言いながら笑っていると、後ろから声がした。
「……あんたりゃあ、なんもんだい? その魔獣を倒しちまーなんて」
その驚いた顔を見た時にガクトは思った。今やもう普通の人間ではなく、魔族と戦う能力を持っている超人の中に自分はいるのだ、と。その重圧が一気にのしかかってくるのをを感じていた。
「俺たちは旅をしているだけです。 その俺たちの目的地がこの列車を乗った向こうなもんで」
男はガクトの顔をマジマジと見た後、ついてこい、と言った。三人は顔を見合わせて男について行くことにする。列車の前まで来た時、男は振り返った。
「俺ん名前はタク。こん列車ん運転十年もやっとった。一か月前、魔獣が頻繁にでんようなってからぁ休業しとったんがぁ、あんたらぁ一緒なら安心だぁ」
依然として訛りはすごいが聴き取れるレベルだ。
列車は出してもらえることになった。彼はこの列車の運転手で、十年という経験値はそこら辺の運転手よりはるかに運転が上手いことを示している。
ガクトらはタクに指示されて、列車の一番前の車両に乗った。
その列車は三両編成だった。
タクは声を上げた。
「しゅっぱーーつ!」
その声に合わせて重たそうな車両はのろのろと動き出し、どんどん速度を上げた。しかしそれは速いという感覚にはならない程度の速度で二十キロ程であった。
峡谷の中では直進方向の右側の出っ張りに線路を通して列車は走っている様だった。左側に見える景色はすっかり緑も赤も黄も無く、つるっ剝げた木ばかりであった。青空と鮮やかな木々の景色はいつ見ることができるのだろうか、とガクトは物思いにふける。
列車はどんどん峡谷の中を突き進んでいき、魔獣がいるという話も忘れてしまっていた。
ガクトだけがその姿を捉えていた。
それは初め黒い点でどんどんこちらへ向かってくる。空を飛んでいるのだ。それはミサのバンくんじゃあるまいし、何処にでもいる鳥でもない。その黒い点はどんどん大きくなって、はっきりと姿を認識できた時にはそいつは腕を振りかぶっている途中であった。
「危ないっ!!」
ガクトは車窓から飛び出して瞬間的に魔破拳を繰り出した。
そいつはガクトの攻撃などヒラリと避けてしまって、列車への危害は無かったが、ガクトは落下してしまう。
自分の生を諦めたガクトを助けたのは不憫なあいつ、バンくんだった。
「ガクトォ――! 大丈夫ーー!?」
ミサの声。それはガクトにまだ生きているという強い安堵感を覚えさせた。
その中ではっきりと捉えられたその姿はまさに鳥人。鳥類の頭を持ち、人間のような胴体、背中からは翼が二枚生えていて立派な鉤爪もあった。
「フハハハハーーー!!!! お前らがピーを殺ったってーのかぁ!? 強そうには見えんがなぁ」
ピー。その名前を聞いてガクトたちは今はまだ見ぬ七大魔人のことを思い浮かべた。
「お主もカフアマーナの部下かいのう!? えっらいごついじゃありゃせんか?」
そう。その身体は鳥と人の姿を孕みながら大きな影を作り出せる図体をしていた。身長はおよそ四メートル。ただ殴られるだけでも致命傷になりかねない。
「私はハルバ。カフアマーナ様にお前らを始末するように言いつけられた。命令なら仕方がないが本来俺は働くのが嫌いなんだ。……余計な仕事を増やしやがって。死んでから詫びろやぁぁぁー―――!!!!!」
その大きな体で再び列車に突っ込んで行く。
しかしそれを許さないのはクニシゲだった。聖発散を発動する。感が良いのかハルバはその聖力の膜に触れる前に急転換し、急上昇する。
「厄介な技を持っているんだなぁ。ならお返しに、こんなのは見たことあるかい?」
そう言うと体の前で両手を向い合せ、唸り始めた。すると、段々と手から魔力が流れ出し、渦を巻きながら中心に集合していった。
「あれ、やばいわよ! ぶつけられたら私たちはもちろん、この列車だって跡形もなく消えてしまうわ!」
ハルバは細く笑んでいる。これから起こる惨劇を楽しみにしている表情だ。そして魔力を集めた両手を振りかぶる。
「地獄へ行ってもぉ、迷惑かけんじゃあねぇぞぉぉぉ!!!!」
その手から黒い球体が飛び出した。猛スピードで列車に近づいてくる。
次の瞬間、ガクトやミサの視界は白く包まれたのだった。
読んでいただきましてありがとうございました。
ガクトたちはタクに列車を動かしてもらえることになりましたが、峡谷を進行している途中、カフアマーナの部下巨大怪人鳥ハルバに襲われます。果たしてこの敵を倒すことができるのか!? そして最後にガクトとミサの視界を覆ったものとは――。
次回は戦闘シーンからです。




