〈歩〉⑪
第十二部は魔王の天敵〈歩〉⑪として書かせていただきました。
村の人々、自分がしでかしたこと、ガクトは責任を感じて――。
地図上においてこの火の国の右上には、今はもう人が住んでいない荒城があった。人が住んでいないというのは正確には追い出されてしまったのだが、それを成したのは七大魔人の一人、カフアマーナである。
元はラムーという貴族が十を超える従者を雇って一人で暮らしていたのだった。庭師、掃除婦、料理人、理髪師など一人に一つずつ役割があって、ラムー本人は城の中で働くことは無かった。
その日ラムーはいつも通りに昼食を食べていた。当然の様に使用人を広い部屋の隅に控えさせて。
しかし、いつもの贅沢な平穏は一ヶ月前のあの日既に無くなってしまったも同然で、ラムーの城を気に入ったカフアマーナが部下を率いて乗り込んできたのだ。二メートルはある塀はその一団が攻め込む時に、広い庭の正面から観て左右にある噴水は両方とも壊され、気に入ったのであろう城の岸壁さえも傷付けられた。
一級騎士を二人も金で抱え込んでいたラムーは、その二人と共に命からがら城から逃げ出せた。しかし他の従者は殺されてしまったのだった。
「カフアマーナ様ぁぁぁ~~~!! 大変ですぅ!! カフアマーナ様ぁ!!!」
城の三階にあるラムーの趣味だった玉座に現在ふんぞり返っているカフアマーナ。その姿は身長約二メートル程の大男で肌は全身ドス黒い紫だ。服も上下着ていて、見え隠れする全身の筋肉はその強さを物語っている。
その部屋に飛び込んできたのは部下のヌック。その正体は魔獣でモデルは犬だ。二息歩行の喋る犬、ただそれだけだった。
「どうしたんだぁ? ヌックゥゥゥ」
カフアマーナは頬杖をついて、やはり上から目線だ。。ヌックはその下に控えて要件を言う。
「ボルゾイの村を担当しておりましたピーが、何者かに殺られたという情報が入りました!」
「あのピーがぁ~~? そんな馬鹿なぁ。奴の呪いに人間は逆らえない筈だがぁ? ピーを殺ったのはどんな奴なのか情報は何も無いのかいぃ~~?」
カフアマーナの話し方はなんだかねちっこい。しかしその話し方を指摘する者は誰もいない。そんなことをすれば自分の首が飛んでしまうのは容易に想像できるからだろう。
「はい! 唯一の情報は三人組で、男二人女一人ということぐらいです。……いかがなさいますか?」
カフアマーナはう~~~んと、悩んでぱっと閃いた様だ。
「ハルバは遠征からぁ、帰っているかいぃ~~?」
ハルバとは巨大怪人鳥のことである。身長にしても体重にしてもカフアマーナの倍はある。
「はっ! 先程帰還したとの報告がありました」
「ならぁ、ハルバをここへぇ、呼んでくれぇい」
はっ! とカフアマーナの指示に忠実に従うヌック。さすがは犬型の魔獣である。いや、それは関係ないのかもしれない。
カフアマーナに呼ばれたハルバはその五分後、カフアマーナの下へ来た。そして目の前に控えた。その大きな図体を懸命に低くするが、カフアマーナより頭は高い位置にある。
「お呼びでございましょうか、カフアマーナ様」
「ああぁ、ハルバにぃ頼みたいことがあるんだぁ。ピーが殺られたという三人組をぉ、始末してほしいんだぁ」
「その三人とはどのような者たちでありましょうか?」
「情報はほとんど無いぃ。男二人に女一人だと言っていたなぁ」
「そうでありますか……。いや、カフアマーナ様のご命令とあらば、例え火の中水の中。そのような者たちは私が始末してくれましょう」
「よく言ってくれたぁ。ではハルバよぉ、峡谷に向かってくれぇい!」
はっ! とやはり犬でなくても忠実だ。ハルバはスクッと立ち上がり、開けた空へバサバサと飛んでいった。
魔族の脅威へとガクトたちは向かうしかないのだろうか――。
**** **** ****
村を救った勇者一行は村人から歓迎されていた。自分たちに呪詛をかけていた張本人を討ち取り、その上治療も熱心にしていたからだ。その歓迎と治療は一週間は続いていて、その間に二つの話が持ち上がった。
まず一つ目は、ガクトについて。
「ガクトよぉお主、あの聖力の膜、強力だとは思わなんだか?」
クニシゲからの唐突な質問にガクトは考えてみる。
「あの時は必死で、こんなものなのかなぁとは思いましたが、今になって考えてみるとあの技は確かに強力でした。聖力の膜に触れさせただけで相手が弱るんなら、最強の技じゃあないですか!?」
そうじゃろう、とクニシゲは頷く。そして、それはな、と、説明し始める。
「お主の聖力は濃度が高い上に絶対量も大幅に増えておるんじゃ。じゃから練度の低い状態でも効いてくれたんじゃのう。あの技は聖発散と言うんじゃが、本来は練習せんと霧散して終わるんじゃ。前から思っとったんじゃが、お主は実践に強い様じゃな? 練習したことも無いことをすんなりとできてしまう才能。まさしく次代の勇者と言ったところかのう」
そのクニシゲの誉め言葉にガクトは照れてしまう。しかし、クニシゲは続けるのだった。
「しかしのう、次は上手くいかんぞい」
「どうして……ですか?」
「それはのう」とガクトの方へ向き直る。
「あれはわしが指示したタイミングじゃったからじゃ。あれはタイミングが重要でなぁ、しっかり鍛錬しておかんと使えんのじゃ。それを戦闘の中に組み入れたわしはすごいやつ、と、言ったところかのう、フォッフォッフォ」
クニシゲは得意気だ。
しかし、それも当然なのだろうとガクトは思う。クニシゲの指示が無ければ、あの技、聖発散はできなかった。
ガクトはこの技を練習して自分のものにしようと決意するのだった。
というのが一つで、もう一つは、火の国の城下町で反乱が起きているという情報をヨウコが持ってきたことだった。
「なんでも城下町で反乱が起きているそうなんです。この間久しぶりに来ていた行商人の人が言っていたんです。国側と民間人側が対立してしまって混乱の中にいると。死者も多数出ているそうです。あの妖精みたいなピーっていう子も、呪詛? っていうので私たちを怒らせて殺し合わせました。それと似たような敵がいてもおかしくないなぁと思ったんです」
それを聞いたガクトはミサとクニシゲにもその事を伝えた。するとミサも、
「私もその話聞いたわ。その反乱のせいで今では外から城下町へは近づけずに困ってるって。商売している人には痛手でしょうねぇ。城下町には人も当然多いから」
「なら次は、城下町を目指すかのう。その混乱も収めてやらんと」
三人は次の目的地を決めたので、明日には出て行くことをヨウコに伝えた。ヨウコは少し寂しい様子だった。
「出て行っちゃうんですね……。皆さんには助けてもらっちゃって、この一週間、とても私たちに良くしてもらってしまって……ありがとうございました」
そのヨウコの言葉を聞いて、ガクトは本当に申し訳なくなってしまった。
「このことは……本当は…………」
「いいのよ~~。私たちは皆を救うために旅してるんだから」
ミサは謝ろうとしたガクトの言葉を遮った。
せっかく事が終わって感謝されて、これ以上蒸し返しても何も起こらないと考えたのだろう。そういうところがミサは大人だ。
「それなら鉄道に乗らないといけませんね。今動いてるかどうか分かりませんが……」
「鉄道? 山を越えていくんじゃないの?」
地図上では城下町まで行くのに山を二つ越えなければならない。そう思っていた。しかし交通手段があるのなら、安全に早く目的地に着けそうだ。
「その鉄道って言うのは?」
「ここから北へ向かって行くと、北の駅っていう果樹園と一本の線路で結んだ駅があるんですよ。そこから鉄道に乗って峡谷の縁をくねくねと行くんです。季節が季節なら紅葉や桜なんかが拝めて、それはもう人気の絶景スポットばかりなんですよ。でも今は……ねぇ」
ヨウコは本当に残念そうだ。本当に申し訳ない、とガクトは思う。その思いを噛みしめる。
「鉄道のう……わしが若い時には無かったがのう。便利になったもんじゃ」
その日、ガクトは眠りに就けそうになかった。ヨウコの残念そうな顔が浮かんで。そして、村中の喧嘩の傷で苦しそうな顔が浮かんで。
しかし、無理やり布団に顔を埋めた。
次の日の朝は早くに村を出て行った。ヨウコだけが見送ってくれた。また来ようとガクトは思った。書店の店主の名前も訊いていなかったからなぁ、と。
読んでいただきましてありがとうございました。
今回はガクトの聖発散という技の片鱗の話と次の目的地を示しました。勇者一行は果たして七大魔人カフアマーナを討つことができるのか。
次回は北の駅から鉄道に乗ります。➡果樹園




