〈歩〉⑩
第十一部は魔王の天敵〈歩〉➉として書かせていただきました。
ガクトの躊躇はどんな結果を招くのか。初の敵ピーに挑む。
その小さなぬいぐるみの様であり妖精の様でもある魔族は名をピーと言った。語尾にピを付けてしまうためにその名を完璧に認識できるまでに多大な時間を要してしまった。
しかしそんなことはどうでも良く、ピーは自分の主君がカフアマーナという魔人で、【軍勢】という能力に関わるであろう称号まで言ってしまったことを後悔している最中であった。
ガクトらの勇者一行はその情報を聴けただけでも、このピーという魔族に会えたことは収穫であった。
「じゃあ、この子は消しましょうか」
「そうじゃのう、ずっと居られても人を危険に晒すだけじゃろうて」
この二人の冷淡な変容ぶりにはガクトも一瞬ヒヤリとさせられた。背筋がブルッとしてピンと伸び、二人の言動から目が離せない。
しかしガクトはそんなに簡単に殺生をして、良いことがあるわけがないと思った。このまま生かしておいて、旅に連れて行き道案内や他の敵の情報なんかも吐かせるなんてことも魅力的じゃあないのか? と。
「ちょ、ちょっと、二人とも! ピーも怖がってるじゃないか。そんなに簡単に殺さなくてもまだまだいろんなことを聴けそうだって思わない?」
ピーはガクトに庇われて、泣きながらも笑みを零している。
「そうです。こんなに可愛い妖精さんを殺してしまうだなんて……」とヨウコ。
ミサとクニシゲの居心地が少し悪そうだ。ついさっき言っていた非情な言葉が懐かしい。
「でも、可愛くたって魔力は相当なものよ? 村中に呪詛をかけられるぐらいだから」
その言葉はもっともで、ピーはガクトの目線まで飛び上がり、弛緩した空気を掻っ切るように外へと猛スピードで出て行った。ピーの顔には涙の痕も恐怖に歪んた笑顔も何もなく、怨みと言うに相応しい形相がそこにはあったのだった。
「ピー!?」
「ほら言ったじゃない! 温情はこういうことに繋がるのよ」
「これはミサの言う通りじゃのう。確かに殺生は良いことではないが、欲張りすぎても生かしておいても良くないということは程々にあるもんじゃ」
ヨウコは何が起こったか分からないといった表情で書店の中で起きた出来事を見送ったのだった。そして店主はクニシゲにやられてから未だにショックで気を失っていた。
ミサは急いでピーを追いかけた。クニシゲとガクトもそれに続いて外に飛び出る。
「ピーは何処じゃ!?」
「分かんないわよ! 見当たらないの!」
「逃げたんでしょうか?」
ミサはガクトを睨む。
「あんたがあんなこと言ったからでしょうが! 生かしておこうなんて、そんなことこうなるに決まってるじゃない!」
「ミサの極端な意見が気に食わなかっただけだ!」
対立する二人の仲をクニシゲが取り持った。
「お二人さん、あそこを見てみい。ほら上の方じゃ」
クニシゲが指差す方向は丁度村の上空百メートル。そこにピーはいた。地上からではただでさえ小さいピーの黒い身体は黒い点にしか見えず、目を細めてみると両腕を大きく広げて空を仰いでいるように見えた。
「あいつ何してんのよ?」
「何だろう……」
クニシゲだけはピーの行動による変化に気付いていた。
村中が騒がしい。それは人々の怒気。人間同士が喧嘩を始めたのだ。小さな地震の様なものがあってから村の人々が少し怒りっぽくなった、とヨウコは言っていた。穏やかな声は低く太くなっていき、村中で本気の争いが起きている。彼らは口喧嘩から殴り合い、女性などはお互いを引っ掴み、髪を引っ張り頬を打ち、そして地面に転げ回る。男共は既に血だらけになっている者も多く、皆満身創痍だ。
その様子を見ながらピーは、
「きゃははははーーーーっっ!!!! 惑え惑え人間ども! 狂え狂えぇぇ!! このピー様の呪いに抗う術は無いだっピィィィ!!」
その声は甲高く村中にキィンと響いている。今のピーの威勢からはさっき書店の中で怯えていた姿を想像できなくなっている。村を一つ任されているだけあってさすがに恐ろしい能力だ。
三人が出て来た書店の中からも争う声が聞こえている。
「店長起きなさいよ! あんたが寝て仕事をしないせいで私の給料も下がりっぱなしよ! どうしてくれんのよ!? 金を! 金を渡しなさい!! さもないとあんたが町に出張している時、キャバに行っているの奥さんに言いつけるんだから! おーくさぁーん、あんたの旦那は浮気してますよー」
最悪の怒りだ。ヨウコは給料に不満があり、店長は町でキャバに行っているのか。しかもそのことをあんなに大声で言われて……。ってか、まだ寝てんのかよ!
ガクトが書店の店長を不憫に思っていた時、クニシゲから指示が飛んできた。
「このままじゃあ、死人も出かねん。ミサ、聖獣をピーまで飛ばして集中を切らしてくれ! ガクト、お主は身体の中心に聖力を溜めこんで待っとれ! わしが指示したらそれを爆発させるんじゃ!」
クニシゲはピーのいる方向に構えて、魔破拳の動作に入った。ガクトも聖力を言われた通りに溜めこむ。理由は聞かない。
ミサは聖獣を大型鳥類に成形し、ピーの方へ飛ばす。その鳥型の聖獣はまっすぐピーの方へ向かい激突しそうになる。
しかし、ピーも周りがよく見えている。その鳥型聖獣をヒラリと躱し、こちらをチラっと見る。
その時、クニシゲは叫んだ。
「ガクトォ! 爆発じゃーー!!!」
その指示通りに溜め込んでいた(イメージではあるが)聖力を一気に開放した。すると聖力の膜が円形にどんどん広がっていった。そのスピードは速い。
それを見ていたピーは驚いたのか、背を向けて逃げようとする。
しかし、聖力の膜はその小さな黒い身体に追いついた。その瞬間ピーの身体は力を失ってしまったかの様に、フッと落下を始めた。
いつの間にかガクトの横にいたクニシゲはいなくなっていた。その代わりに落下中のピーの丁度上を取っている。おそらく聖力をバネにして跳躍し、そこまで行ったのだろう。その拳は脇に構えたままだ。
「クニじいぃ!!」
「クニシゲさぁん!!」
クニシゲは控えさせていた拳を振り下ろした。聖力を纏った拳はそのままピーに直撃し、凄まじい勢いで落下したかと思うと、ドゴォン! という音と共に地面に叩きつけられてしまったのだった。
ピーは衝撃に耐えられず、その息はもう無かった。
呪詛の力は強力であったが、その体は脆弱なものだったのだろう。
村中の人が傷を負ってしまっていた。血だらけで顔は腫れて、全身に痣ができ、暴れている最中記憶もあったために傷は心にも負っていた。自分がやってしまったのだという自責の念に駆られ、村中の人が心ここにあらずといった風だった。幸いにも死人は出なかった。そして、ピーが死んだことによって呪詛は村中から消えた様だった。
ガクトにミサ、クニシゲの三人は村中の人々の手当てをして回った。二百人余りの人々が傷つき、虚脱感に襲われている中で必死に元気付けたのだ。
クニシゲは言った。
「このようなことはこれから先もあることじゃ。それは容易に想像できる。ガクトや……殺生を嫌ったお主は正しい。しかし、結果このようになる可能性があるのならお主も冷酷な選択をせねばならんのかもしれん」
この言葉を聴いたガクトは言い返す言葉もその気力も無かった。
ミサはそっぽを向いて聞こえないふりをしているのだった。
読んでいただきましてありがとうございました。
ガクトは戦いの結果を後悔してしまう。クニシゲの言葉に何も言い返せないガクトはこれからの物語にどんな展開をもたらすのか。
次回は七大魔人カフアマーナも登場します。




